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お題:本編軸♀刹那と後天性♀タイガーのクロスオーバー


”Closs Over”


「……ったく……なぁんであそこまで聞き分けがないかな?」

 ブロンズステージにある一人暮らしの巣へと帰る途中、虎徹は頬を膨らませていた。
 と、いうのも、つい先ほどまで恒例のメンバーによる飲み会が催されていた。明日は平日という事もあって遅くならず、食事会、という事で早々に解散したのだが……

 虎徹を家まで送り届けると言って引かないメンバーが二人ばかりいたのだ。

 このところ恒例になりつつあるので対して困惑はしていないのだが……メンバーが意外だった。
 いつもの通り当然とばかりに『相棒(バディ)』であるという主張からバーナビーと、あの引っ込み思案のイワンとのバトルになった。最近はここにキースが混ざる事もあるのだが、今日はどうもピッチが早く、酔い潰れてしまっている。この体格の良い青年を送り届けるには、同じ体格……いや、彼よりも大きな体格の持ち主が適任だ。むしろ運べるのは一人しかいない、ということでアントニオが買って出てくれた。ちなみにネイサンはいつもの通り、女子組の送迎だ。

 そんなわけでメンバー曰く、危機感の足りない『おじさんだったおばさん』の送迎権を争うのが二人になったわけなのだ。

 虎徹としては別に通い慣れた家路である事と、自分の身は自分で守れるので送迎は必要ないと思っている。なので、繰り広げられる小さなバトルをしばし静観して切りの良さそうなところで離脱するようにしていた。
 さっさと引き上げてもいいのだが、バーナビーが穏便かつ優等生を貫いてきた事もあり誰かと口喧嘩、という経験をあまりした事がないはずだからだ。虎徹と喧嘩したりしているがやはり歳の差がある分、何かと譲ったり譲られたりという事になって、喧嘩らしい喧嘩にならないことがある。それを思えば歳の近い人物との喧嘩というのは、年齢相応のものになるので良い刺激になると思っている。
 一方引っ込み思案だった大人しいイワンが、バーナビーに負けず劣らずと言った雰囲気で自己主張をしている事も虎徹にとっては喜ばしいのだ。もっと自分に自信を持って強くなって欲しいと願っていたので良い変化ではある。

 だが。いかんせん、その主題となる内容が虎徹にしては納得いかない。

 いくら体が女になったといってもそこらへんの男に負ける気はない。むしろ、ヒーローのメンバーにも勝つ気でいるのだが、言い合いの言葉だけ聞いていると、どうも『か弱い乙女の護衛』でもするかのような言い回しなのだ。
 むず痒いったらない。

 一向に引きさがりそうにない二人から、虎徹はいつものように手を振り走り去る事で逃げてきた。夜とはいえまだ子供がギリギリ起きているような時間だ。ブロンズステージといえど、それほど治安も悪くはない……………はずなのだが……

「これまた……ベタな光景に出くわしちったなぁ」

 家路の途中の路地裏。夜にうろつく若者がたむろしている事は珍しくはないが、彼らの中央に小柄な人影が垣間見えた。男達のにやけた表情から、だいたいどういった状況かが分かってしまう。しかも、虎徹には見つけてしまったものを素通りするような選択肢は浮かんでいなかった。
 人数と様子からしても小物である事は分かるし、ワイヤーを使って絡まれているらしい人物を担ぎ逃げるのも可能だろう。そこまで考えて虎徹は路地裏へと足を踏み入れる。

「……らさぁ」
「いい……らと……よ?」
「……………んたらとは違う」

 ゆったりと一歩、また一歩と踏み出す度に聞き取りづらかった会話が鮮明になってくる。どうやら中央に囲まれている人物が一方的に絡まれているというのは間違っていなかったようだ。

「しつれーい」
「あん?」
「あぁ?」

 わざと明るく声をかければ手前の二人が体ごと振り返った。邪魔するならば速攻叩きつぶそうという魂胆が見え見えな態度に思わず苦笑を浮かべる。けれど、ハンチングをかぶったままのおかげで相手にはばれなかった。

「あん?なんだよ、あんた?」
「こんな時間に一人さびしいから仲間に入りたいんじゃない?」
「お?二人目〜?」
「いいじゃんいいじゃん。人数が多いほうが楽しいぜぇ?」
「あ〜……悪いけど、仲間とはさっき別れてきたとこだから間に合ってるわ」

