『超』の付くビッグな相手とディナー。
その緊張からか、まったく仕事が捗らず。経理の女史から冷たい視線を投げかけられ、バーナビーからは相変わらず訳の分からない視線を突き刺されながらも無事に一日を終えようとしていた。幸か不幸か、事件も起こらずに待ち合わせの時間にも余裕で間に合いそうだ。
「………」
待ち合わせ場所はジャスティスタワーの地下駐車場。灯台下暗し、というやつだ。案外こういう人がいそうに思う場所の方が誰もいない。しん……と静まり返った駐車場の隅で虎徹は居心地悪さを覚えながらもじっと立っていた。
夜気特有の少しひんやりした風が時折吹いてきて、思わず足を擦り合わせてしまう。
ちらり、と視線を下げて己の格好を一瞥すると、見なかったことにしよう、と天井を見上げた。
「………」
しっとりとした光沢のサテンで作られたパフスリーブの半袖ブラウスに華のコサージュと小粒のパールを合わせた。下は幅広のベルトにマーメイドラインの膝丈スカートに華奢なパンプスでアーガイル柄のストッキング。オフィスレディをイメージにチョイスしたわけだが、かなり落ち着かない。
というのも、ガラッと雰囲気を変える為にネイサンアドバイスに従ってウィッグを着用しているのだ。地毛である黒髪後ろで無理矢理まとめてシニョンの部分ウィッグを使っている。その為、少し頭が重い感じがあるので違和感を感じてしまう。
メイクもした、とは言え、軽くしかしていないので地とはあまり変わっていないように思うが、付けまつ毛もしたし、前髪の流し方を変えてあるのでちょっとやそっとでは分からないだろう。
「……はぁ……」
見た目はばっちりだとは思うが、テーブルマナーも一応頭に入ってはいるものの……相手が相手だけにとても気が重い。思わず深いため息を吐き出したが、腹に力を込めて背筋を伸ばした。
すると出入り口から音もなく一台のベンツが滑りこんでくる。静かに目の前で止まると、ボディーガードらしい黒スーツを着込んだ男が後部座席の扉を開いて恭しく頭を下げる。
「やぁ、こんばんは」
「こんばんは。今夜はお呼びいただいてありがとうございます」
開かれた扉の中には思った通り、シートに腰掛けるマーベリックがいる。
「……ふむ……」
「?何ですか?」
「君のスカート姿、というのもなかなか新鮮で。
その上とても似合うと思ってね」
「はは……またまたぁ」
手を差し出されて、言外に「乗れ」と言われたのだと気づくと久しぶりのスカートに足を取られないよう気をつけながら乗り込んだ。静かに閉じられる扉。ほどなくして走り出した車内で座り心地のフワフワし過ぎた座席に余計居心地を悪くしながら虎徹はじっとしていた。
「少し……踏み入った事を聞いていいかな?」
「は?……はぁ……」
「その指輪の送り主の事だが……」
そっと指さされたのは左の薬指につけている指輪だった。確かめるように少し手を上げて首を傾げると、肯定を表すように頷いてくれる。
「君がシングルマザーという話はロイズ君から聞いているよ」
「……えぇ……」
ロイズの名前が出たので初めて顔を合わせた時に聞かれた事をすべて話しているという事が予想できた。すぐに出動要請が出たから、というのもあるので詳しくは話していない。マーベリック直々聞く、という事はなんらかの事情が発生したのだろう、とそっと指輪を撫でながら静かに口を開いた。
「お相手の方は?」
「……5年前に病気で失いました」
「5年……随分と最近なのだね……それで、どんな方だったのか、聞いてもいいかな?」
「はい」
離婚したのかもしれない事を危惧して聞かれたのか、病死の事を話すと表情が暗くなってしまった。さらに聞きたいのだが、傷を抉る事になるのでは?と気遣う色も見える。そんな彼に朗らかな笑みを浮かべた虎徹は語り始めた。
「彼は……前にいた会社のヒーロー事業部にいた人なんです」
「社内恋愛……ということかね?」
「いいえ。出会ったのは学生の頃で、気の合う男友達という感じでした
社会に出てから、私がヒーローになる為に色々と手を貸してくれた人なんです」
マーベリックは話し続ける虎徹に、たまに相槌を入れながらじっと聞き入っていた。その為に静かな車内で聞こえるのは自分の声のみ。そんな状況からか、独り言のようにすんなりと話し続けられる。
「男としてヒーローデビューした私に、本来の自分を忘れないように『マネージャー』という存在を与えてくれたのが彼でした。
ワイルドタイガーの立ち振る舞いも、マネージャーの設定も。一緒に考えてくれた、掛け替えのない人なんです」
自然と浮かんでくる微笑をそのままにそっと瞳を閉じる。ヒーローになったばかりの頃。あまりに大雑把過ぎる虎徹を、ベンさんと一緒になってよくお説教し、励ましてくれた。器物破損が増えてくると、それこそ、会社の床に正座をさせて修羅の如く恐ろしい面持ちで怒られた事もある。あまりの哀れさにベンさんが止めにはいるほどだ。
そんな懐かしい思い出をから帰ってきた虎徹はぼんやりしていた、と慌ててマーべリックを振り返るととても優しい笑みを浮かべている。
「素敵な男性だったのだね」
「……あ……は、はい……」
無意識のうちに惚気てしまった事に気づいて赤くなる顔を俯けた。まったくそんなつもりがなかっただけに酷く恥ずかしい。
早く元に戻れぇ!!と内心叫んでいると、なんの振動もなく車が停止した。ふと窓の外を見てみると、どこかの店の前らしい。
「着いたようだね。続きは食事の後にしようか。不快な思いをさせてしまった償いになればいいのだが……」
「いえいえ、そんな……もう5年も経った事ですから」
