ちらりと男の姿を確認するとラフな服装ではあるが、どう見てもサバイバルなどしそうにない。どちらかと言えば、商社マンといった雰囲気がある。細身のデニムに包まれた足は鍛えられた筋肉にぴたりと添い、普通に生活をしているだけでは付かない質量がありそうだ。モデルという線も考えたが少し体型のラインが太めに見えた。格闘家というには細過ぎる。見た目だけで言うならばスカイハイ、ことキースに体型は似ていた。柔らかく波打つミルクティーブラウンの髪、細身の眼鏡の奥には碧色の切れ長な瞳。その目はどこか鋭く感じる。特殊な仕事に就いているだろう事は容易く予想がついた。
 アーミーグリーンのジャケットの胸ポケットにはタバコの箱が入っているだろう盛り上がりがあり、革の手袋に包まれた手には携帯用の灰皿。流麗に動く指先はとても器用で吸い終わったタバコを灰皿でもみ消すと、壁に持たれていた背中を浮かせた。ここを離れるらしい、ひょいと手を持ち上げて『バイバイ』と振り始める。

「そんじゃ、お邪魔さ〜ん」
「あ、あの……」
「うん?」
「良ければ僕の部屋に来ませんか?」
「え?」
「このところ夜のパトロールが強化されていて路上生活をされている方も補導対象になるらしいんです」
「わぉ……マジでか……」
「見たところ怪しげな方でもなさそうですし……僕の元ならば犯罪も防げますから」
「うん?防げるってのは?」
「僕、この街のヒーローをしているんです」
「ヒーロー……あぁ、あのポスターの。なるほど、そりゃ心強い」

 目の前の男が犯罪組織の工作員だった場合を想定しての意見だったのだが、当人はまったく気づいていないようだ。ということは、工作員ではないのかと思い直すが、とにかく警戒するに越したことはない。

「んじゃ、お言葉に甘えて。えっと……」
「?あぁ。バーナビーです。バーナビー・ブルックスJr」
「オッケー。俺はロックオン・ストラトス。一晩お世話んなります」

 にっと笑い差し出された右手を握り返すと早速中へと案内した。広いロビーを突っ切ってエレベーターに乗ると、急に体ごと振り返る。

「……あのさぁ」
「はい?」
「いくつか聞いていい?」
「僕で分かることならばなんなりと」
「んじゃあ早速なんだけど……ここ、なんていう場所?」
「……………は?」

 やけに改まって言うから何を聞かれるのかと警戒をしていれば思いも寄らない質問をされてしまった。ふざけているのか?とも思ったが、そこにある表情は真剣そのもの。いや、むしろ少し困ったような表情になっている。
 冗談ではないようだ。

「記憶喪失ですか?」
「いいや、残念ながら」
「ドッキリ番組?」
「それならもっと緊張感のある嘘をつくね」
「………」
「………」
「………本気ですか?」
「超本気」

 ひょい、と肩を竦めて眉をへなりと下げるその態度に唖然としてしまう。そうしている間にもエレベーターは目的の階に到着し、上手く回らない思考のもとのろのろと降りた。廊下に立ち尽くして見詰め合う事数秒。これはこちらも色々聞かなくては、と気持ちを新たにすると自室へと向かった。

「とりあえず、中へ」
「お邪魔しまーす」

 相変わらずの軽い調子ではあるが、先ほどの言葉は本当らしく大きなガラス張りの窓から眼下に広がる景色を……へぇ……とか……ほぉ〜……とか言って見回している。ある人物を彷彿とさせる行動ではあるが生憎とガタイが良過ぎて重なりはしなかった。

「すっげ。ラスベガスみてぇ」
「ラス……あぁ、アメリカの」
「そうそ。不夜城っつうのかな。ネオンがキラキラしてて。こんな感じだろ?」
「……そうですね」

 にっと笑う顔に懐かしみに耽る色はない。つまりは故郷ではないようだ。

「ここは『シュテルンビルド』と言う大都市です」
「へぇ……『星』なんだ」
「えぇ。僕たちNEXTにとっては希望の星、とも言えるでしょう」
「うん?NEXT?イノベイターとはまた別の人種か?」
「え?イノベイター?」
「………」
「………」

