「…夢精…するんですか?」
「あ〜…う〜…ん…」
まじまじと見つめながら聞かないでくれっ!…と心の中で叫びながら虎徹は視線を泳がせた。思春期の男の子ならまだしもこんなおっさんが…と思われるかもしれないが…いくら歳を食ったと言っても『男』は『男』だ。まだまだ枯れてもいないし、『そういう夢』を見たら興奮してうっかり…なんてことが全くないとは言い切れない。
はっきりカミングアウトするのも恥ずかしいので言葉を濁していると、視線を逸らしたままの目尻に唇を柔らかく押し当てられた。
「…じゃあ…コックリング嵌めましょうか?」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………いやいやいやいやいやいやいやいやッ!!!」
しばし言われた言葉を反芻していたが、内容を理解出来た瞬間飛び上がってしまった。さらっと何気ない風に言われるとさっぱり分からなくてうっかり頷いてしまうところだったが…ちゃんと気付けて良かった…と冷や汗をだらだら垂れ流してしまう。
「冗談ですよ」
「…そんな風にゃ聞こえなかった…」
「はい。半分本気だったので…」
「…やっぱり冗談じゃなかったんじゃねぇか…」
悪びれた風もなく微笑むイワンにしかめっ面を向けると、彼は虎徹のすぐ横へ腰掛けた。警戒心剥き出しに構える虎徹の顔を覗き込むように少し上体を倒す。
「もし虎徹殿が了承していただいたら、公平に僕も付けようかと思ったくらいなので…」
「…おま…そんな趣味あったの…?」
「虎徹殿との初夜の為ならこのくらい出来て当然です」
「…〜〜〜…」
にこにこと微笑む顔に脱力を禁じえない。完全に振り回されてしまっている…恨めしそうにじろりと顔を睨むと尚も微笑を浮かべるイワン…けれど…
「………」
しばらく見つめていたのだが、ふと顔を反らせた。
「?虎徹殿?」
「〜〜〜」
表面上はとても平然としているのだが…その耳が赤く染まっていることに気付いたのだ。
男の意地…虚勢…大人らしい余裕…それらを必死に取り繕っているのだと気付いてしまって、顔がにやけてしまいそうになる。これほどに愛されているというのは…なかなかにいい気分だった。
そして浮かれついでに少し調子に乗ってしまう。
「………」
「…え…?」
ゆるり…と振り返ってすぐ隣に座っているイワンの肩に顎を乗せる。もうほとんど身長差がなくなったので、前屈みにならなくてもいい…その成長に笑みを浮かべながら近くにあるイワンの顔をじっと見つめた。
「………ッ!」
ただただ紫色の瞳を見つめて…唇を少しだけ開く…そうすると意図に気付いたイワンの肩が跳ねる。ついでに赤みが耳だけに留まらず、見る見るうちに頬にまで広がっていった。
「…〜〜〜…」
「(…やっぱまだお子様だなぁ…)」
いくら『大人の仮面』を被れるようになったとはいえ…不意を付く虎徹の『お誘い』にはまだ免疫がついていない。おかげでいつまでも『可愛い反応』をしてしまうイワンに虎徹は満足気だった。
…けれど…
こくり…と喉を鳴らすと周囲に視線を走らせる…そんなイワンに何も言わずじっと待っていると、ようやく顎に指がかかった。
「…んっ…」
「…ん、ふ…」
顔を傾けるイワンに合わせて少しだけ傾げると、柔らかく唇を押し当てられる。しかし、すぐに離れはせず、確かめるように2・3度啄ばんでから噛み付くように重ねあわされた。
途端に鼻から抜ける甘い吐息にイワンの腕が腰へと絡みつく。引き寄せる腕の力に合わせて虎徹の両腕が首に回された。自然と深くなる唇は互いに開き合って、熱い吐息を奪い合う。ぴたりと隙間なく抱き合ったままソファの上へと倒れこんだ。すると…そろり…と遠慮がちに入り込んできたイワンの舌に内心笑みを深めていると、舌先が擽ってくる。そのくすぐったさに肩を跳ねさせていれば舌の裏側に滑り込み舐め上げてきた。
「…んっ…ぅ…む、ぅ…」