 げらげらと笑う男達に虎徹もニコニコと対応してさらっと断ってしまう。すると、手前にいた男が細い眉をぴくりと跳ね上げた。

「だったら何の用ですか〜?俺たちこれから楽しく遊びに行くとこなんですけどぉ〜?」
「あぁ、そりゃよかった。どうぞ遊びに行っちゃってください。君たちだけで」

 上体を倒して詰め寄るような態度には目もくれず、男たちの間から垣間見える『保護対象』を確認した。
 小柄といえば小柄だが、身長はイワンほどあるかないか。すらりとした四肢の持ち主は、柔らかなチュニックに幅広のベルトを巻き、カリプソパンツにパンプスを合わせてきゅっと締まった足首を見せ付けている。すらりとした、というのは腕と足にしか当てはまらず、胸元には自分と同じくらいのボリュームが強調されており、幼げな顔の作りがまさに格好の餌食となったのだろう。

「だけぇ?」
「何か勘違いしてね?俺達だけで行ったって楽しいわけねぇじゃん」
「こちとらその子の連れなんでね?」
「はぁ?」
「おいおい。見え透いた嘘つくなってぇ〜」
「この娘の連れは『男二人』なんだ。あんたなわけねぇじゃん」
「ん、だから。その『連れ』の『連れ』。分かった?」

 ねちねちと難癖をつけて追い返そうとする相手に虎徹も負けじと言い返す。ついでにたった今でっち上げた関係を使って彼女に手招きをすると、一瞬戸惑うような表情を浮かべたがすぐに駆け寄ってくれた。どうやら勘の良い子のようだ。もし暴行に移られたとしても守り易いだろう。

「じゃ、そゆことで」
「おいおいおい」
「そゆことでじゃねぇよ〜」
「せっかくの遊び相手連れてかれちゃあ、お楽しみがなくなるじゃん」
「なんだったらぁ……今、ココで相手してくれちゃってもいいんだけどなぁ?」
「へぇ?こんなとこで?」
「そうそう。こんなとこで」

 話の雲行きがおかしくなった事に気付いたのだろう、腕で庇うように背後へと下がらせた子がぴくりと反応を見せた。けれど、押しとどめるように腕で制すると目の前まで迫った男の手がゆっくりと頭の上から落ちてきて……

「・・・」
「ッ!」

 ベストに引っ掛かった次の瞬間ボタンが弾け飛んだ。

「ははっ!なんだよ、分かりにくかったけどこっちもなかなかのモン持ってるぜぇ〜」
「マジでぇ?だったらさっさと剥いちゃえよぉ〜」
「いやいや、どうせだったら刻んでボロ切れにした方が萌えるなぁ」
「いいね、いいねぇ〜。せっかく用意してあるんだし……刻んじゃおうぜぇ〜!」

 やけにテンションの上がって来始めた面々に対して虎徹は始終冷静だった。むしろ、後ろに隠れさせた女の子が飛び出してきそうなのを止めるのに忙しい。
 けれど、卑下た笑いを響かせる男達の一人が『狙い通り』シャツを引きずり出した瞬間、事態は一変した。

「ぐぁあ!?」

 シャツを掴んだ手をいとも簡単に捻り上げると、男の口から呻き声が吐き出された。瞬時に走る異変による緊張感。その中で虎徹は盛大にため息を吐き出す。

「あ〜あ〜、まったく、人の言うことは素直に聞くもんだぜぇ?」
「なっ?!」
「オイタが過ぎたな?こっから先は正当防衛の一環ってことで……」
「!そ、その……アイパッチ!!」
「ワイルドに吼えるぜ?」

 ハンチングを脱ぐと、薄明かりの中にもはっきりと分かるアイパッチ。ワイルドタイガーのトレードマークであるその仮面に残りの男達が一斉にナイフを取り出した。ナイフの構え方がど素人であることを確認すると、虎徹は後ろの女の子に帽子を被せて捻り上げていた男を投げ飛ばした。

「ッ!!!!!」

 どさりと重たい音と、悲痛そうな悲鳴を最後に動かなくなった男をちらりと見て男達は距離を測り始めた。自分の為には一切能力を使うつもりはない分、相手を手っ取り早く捻じ伏せられる術を体に叩きこんである。今の筋力でどこまで通用するかは分からないが、ナイフの構え方も素人な所からさほど心配はいらないようだ。