開かれた扉から大人しく出て行くと、名前をしっかり聞いていたレストランのあるホテルの正面玄関が目の前にあった。少し口元を引きつらせながらも、当然のように歩いていくマーベリックの後ろをついていくと…一般市民である虎徹を配慮してくれたのか、個室を用意してくれてあった。
周りの視線を気にしなくていい、と分かると、一気に張り詰めていた気が弛み、運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。量が多いかも、と思ったが、どの料理もすんなりと喉を通り過ぎていき、締めのデザートまで美味しく食べてしまった。
話の内容も、斎藤の作るヒーロースーツやベストの話へと移り変わっていき、身構えるような内容ではない。
……しかし……
「さて……本題に入ろうか」
「……はい」
話の一段落がついたところで、マーベリックの纏う雰囲気ががらっと変わった。顔は笑みを象ったままだが、契約の話でもするように、どこか緊張感を迸らせている。自然と背筋が伸び、膝の上で両手を握り締めた。
「君に……バーナビーのお嫁になってもらえないだろうか?」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………はい??」
「聞こえなかったかな?」
「え……えぇ……よく聞き取れなくて……」
「君に、バーナビーのお嫁に……」
「ちょーっちょちょちょちょちょちょちょ!」
「何かね?」
「いやいやいや!どうしてそんな不思議そうな顔してんですか!」
空耳であってほしいと願った言葉は嘘でも幻聴でもなかったらしく、丁寧にもう一度繰り返そうとするマーベリックの言葉を虎徹は椅子から飛び上がり慌てて断ち切った。すると、とても不思議そうな顔で見上げてくる。
「バ、バニーに『俺』って……無理でしょう!?」
「何か問題でもあるのかね?」
「問題大有りですって!」
「ほう?」
尚も首を傾げてみせるマーベリックに対して虎徹は必死だった。まるで問題なければ婚約会見でも開きそうな雰囲気にテーブルへ身を乗り出す。
「年なんて一回り違いますし!NEXTで!コブ付きで!未亡人ですよ!?」
「うむ。」
「そんなお荷物たっぷり背負ったおばさんをまだまだ若くて!将来のある青年に宛がうなんて可哀相ですよ!」
「…………」
「ちゃんと年齢に見合った可愛い子と結婚させてあげてください」
勢い良く倒してしまった椅子をなおして憮然とした表情で座りなおす。いくらやり手の業界人だと言っても、さすがにコレは話題のネタ作りとしてもやりすぎだろう。
「確かに君の言う通りだね」
「だったらこの話は……」
「しかし。」
「!」
「私はそうは考えていないんだよ」
「……だったら……どういう考えなんですか?」
早々に馬鹿げた話を打ち切ろうと思ったが、マーベリックの言葉はまだ続いていた。せっかく目を覚まさせたと思ったのに、違ったようだ。顔に貼り付けていた笑みを一切取り払った表情は真剣そのもの。決して茶化したものではない、と訴えている。
「年齢に見合った……と言ったね。
だが、バーナビーと同じ年頃の娘では、彼には釣り合わないのだよ」
「……なぜ……そう思うんです?」
「君ほどの包容力はない、と思うからだよ」
「……包容力、ですか……」
「それに……ただ包み込むだけではなく、対等に渡り合える。宥めすかしたり、怒ったりも出来る。なによりも、彼に家族を与えてやれる」
「……家族……」
「君と、お子さんだよ。血は繋がっていなくても、家族は家族だ」
「………」
朗らかに、けれど、どこか懇願しているかのようなその笑みに虎徹は声を詰まらせてしまう。
「………それ……は……会社命令ですか?」
「まさか。一組の男女の事だ。会社命令などでどうこうできるものではないよ
それにバーナビーの為でもある」
「……バニーの?」
「このところ君の事を見つめているようだ」
「あっ……あれ、はッ」
「あの子が特定の人物に興味を示す事は初めてでね?
応援もしてやりたいのだよ」
「で……でも……」
「君は一途な人だ。だからこそ、あの子と一緒になってもらいたい」
「………」
「さっきも言ったように……会社命令ではないし、無理強いはしない。
ただ……おせっかいな男の小さな願いという事で受け止めてくれればいいから」
「……なぁんて言われて……はい、そうですか……って言えるかっつの……」
夜も遅いから、と別の車で自宅まで送迎してもらった虎徹は家の中には入らず、アパートの入り口にある階段に腰掛けていた。
一人、寒空の下。冷静になって考えれば考えるほど、『おせっかい男の小さな願い』は虎徹の意思を無視したわがままにしか聞こえない。救いはといえば、本当に個人的な『お願い』のようで、ディナーに来る前ロイズに「こちらが聞きたいですよ」と怒らせるまで散々問い詰めても内容を知らなかった事だ。もし知っていたら「はいとだけ答えなさい」と半ば脅迫じみた事を言われていただろう。
「………女性にモテモテの……イケメンスーパールーキーが……おばさんを結婚相手に連れてきたら、反対するのが普通だろうに。なんで反対すべき人が勧めてるのかね?」
まったくもって分からない。おじいさんが孫を目に入れても痛くないってやつなのか、と思わず失礼な事を思い浮かべるほど訳が分からない。
「だいたいっ……バニーが可笑しいのがいけないんじゃねぇかーッ!!!」
うがーっとばかりに空へ向かって吼える。そんな空しい咆哮に答えてくれるのは遠くの家に住む犬だけ。
「……タイガー……さん?」
「はぇ?」
………のはずだった。
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