あまりにもしつこく舐めてくるから逃げていれば、上顎を擽られて艶を含んだ声が漏れてしまう。きゅっと眉間に力を入れていると、今度は歯列をなぞりじわじわと奥へ移動していった。奥歯に近くなれば近くなるほど大きくなる刺激に服を握り締めて精一杯耐える。しかしやられっぱなし…というのは虎徹の性に合わなかった。
「ッん…!」
…ぢゅっ…と音を立てて口内に入り込んでいるイワンの舌を吸い上げる。すると抱きついた背中がぴくりと跳ねた。
「…ふ…ぅんッ…」
悪戯が功をなした、と喉の奥を震わせて笑えば…仕返し…とばかりに舌を絡め取られて歯を立てられてしまった。降参、と言う代わりに背中を撫でれば歯を立てた場所を優しく舐めてくれる。
「…ぁ…っはふ…」
舌先が痺れ始めた頃、ようやく開放してくれた。どっと流れ込んでくる新鮮な空気をたっぷり吸い込んで呼吸を整えていると、優しく頬を撫でる感触にそろりと瞳を開く。
「!」
ぱっちりと開かれている紫の瞳に嫌な予感が走り抜けた。ついこの前までは濃厚なキスに呼吸が上がってしまい、赤くなった顔を見られるのが恥ずかしい…といって俯いていたイワン…しかし…少し潤んではいるが、その双眼は虎徹の顔を映し出している。
「大丈夫ですか?」
「…ぃ…いつから開けてた?」
「覚えてないです。」
「〜〜〜〜〜」
しれっと告げられる言葉…こちらにばかり羞恥を高められるやり取りに…ホント『良い性格』になって…と直視出来なくなった顔から視線を反らせた。
惚れられた弱味か…惹かれた弱味か…一呼吸おいてからちらりと視線を向ければ未だに崩れていない笑みがそこにある。
「……こっから先は一ヶ月後のお楽しみ…ってことで。」
「はい」
しっかりと頷いてみせた彼の顔は今まで見た事のないほどにキラキラと輝いていた。
*****
カレンダーにバツ印を付けるようになったのは約束を交わした次の日だった。日毎、赤いバツ印が並び、月が変わる頃には印を書き入れるのが日課になってしまった。
それに伴い、花丸を付けた日が近づき、自然と心がウキウキと浮かれてしまいがちになる。たまにスキップなんかしてしまって、自分で気づいた時は自己嫌悪に陥るのだが…無意識の内に鼻歌を歌ったりしてしまった時には、その場にいる同僚に突っ込まれてしまったりなんかする。笑って誤魔化すのだが、カリーナなんかに「気持ち悪い。」と言われた時はさすがに落ち込んだ。しかも、視界に嬉しそうに淡く微笑むイワンの顔を見つけてしまうと居た堪れなくてしょうがない。
イワンの誕生日のはずなのだが…虎徹自身も楽しみにしていることを自覚してしまって、思わず照れてしまった。
「(いい歳したおっさんが乙女って…どうよ?)」
つくづくイヤになる…と、自分に対して呆れる日々を繰り返していると…ついに一ヶ月が経とうとしていた。花丸が明日に迫った日…ふと見つめたガラスに映る自分の顔が、はにかんでいて思わずハンチングを押し付けて覆い隠してしまう。
イワンとの約束通り、いまさらこんな言い方は可笑しいが…貞操を守り続けている。とはいえ、いつも抱かれる時は虎徹から誘って成り立たせていたものなので、本人が動かなければ自然とそういう行為には発展しないのだ。飲みに行くにしても、いつもと違って飲む量を制限しているから、酔った勢い…というのも存在しない。
意外に簡単だったのだな…と関心すらしてしまった。
「…タイガーさん?」
「んー?」
その日に課せられたトレーニングの合間に虎徹は携帯を取り出してスケジュール機能を立ち上げていた。ちゃんと誕生日を祝えるように…と普段は滅多にしないスケジュール管理までしっかりしてしまっているあたり、『乙女決定』と自ら太鼓判を押してしまう。
そんな虎徹の横にイワンが近寄って来た。メールの打ち込みをしていると思われたのか、遠慮がちにかけてくる声へ顔を上げると何と言おうか…と迷っているような表情をしている。
「見られて困るようなものじゃないから座っていいんだぞ?」
「あ…じゃあ…失礼します」
ぽんぽん、とすぐ横の席を叩けばすんなりと座ってくれた。しかし、やはり迷っています、と自己申告しているような表情のまま会話が切り出されない。
