セフィティダ同盟

Hesitation love

作者:はこ様 匣入-はこいり-

 汗まみれの埃まみれ。出来れば風呂に入りたいんだけど。左手だけでもなんとかするのに。
「せ、…」
 迷いがあるから、セフィロスのプライベートな空間で名前を呼ぶことに躊躇いがある。後ろを向いていた顔を俯かせて、唇を噛んだ。
 粘着気質って、要するに優柔不断と同義じゃないかと思ってしまう。固執してるものにいつまでも諦めがつかなくてウロウロしてんの。
「どうした、痛むのか?」
 いつも間にか目の前に来て、しゃがんで俺の顔を覗き込むセフィロスの綺麗な顔がなんだか夢のようで。
「………」
「…ティーダ…?」
「……え、わ!?」
 綺麗な造作を間近で見ているのに現実味がなくて気付かなかった。
「一体どうした。いつも以上におかしいぞ」
「…そんなこと、ないっス」
 ふい、と顔を逸らして両方のこぶしを握り締める。
「ほら、こい」
 その手をセフィロスの大きな手で包み込まれたら、そこから甘い痺れが走った。
「俺、今日凄い汚れてるし、風呂入りたいっス…」
「怪我をしているんだから無理だ」
「左手だけでなんとかするっスよ」
 それは一人でなんとかするって意味だったんだけど。
「…仕方ないな」
 その溜息は呆れじゃなくて、手を焼く子供に見せるもの。そんな顔されたら、ますます自分の立場が判らなくなってしまう。
「じゃあ行くぞ」
「…え、え…えー!?」
 セフィロスにひょいと抱き上げられて、ああ今日二度目だなぁなんて暢気に思ったら、脱衣所に連れていかれて、埃と、血と汗ともしかしたら涙で汚れた体操着を脱がされた。なんと言う早業。しかも怪我をした肘に響かないようにきちんと気を遣われて。
「お、おおおれひとりで」
 短パンに手を掛けたセフィロスを止めようと身を捩ってみるものの、動くなとばかりにがっちりと腰を掴まれ、下着ごと一気に脱がされた。
「ぎゃぁあ!」
「……ティーダ」
 ああ、今度こそ呆れた溜息だ。何をいまさらって言いたそうな、でもセフィロスはそう言わないで俺の肩を抱いてバスルームへと促した。
「……うぅ〜…」
 恥ずかしさの余りセフィロスに背を向けていたら、肘をくいっと持ち上げられて肩に温めのお湯が掛けられた。
「動くな。包帯が濡れる」
 上げられた手はシャワーフックでも掴んでいろと誘導されて、ピリッとした痛みが走ったけど俺はもうなんにも言えなかった。
 俺がもう少し嫌だと抵抗していたならセフィロスは出て行ってくれたかもしれない。壁を向いたまま右腕だけ高く上げた無防備な格好をしてる俺に、セフィロスはシャワーヘッドを肌に付くくらい近づけて、撫でるように移動させて行く。その動きになんらかの意図があったとしても、俺はきっと全部をセフィロスのせいにして拒まないでいるのだと思う。
 身体はお湯で温められ、本当ならリラックスする筈なのに俺の息は上がっていく。シャワーの音に掻き消されていても、セフィロスは上下する肌で気付いているに違いない。
 突然、それを否定するかのように頭からお湯を掛けられ、ほんのりと薔薇の香りがするシャンプーで髪の毛を洗われた。
「せ、セフィ、わぷっ」
 口の中に泡立ったシャンプーが入り込んで苦さに唾を吐く。
「血が下がる前にさっさと終わらせるぞ」
 寧ろ上がりっぱなしだよと文句を言おうにも、さっさと終わらせる宣言したにも関わらず洗髪は丁寧だった。
 泡を流すときも突然で、リンスも突然。たまには俺の様子を窺ってもいいんじゃないか?
「…はぁ…っ」
 息苦しくて吐いた溜息。少し喉が渇いて咳込んだ。
「座るか?」
「…いい」
 軽く首を振ったら、セフィロスは泡立てたスポンジを俺の項に当てて洗いはじめる。耳の後ろから喉、鎖骨から肩、腕、背中、腋の下、擽ったくて肩を竦めた。
 このマンションに来たときのような、いかにもな抱擁やキスなんてまるでなかったのに。
「…ん、」
 胸を洗われたら声が出た。慌てて咳でごまかして、小さく頭を振ったら笑われたような気配がした。
「……くそ」
 今のは自分に対しての悪態。人のせいにしていたことへの罰が今の羞恥かと思うと、自分の曖昧な態度に苛々してますます自分が嫌いになった。
 セフィロスは飽くまでも入浴補助に徹していた。気を遣っていたのかわざとなのか判らないけど、俺の身体を黙々と洗い上げている間、俺は反応を見せないように必死だった。
 全身の泡を流され、終わった頃にはヘロヘロで立っていられなかった。
「…シャワーで逆上せたのか?」
 逆上せたと言うほど長い時間じゃなかったからセフィロスの言葉に噛み付けない。びしょ濡れのまま脱衣所のスツールにヘタリと座り込んだら、頭にバスタオルが掛けられた。
「俺、着替え制服しかないッス…」
「問題ない」
 わしゃわしゃと髪を拭かれながらサラリと言うセフィロスに、やっぱりねと思いながらもなすがまま。肘の包帯は少し湿っているけど濡れてない。ぼんやりとそれを見ながら息を吐いたら、背中からバスローブを掛けられた。
「立てるか?」
「うん」
 バスローブに腕を通して立ち上がったら、また眩暈がした。
「…じっとしていろ」
 その言葉と共に俺はまたセフィロスに抱えられて、寝室に運ばれてしまった。
「あ、あの、あの…」
「少し眠れ」
「え…」
「三針縫ったんだ、発熱するかもしれん」
「………」
 広いベッドにそっと下ろされ、柔らかいブランケットを掛けられる。空調の効いてる部屋は心地好くて、ブランケットを掛けられても暑くなかった。
「少しの間だ。夕食の支度が出来たら起こしにくる」
「…わかった…っス」
 もう夕方で薄暗くて、カーテンを閉めたままの寝室は照明を落とせば夜のように暗い。肌触りの良い寝具に包まれて、寝るつもりなんてなかったのに俺はいつの間にか眠りに落ちていた。


