獣が眠る

 

 

 波打つシーツの上でジゼルは溺れていた。
 天蓋に覆われたベッドで、アッシュに組敷かれている。腰を激しく揺さぶられるたびに、繋がっている部分からぐちゃぐちゃに溶けてしまいそう。
 狂おしい快感が、息をつく間もなく押し寄せる。逃げようにも、体に深々と埋められた熱い楔が許してくれない。
 地下室からアッシュの寝室に連れてこられてから、何度、達したのか覚えていない。
 火照った体はいつまでも鎮まらない。それどころか達するたびに感度が上がっていく。
 アッシュのもたらす快感が欲しくて、欲しくてたまらない。
「そんなに私のこれが好きか? 銜え込んで放そうとしない」
 ゆるりと肉の内壁をこすり上げながら、アッシュが欲に濡れた声で嘲笑う。
「違う……っ」
「何が違う?」
 いきなり脚を左右に大きく開かされた。
 アッシュの体格に見合った性器を根元まで受け入れた蕾は、焼けるように熱く脈打っている。媚薬と二人の雄が何度も放った白濁でしとどに濡れ、脚を閉じようと小さくもがいただけで卑猥な水音を立てた。
「ここで何度、私をイかせたら気がすむんだ?」
 言葉が羞恥を更にあおる。

 元はと言えば、アッシュが媚薬を使ったのが悪い。それでも今、ジゼルが求めているのは事実だ。抜いて欲しくない。このまま二人の境が分からなくなるまで犯して欲しい。
 この淫らな望みは、本当に自分が生み出したものなのか。
 羞恥と快感が葛藤する。朦朧とした頭はいつまでも迷うだけで、答えを出してくれない。
 両手で顔を覆うと、目の縁にたまっていた雫が頬を伝った。
「ジゼル」
 溜め息とともに名前を呼ばれる。
「……ジゼル」
 そしてなだめるようにもう一度。
 しかし乱れた思考は治まらない。首を振ったが、自分でもそれで何を拒んでいるのか分からない。
 再び溜め息が聞こえ、しばらくすると噛み締めていた唇に唇を重ねられた。何度かついばむような口付けを繰り返すと、アッシュはジゼルの手を顔からよけさせる。
 瞼をうっすらと開いてみれば、不敵に笑うアッシュが顔を覗き込んでいた。
「私から逃げてどこへ行くつもりだったんだ? 記憶のない君がどこへ?」
 その一言が混乱した頭を、不気味なほど冷静にさせる。アッシュを見つめる目を、ジゼルはゆっくりと見開いた。
 記憶がなかった。アッシュに拾われる前の記憶がない。
 気づけば霧が立ちこめる森の湖で、アッシュに肩を支えられて立っていた。
 それが一番古い記憶だ。いつから、なんのために自分がそこにいたのかも分からない。唯一、知っていたのは『ジゼル』という名前だけだった。
 他のことを無理に思い出そうとすると、ひどい目眩と吐き気に襲われる。地下室で血臭を嗅いだ時と同じように。
「君は逃げようとするが必、ず私が連れ戻すと知っているし、そうされることを望んでいる」
 アッシュは傷を抉るように続ける。しかし事実だった。
 常に漠然とした不安が胸に巣食っている。自分は誰なのか、本来いるべき場所はどこなのか。まるでぬかるみの上に立っているようで怖い。
 だから今日も本気で逃げるつもりはなかった。アッシュの言う通り、連れ戻されることを望んでいた。ここにいていいと言って欲しかったのだ。
 力でねじ伏せられるやり方でもいい。安心させて欲しかった。

「君は私の腕から逃れられない」
 アッシュが髪を撫でてくる。満足そうに目元を緩ませている彼から、ジゼルは顔を背けた。
 時々、思う。この男は自分の過去を知っているのではないか。
 そうでもなければ不自然だ。いくら記憶のない男に同情して、あるいは下心があって屋敷に住まわせたのだとしても、逃げ出すなら放っておけばいい。
 しかし彼のジゼルへの執着は異常だった。
「アッシュは誰なんだ?」
 その問いには答えず、アッシュはジゼルの手を取って口元に引き寄せる。
 手首の縛めの痕に舌を這わせられ、唾液が滲みる。彼は赤く充血したそこを癒そうとしているのか、それとも更になぶろうとしているのか。
「俺の過去を知っているんだな?」
 しつこく舐め続けながら、意味深に歪んでいくアッシュの唇に確信した。
 彼に拾われたのは偶然ではない。
 睨んでいると、アッシュが視線を返してくる。舐めるのはやめたが、その唇は笑みを刻んだままだ。
 アッシュがジゼルの中に自分自身をすりつけはじめる。萎えることを知らないそれの動きに欲望に正直な内壁が喜び、彼を迎え入れようと絡みついていく。
「答えっ……んあっ、や……あ、ああっ!」
 激しく腰を打ちつけられて言葉を続けられない。震える腕でアッシュを引き離そうとしたが、体の疼きに理性が抗えない。腕は虚しくアッシュの肩にすがりついただけだった。
 

 

 

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