 途端に広がる沈黙。どうやら互いに情報交換をしなくてはならない事が多いようだ。

 * * * * *

 慎重派な二人が膝を突き合わせて互いに情報交換をし始めた頃、とあるアパートの一室ではビールの缶とホットミルクを入れたマグカップを各々持ち、話に花を咲かせていた。

「ぅえぇ!?二人も相手にしてんの?」
「あぁ」
「あぁ、て……おじさん、若い子に付いてけない……」

 とんでもないカミングアウトに思わずソファの背もたれへひっくり返ってしまう。見た目と年齢からついつい若者の恋話を聞いていたのだが、色々と常軌を逸していたようだ。
 『連れ』だという『男二人』の情報を尋ねてみれば『恋人と愛人』だという。なんとも殺伐とした雰囲気の言葉を頂いてしまった。けれどよくよく聞いてみれば、相手の二人は双子の兄弟で恋人の兄と愛人の弟だそうだ。二人とも同じ職場で働き、様々な事を共有しているらしい。
 当人達が満足しているのならば第三者が口を挟むことではないのだが、思わず夜の営みについて突っ込んで聞いてしまい、少々後悔してしまっている。あられもない事情を聞いてしまったからだ。

「(そりゃまぁ……女の体なら3Pとか楽勝だろうけど。って……俺も今女か)」

 赤くなっていいのか、青くなっていいのか。むしろ、答えた張本人が涼しげな表情なだけにこちらがワタワタする方がなんだか恥ずかしい気分になる。その顔を見て、虎徹は体勢を元に戻した。
 男として育てられた女と、ついこの前女になった元男。差はあれど、性格や価値観といったものが近く感じた相手に色々聞いてみたくなった。

「二人とも受け入れるのって……辛くない?」
「辛い?体の事か?」
「ん……あ〜……まぁ、体はその内慣れるとかって言われそうだから……」
「あぁ、まさしく言おうと思った」
「……やっぱり」

 体という点では予想通りの答えに思わずげっそりしてしまう。そんな虎徹の横顔を見て、刹那は脳裏に例の人物を思い浮かべる。

「……時々、寂しげな子供のような表情になるんだ」
「……寂しげ……?」
「人の幸せばかり考えて『自分』の事をすべて二の次にしてしまう方と
 『自分』という人間の価値を確かなものに出来なくて不安がっている方。
 このどちらかを選ぶ事は……俺には出来なかった」
「…………」
「怖がらない様に……怯えない様に……抱きしめてやりたい、と思ったんだ」

 そう言って両手を見つめる彼女の表情はまさに『聖母マリア』の微笑。愛するもの全てに等しく手を差し伸べて救い上げようとする。強くも儚げな女性。こんなに思われている『二人』は幸せ者だなぁ、と思わず嫉妬してしまいそうだった。

「……あんたは?」
「へ?」
「想いを寄せられている二人に対して。どうなんだ?」
「う……んー……」

 突然自分へと質問を振られて思わず仰いでしまう。
 「どう?」と聞かれると「好き」だと思う。ただ『そういった意味で好き』かどうか、と聞かれると……正直分からないのだ。
 愛情といえば愛情。ただそれは『仲間』として、『友人』としての『好き』だと思っている。けれど、種類の多過ぎる愛情の中、果たして『それらだけ』に属するのか己でも分からないのでどう答えれば良いのか分からない。
 手に持った缶ビールをぺこぺこと押しながらそろりと口を開く。

「……どう……なのかな?
 どっちも俺にとっては大切だし……大事にしてやりたいって思うんだけどな」
「……何か問題でもあるのか?」
「ん〜……伴侶をな、亡くしてんだよ、俺」
「!すまない」
「あぁ、いやいや。もう落ち着いたから」

 出来るだけ明るく言ってみたのだが、しょんぼりと落ち込むのは避けられなかった。そんな彼女に苦笑を浮かべながら宙へと視線を彷徨わせる。

「でも……あいつの代わりは存在しないし、あの二人を代わりに宛がいたくもない」
「・・・」
「だから困ってるんだけどねぇ……」

 ははは……と乾いた笑いを零していると、無表情に近かった顔がふわりとほほ笑みを浮かべた。

「あんたはとても優しい人なんだな」

 柔らかな微笑みでそんな風に言われるととてつもなく気恥ずかしくなってしまう。顔を見つめ返すことが出来なくなってしまい、誤魔化すように温くなったビールを一気に煽った。

