白い素肌に一枚だけ羽織ったシャツは、その華奢な身体には不釣合いなほど大きい。
イッタイソレハ、ダレノモノ?
その大きなシャツから伸びる細くしなやかな真っ白い足が、ゆっくりと暗闇に向かって進んでいく。
オレカラハナレテ、ドコヘイクンサ?
無表情だった顔がふわりと誰かに向けて解かれたかと思うと、白と、赤い色の腕を伸ばす。
ネエ、ソイツハダレ?
顔の分からない男の逞しい腕が、細い腰に回されて引き寄せられると更にあの子は破顔して、愛おしそうに男の首に抱きついていく。
ソイツハ、オマエノ、ナニ?
引き剥がしたくて手を伸ばすけれど、どんなに足掻いても届かなくて空を掴むだけ。
もっと近づこうと踏み出そうとした足は、まるでコンクリートで固められてしまったかのように、ほんの数ミリでさえ動かせない。
ダレニモ、ワタシタクナイ!
早く、早く、あの子をこの手に捕まえたいのに、俺の中のどす黒い感情が溢れ出したかのような、漆黒の霧がドロドロと纏わり付いて。
アレン!
飲み込まれようとした時、俺の意識は急激に引き上げられるように、眩い光の中で目が覚めた。
「やな夢さ…」
額には汗をびっしょりかいていて、その所為なのか酷く喉が渇いて仕方なかった。
ペタペタと素足のままフローリングの床を音を立てて歩き、冷蔵庫まで近づくと、中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、そのまま直接口をつけて勢い良く渇いた喉へと流し込んでいく。
生憎、そんな行儀の悪さを咎めるような同居人はいない。
思い出したくもないのに、先ほどの夢がまざまざと蘇ってきて俺は苛立ちを隠せないように、舌打ちをして乱暴にペットボトルをテーブルに叩きつけるように置く。
ペットボトルの口から水が飛び出て少し床を濡らしたけれど、そんなものも気にならないくらい、とにかく心臓が軋むほどの苛立ちのほうが強かった。
「…アレンっ」
あんな夢を見た理由に、俺には一つ心当たりがあった。
俺にはもう一年以上も片思いしている相手がいる。
それが『アレン』だ。
アレンは俺より一つ下で、最初はただ単に仲の良い先輩と後輩と言う関係だった。
だけど俺の心は次第に変わっていった。
曰く、恋愛感情と言うヤツだ。
まだその感情を認め兼ねていたときは、自分がおかしくなったのかと思って、それこそ自分を取り戻そうと色んな女の子と遊んでみたりもした。
でも誰と遊んでも、アレンに対する感情は簡単に消えてなんてくれなかった。
そうして自分の感情を認めて、自分の思いに素直になってアレンに接しようと思い始めた矢先だった。
それは、ほんの一週間前の放課後のこと。
部室の扉の隙間から見た光景がフラッシュバックする。
声を上げずに静かに泣いているアレン。
何で泣いているのか分からないけれど、抱きしめて、慰めたくて、扉に手をかけようとした俺を留まらせたのは、顧問であるリーバーの存在だった。
アレンの細い肩に手を置いて引き寄せ、慰めるように撫でる大きな手のひら。
「どうしたんさ?」って割って入ればいい。
なのに俺はどうすることも出来なくて。
安心しきったように目を閉じて、リーバーの肩口に頬を寄せるアレン。
そしてアレンを癒そうとするかのように、優しく触れるリーバーの手。
割り込む隙なんてないように思えて、現実から目を逸らすように俺は静かにその場から離れることしか出来なかった。
俺の思い込みかもしれないけれど、それからの二人はどこか今までと違って見えた。
しかも、俺の気のせいかもしれないけれど、アレンが俺を避けているような気がする。
俺が何かした?何かやらかしたんさ?
それとも、俺の邪まな感情に気づいて、これ以上踏み込むなっていう暗黙のメッセージなんか?
「どうしたら、良いっ?」
諦めることは出来なかった。
綺麗さっぱり諦められたなら、こんなに苦しまずにすんだのに。
今まで数多くの女の子と付き合って、別れて、胸など痛むこともなく綺麗さっぱり終わりにすることができたのに、何故、アレンだけはそれが出来ないのだろう?
諦めろ。
諦めろ。
諦めろ。
呪文のように繰り返してみても。
嫌だ!
諦めたくない!
諦められない!
俺の中の未練が足掻き続け、叫んでいる。
アレンを好きな自分は捨てられそうになかった。
だから、足掻いてやるさ。
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