「けっ……ヒーロースーツもなし、能力の発動もしてないんだ」
「調子に乗ってんなよ!?」

 ぶんぶんと振り回されるナイフを擦り抜けて一人、また一人と地面へ沈めていく。この体になってから最小限の力で投げ飛ばす術を新たに覚えた為、さほど苦戦はしなかった。ただ、ナイフを避けながらという点で投げ飛ばすことしか出来ずにいる。その為にどこか一撃でも急所に当てなければすぐに起き上がってしまい、堂々巡りになりつつあった。それでもあっさり投げ続け、そろそろ起き上がる気力を無くし始めた頃、急に羽交い絞めにされてしまう。

「!」
「……捕、まえた……ぜ……」

 どうやら最初に沈めた男が復活してしまったようだ。背後から肩を抱えあげられて完全な無防備にされてしまう。こうなったら能力を発動させるしかないか、と、嬉々とした表情になった面々を見ながら考えた。
 ……けれど……

「ごふっ!?」
「へ?」

 真後ろから悲痛な呻き声が聞こえてくる。ついで、ずるり、と落ちていく腕に体が解放された。何が起きたのか、と後ろを覗き込んで見ると、男の脇腹にパンプスの踵がめり込んでいる。

「……正当防衛になるのだろう?」
「……うん……そうだな」

 崩れ落ちた男の向う側に足を上げた女の子が冷静に尋ねてきた。蹲る男の様子から、どうやらかなりのダメージがあったようだ。もしかすると自分の助けはいらなかったかも?と思うほどに、的確な位置に蹴り込まれたらしい。わずかに痙攣を起こしている。

「えーと……もしかして…、お節介だったかな?」
「いや。タイミングが掴めなかったので助かった」
「あー……そぉ??だったらさくさくっと片付けようと思うんだけど。半分任せていいかな?」
「了解した」

 そっけなく返された言葉に偽りはなく、いつの間にか振り上げられていたナイフをいともあっさり蹴り落としてしまった。虎徹の方も、襲撃には気づいていたので避ける体勢ではいたが……彼女の無駄のない動きに洗礼さを見出す。

「(何にせよ……まずは片付けますか)」

 丸腰になった男の鳩尾に一撃喰らわせて沈黙させると残る二人を各々で沈めてあっさりと終わってしまった。地面に伸びた男を見下ろして一息つくと、虎徹は一人ずつ写メを撮り、警察へと連絡を入れる。これで近くにいるポリスが回収してくれるはずだ。この時間帯なら夜遊びしている青少年の補導にパトロールしているポリスくらいしか動いていないだろうから丁度いいだろう。

「これ」
「うん?あ、どうも」

 メールを送信し終わった所で突然手を差し出された。首を傾げて見てみるとベストのボタンで、飛び散った物を集めてくれたらしい。ひとまず胸ポケットに仕舞いこんでちらりと見上げる。すると彼女は少しして僅かに首を傾げた。

「……ん〜と……迷子、とか?」

 見た目は別として、酷く落ちついた物腰から未成年。という風ではないと判断した。けれど、はぐれた、というと、はやり迷子?と思考が一回りしてしまう。

「迷子……といっていいのかも分からない」
「……わけありってやつか」
「………」

 あまり話すのが得意ではないらしい彼女はこくり、と一つ頷いてくれた。そこで虎徹は少しだけ考える。

「手ぶらそうだし……俺んち来るか?」
「え?」
「この辺り、さっきみたいなの結構多いんだよね。んだからさ。俺んちに来て、明日からの事をゆっくり考えたらいいかなぁ……ってね?」

 きょとり、と瞬く彼女に「言葉よりもよく語る瞳だなぁ」という感想を思い浮かべていると、くすり、と小さく笑った。その表情が花が綻ぶような優しく甘い雰囲気で……思わずこちらもほわり、と頬を弛めてしまう。

「……あんたもお人よしなんだな」
「うん?『も』??」
「知り合い、に、重度のお人よしがいて。お裾分けだとか言って煮物のおかずとかよく持ってくるんだ」
「へぇ」

 懐かしげに、どこか楽しげにすら見える笑みを浮かべる彼女によほどその『知り合い』とやらが大事なのだろう、と思った。すると彼女はしばらく虎徹を見続けて、小さく頷く。

「……あんたは信用出来そうだ。
 お言葉に甘えてお邪魔させてもらう」
「オッケー。あ、名前とか聞いていい?」
「あぁ。刹那・F・セイエイだ。」

 緊張と警戒を解いた彼女は、ふわふわと跳ねる黒髪を揺らして柔らかくほほ笑んだ。

 * * * * *

「ん〜……おっかしぃなぁ……地形も道筋も何一つ一致しねぇ」

 困り果てた様子の男はその場に立ち止まると空を見上げる。とはいえ、摩天楼がそびえ立ち夜空はほとんど隠れて見えない。しかも、ネオンに明るく照らし出され、そこにあるはずの星も見えなかった。