 * * * * *

 虎徹がまさかのガールズトークに花を咲かせている頃、この街には珍しいことこの上ない畳の部屋で晩酌をしている二人がいる。街の事をいくつか聞いた後はイワンの『想い人』の話題へと移り、盛り上がりを見せていた。

「まさに高嶺の花ってやつかぁ」
「そうなんです……ライバルの皆さんも尊敬出来る人ばかりで……」

 両手でグラスを包みながらぽつぽつと話すイワンをじっと見つめていたロックオンは感嘆していた。接すれば接するほど引っ込み思案が色濃く、自分に全く自信のない青年は恋をきっかけに変わろうとしているのがありありと伝わってくる。それと共にいかに『彼女』を慕い、想い患っているのかも汲み取れて、なんだかむず痒いような気分になっていた。

「ぅわ!?」

 甘酸っぱい恋愛話なんて何年ぶりだろうか?それこそソレスタルビーイングに入ってからはある同僚の恋話を聞いて、同じ職場のお調子者の相談に乗ったりしたものだが……しょんぼり項垂れそうな金髪をぐしゃぐしゃとかき回した。

「元気出せって、イワン。まだ告ったわけでもないんだろ?」
「は……はい……」
「それにほら。今からちょっとずつでも変わっていけば振り向いてくれるかもよ?」

 見た目の年齢からしてもまだまだ成長盛りだと思われる青年に元気付ける言葉を与えると、効果覿面だったようだ。しょぼくれてた表情がぱぁっと輝きだす。周りにあまりいなかった素直な反応と表情にロックオンはますます頭を撫で回すのだった。

「あ、あの……ロックオンさんにはそういう方いらっしゃらないんですか?」
「うん?俺?」
「はい!こんなに格好良くていらっしゃるのなら彼女がいてもおかしくないと思って」
「ははっ、そんな風に言われると照れるな」

 軽快に笑い飛ばす青年のグラスにビールを継ぎ足す。淵から溢れそうな琥珀色の雫を舐め取ると、にっと笑みを深めた。

「実は婚約者がいるんだな」
「婚約者!じゃあ結婚式は近い内にするんですか!?」
「う〜ん……」
「……え?」

 どんなドレスかとか形式はどういった風なのかと色々聞こうと思った矢先、にこにことしていた笑顔が曇ってきてしまった。マズイ事を聞いてしまったか?と不安になり始めると、苦笑になってしまった顔がイワンへと向けられる。

「挙げたいっちゃあ挙げたいんだがな、職場がさ」
「あ、何かあったんですか?」
「うん、なんつうかな?災害?みたいなもんか……それに遭って修理中で忙しいんだよね」
「そ、それは……大変なことに……」

 職場とはもちろんトレミーの事ではあるのだが……今いる『世界』はどうやら『平行世界』と呼ばれるものであろう事を把握している。もしかしたら夢や幻かもしれないが、自分がいた『世界』と別であるのならば下手な事を言うわけにはいかないだろうとそれらしい言葉に変換していく。ただ、変換するにしても……『戦争』を『災害』で済ませるのはなんだか居た堪れない気もするが。

「ま、それももうすぐ終わるんだけどな」

 言葉通り、修理はもうすぐ終わる。それに伴い、ずっと働き詰めだった刹那の羽伸ばしにロックオン兄弟が付き添いを申し付かったのだ。これもいわゆるWデートというやつなのか?と少々浮かれていれば……この状態。肝心の刹那とも弟ライルとも離れ離れ。いや、もしかしたら逸れたのは自分だけかもしれない。なにせ貧乏くじを引くのが得意なのだから。

「そうですか、良かったです」

 そんな考えに思わず心の中で沈んでいると、イワンの方が浮上できたようだ。心境の変化が分かり易い子だなぁ、としみじみ見ていると、『心境が分かりにくい子』が脳裏を掠めた。分かりにくいとはいえ、初対面の頃よりもうんと分かるようになったし、感情の幅も出てきた。それでも目の前の青年よりも乏しい事この上ないのだが。
 同じくらいの年齢だろうに。育つ環境でこうも違うものなのだな、と少し切なくなってしまった。

