しかし…
虎徹としても…揺らぐわけにはいかなかった。約束をしたのだ…『彼』と。
「バーナビー。」
「!」
ゆっくりと息を吸い込んではっきりと…よく通る声音で名前を呼ぶ。すると目と鼻の先まで差し迫った顔が強張った。
「…言ったよな?最初の時。」
「………」
「束縛は嫌だって。『お前だけのモノ』にゃならないって。」
「…はい…」
「これはお前だけに言ってる言葉じゃない…そう言ったよな?」
虎徹の言葉にバーナビーは徐々に俯いていってしまった。言葉を重ねるにつれ押さえつけた手からも力が抜け落ち、ついにはだらりと垂れる。
項垂れてしまったその姿から虎徹は顔を背けた。つい慰めるように頭を撫でてしまいそうになったからだ…
「……でも…」
「なんだよ?」
「ずっとしてないでしょう?」
彼のストレートな物言いに虎徹は一瞬喉を詰まらせた。眇めていた瞳が僅かに見開いてしまう。
「…まぁ、そうだな。今までの頻度からするとまったくヤってねぇ。」
「…僕から求めてはいけませんか?」
「………」
「………」
じっと見つめてくる緑の瞳…まっすぐに射抜いてくるその力強さに心が揺らぎそうになる。無意識に持ち上げた手に気づくと、くしゃりと前髪を掻き上げた。
「…気が乗らねぇ。」
「…そんな…物欲しそうな顔してるくせに?」
静かに告げられた言葉に目を瞠ってしまう。
もちろんそんな顔をしているつもりはない。けれど…『心当たり』がある。
「………」
「………」
「『気が乗らねぇ。』」
にっと不敵な笑みを浮かべた虎徹は部屋から出て行ってしまった。その場に残されたバーナビーはベンチに座り込むと頭痛を抑えるように頭を抱える。
「………嘘つき。」
* * * * *
ジムから出てきた虎徹は少し足早になりながら携帯を取り出した。未読のまま置いてあったメールを開いて内容に目を走らせると、小走りになりながら目的地へと急ぐ。
イワンの家へお泊りに行く時いつも使う待ち合わせ場所…日本からの輸入品を数多く揃える雑居ビルの入り口。『待ち合わせ』にうってつけな『忠犬ハチ公』のオブジェが建てられたその場所が待ち合わせ場所だ。
「イワン!」
「あ、虎徹ど…の!?」
そのオブジェの足元…こちらも『忠犬』のようにじっと待ち続ける青年の姿があった。その彼の名前を呼びながら辿り着くなり、腕を引いて走り出す。人通りの多い道から外れて細い路地の中へと駆け込んだ。
「こ、虎徹殿?どうかし…」
「…ん…」
半ば引き摺るような体勢になりながらも付いてきてくれたイワンを壁に押さえつけると、心配そうな表情の彼に有無も言わせず口付けた。驚きに見開く目…その瞳をしばらく見つめて静かに目を閉じる。
柔らかな唇の感触を楽しむように己のそれで食み、時折ぺろりと舐めた。すると硬直していた腕がそろりと背中に回され、優しく抱き締められる。それと共に唇を舐めていた舌を口内に招き入れられて甘咬みを施された。じんっと広がる甘い痺れに肩を跳ねさせて首に腕を絡めるともっと体同士を密着させる。
「んっ…は……っふ…」
舌を摺り寄せて甘えれば答えるように吸い上げられた。乱れつつある呼吸に体中から力が抜け落ちると、完全にイワンへと凭れ掛かっている状態になっている。僅かに乱れた呼気を吐き出すと潤んだ目尻を指先が撫でてきた。
「…虎徹…殿…?」
「あ…わりぃ…すごく…キスがしたくなって…」
優しく呼びかけられる声にふと我に帰るととても恥ずかしくなった。普段は野外で手を繋ぐのも恥ずかしがる方だ。そんな虎徹が人気がないとはいえ…路地裏でディープキス。衝動的だったとはいえ、とてつもなく恥ずかしい事をした…と握り締めていたハンチング帽で顔を隠す。
「…そんなに僕を欲してくれていたんですか?」
「ッ!ちっ…ち………ち…」
「ち?」
がばっと顔を上げるとほわりとした笑みを浮かべるイワンがこちらを見ていた。かぁ〜っと赤くなる頬に気付いてはいるが、今更伏せたとて手遅れだ。けれど直視し続けられず、瞳がそろそろと横へ流れていく。
「…ち、がい…ますん…」
「どっちですか?」
「〜〜〜〜〜ッ」
くすくすと笑われてしまい余計に恥ずかしくなってしまった。居た堪れなくなり、抱き込んでくる胸を押し返す。
「ね?どっちですか?」
「いっ…いいだろっもう…さっさと離せよ」
「もう一度キスしてくれたら離します」
「〜〜〜ったく…」
…本当にいい性格になったものだ…と小さく苦笑を漏らして両頬を包み込むと唇同士を重ね合わせた。啄ばむように柔らかく食んで差し出された舌を口の中へ迎え入れる。撫でる様に舌をすり合わせられると覚えのある感覚が腰の奥で疼いた。
「んっ…んぅ…」
上顎をするりと舐められてびくりと肩を跳ね上げた。歯列をなぞって敏感な上顎ばかりを刺激されるとじわじわと熱を沸きあがらせる躯が震えてくる。…もう許して…と言葉に出来ず縋りつく手に力を込めると、背に回された手が優しく撫でて力を緩めてくれた。
「ぁ…ふ…」
細く銀糸を引いて離れていく唇を見つめて熱い息を吐き出すと、頬にちゅっと軽く口付けられる。
「ご馳走様でした」
「…お粗末さまでした」
頬を赤く染めた虎徹をもう一度抱き締めてイワンはふと通りの入り口へと視線を向ける。『そこ』に居た人影がなくなっていることに目を眇めると、抱擁を緩めた。
「さ、行きましょう。明日の為に掃除もしましたし、模様替えもしたんです」
「おまえ…気合入りすぎだろ?」
「だって…一生に一度しかない日ですから」
「…ん…そうだな…」
さり気無く繋いだ手は指を絡めて…所謂『恋人繋ぎ』にする。いつもは何かと文句を言われるのだが、今日は言われない。ただ、恥ずかしい事は恥ずかしいらしく、顔をそらされてしまった。その事に喜びを隠さずに微笑むと人通りの少ない道を選んで二人並んで歩いていく。
その後姿を緑の双眼が苦しげに見つめていた。
*****
イワンの家へ向かう前に…と、二人揃ってお気に入りの日本料理屋にて腹ごなしをした。気負う雰囲気のない店は無意識に緊張してしまっていた二人の気持ちを解きほぐしてくれる。何気ない話に華を咲かせ、談笑をしながら舌鼓を打つ…店から出る頃にはすでに夜も更け、ほとんどの店は『CLOSE』の看板を掲げていた。
まだ煌々と灯りが点いている店といえば…居酒屋くらいではないだろうか?
いつもと何ら変わりのない道のり…目の前に迫る扉だって何度も見てきた。
………けれど…
「………」
「…虎徹殿?」
「う…あ…いや…」
イワンの家に来た事は何度もある。なのに、今日…というのが虎徹に酷く緊張感を与えていた。思わず玄関で立ち止まっていると、先に上がったイワンが不思議そうに振り返る。
「(酒でも飲んでくりゃよかった…)」
もそもそと靴を脱ぎながらそんな事を思い浮かべる。多少酒が入っていれば勢いで乗り切れたかもしれない。…けれど、どこかで『勢いに任せる事』に罪悪感も感じていて…酷く複雑な思いをする。逃げたいわけではないのだが…発表会の順番待ちをしているような妙な緊張感で挙動不審になりそうだった。
そんな心境を読み取ったのか、イワンはそっとエスコートするように虎徹の右手を掴んで引き寄せる。
「日が変わるまでは何もしませんよ?」
「お…ま、それ…余計に身構えるっての…」
耳元で囁かれた言葉に頬が熱くなる。被ったままのハンチングをくしゃりと握りしめて顔を覆い隠した。するとくすくすと小さく漏れる笑い声が聞こえてくる。完全に調子の狂っている自身に心の中で舌打ちすると、未だ笑っているイワンのジャケットを掴み上げて不意打ちの口付けを仕掛けた。
「んっ!」