「ついさっきまで昼の筈だったんだけどな」

 首を捻るも答えが導き出される気配は一向にない。
 とりあえず、目標人物の行きそうな場所を探すしかないのだが、それもまったく知らない土地では上手くいかない。
 途方に暮れ始めた時、道端で立ち尽くしていた背にぼふっと何かぶつかった。

「!おっとぉ?」
「え?わっ!す、すみませんっ!俯いて歩いててっ気付かなかったんです!」

 衝撃に一歩前へと踏み出すだけに留まった男は肩越しに振り返った。すると、淡い金髪の青年がひどく慌てた様子で手をぱたぱたと動かしている。

「ど、どこか怪我とか!?」
「あ、いやいや。どこもなんともないし。俺もぼーっと突っ立ってただけだからさ」

 あまりにじっとしてしまっていたせいか、当たり所が悪かったのかと心配されてしまった。金髪にワークパンツ、スカジャン、という身なりから、ガラの悪い感じかと思えば全くの正反対なようだ。もしくはこの服装で自分を装っているのかもしれない。
 おろおろと慌てだす青年の頭をぽんぽんと軽く叩いてやるときょとり、と目を丸くしてすぐ、へなり、と強張った表情が解けた。

「あのー……さ?」
「はい?」
「付かぬ事聞くんだけど」
「何でしょう?」
「この辺に自然の多い、だだっ広い場所ってある?」
「……自然が多くてだだっ広い、場所?」
「そ。公園とか。そんな感じ?」

 苦笑を浮かべながら聞いてみれば青年は考え込んでしまった。どこか思い当たるかな?と待ち構えていると恐る恐る、といった雰囲気で顔を上げる。

「森林公園、というのがありますが」
「お、マジで。そこってここからどう行ったらいいかな?」
「この街の反対側で……一旦上に上がらないと」
「うん?上?」
「はい。あそこです」

 そう言って指差す先はほぼ真上。空を覆い隠すほどの天井のようなもの。ここ、ブロンズステージの上層、シルバーステージだ。

「……わお。アレって上ったり出来んの?」
「はい。あ、この街は初めてですか?」
「あぁ。今日、初めて来たんだ」
「そうだったんですか……じゃあ……」

 男の言葉にいくつか解釈できた青年、こと、イワンは右腕にまいたPDAを操作して街の見取り図を呼び出した。

「これがこの街の地図です」
「へぇ〜……すごいなぁ……」

 見取り図を見ながらざっと街の構造を話し終えると、彼はふむ、と一つ頷いた。

「やっぱ……さっき言ってた公園が可能性高いかな」
「でも……この時間だと、上層に上がるエレベーターが閉鎖されてます」
「閉鎖ぁ?」
「実験的な閉鎖でして。犯罪者の逃走経路を断ちやすくする為に封鎖してみよう。という話になりまして……」
「げ。じゃあ今から向かうのは無理ってことか……」

 うあ〜……と呻いて空を仰ぎ見る彼にイワンは不安が過ぎった。もしかして急を要するのかもしれない。何かの待ち合わせとか、集合するだとか。そうなると、日ごろ鍛えているおかげもあって人を運んで飛び回ることも可能といえば可能。ただ、相手が自分よりも背が高く、体格もいい。身近な人間でたとえるならキースが近いと思われる。
 果たしてこの男性を背負ってどこまでいけるかは分からないが、なんとかして運ばなくては、と使命感が芽生えてくる。

「……お急ぎですか?」
「んー……急ぎってか、人を探しててさ。いる可能性が高い場所、って考えた結果だったんだよ」
「人探しですか。その方は木とか花が好きな方なんですか?」
「いや。好きっつーか。あいつ自身が野性的過ぎるんだよねぇ」
「野性的?」
「ん。なんつうのかな……ノラ猫っていやぁ可愛いけど。あれは警戒心の強すぎる黒豹って感じだな」