「まぁ、それ以前にあいつが式を挙げる事に賛成するかなぁ?」
「え?」

 いつだったか、刹那がまだトウキョウに待機する為にマンションを与えられていた頃だ。互いに想い合っていることが分かった上で、いつかは挙式をしたいな、と思って結婚情報誌を持ち込んだことがあった。カラーページに所狭しと並ぶウェディングドレスを見ながらどういうドレスが似合うかと話した事がある。あの頃の刹那といったら……とんでもなく嫌そうな表情を作っていた。眉間にくっきりと皺を寄せ、くりくりの大きな瞳だって半眼になって閉じられた唇は見事なへの字だった。
 いくら年月がたったといっても基本のスタンスは変わらないだろう。なので挙式はおろか、ドレスを着てくれるかすら危うい。所詮はロマンチストな男の夢なのか、と思わず遠い目をしてしまう。

「もしかして黒豹っておっしゃってた方ですか?」
「そうそう。野性味溢れててさぁ。
 動きにくいからってスカート全拒否しやがんの」
「スカート?」
「そ。足がめちゃくちゃ綺麗だから出してっつってもなかなかねぇ……」
「それは残念ですねぇ」

 しょぼん、と見た目よりもより小さくなってしまったように見えるロックオンにイワンも眉がへにょりと下がってしまった。
 イワンの脳内を占めている人物もスカートは悉く嫌がっていた。元男だから、と言われれば仕方ないけれど……あの脚線美を出さないなんて……むしろ見せてくれないなんて酷い。などという考えまで浮かんできた。
 そんな思考に埋もれている為か、声が本当に残念がっているように聞こえ、ロックオンは項垂れた顔をがばりと上げた。

「だよな!そう思うよな!」
「はい!ちらリズムと絶対領域は男のロマンでござるっ!」
「だよなぁぁぁ!」
「お触りが無理でも拝むくらいいいじゃないですかっ」
「そうだそうだぁ!絶景を眺めるくらいいいじゃないかぁ!」
「そうですよぉ!胸きゅんを与えてくれたっていいじゃないですかっ」

 ここにきて何かが決壊してしまったようだ。『男のロマン』を叶えてもらえない男二人で肩を組みつつ管を巻いて各々に主張を張り上げ始めた。

 そんなグダグダな空間に入り浸っていても夜は更け、新たな朝がやってくるのだ。

 * * * * *

「おはようございます」
「おう、おはよう」

 寝不足で頭痛のする頭を抱え出社すると『相棒』の姿が見当たらなかった。首を傾げつつ女史に聞くと直接ジムへ行くとの連絡があったらしい。自分には一切連絡してこなかったことに少々苛立ちを感じながら隣の席のデスクワークも減らしてからジムへと向かった。
 するとフロアで立ち尽くすネイサンとアントニオの後ろ姿が確認できた。人数が極端に少ないのは学生がいない事と朝のパトロールに出ているだろう事で容易く理由が分かる。あと一人足りないが、きっとどこかに潜んでいるのかそれとも単にまだ会社にいるのかどちらかだろう、と片付けておいた。

「……何してるんですか?」
「見学よ」

 簡単に答えて指し示されたモニタへと目を向けてみるとバーチャルルームが映し出されている。廃墟に設定されているらしく瓦礫と化したコンクリートがあちらこちらと積み上げられていた。その中を飛び交う二つの影。見慣れた黒のアンダースーツを着ているのは虎徹だが……もう一人に見覚えはない。

「……誰ですか?」

 アンダースーツのみというのもおかしいのだが、見知らぬ人間がバーチャルを使っているというのもおかしい。しかし、黒のキャットスーツのような衣装に身を包む人間は虎徹に引けも劣らず高い身体能力と体術でエネミーを次々に倒していっている。更に見る限りでは虎徹との連係プレーも上手く出来ているように見えた。むしろ自分と一緒に戦っているよりもスムーズにいっているように見えてイライラしてくる。

「さぁ?」
「さぁって……」

 ヒーローだけが使用を許される建物に入れるという事はどこかが許可を出したのだろう。虎徹が一緒という事はアポロンメディアかもしれない。つまりロイズ氏が許可を出したという事。ならば身元などは確かなのだう。