 例によって怪我をして、保健室のお世話になって、新任の養護教諭がえらく綺麗な人なのにビビっていたのは数ヶ月前だった。
 なんとなく他の生徒とは違う扱いをされている気がしたのはその暫く後で、一ヶ月後には何故だか肉体関係をもってしまった。今いるこの寝室で。
「―――…」
 目を開けたら、開いてるドアからリビングの明かりが入ってきてほんのりと明るかった。
「起きたか」
「…あれ…?」
 セフィロスの手が額に触れる。夢を見ていたみたいで、俺はまだ夢心地。でもあんまり幸せな夢じゃなかった。これまでの回想のようで、俺がずっと抱いてきた迷いとかも忠実に再現されていた、気がする。
「少し熱っぽいな」
 中途半端に眠ったせいでなかなか頭がしゃっきりしない。セフィロスの手が離れていくのを半開きの目で追って、それから急に、俺は。
「……」
 自分の想いは判っていて、セフィロスの想いも判っていて、なのに拒絶したり受け入れたりする曖昧で不安定な感情がどうしようもなくて。
「……あの、」
 自分から行動を起こせば、もう誰のせいにも出来ないけれど、誰かのせいにして鬱々とするくらいなら。
「…セフィロス、あの」
 名前を呼んで、暗がりに片手を伸ばした。セフィロスの肩を掴まえて、引き寄せて、耳元に唇を近づけて。
「…何故、泣いている」
 言われるまで自覚なしに流していた涙はこめかみに落ち、本当はキスをしようと思って引き寄せたのに横たわったまま抱き締められて、背中をあやすようにぽんぽんと叩かれた。
 そういう、優しさが欲しいんじゃないんだ。そう言いたいのに首を振るしか出来なくて、違う、違うとしゃくり上げながら否定する。
 判っていて惚けているのか、探るほどに恋愛に長けている訳じゃないから、俺はきちんと伝えるしか出来なかったのに。セフィロスが公私を分けていることに不安を感じて会いたくないと思ったり、セフィロスのプライベートに入ったら入ったで気持ちを上手く伝えられなくて一人で勝手に泣いたり、もう、俺って、本当に。
 俺は、自分の気持ちがなんなのかとっくに知っている。
「セフィロ、ス…」
 肩を押して距離を取り、見上げるセフィロスの顔はやっぱり綺麗で、戸惑いも恐れも見えない分大人なんだと思った。
「キス、して欲しい…ッス…」
 返事もなく重ねられた唇は軽いもので、直ぐ離れようとするのを止めてまた引き寄せた。自ら舌で、閉じているセフィロスの唇をこじ開けて先を促す。こんなことしたことない。でも、恥ずかしさよりも別の感情が勝っていた。
 誰とも話さないで。
 誰とも目を合わさないで。誰にも触れないで。
 言えなくて、誰にも、本人にも、だから不安で、迷って、人のせいにして。
 泣きながらキスで求めたのに、唇は離れていく。セフィロスの苦笑いと共に。
 なんで、と、唇が動くけれど声が出なかった。大きく膨らんだ不安がまた涙となって溢れたとき、セフィロスは。
「お前を起こして、食事をさせようと思っていたんだ」
「…え…」
「……火を止めてくる。いい子にしていろ」
 そう言って、開け放したままのドアからキッチンへ向かった。
「…え…、え…?」
 それって、つまり、つまり…?

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