144
呆気にとられながら森野はその血を左手の甲で拭い、それからのち、途方に暮れた。 
なにしろ様子を見る猶予もなければ、追い立てても襲い掛かってくるのだ。かくなる上は覚悟を決めて、いっそ素手で掴めばいいのだろうか。 
これが仮に三羽や四羽ならば、それでもいいかもしれない。しかし数え切れないほどの鶏を目の前にして、それでも物は試しと実行に移せるほどに、森野は愚直な男ではなかった。 
 
一体、どうすれば。そもそも、そんなことが可能なのか。 
 
ともすれば絶望しそうになる己を奮い立たせるべく、落ち着け、と森野は念じた。これは気の訓練なのだ、それだけははっきりしている。 
しかし、具体的に気をどうすればいいのか、それが皆目わからない。 
自分にできることといったら、槍を一本出すことだけだ。それ以上のことはできない以前に、知識がない。 
しかし…、それは師匠も承知のこと、そのうえでやれと言うからには、できるはずなのだ。そう期待されているということだ。 
然るに、その、できるはずのことができそうにない。…胸には焦りばかりが募る。 
 
――どうすればいいのか、何ができるのか、本当にできるのか、俺にはできないのか…?
[NEXT]
[TOP]
[BACK]