「ま、ホント。いい触り心地してるじゃない」

 2人して更衣室に篭ると虎徹は、ティーシャツだけを脱ぎ去った。すると、さっそく、とばかりに薄いタンクトップの上からネイサンの指が確かめるようにつぅっと滑っていく。起伏のついたラインをなぞりながら指を動かしてそっと手の平を当ててきた。少し押しては次の場所へと移っていく動作はまるでマッサージのようだ。

「だろ〜?散々揉み上げられても気付かなかったからな」
「……揉み上げ?」
「ん、その……バニーちゃんにさ。ばれかけてな」

 ぽろりと漏らしてしまった昨日の失態にネイサンはぴくり、と眉を跳ね上げた。あ、説教されるかも、と少し身構えていると、静かに問いかけられた。

「未遂に終わったんでしょうね?」
「もちろん。」

 必死に頷けばほっと溜息を吐き出して、肩から力を抜いてくれる。どうやら許してくれるようだ。思わず虎徹もほっとしてしまう。

「なら良かったわ。貴女ってホントそそっかしい所あるんだもの。心配しちゃう」
「……悪い」
「いいのよ。どんなリスクでも正面から立ち向かっていく強い貴女が好きなんだから」
「はは……なんか照れるな」

 散々触り回してようやく満足したらしい、ネイサンは脱ぎ捨てたティーシャツを虎徹に渡すと頭を撫でてくれた。なんだが妹や娘のような扱いに少し擽ったい気分になる。

「でも……あまり気を許しちゃだめよ?今の時期は特に。」
「うん?」
「月一できてるんでしょ?」
「うん。よく分かるな?」

 Tシャツから頭を出したところでやけに真剣な顔つきになりながら言われた言葉に首を傾げる。すると綺麗なマニキュアに彩られた指先は下腹部を指さす。

「匂いがね……敏感なのよ、私」
「……匂いねぇ……」
「ふふ……その『匂い』じゃなくて、フェロモンよ、フェ・ロ・モ・ン」
「はぁ?」

 言われた言葉に首を傾げつつも、服に染み付いているのか?と捲り上げた裾に鼻を押し当てるもさっぱり分からない。更に首を傾げていると、ついっと首筋を指先で撫でられた。

「今のタイガーちゃんはフェロモンたっぷりだからねぇ……」
「……んっ……」

 そう言って笑うネイサンは虎徹の耳元に唇を寄せると鼻先を首筋に擦り寄せた。くすぐったさに思わず肩が跳ねてしまう。

「悪い男に引っ掛からないように……気をつけな?」
「……なんだよ?まるでその『悪い男』がネイサン自身みたいな言い方じゃねぇの」
「みたい、じゃなくて、そうだって思わないのか?」

 背中に腕が絡みついた、と思えば首の後ろを掴みそのまま押し倒される。ベンチに寝かされた状態になった虎徹の上に覆い被さるネイサンの顔が、天井から注ぐ光によって逆光によって陰影が深まった。鮮やかな色のメイクを施しているはずなのにまるで『化粧』という皮を剥いだ雄の貌のようで見上げたまま固まってしまう。
 薄く笑みを浮かべる口元。薄らと纏う影の中でも鮮やかな瞳。マニキュアを施された指先が唇をなぞると、虎徹は小さく笑った。
 突然浮かべられた笑みに驚いたネイサンの指が動きを止める。

「………ないね。俺にゃ生憎とネイサンを惹きつけるような完璧なもんはねぇからな」
「はっきり言い切るのねぇ……」
「おぅ。それだけネイサンの好みを熟知してるってこった」
「………そうね。」
「っつーわけでどいたどいたぁ」
「はぁ〜い」

 手をひらひらと動かしいつもとなんら変わりない声音にネイサンは渋々従う。

「まぁ、なんだ……とにかく助かった事は助かったよ。
 ネイサンの言葉がないとこんな代物お目にかかれなかっただろうし……
 もしかしたら今頃解雇通告受けてたかもしれないからな」
「お役に立ててなによりだわ」
「うん。じゃ、先戻ってるぜ?」
「えぇ、もう少ししたらあたしも戻るわ」

