「………」
「っこ、虎徹殿!?」
再び見つめ合う事数秒…その沈黙は虎徹がベンチの上へ転がってしまった事で終わりを告げた。
ぱたりと倒れてしまったその様子にイワンが慌てて回りこんでくる。すると虎徹は両手で顔を伏せて身悶えていた。
「っ…もうだめっ…おじさん、きゅん死にしちゃう!」
「え?…え??」
訳の分からない言葉とともにうごうごと蠢く様子を首を傾げつつ見つめる。
ベンチのすぐ横に正座して見守っていると、黒髪の間から垣間見える耳が真っ赤だった。
「………」
その耳を見ながらイワンは頬を緩めた。
目の前で蠢いている人はみんなから愛される男だ。自分よりも倍はあるだろう年齢と圧倒的な経験地の差、表情豊かに動く顔、流れる川のようにさらさらと流れ出る言葉…何もかもが憧れ、欲しいと想い続けてきた相手…
真正面から当たって…当たって…当たって……きっと呆れられただろうし、何度も賺されて絶望的な気持ちにもなった。けれどどうしても諦められなかった。だから砕けても当たり続けた。…その結果、夢にまで見たOKの返事を貰ったのだった。
しかし…イワンが昨日見た光景は一瞬にして温かい胸を凍りつかせた。
雑踏の中で見出した愛しの君…けれどその横には見知らぬ存在…
声を掛けたかったが、仲良さそうに談笑している光景に何も出来ずただ見送るしか出来なかった。
あの瞬間の悔しさ…苛立ち…何よりも…自分の小ささに絶望をした。
それでも…今こうやってたった一言で一喜一憂してくれる。
こんな喜びはそうそうない。
ついさっきまでの胸のムカツキも徐々に消えていく中、イワンは尚も虎徹を見つめ続けていた。
「………イワン…」
「はい」
「そんなに…見つめられると…おじさん、穴開いちゃう…」
「…でも…見つめ足りないです」
「〜〜〜〜〜ッ」
どうやら虎徹は直球にとことん弱いらしい。素直に不満を言うとまた唸り出してしまった。ついでにベンチの上で猫のように体を丸めてしまう。
こんな…見ていて飽きない反応をしておきながら「見るな」とは一種の苛めだ、と思い…それでもこのままでは本当に虎徹が憤死してしまいそうな雰囲気なのでそっと顔を覆う手を突付いた。
「………」
「………」
そろりと開かれる指…その隙間から見える琥珀の瞳が潤んでいる。本当に恥ずかしかったらしい。
「…虎徹殿…」
「…何…?」
「…触っていいですか?」
「……そういう事はいちいち聞かないの…」
「…嫌われたくないから…」
したい…と思った事の許可を得ようと囁きかけると諭されてしまった。はっきりした答えにはなっていないその言葉に眉をへなりと下げてしまう。すると…ふ…と軽くため息を吐き出されてしまった。
ますますしょんぼり小さくなるイワンの頭を虎徹はくしゃりと撫で回す。突然のことに驚いたのだろう、きょとん、と丸い瞳が見上げてきた。
「イワンはさ…こうされるの好き?」
「え…と…好き、で…す」
ふわふわと頭を掻き回す手は体温と優しさすら伝えてくるのでとても好きだ。その思いも混めてコクコクと頷くとふわりと笑みが深められる。
「……俺も同じ…なんだけどな?」
「……え?」
「…イワンに触られるの好きなんだけどな?」
ストレートに言い換えられた言葉がイワンの脳内を真っ白に染め上げていく。そしてじわじわと言葉が浸透していくように頬が徐々に赤みを増していった。ついでに言うなら虎徹の頬も少し赤い。
「なのにお前はあんま触ってくれないからさ…欲求不満…っていうか…」
次第に萎んでいく声のボリュームにイワンの胸はどくどくと忙しなくなっていく。僅かにそらされてしまった目線を戻すようにそっと延ばした指で頬に触れると、ぴくり、と跳ねて魅せた。
「………」
「………」
僅かに上がった互いの呼気が混ざり合う…体温すら感じられる距離まで顔が近づくと琥珀の瞳が閉ざされた。
「!」
そこまで来てイワンは…はた…と止まり慌てて回りを確認する。ぐるり、ぐるりと見回していると呼び声が発せられた。
「ぉ〜い…ここまで来てお預けかぁ?」
「…ぁ…」
「イワンちゃんてばドエス。」
「ッ!」
むっとした顔の虎徹に額をぐりぐりと押し付けられる。しかも拗ねた風に告げられた言葉にかぁっと頬が熱くなるがどうしても回りの確認をしておきたかった。
…なぜなら…
「…だっ…だって…」
「だって?」
「虎徹殿とのキスを誰にも見られたくない。」
「………ん、拗ねて悪かった…」
今度は虎徹が頬を赤くする番だった。更に藤色の瞳が直視出来なくなって視線が宙へ泳いでいく。