「………」
「………」
『約束の日』前日のこのタイミング…言いたい事があるのになかなか言い出せない雰囲気…明らかに緊張しているのが分かる。
では何に緊張しているのか…
「………」
「………」
明日は平日の木曜日。でも…イワンの誕生日…そこまで考えてもしや…と思った。
「…イワンはさぁ…」
「は、はいッ!」
何気なく話しかけたつもりだったのだが思い切り緊張しているせいか、返事が飛び上がるんじゃないかってくらい大声になっていた。そんな彼にぱちくりと目を瞬くと、己の失態に気付いたとばかりに顔を真っ赤にして俯いてしまう。こういうところはずっと変わらないなぁ…と小さく笑いながら言葉を続けた。
「明日は…出勤?」
「あ…いえ…その………誕生日はいつも有給になってて…誕生日祝いの一環になってるんです」
「会社の労い方ってやつね。」
「はい…」
「ってことは出動がない限り一日フリーかぁ…」
「…はい…」
その答えに予想は確信へと変わっていく。
きっと…誕生日をまる一日一緒に過ごせないか…と思ったに違いない。
しかし、ヒーロー業に休日なんてあるわけもなく…たとえ出動命令がなくても、平日だから会社があるだろう。そんな相手に自分の都合で有給を取れ…なんて言い出せるはずもない。何より…今日の明日…だ。遅すぎる。
「イワン、イワン。」
「あ…はい…」
「ちょっとちょっと。」
「?はい…」
いざという時の己の行動力のなさに少々どんよりした空気を纏うイワンに、虎徹は手招きする。そして僅かに上体をこちらに寄せたその肩に腕を回すと途端に赤くなる顔の前に携帯を翳した。
「コレ見て。」
「え?…あ…は、い…」
顔も頬がくっ付きそうなほど近くまで寄せ、体もぴったりと寄せる。体温が上昇していくイワンに気付かないふりをして画面の操作をしていった。呼び出すのはついさきほどまで弄っていた『明日の予定』。
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スケジュール
有給消化一日目
・出動要請以外に仕事も用事も入れない事
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「……こ、れ…」
モニタに文字列が並べられるとイワンの顔が見る見るうちに驚き一色へと変化していく。まん丸になった瞳を向けられて、思惑通りの表情に虎徹が楽しそうな笑みを浮かべた。けれど特に何も言わず、意味ありげに視線を動かす…もう一度モニタを見て欲しい…と。
「………」
そんな虎徹に何か言いたそうだったイワンはとりあえず指示されるようにモニタへと視線を戻した。すると、肩に回された方の手がそろりと動き、まるで「飛んでいけ〜!」とでも言うような大げさな動作でスライドさせる。
「………ッ!!!!?」
新たに表示された文字列にイワンが飛び上がった。読んで字の通り…本当に飛び上がってベンチから転がり落ち…酸素不足の金魚のように真っ赤な顔で口をパクパクと開閉ばかりさせている。
真っ赤なイワンの顔を見下ろしながら表示させたままの携帯をひらひらと動かす虎徹はまさに小悪魔の笑みで…薄い唇が優雅な弧を描く。その唇に押し当てた携帯のモニタには…
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誕生日プレゼントとして
美味しく頂かれる日。
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座り込んだまま立てないイワンのすぐ傍にしゃがみ込むとその真っ赤な耳に唇を寄せる…
「イワンの家で入念に磨き上げたいから…今夜から泊まっていい?」
「ッ!!!」
分かりやすいほどに大きく跳ねた肩に笑みを深めて、僅かに距離を開けられてしまった耳へ再び唇を寄せた。
「メールでお返事ちょうだい、ね?」
「ぅひゃあ!!」