 にっと満面の笑みで出ていく虎徹を手を振りながら見送ってネイサンは大きなため息を吐き出した。さっきまで虎徹を押し倒していたベンチに座ると長い足をゆったり組んで頬づえをつく。

「……まったく……熟知してるだなんてよく言うわ。ぜーんぜん分かってないくせに」

 虎徹が出て行った後の扉へ呆れた顔を向ける。零れ落ちる言葉は完全な独り言だ。

「今、完璧な物を持っていなければ手元に置いてあたしの手で磨き上げる事だって大好きなのよ?」

 何度か返された言葉を頭の中で繰り返して苦い笑みを浮かべると、うん、と大きく伸びをしていつも通りしなやかな足取りでフロアへと戻っていった。

 * * * * *

「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………あの……」
「……………」
「バニーちゃん?」
「何ですか?」

 昼過ぎ。ジムに顔を見せたバーナビーに連れられて虎徹は取材に付き合わされていた。正直なところ、昨日ほどではないが、僅かに鈍痛の疼く腹で一日ジムでの体力作りというのも過酷なもので。連れ出されて万々歳。

 ……だったはずなのだが……

 バーナビーの視線が事あるごとに突き刺さってくる。

 雑誌のインタビューとはいっても、記者の目当てはバーナビーだけだ。よって虎徹はつかず離れずと言った位置にあるテーブルで1人優雅に紅茶を楽しんでいたのだが、記者がメモを書き込む為に俯いた瞬間。資料を取り出す為にカバンを漁るほんの少しの時間。そんな僅かな時間を縫って彼は虎徹に視線を投げかけてくる。
 しかも、別のテーブル、といっても斜向かいなどではなくほぼ真横に位置する場所に座っているにも関わらずだ。
 テーブルに足を取られず組む為に見せかけた体の向きの調節。指輪を弄る為に移動させたかと思うような視線の動かし方。そのすべてが虎徹を『見る為』になされた事だと思うのは自意識過剰なのだろうか?
 記者がインタビューの途中で鳴らされた携帯に出るべく少し席を外した瞬間、それらのさりげない行動は一気に取り払われ、『ガン見』と言っていいような体勢で見つめてくる。しかも表情が一切の無。これで笑みを浮かべられても怖いものがあるのだが、無表情というのもなかなかに恐ろしいものがある。

「……何か言いたい事でもあんの?」
「いいえ、何一つとしてありませんよ」
「……あ、そ。」

 一体何なんだ?と勇気を振り絞って聞いてみてもこの言われよう。どうしろというんだ?と被ったままのハンチングを無理矢理深く被りなおして少しでも視線から逃れようと無駄な抵抗に出てみた。

「………」

 深く被りなおした、といえど、ハンチングではさほど顔が隠れるわけもなく。アイパッチも、拗ねたように尖らせた唇も丸見えだった。甘党で猫舌なのだろう、角砂糖を2個放り込んだ紅茶はいまだ口を付けられていない。たまに飲もうと持ち上げてみせるが、唇に当てただけですぐにソーサーに戻されていた。手持ち無沙汰なのだろう、時折スプーンで掻き回しているがなかなか冷めてはくれないらしい。
 テーブルに頬杖をしているせいか、猫背になる背中のライン。暇だ、と口にする代わりにぷらぷらと揺らされる片足。もう片方の足は真っ直ぐ前に放り出され、爪先がくにくにと曲げて伸ばして、と動いていた。

「(……何故だろう……?)」

 どう見ても『おじさん』なのだが、昨日から事あるごとに頭を過ぎり、気になって仕方ない。
 実を言うと、今日のスケジュールはずっと別行動に終わる予定だった。一応コンビなので二人ともにインタビューはするらしいのだが、バーナビーがメインの為虎徹の方はすぐに済むのはいつもの事。ただ、そのインタビューを別日にするような話を聞いた。別録り、というのもよくある事。けれど……

 別の日に……バーナビーがいない所で虎徹と二人きりになってインタビュー……

 そういう事態になるだろう事に思考が辿り着いた瞬間、無償に苛立った。自分のあずかり知らぬ所で『虎徹を独占される』事に憤りを感じる。
 実際、昼からジムに虎徹を迎えに行った時も自分以外のヒーローの面々と楽しげに会話している姿があり、イライラしてしまった。自分が変更させたスケジュールをさも以前から決まっていたかのように言い繕って責めれば拗ねた顔をしながらも、すばやく着替えて大人しくついてきてくれる。その行動に胸が高揚するのを感じていた。

 ……けれど……

 何故?

