352

言われて大沼はハッとした。まるでバケツで頭から水をぶっかけられたような衝撃。
勿論、それは考えていなかったわけではない、大沼はそこまで楽観的な男ではない。勿論、将来的にそうなるだろうことは考えついた。
しかし、いま現実に、まだ何を成せるかもわからない自分がここを脱出するためだけのことに、多数の人間を殺さなくてはならない…、
その事実が、帆足の提案した具体的な作戦によって、目の前に突如、形を成したのだ。

「それは…、そりゃ」
「さては貴様、随分といい暮らししてやがったな。この平和ボケめ。戦うってのは、そういうことだぞ」
「離せよ」

再度言われて、帆足はいまさら気づいたように大沼の襟から手を放した。掴もうとして掴んだわけではない。今まで生きてきた世界で身についた習慣のようなものが、考えるよりも先にそうさせたのだ。

「それで、やるのかやらないのか」

床へ尻餅をついて襟を直す大沼を見下ろし、腕組みをして帆足は高圧的に言った。対する大沼の答えは。

「…少し考えさせてくれないか」
「何を」

搾り出すようなその声を聞くなり、帆足は意地悪く鼻で笑った。その笑いの意味を大沼は瞬時に理解し、さっと顔を強張らせたが…、しかしすぐに首をうなだれた。
考えるということは、この場合…、自分ひとりのこの命が、ここにいる数百人を犠牲にするだけの価値があるのかどうかを頭の中で再検証するということだ。
勿論そんなことを考えるまでもなく、この世にそんな価値のある命はない。自分には神に授かった力と天命があるとはいえ、天秤にかけるのも愚かしい。今は道理を踏み破り、天秤をひっくり返してでも、進むしかない。それはわかっている。

「いや。…腹を括る時間をくれ、と言うべきだったな…」


[NEXT]
[TOP]
[BACK]

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル