「こんばんは、マーベリックさん」
「やぁ、バーナビー。人気者は大忙しだね?」
「えぇ、おかげさまで。最近は特に取材を依頼されるので……
ところで……何か御用だったんじゃないんですか?マーベリックさん」
「あぁ、少し、タイガー君にね」
「……先輩に……ですか?」
意外だ、といわんばかりのバーナビーの視線にタイガーは肩を竦めて見せた。タイガーの方もまだ何も聞かされていないのだ。
「君の元マネージャーにお会いしたいんだが……」
「!」
「?元マネージャー?」
「……あいつに……何か?」
「お話をね、したいんだよ。悪いけれど……これ以上は詳しく言えないのだが」
「そう……ですか……」
「ここに私の空きスケジュールを書いておいた。検討をしてほしい、と伝えてくれるかい?」
「……了解しました」
笑みを僅かにも崩さないマーベリックはタイガーの手を取って四つ折にしたメモを握らせた。当事者でなければ分からないだろうけれど、マーベリックの言葉は元マネージャーの『虎徹』に向けてしっかりと伝えられている。その証拠に、握らせた手をそっと叩いて去っていった。
渡されたメモを開いてみれば3つ程日程が書き込まれ、その下にメールアドレスが書かれている。返事はそのアドレスに送るように、ということだろう。多忙を極めるメディア王がこうまでして会いたいというその真意は計り知れない。
「ん〜……胃に悪いなぁ……」
予測しようにも悪い事ばかり思い浮かんでキリキリと腹が痛みを訴えだす。執行猶予は短いほうがいいだろう、と一番初めに書かれた数字を見ながら、脳内でスケジュール帳を開いた。
「……マネージャー……なんていたんですか?」
「ぅえ?」
そんなタイガーを黙ってみていたバーナビーがようやく口を開く。すると、すっかり存在を忘れていたのか、きょとん、と瞳を丸くしたタイガーが振り返った。少し面白くないとムカムカする胸の内を眉間の皺で表しひょい、と肩を竦める。
「前の会社で……貴方のマネージャーをしている人、なんて……初耳です」
「あ〜……まぁ……俺のずさんなスケジュール管理を見かねて請け負ってくれた、って感じなんだけどな。あと取材避けしてくれたり」
「……あぁ、あまり雑誌とかのインタビューには出ていませんでしたね」
「嫌いだったんでな、インタビューとかさ」
そう言って苦笑を浮かべるタイガーに今まで見たマンスリーヒーローの雑誌を思い浮かべる。バディを組む上でどういう人となりかを調べる為に見ていたが、デビュー当初こそ良く表紙を飾っていたが、徐々に減り、インタビューも当たり障りのない文章ばかりで人目を引くことはなかった。ただ、ヒーローとしての戦歴・活躍、また壊しっぷりばかりを取り上げられていたように思う。そのあたりから察するに、マネージャーによる取材避け、というのは本当らしい。
「それで、どんな人なんです?ベンさんとはまた違う人なんですか?」
「おぅ」
「腕が立つようですし……アポロンで雇ってもらえると思いますけど」
タイガーが所属していたヒーロー事業部はアポロンが買収した際に、タイガー以外の人材を解雇したという話を聞いていた。ベンさんは今新たな職に就いているというのは聞いたが、今初めて知った『マネージャー』なる人物の話は知らない。仕事が見つかっていないなら、と提案してみると、タイガーは唸り始めた。
「あ〜でも……無理じゃないかな?今は専業主婦だし。あいつ」
「………専業主婦?」
「子供が出来て育児と仕事を両立してたんだが、やっぱり辛かったみたいでさ。俺との付き合いが長かったし。辞めるとも言いがたかったみたい」
「優しい方ですね。おっとりとした感じの方だったんですか?」
「ん〜……どうだろう?詳しく聞きたかったらアントンかネイサン辺りに聞いてくれ」
「どうして貴方から聞けないんですか?」
「俺はさ、ほら。近くにい過ぎて逆にどういう奴ってのが分からなくなってんだよ」
ははっ……と乾いた笑いを返すタイガーの顔をじっと見つめていたが、これ以上突っ込んでも収穫はない、と分かるとバーナビーはあっさり引いた。……というか、どうして自分がそこまで気にするのか分からないことに気づいた、というのもある。
一方、タイガーはというと、自分の答えた言葉に少々驚いていた。思った以上につらつらと出てきた『作り話』。『マネージャー』というのは他でもない、虎徹のことだ。同一人物ではあるが、以前の会社から、別人、として成立させていたので今もその調子で話していた。いつもこういった『マネージャー』の人となりを考えてくれていたのは巴で、まさか今頃になって話の槍玉にあがるなど思っていない。なので咄嗟に考えた答えだったのだが、バーナビーを納得させれた、というならなかなかのものだったのだろう。