「それより何かあったの?ハンサム」
「え?」
「目の下。くっきりとクマが出来てるわよ?」
「えぇ……ちょっと……」

 昨夜はヒーロー親睦会という名目の飲み会を終えて帰宅したところで変わった男を保護したのだ。一晩かけて情報のやり取りをしたのだが……信じがたい事が並び連ねられて、正直言えばかなりのオーバーロードだ。とりあえず語られたことをありのまま受け取るだけ受け取って、今朝、彼の人を木が密集している公園へと送り出した。探し人が見つからなかったらマンションに戻ってくるように言っておき、迷わないように地図も手渡しておいた。
 何事もなく探し人が見つかればいいのだが……

「うぃ〜っす」
「お疲れさま〜ん」

 ふ、と小さくため息を吐き出しているとバーチャル戦が終わったらしく虎徹達が出てくる。体を思い切り動かしてすっきりした、と言わんばかりの表情をする虎徹の後ろには件の女性が続いてきた。
 ぴたりと体に添うスーツによって描き出された体躯は、申し分ないほど締まるところはきゅっと締まり、女性らしく出るところは形よくでている。きっとカリーナがいたら羨ましがるだろう。いや、ホァンも羨ましがるかもしれない。
 猫っ毛なのか、あちらこちらと跳ねる黒髪に意志の強そうな紅い瞳はキリっと釣り上がり気味で、幼さの残す顔の作りにアジアンかとも思ったが少々違うように見受けた。年齢はカリーナくらいか。もしかしたらバーナビーの方が近いかもしれない。
 首からタオルを引っ掛けている虎徹に対して彼女は涼しげな表情をしていて、まさかアンドロイドか?などと勘繰ったが、頬が上気して仄かに赤みを帯びているので普通の人間らしい。いや、普通の人間というのも少々違うように思う。

「随分楽しそうだったじゃねぇか」
「まぁな。この体になってから存分に戦えてないからちょっとした憂さ晴らしにゃなった」
「そうだなぁ……女とコンビネーションをしようと考えるとどうしても庇いがちになるからなぁ」
「だよなぁ……体としちゃありがたいんだが、心の方が満足出来ねぇもんなぁ」

 このところのバーチャル戦ではどうしても『女性』であることを理由にいつもの様にはいかなかった。女性組と手合わせしてもいいのだが、今度は虎徹の方が気を使ってしまう。それでもドラゴンキッドことホァンには絶好の相手にはなるだろうけれど。

「……こちらの方は?」

 そんな遣り取りを聞きながらバーナビーは女性をじっと窺っていた。バーチャルの中にいた時とさほど変わらない表情からは殺気の『さ』の字も感じないが、只者ではないのは明白だ。

「秘密結社から来たエージェントだ」

 虎徹のあっさりとした説明とともに女性が会釈する。

「秘密結社ぁ?」
「そんなさらっと言っちゃっていいものなの?」
「おう。他国の会社でな。相棒と落ち合う予定らしくて、合流できるまで俺んとこで保護する事になったから」
「……虎徹さんの家で?」
「うん。何か問題でも?」
「あ……いえ」

 『相棒』になってから虎徹の部屋へ迎え入れられた事は片手の指で足りる程。しかも泊りになった事はない。女性になってしまったから、というのも理由ではあるが、面白くない気分になるのはどうしようもなかった。思わず声音ににじみ出てしまったらしく首を傾げられてしまう。それに首を振ることで誤魔化しておいた。

「そんじゃ、ま。すっきりしたとこで出かけてくるわ」
「あら。随分忙しいのね?」
「街ん中案内してくんだよ。しばらく滞在する事になったら色々と入用になるだろ?」
「なるほどね」
「あ、じゃあ僕も……」
「へ?バニーちゃんは今日取材入ってんだろ?」
「……そうでした」

 せっかく護衛を兼ねてついていこうと思っていたのに単独の取材が入っていたのを思い出した。思わず舌打ちをしてしまったのだが、他のメンバーにはばれなかったようだ。ただ、ネイサンが少々眉間に皺を寄せたようだが気づかないふりをしておいた。


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