044

先ほど山崎とふざけていた時とは別人のような強い眼力で、前田は森野を見つめた。しかしその威圧感に臆することなく、森野は一言、短く答える。
「故郷の大事」
それはとても静かな、しかしきっぱりとした口調だった。
「名古屋防衛軍に志願しましたその日から、覚悟はとうに決めてあります。今は名古屋の存亡が懸かる一大事。この命など天秤にかける所以もない」
有無を言わさぬ雰囲気に、前田は、ふーむ、と嘆息した。
「…戦場に立たず畳に座してなお、その眼か…、」
それはかつて、前田が共に戦場を駆けた幾多の戦友たちの眼だ。前田の記憶に残る彼らはみな一様にその眼をしていた。
昨日の友は今日の敵、所詮は金と打算で動く傭兵の前田には到底真似のできない瞳の色をして、彼らは信ずるもののため死んでいった。
それがどこか羨ましいような気さえしながら、自分にはきっと一生理解し得ない境地だろう、と思うことで前田は戦場を生き抜いてきた、
もちろん一線を退いてからも、弟子たちにそんな教育はしていない。
しかし、この森野の瞳に、前田はふと、また昔日のように自分が魅入られそうになるのを感じた…、それは夕刻の迫る強い日差しのような眩しさ、
このとき森野の隣に座ったドアラが器用にも姿勢を正したまま居眠りしているのがもしも視界の隅に入らなければ、前田はそのまま森野に多少なりとも共感を覚えていたかもしれない。
やれやれ、これだから軍人って奴は厄介なんじゃ、と前田は胸中で悪態をついた。
「…わかった、もうええ、ワシは何も言わん。さすがは難攻不落の名古屋防衛軍じゃの、うちのひよっ子どもとは、肝から違うわ」
前田は両目をつぶってかぶりを振った。これ以上感化される訳にはいかない。彼らは違う世界の住人。影響を受ければ火傷をするだけ、そんな事は随分前からわかりきっていることなのだから。
そんな前田の胸中を知らず森野は前田の言葉に恐縮し、しかし同時に、前田が自分と同じ価値観を持たないことを、敏感に感じ取ったのだった。


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