「さ、帰りますよ」
「はいは〜い」
バイクに跨ったバーナビーに倣い、タイガーもサイドカーへと腰掛ける。走り出すバイクの上でバーナビーは明日ジムに行こう、と算段を立て、その横でタイガーはマーベリックへの返事に頭を悩ませていたのだった。
* * * * *
「ん?虎徹のマネージャー?」
「えぇ」
次の日。午前中は会社の事務処理に追われていたバーナビーは昼過ぎにジムへ訪れるなり、アントニオを捕まえた。バーベルで筋力トレーニングをしている彼のすぐ横にあるベンチに腰掛けて問いかけると持ち上げていた器具をゆっくり下ろす。
「……あぁ、最近会ってないな……」
「どんな方ですか?」
「どんな……って……」
「ジャパニーズビューティーですっ!」
アントニオが腕組みしながら唸り始めると、どこから割り込んできたのだろう?折紙サイクロン、もといイワン・カレリンがにゅっと現れた。いつも大人しく物静かな彼には珍しく、随分興奮しているように見える。
「ジャパニーズ、ビューティー……ですか……」
「はいっ!それはもうっ……美しい黒髪と愛らしい顔立ちをしてらしてっ……可愛らしい方なんです!」
「え、と……折紙先輩は会ったことあるんですか?」
「はい!ヒーローTVのパーティーで何度かお目にかかりました!」
「そうだったんですか……」
「折紙は、あいつの熱狂的なファンだもんな」
「はい!ただ……今期では……お会い出来なくて残念でした……」
途端にしょんぼりと項垂れてしまったイワンの頭をアントニオが優しく撫でてやる。
「ロペス先輩は?」
「俺は……なんつぅかな?腐れ縁みたいなもんだ」
「長い付き合いなんですか?」
「ん、まぁ……学生ん時からの付き合いだからな」
「じゃあ……同じ年?」
「そうだな。虎徹と俺とあいつと……」
「あぁ……それで……」
「うん?何がだ?」
「先輩が、詳しく聞きたければロペス先輩かシーモア先輩に聞け、と言っていたので」
「あぁ……な。あいつら二人は……なんつうか……」
「双子って感じよねぇ」
どういえばしっくり来るだろう、と少し言葉を詰まらせていると新たな参入者が現れた。バーナビーの腰掛けているベンチの反対側に座ると優雅に足を組んでみせる。
「折紙ちゃんの片思い話でもしてるのかと思えば、あの子の話?」
「シーモア先輩も、よくご存知なんですよね?」
「もちろんよ。私の妹みたいな存在だもの」
「写真とかってないんですか?」
「ん〜……残念だけど」
「折紙先輩も?」
「はい……一度面と向かってお願いしたんですが、絶対に嫌だって言われまして……」
「じゃあ……ロペス先輩も……」
「あぁ。学生ん時からことごとく逃げ回ったからな、あいつは」
「そうですか……」
「それにしても。どうしたの?ハンサムが興味を持つなんて」
「あ……それが、マーベリックさんが彼女と話をしたい、と先輩に伝言を頼んでいたので……」
「それで気になったわけか」
「貴重な情報をありがとうございました」
「いやいや」
「どういたしましてー」
ベンチから立ち上がったバーナビーは律儀に頭を下げると、別のフロアへと向かってしまった。彼の事だから、更に自分で調べようとするかもしれないな、と思っていれば、しょんぼりとしたイワンの声が聞こえる。
「……いいなぁ……」
「うん?」
「……場所聞いて……待ち伏せしようかな……」
「あらやだ。折紙ちゃんが大胆発言してるわ」
「だって……年に一度会えるか会えないかっていう相手ですから……」
「それもそうねぇ……」
途端にもじもじし始めたイワンはいつも通りの内気な青年に戻ってしまった。そんな彼を元気つけるようにネイサンは頭を撫でて慰める。
その二人を横目にアントニオはそっとため息を吐き出していた。
* * * * *
「お前なぁ……こういう展開になってんなら先に伝えておけよ」
「いやぁ……悪い悪い」
お馴染みのバーのカウンターでアントニオは虎徹に詰め寄っていた。と、いうのも……昼のジムでバーナビーから突然振られた話に何とか、ぎりぎりといった体で誤魔化していたのだ。写真のことを聞かれた時にはうっかり「写メがある」と、言いそうになっていたけれど、アントニオが答えるより前にネイサンがとぼけてみせたので冷静になり、なんとか難を逃れた。
……とはいえ、何も虎徹から聞いていないこともあり、内心はらはらし続けていたのだ。
「昨日の今日で聞きに行くとは思わなくて……