ちゅっ…と可愛いリップ音を立てて耳にキスをする。すると今度は声まで上がった。首まで真っ赤にしたイワンに…くっくっくっ…と笑いながら頭を掻き回すように撫でてその場を立ち去る。通路を折れる直前にふと振り返るとイワンもこちらを見つめたままだったらしく、視線がぶつかってガチガチに緊張した顔になった。
「待ってるよ♥」
投げキッスのサービス付きで微笑みかければ首を痛めるんじゃないかってくらい必死に頷いてくれた。
* * * * *
「…虎徹さん…」
「んー?」
狭いロッカールームの中…トレーニングウェアを脱ぎ捨てて私服へと着替えていた。ズボンのファスナーを上げてボタンを留める前にシャツへと腕を通す。一つずつボタンを留めていると早々に着替え終わった相棒が呼びかけてきた。
その声のトーンに違和感を感じたが、身構えるよりも先に背中から抱きしめられてしまった。
「…バニー?」
「…最近…ご無沙汰なんですけど。」
「んー?…あぁ〜…」
ぐっと密着させられた腰に彼が何を言おうとしているのか明確に理解できた。臀部に押し当てられる熱く固い塊…間違うことのない欲の塊はぎゅっと抱きしめて来るとともに強く押し付けられる。
「…若いねぇ…」
「貴方がそんな格好を簡単に晒すからじゃないですか…」
「…俺のせいかよ…」
…欲しい…と言葉に表さず、擦りつけて来るバーナビーに余裕のなさを感じられる。だが…しかし…応えてやるわけにはいかない。
せっかく留めたシャツのボタンを外そうと絡みつく手をやんわりと押しとどめる。
「…?虎徹さん?」
彼の施す甘やかな腕の束縛から離れるとさすがに不思議に感じるだろう…驚きに満ちた表情を向けられる。そんなバーナビーと向かい合わせになると、開けられたボタンを閉めなおした。
「だぁめ。」
「…ロッカールームだから…ですか?」
小さい子に言い聞かせるような言い回しに少し眉間へ皺を寄せるが、『ダメ』だという理由に当てはまるものをすぐに提示してきた。確かに以前、ロッカールームで盛りがついてしまったバーナビーに抱かれた事がある。そして、いつ人が来るか分からない所では嫌だ、といって断った記憶も。どちらもたった一度きりだったのに…優秀なルーキーはしっかり覚えていたようだ。
その『優秀すぎる記憶力』に苦笑を浮かべてネクタイを首にかける。
「そ。だからダ・メ。」
「…じゃあ、違う場所ならいいですか?」
「んー、や。それでもダメ。」
するすると小さな布擦れの音を立ててネクタイを締めると最後のベストへと腕を通した。尚も突き刺さるバーナビーの視線に虎徹は苦笑を浮かべる。
「別に俺じゃなくてもいいだろ?」
もともと、バーナビーと寝たのは欲求不満の解消を手助けする為だった。最近、性欲を持て余して良く眠れていない…という赤裸々な相談を受けたのが始まり。店を紹介しようか、とも思ったが、切羽詰まった彼の様子に限界が近いんだな…と悟った。
だから抱かれた…虎徹としてはそれだけだ。
最初の一回以降は、何気なくどちらかが誘って酒を飲みつつ雪崩れ込んで…といったパターンだったが…この頃は虎徹が誘うばかりになった。むしろバーナビーが虎徹から誘ってくるのを待っている…といった方が正しい。
「…貴方でないと…満たされないんです」
「なっ…おい!バニー!」
突然手首を握られるとロッカーへ押し付けられる。全身でぴたりと寄り添い、当てつけのように腰を密着させられた。ソコから移る熱に煽られそうになり、息をのむ。
「…最近…誘ってこないのは…僕がもう用無しだからですか?」
「何…言って…」
「…僕では…満たされないですか?」
「…バニー…」
「僕には…貴方だけなのに…」
間近にある真摯な表情…握り締められる手首の痛みに彼が本気である、と知らされる。何も話せなくなった虎徹に彼はゆっくりと顔を近づけてきた。どこか怯えるように…逃げないで、と希うように…縋りつくような彼に応えてやりたい…
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