 視線の先では相変わらずむっつりとした表情の虎徹がいる。ようやく飲める温度にまで下がったのか、ティーカップを両手で包み込むようにして持ち上げるとゆったりと飲み始めた。アイパッチに縁取られた瞳が伏し目がちになる。傾けられたカップが水平に戻されて唇から離れると、尖らせていた口が緩やかな弧を描く。

「……(……か……)……ッ!!!」
「え!?何?どしたの、バニーちゃん!?」

 一瞬頭に過ぎった言葉にバーナビーは机へ突っ伏してしまった。ぎりりっと音がしそうなほどに強く握り締められた拳は僅かに震えている。その急変した様子に虎徹はもちろん驚いてしまい、遠巻きながら様子を伺うように覗き込んだ。

「………(ホントに……どうしたってんだ?バニーのやつ)」

 下手に声をかけると逆撫でしてしまうかも、と付かず離れずでどうしたものか?とおろおろしてしまう。気分が悪いのなら早々に切り上げてもらった方がいいだろうしな、と考えていると、電話が終わったらしい記者がこちらに戻ってくる。

「お……バニー?記者の人戻って来たけど……気分悪いなら早退とかさせてもらうか?」
「いえ……気分が悪いわけではないので……大丈夫です」
「そ……そうか?」

 大きくため息を吐き出したバーナビーは言葉の通り、涼しげな表情で座りなおしている。無理をしているんじゃないか、と疑ってしまうが、ちらりと投げかけてきた視線が、早く戻ってください、と言外に告げており渋々従うしかなかった。

「……(何だったんだろう?)」

 インタビューが再開されるとバーナビーはついさっきまでと何ら変わりない。まるでさきほどの机に突っ伏していた姿が幻のようだ。

「(難しい年頃だもんなぁ……)」

 相談したくなったらすぐに聞き入れる体勢だけ作っておいて、追求しないが吉。と割り切った虎徹はすっかり冷めてしまった紅茶を啜り始める。

 * * * * *

 そんな日常を過ごしていたある日。放火犯の確保に向かった。
 ちょうどヒーロースーツを着ての撮影をしていた時で、着替えに手間取ることのないタイガー&バーナビーのコンビだけで呆気なく捕らえる事が出来たのだ。
 ……けれど……
 マスクの下、とはいえ、彼から向けられる視線は相変わらず突き刺さってきている。顔が隠れているから気付いていないとでも思っているのか、顔ごとこちらを向いていることにきっとバーナビー自身は気付いていないのだろう。
 かといって指摘すれば彼の事だ。突っぱねて認めずに終わらせるだろう。

 いつもの通り、活躍を果たしたバーナビーにインタビューをしている間、タイガーは少し離れた場所に止めてあるバイクに寄り掛かっていた。別に運転が出来ないわけではないので一人、先に帰ってもいいのだが、後々、バディなのだから、という言葉を始めとしてネチネチと説経されるのが目に見えている。だもんで大人しく待ち続けていた。

「ワイルドタイガー君」
「あ、どぅも〜……じゃなくてっ!あ、あの……」
「かしこまらなくても構わないよ」

 すると、珍しい人が話しかけてくる。現場にいる、というのも珍しいことながら、バーナビーではなくタイガーに話しかけるというのも初めてではないのか、と思う、マーベリックだ。バイクの向こう側に黒塗りのベンツを止めて下りてきた彼はタイガーのすぐ近くまでやってきた。
 驚きのあまり素で挨拶をしてしまい、慌てて体裁を取り繕ったが彼は朗らかに微笑むだけだった。

「あ……すんません。バ、ナビーでしたらあっちでインタビューを……」
「あぁ。私の用は君なんだよ」
「……へ?」

 うっかり『バニー』と言いかけた言葉を直しつつ指で指し示せばゆるゆると首を振られる。いつも朗らかな笑みを浮かべているマーベリックだが、きらりと光る瞳に何かがある、と直感的に感じ取った。思わず身構えているとインタビューを終わらせたバーナビーがマスクを上げつつこちらに近づいてくる。


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