 とりあえず、重大性を確認してからでも遅くはない、と尋ねてみると、推測による目的地だったらしい。しかも目当ての人物の人柄を聞けば随分癖のある人物のようだった。

「……なんだか格好いいですね」
「ん?そう?大抵は怖がられるんだけど」
「はい。僕の憧れの人も猫っぽいけど『虎』なんです」
「お、いいねぇ、虎っ子。うちの『豹』と並べたい気分だな」
「はは、僕も興味が湧いてきました」

 にこにこと微笑むイワンに、相手も朗らかな笑みを浮かべる。雰囲気こそ『愛しの彼』に似ているが、構成する色素から北欧の出身だという事がすぐに分かった。
 切れ長の瞳はオッドアイで色白の肌にミルクティーブラウンの髪を持つ男は、バーナビーくらいの身長で、わりとしっかりとした体躯をしている。細身のデニムに包まれた足も筋肉がしっかりとついており、アーミーグリーンのジャケットも肩幅が広めだ。体格だけを見ればキースに近いだろう。年齢も彼と同じくらいにみえた。このくらいの歳になるとみんなこんな朗らかな雰囲気を纏うのだろうか?

「あ、そうだ」
「ん?」
「どこか宿はもうお決まりですか?」
「あー……いや、日帰りのつもりだったんで手持ちがなくてさ」
「じゃあ、僕の家に来ませんか?明日の朝、公園まで案内しますから」
「お?マジで?じゃぁ……甘えさせてもらおうかな」
「はい。僕、イワンです。イワン・カレリン」
「ん。俺は……ロックオン・ストラトス。よろしく!」
「よろしくお願いします!」

 『成層圏を狙い撃つ』。そんな大それた名前の男は、満面の笑みでハットを軽く上げつつ革手袋に包まれた右手を差し出した。

 * * * * *

「あ、ども」
「……ど……どうも……」

 ゴールドステージにある高級マンションのエントランス。虎徹の送迎を出来なくて内心しょんぼりしながら帰ってきたバーナビーは珍しく人と対面していた。
 この時間帯に人がいるのが珍しいと思って見つめてしまっていれば、気軽に声を掛けられた。革の手袋で器用にタバコを吸う男は人懐っこい笑みを浮かべている。

「……誰か、お訪ねですか?」
「ん?あ〜、いや。ここに知り合いはいないんで」
「……はぁ……」

 さらりとした答えに、だったらどうしてこんなところにいるんだろう?と疑問は積もるばかりだ。

「ちょっと見晴らしのいいとこ目指してたらここに辿り着いたんだ。怪しいもんじゃねぇよ」
「……そう……ですか……」

 疑問に思っていることが表情に表れてしまったようだ。ひょい、と肩を竦めて見せる男から目を反らせる。どうやらこの人物も『誰か』さんと同じように人の心情に敏感なようだ。

「………」

 見晴らしのいいところと彼は言うが、マンションのエントランスから見える景色はたかがしれている。それ以上に今は夜。夜景を楽しむにしてもマンションのエントランスを選ぶのは少々疑問が浮かぶ。

「……何かお探しですか?」
「ん?あぁ……まぁ……デカイ木とかないかなぁ?なんて」
「大きな……木?」
「そうそう。とにかく、木が密集してそうな場所はないかなぁ……と」
「……この時間帯だと探しにくいでしょう?」
「ん〜……そうなんだよねぇ」

 もののずばりと指摘すると、彼は苦笑を浮かべる。バーナビーが思っていた事は本人も分かっているようで、真昼間ならともかくもう夜も遅い時間に差し掛かっている。いくらシュテルンビルドが不夜城の如くネオンが煌々と灯されているとはいえあまり視野が利かない。そんな条件下で木の密集地を探す、というのはあまりに無謀だ。

「明るくなってからにしては……」
「うん、そうしたいのは山々なんだけどさぁ……野宿する為にも探さないとなぁ、っていうか」
「野宿??」
「いやぁ……情けない事に……今日は日帰りのつもりだったんで手持ちが少なくってさぁ」
「……あぁ、宿代が足りない。ということですか」
「ん、そんなとこ。ま、人目に付き難いとこがありゃそこで過ごすのもいいんだけどねぇ」

 そんなことを言って笑う男の横顔にはまったく危機感といったものが存在していない。『そういう状況』に慣れているのだろうか?


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