かぷり…と唇全体を食べてしまうようなキスを仕掛けた虎徹はすぐに離れていった。きょとん、と狐につままれたような顔になったイワンの顔を見つめてにやりと笑みを浮かべる。
「…っ…」
ぼっと音がしそうな勢いで顔を真っ赤にしたイワンに見せ付けるよう…ゆっくりと唇を舌で舐めまわす。さながら…発情期の猫のような仕草だっただろう…
「…そんなこと…されたら…我慢出来ないじゃないですか…」
「我慢しなくていいって…言ったら?」
挑発するように首へと腕を絡める。わずかに引き寄せて今にも唇が重なりそうな位置で見つめると、イワンの喉が…ごくり…と音をたてた。紫の虹彩に浮かび始める飢えた雄の色…虎徹の背を震わせて…このまま食らってほしい…とさえ思わせる。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………駄目です。」
「駄目なんだ?」
「はい。僕のけじめですから。」
「…………そっか…」
見詰め合う事数秒…ずっと動かなかったイワンが口を開いてこぼしたのは否定だった。至極真面目な彼らしい答えに虎徹も自然と笑みが浮かんでくる。本人がそういうのなら…と首から腕を解くと、イワンの腕が腰に絡んできた。
「お?」
「…でも…」
「…うん?」
「虎徹殿が許してくれるなら…日が変わるまでの間も…触らせてほしい…」
「…触る…ってのは…」
「…貴方を抱く『準備』を…最初から全部させてほしい…」
抱き寄せられて額同士がこつりとぶつかる。鼻先がぶつかるほどの距離でじっと見つめてくる双眼に呼気が乱れ始めた。
「体…洗ってくれるってこと?」
「はい…隅々まで…今夜…『開かせてもらう部分』まで…全部…」
「え!?そこまでっ…」
「焦がれ続けてきたんです…虎徹殿と触れ合う事に…だから…一日中触ってもきっと…足りない…」
間近に見える紫の瞳がゆるりと揺れる…不安か…期待か…興奮か…焦れか…判断の付かない色に揺れる瞳が虎徹の目を釘づけにする。唇に吹きかかる呼気が眩暈を起こしそうなほどに熱い。
求める瞳に…拒否の言葉すら紡げない…
「(…いつから…こんなにもハマっちまったかな…?)」
解いた腕を首に回すとそっと瞳を閉じる。キス待ちをしてみればすぐに答えてくれる唇を甘く食んで離れ際にぺろりと舐めた。
「…運んで?」
「…はい…」
ふわり…と瞳を細めて甘える声を出す…するとイワンも微笑み返してくれた。
こうも簡単にお姫様抱っこをされるのはかなり癪に障るものではあるが…それほど相手が成長した…と捕らえればさほど腹も立たなかった。むしろ、安心して託せるかな…とさえ考えられてしまう。
脱衣所に連れ込まれ、下ろされるとイワンはジャケットだけ脱ぎ去る。1人浴室に入り、浴槽に湯を張り始める。それを音で聞きながら、虎徹は手近にある洗面台へ腰掛けた。
「…あれ…?」
浴室で椅子やら桶やらを動かしていたらしいイワンが脱衣所に戻ってくるときょとん、と不思議そうな顔をする。その理由はあらかた予想出来てはいるが…わざと分からないふりをして首を傾げた。
「うん?」
「いや…あの…服…脱いでるかと思って…」
「だってイワンが『準備』してくれるんだろ?」
「…あ………はぃ…」
勿体つける様に足を組み変えて笑みを浮かべれば、イワンの頬が赤く染まる。こくり…と小さく頷いてこちらに近づくその貌は最初に告白をしてくれた頃のように幼い。けれど…その紫の瞳に滲む雄の色に虎徹の胸が高鳴る。
「…失礼します…」
「…ん。」
目の前に立つと恐る恐る伸びてくる指先…僅かに震えているその指に…若いなぁ…などと思い浮かべてしまう。
