06
「獣のような目をした子だな」
はじめの記憶は、アマデオのその言葉。
アマデオの前に連れてこられた時、十二、三歳にはなっていたと思う。
しかしそれ以前の記憶はなかった。
「名は?」
「カディとだけ、本人が名乗りました」
使用人はそう言うが、名乗った覚えはないし、その名前に聞き覚えもなかった。
アマデオに顎を掴まれ、上向かせられる。咄嗟にその手を振り払うと平手で頬を打たれ、あまりの力に脳髄が揺らいだ。
「服従しろ」
虐げることを楽しみ、薄く笑う冷たい目で見下ろすこの男は『敵』だと、その時、認識した。
アマデオは子供を集めていた。カディと似たような年齢で、歳のわりには発育がよく、骨格のしっかりとした子供ばかりだ。
王都から離れたアマデオの領地、彼の城で、貧しい家々から使用人という名目で買われたその子供達と共に、軍隊のような訓練を受けた。時々、数が減り、また補充される。役に立たないと判断を下された者は、間引かれるのだ。
元軍人で、怪我が元で若くして退役したアマデオが、自分の城で私兵を育てる理由はどうでもいい。
誰もがアマデオを恐れて服従していたが、カディは違う。
アマデオに恐怖は感じない。城に居続けるわけにはいかなかった。
何かを探さないといけないという焦燥感に、常に胸を圧迫されていた。記憶はない。探し物が物なのか、人なのかは分からなかったが。
しかし逃げられなかった。城から出ると、四肢が引き裂かれそうな痛みに身動きが取れなくなる。そのことを知ったのは、実際に逃亡を企てた時だった。
「おもしろい。お前は魔獣の血が混ざっているのか」
なんのことか、さっぱりだ。
「人並み外れた身体能力にも、納得がいく」
逃亡に失敗し、自分の体を掻き抱いてうずくまるカディを見下ろしながら、アマデオは嬉々としていた。
「ここには特殊な結界が張られている。出られないのは、お前が人ではないからだと言っているのだ」
その後、魔獣の血に反応を示すという魔方陣を、背中に焼き鏝で刻まれた。それは何の前触れもなく体中の血液を沸騰したように熱く疼かせ、息をするのもままならなくする。
のた打ち回るカディの様子を楽しそうに眺めるアマデオに、やはり恐怖は感じない。
それでも自分の命を握っているのは、この男なのだと知らしめられた。
「さすがだな、旦那様のお気に入りは」
外野を無視し、左足を大きく前に出しながら、右手に持ったサーベルを腰の位置に構える。右足で地を蹴るのと同時に、弧を描くように振りかざし、斜めに空をなぎ払う。
「迫力が違う。獣の血が混ざってるとかよく分かんねえけど、なるほどって感じだな」
隣にいる背の低い少年がうるさい。
「無駄口叩いてると、殴られるぞ」
彼もアマデオに買われた子供の一人だ。忠告すると、彼は周りを見るように促した。
乱れなく横一列に並んだ他の子供達が、カディと同じように剣を振り回している。しかし訓練をする中庭に、指導教官の姿はなかった。
休める時に、休んでおいた方がいい。
「一度、逃げようとしたヤツが、随分と真面目だな。教官の掛け声がなくなったのにも、気づかなかったのか?」
剣を構えていた腕を下ろして息をつくと、少年が茶化すように言う。
確かに夢中になっていたが、真面目というわけではない。言いなりになっていれば、力をつけられる。今は逃げる手立てがなくても、いつかその力は役に立つだろう。
「お前が来るまで、ここで一番、腕が立つのは俺だった」
不意に少年は持っていた剣を素早く一振りし、カディに切っ先を向けた。
「今のお前みたいに、旦那様に目をかけてもらうのは時間の問題だった」
切る気がないのは、脚の動かし方で分かる。黙って見ていると、彼は垂れた目を細めて笑いながら剣を下ろした。
「妬んでるんじゃない。今後のために、旦那様のお気に入りに取り入っておこうってワケ」
彼だけではない。
ここにいる子供達は、アマデオに恐怖を感じながらも、認められようと躍起になっている。
役に立たなければ殺されるとも、アマデオの所有する鉱山に送られて過酷な労働を強いられるとも言われているのだ。認められれば贅沢ができると、同時に甘い言葉も囁かれている。当然だろう。
カディは曇った高い空を仰いだ。
その時、主塔の最上部、格子のついた窓に人影が見えた。
城内は自由に歩き回れない。特にアマデオのいる主塔には、うっかり迷いこむことも許されなかった。
しかし、同じような年齢の人影がそこにある。
「女か? いや、男か。随分と華奢なヤツだな」
剣を振るえる体つきではない。遠くてはっきりとは見えないが、人形のような顔をした銀髪の男だ。高貴な雰囲気を漂わせ、服装も貴族のそれと同じだった。
「相変わらず、お高く留まってやがるな」
隣で同じように格子のついた窓を仰ぎ見ながら、垂れ目の少年が呟く。
「誰だ?」
「知らないのか。俺達みたいに買われてきたヤツだ。男妾としてだけどな」
好色なアマデオは妻子が王都の屋敷にいるが、他所に幾人もの愛人を持ち、最近は男遊びに夢中だという。銀髪の彼は男妾の中でも特に気に入られ、この城に囲われているらしい。
「惨めだな。飽きられないように媚を売って。ああやって、今も抱かれるのを待ってるんだ」
吐き捨てるように言いながら、少年は妙にうれしそうだ。
自分より劣った存在だと嘲い、軽蔑することで優越感を味わっているように見えた。
「何をされるか分からないから、逆らえない。惨めなのは俺達も同じだ。上も下もない」
カディは剣を再び構え、話を終わらせた。
銀髪の彼に哀れみは感じない。哀れめば、それは自分を哀れむのと同じだ。
しかし不思議だった。その瞬間から、『何かを探さなければ』という焦燥が胸から消えた。
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