や、それ以前にバニーが本当に聞きに行くとは思わなかったし……」
「まったく……こっちでボロが出たらどうするつもりだ」
「うんやぁ?その辺はお前とネイサンを信じてるから何とか切り抜けてくれると思ってた」
「……無責任な……」
「悪かったってぇ」
どっと疲れが増したような感覚にアントニオは頭を抱える。手で伏せた顔のまま、ちらりと横目に盗み見ればへらり、と微笑む虎徹の顔。なんだか殺意を覚えてしまう。
「だいたい……お前、今日は何してたんだよ?ジムにも来てなかったじゃねぇか」
「ん?何って……買い物。」
「はぁ???」
じろり、と睨まれてさすがにまずいと思った虎徹は慌てて説明を付け足した。
「いやいや……マーベリックさんがさ、ディナーを食べながらって言ってレストランを予約をしたらしくってよぉ……
朝、ロイズさんから聞かされたそのレストランってのがもう……ドレスコードをしっかりしておかないとマーベリックさんの顔に泥塗っちまうような『超』がつく高級なとこで……
ネイサンにも相談してみたら「パンツスーツはないわね」って言われるしさぁ……」
「あー……だろうな。」
「んでも俺の持ってる服なんて全部パンツスタイルだしよぉ……」
「それで有給もぎ取って相応しい服を買出しに行ってたってわけか」
「そゆこと。」
ちらり、と視線を投げかけたのは虎徹の座る椅子の足元。白地の紙袋は決してメンズファッションを取り扱っている店の袋ではない。箔押しの繊細な模様が見るからに女性向けであることを表している。けれど、今隣に座るその姿は『虎徹』だ。
途中の公衆トイレなどで着替えたのかな、などと余計なことを考えてしまった。
「それで?マーベリック氏との会食はいつ行くんだ?」
「明日。」
「………は?」
「だぁからぁ……あ・し・た。」
ぽかん、とした表情を浮かべるアントニオを横目で流しつつ、虎徹はグラスに口を付けて一口含んだ。
「……えらく急だな……」
「どぁって……何の話かさっぱり分っからないんだもーん。」
「……もーん、て……」
「何言われるか分からなくてもやもやする状態が長く続くよりさっさと終わった方が精神衛生上楽だな、って思ったんだよ」
「んー……まぁ……そうだな」
「んなわけで明日は夜中までお仕事って事。」
「アー……がんばれ……」
ぷぅっと頬を膨らませるその横顔に、いくつになっても可愛いことしやがって、とか思いつつ、何かしでかしたくなる前に顔を反らしておいた。ついでに話も他に反らせやしないかとしばし逡巡して再び振り向く。
「そういえば……折紙の奴が待ち伏せしようかな、とか言ってたぞ」
「……はぁ?待ち伏せぇ???」
「今期のヒーローTVの打ち上げパーティー。お前、来てなかったろ?」
「ん?……んー……そういや……」
「だもんで……「ワイルドタイガーのマネージャーを見れなかった」って嘆いていてな」
「嘆くぅ?なんで?」
「・・・」
本当に不思議に思っているのだろう、心の底から訝しげな表情をしている虎徹はしきりに首を傾げて見せる。
今ここにいない青年の顔を思い浮かべて酷く同情の念を抱いてしまった。気持ちに気づいていないにしても、憧れをもたれている、とか、好意を抱かれている、くらいは分かりそうなものなのに。
思わず額に拳を当てて項垂れてしまう。
「(……鈍いにもほどがあるだろ……)」
「おい?アントン?」
そんなアントニオの心中をまったく察せない虎徹は、どうかしたのか?としきりに肩を突いてくる。それをじろり、と呆れた顔をしながらも見遣ると瞳をぱちぱちと忙しなく瞬かせた。
「お前さ……」
「うん?」
「……一応……日系で……いわゆる……『日本人』だろ?」
「……あぁ、そっか。あいつ日本かぶれだったっけ」
「そう。で、唯一身近で近寄ることの出来る『日本人』がお前だ」
「んな……大げさな……」
「大げさだろうと……そういう奴なんだから。推し量ってやれ」
折紙、こと、イワンの応援をしてやることは難しいが、ちょっとしたコテいれくらいは許されるだろう。なによりもあの青年のしょんぼりとした姿はなかなかに精神ダメージが強いものがある。『マネージャー』に会うことだって『虎徹』に話を持ちかければ年に一度きりの楽しみではなくなるはずだ。ソレをしないのは……
彼の性格か……それとも憧れる日本の奥ゆかしさか……
ひとまずは虎徹がイワンの事をどうにかしてやろうと考えてくれるだけで任務完了としておいた。
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