…しゅるり…と音を立ててネクタイが解かれる…首の周りを擦りながら引き抜かれると今度はベストのボタンに差し掛かった。…ぷつ…ぷつ…と慎重に外されるボタン…肩から落とされて洗面台に着いた手の辺りに留まる。そっと…恭しく手を持ち上げられてベストを取り除かれると…そろり…と伸びる指がブラウスの襟元にぶつかった。
「…… …」
イワンの唇から熱い吐息が零れ落ちる…聞かないフリをしながらもどかしい指の動きにじっと耐える。
「………」
震える指先に叱咤しつつ…酷くもどかしく動かしながらようやくシャツのボタンを外し終えた。組まれた足を解かせると、シャツを引きずり出すべくベルトを弛めに掛かる。カチャカチャと耳に着く金属の音が酷く大きく聞こえた。ボトムのボタンを外す…ファスナーを少しだけ下げてシャツを引き上げると、肩から襟元が滑り落ち…生肌が露わになる。
「… … …」
ごくり…と喉が鳴る…自然と早まる呼吸に気付きながら必死に押さえ、ちらりと視線を上げると僅かに紅潮した頬の虎徹が見える。伏し目がちになっているのはきっと居た堪れない恥ずかしさに耐えているからだろう…
「…っ…」
見せつける様に…己も…堪能するように…首筋へと両手を這わせ、撫でる様にシャツを脱がせると触れる肌がぴくりと跳ねた。温かい肌…滑らかに滑るも、所々に見られる古傷の痕に視線が釘付けになる。ベストと同じく…手首で留まるシャツ…再び手を持ち上げると今度はそのまま立ってもらった。
食らいつきたくなる衝動を必死に押さえ付けて、虎徹の目の前に膝まづく。顔を見上げたまま腰に手を滑らせると、無表情に近かった顔がぴくっと引きつった。腰から尻…太股…脹脛、と手で包む様にして撫で下ろせばベルトの重さに引かれてズボンが落ちる。これで残りはアンダーと靴下…足首から徐々に視線を上げていくと、体の中心に位置する盛り上がりに気付いた。同性なのだからソコに何があるかなど分かり切っている…けれど…まるで秘められた華があるかのように、鼻先を近づけ…薄い布の下に隠された蜜棒を感じ取る。…すん…と鼻を鳴らせば目の前でぴくり、と跳ねた。
「……っ…っ…」
更に視線を上げた先に…逆光の中でキラキラと光る琥珀の瞳…涙を纏ったのだろうか…ゆるりと揺れている。僅かに開いた唇から垣間見える舌がちろちろと蠢いているのを見た。
脹脛から撫で下ろしてソックスを脱がせる。勿体つける様に…じっくりじっくりと片足ずつ引き抜いていった。…ひたり…と床につく爪先に、床へ這いつくばって口づける。
「…ぁ…っ…」
耳を擽る小さく甘い啼き声…もっと…と強請りそうな心を押し殺して見上げると、こちらに潤んだ瞳を向けていた虎徹が慌てて顔を反らせた。
「…〜〜〜…」
爪先に当てられる柔らかな口付けに体が想像以上に反応を示してしまった。思わず上げてしまった声が非常に気まずい思いをさせる。今さらながら脱がせるように挑発してしまった事を後悔してしまった。
久々に与えられる快楽に、体がとっくに飢え過ぎてもっとと強請っているのを感じる。その証拠に膝の裏から裏腿、臀部と撫でて上がる手に腰を揺らして押し付けそうになっていた。
「…これで…最後…」
「…ん…」
互いに酷く興奮しているのを感じ取りながら、どうにか押さえ込みやり過ごす。一糸まとわぬ裸体にされた虎徹はとてつもない頼りなさにイワンから顔を反らせたまま…逆にイワンはそんな虎徹の反応を喉がカラカラに干上がりそうな気分で見つめていた。
「…っ…」
「…中に運びますよ?」
「…ん…」
引き寄せられると共にまた抱き上げられる…すべてを任せると言った以上はされるがままを貫くつもりではあるが…まさかここまで羞恥を煽られるとは思わなかった。ゆったりと浴槽に下ろされながらぼんやりと考えていると、一瞬脳裏に『介護』という単語が浮かび一気に冷静になってしまう。
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