二人が言葉を交わす声が聞こえなくなり、扉が閉まった音が耳に届けば、ゴミを纏めて顔を上げた。
「掃除、終りましたから」
小さく会釈して安岡の横を通りすぎようとした所、強い力で先程整えたはずのベッドの上に押し倒されシーツが波打った。
安岡はこの部屋に呼び出した時や女と寝た後には自分を抱く。
だから「残れ」と言われた瞬間に気づいていた事だった為、平山からは驚きの声は一言も出なかった。だがそれだけでは無く、安岡に対して嬉しいとも、悔しいとも、腹が立つという感情さえも出て来ない。
ただ、ふわふわとした場所に漂っているような空虚に浸され、平山は無心に天井を眺めていた。
「おい」
安岡の不機嫌を丸出しにした低い声が部屋に響いたと思ったら、平山の顎を掴んだ。その顔を無理矢理正面に向けさせれば、頬を平手で打ちつけた。頬の裏の肉が歯に当たって口内に傷が付いたが、平山が鉄の味を感じるよりも早く、安岡は髪を掴み上げ投げ捨てる様に体勢を変えていく。背に覆い被さり乱暴に下肢を覆う衣服をはぎ取った後、力づくで割られた双丘の奥にその侭の勢いで指が捩じ込まれていく。
内股が引き攣ってびりびりとした痺れを感じていれば、一層強い痛みが平山を襲った。無理矢理に広げられたそこが切れたのだと分かった。
準備などひとつも出来ていない其処に、濡れてもいない指が侵入してくるのだから、傷つかない方がおかしいのだ。
腸壁を覆う僅かな腸液と傷口から滲みだした血を潤滑油かわりにし、抽出を繰り返す安岡の行動に、先程見た安岡の女に対する優しい手付きが平山の脳裏を過ぎっていく。
悦びに震えていた女に対して、平山は快感など無い行為に筋肉は引き攣るばかりで、痛みを伴い、意識が遠くなりかけ、思考も全身も真っ黒に塗りつぶされていくような錯覚に陥ってしまう。
すると前触れも無く女に挿れられていたものが、今度は平山の体内に侵入してきた。指に比べ体積も質量もはるかに大きいそれに、切れた場所がさらに広がり内股に血が垂れていった。
今まで抱かれた時には切れる事は有っても、ここまで傷口が広がる様な事は無かった。今日の安岡は何時にも増して乱暴で酷く焦っているみたいだった。だが、その理由を考えるための余裕も、尋ねる為の言葉さえも今の平山は持ち合わせていなかった。
内部が圧迫されて意識を引き戻された代わりに、異物に対する不快感が込み上げてきて吐き気がしだす。さらにそれが抜かれていけば、無理矢理腸壁が引っ張られる痛みに再び意識が薄れる。安岡は自らが喜ぶ為だけに強く抜き差しを繰り返している為に、その不快な波が繰り返し、繰り返し平山を襲った。
平山は背中に覆い被さっている男に対する感情が、もう分からなくなっていた。
顔を布団に突っ伏し痛みを少しでも紛らわそうと、シーツを掻き抱く。鼻を付くのは女の香水の甘い香り。与えられる痛みに対してなのか、何に対してなのか分からない涙が自然と流れ落ちていく事が、ただ苦しかった。
だから、もう終わりにしたい。これが最後だ。と、そんな思いが心を占めていく事を止めらる事は出来なかった。
限界を迎える直前、急いで自身を引き抜こうとする安岡の動きに気づき。それを止めさせようと片手で腰を掴んでいた安岡の腕を掴み、平山は初めて安岡を振り返った。
涙や汗や血液で、ぐしゃぐしゃになっているであろう顔を見られるのは出来れば避けたかったのだが、今だけは安岡の表情が見たかった。これが最後なのだから。
直ぐにその視界を遮る様に平手が頬を襲ったのだが、それでも平山は体勢を戻して食い下がり、口を開いた。
「抜…か……く、だっ…。な、中に…───」
痛みだけの行為が始まって初めて言葉を発した為か、掠れ切った声しかでなかったが途中までのそれで安岡には伝わったのだろう。眉を寄せ目を瞑り、何も言わずに片手で平山の頭を布団に押さえつけ、更に強く腰を打ち付けてきた。
平山が消えてしまいそうな意識を必死に留めていれば、背後で安岡が短く何かを囁いたと同時に、腹の中に熱いものが注がれていった。
平山は中に出される事は初めてだった為、その不快とも取れない妙な感覚に身震いをした。
同時に上擦った言葉にならない声が零れ出て、消えていった。
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