「!」
どうしようか…と虎徹が悩んでいると頬に…ちゅっ…と愛らしいキスをされる。一瞬目を瞠ったが、すぐにくすぐったい気持ちと再び唇を寄せられるから苦笑しながらも瞳を閉じた。
「…ん…」
戯れのように唇を沿わせあいその柔らかさを堪能していたが、求めるように互いに舌を出しあい深く絡まり合う。飲み込み切れなかった唾液が虎徹の顎を伝い始めた頃、名残惜しげに離れていった。二人の唇の間を銀糸が細く引いてぷつりと切れる。
「………虎徹殿…」
「はいよー?」
極度の緊張から解き放たれた反動か…イワンが…ぽすり…と顔を肩口に埋めてくる。さらに腕を精一杯広げて緩く肩を抱き締めてきた。ベンチに両手を突いたまま好きにさせてた虎徹だが、ふと感じる雄の気配に瞳を細める。
「……もっと…」
「…うん…?」
「…もっと…触りたい…」
耳を擽る…幼くも低く掠れたアンバランスな声音に腰の奥がぞくりと粟立つ。しかも先を急ぐよう首筋へ唇が這い上がり、反対側には指が曖昧なタッチで触れてきた。ふるりと肌を震わせながらそっと瞳を閉じる。
「…イワン…」
「…はぃ…」
「…おじさん、こんなとこじゃヤだなぁ…」
「…あ。」
手は下ろしたままだが、その拒否の言葉は絶大な効果だった。雰囲気に酔い痴れていただろう、イワンがぴくりと肩を跳ね上げて一瞬で正気に戻してしまう。ぎしり…とぎこちなく離れるとその両頬は真っ赤なリンゴのようだった。
その様子を小さく笑うと虎徹は少し伸びをして離れた頬に口付ける。
「ッ!」
「だからさ…」
「…は…い…」
「今夜、おじさん家おいで?」
言葉は茶化すような色を含んでおきながら…声音と表情は最上級の『誘い』そのものだった。
「…承知した…」
* * * * *
震える指先でインターフォンを押さえる。穏やかなチャイム音の後、数秒経って扉が開かれた。
「お、いらっしゃい」
「…おじゃま…でござる…」
扉の向こうから現れた笑顔に顔が赤くなる。促されるがままに入ると大好きな彼の匂いで充満した空間にふと口元が弛んだ。
「お茶でいいかー?」
「かっかたじけない!」
キッチンに立つ後ろ姿をぼんやり見上げていると、ふと振り返られる。びくっと跳ね上がりながらもどうにか返事を返せば「OK〜♪」という声が返ってきた。カチャカチャとガラスの当たる音を聞いていたが、改めて部屋を見回してしまう。いつかは…とは思っていたがこうも早く来れるとは…そわそわと落ち着かずにいると肩に重みが加わった。
「座ったら?」
「〜ッ!!!!!」
耳に直接吹き込まれる声でびくりと跳ね上がってしまう。そろりと動かした目には、視界の端で揺れる黒髪が見えた。…こくこく…と頷くと開放してくれるので跳ね上がったままの心臓を押さえつつ、よろよろとソファへ近づくと端っこにぴっちりと詰め込むように腰掛けた。
「熱いから気を付けて飲めよ?」
「………」
ことりと目の前の机に置かれた湯のみを凝視しながらコクコクと頷く。すると何気ない足取りで虎徹がすぐ横に腰掛けた。あまりの近さに飛び上がるんじゃないかというほどに跳ね上がると、噴出す音を耳にする。そろりと横を見てみると肩を震わせて小さく笑い声を漏らしている彼の姿があった。
「…も…限界ッ…」
「?…???」
余程可笑しかったのか、ついには大笑いし始め目尻に涙まで溜めている。一方イワンの方はというと何があったのかさっぱり分かっていなかった。
「そんながっちがちに緊張されると俺も緊張するじゃん?」
つんつんと頬を突付きながらのその言葉は見た目の雰囲気とは真逆だった。どう見ても余裕のある大人の態度にしか見えない。
言葉と態度…噛み合わない2つをじっと考え込んで頬を突付く指を掴み取った。
「お?」
急に動きを見せたイワンにきょりと瞬く。いつも表情の微妙な変化を読み取り何を考えてるのか理解していたのだが…今は相棒以上に無表情だ。
「?いわ…ん…ッ!」
微動だにしない彼に首を傾げるとぱくりと口の中へ放り込まれてしまった。熱く湿った口の中で軽く当たる歯の感触とねっとりと絡みつく舌に背筋がざわざわっと逆撫でされたような震えが走る。
「っ…」
思わず手を引いたが、イワンの手が予想以上に力強くされるがままになる。飴を頬張るように舐めまわされ、ちゅぷっと濡れた音が立ち始めた頃漸く開放された。
「…っ…ぁ…」
ぬるりとした光を纏う自分の指が酷く厭らしい。その向こう側に見えるイワンは普段と変わらない貌だというのに…真っ直ぐに向けられる瞳が底光りしているように思えて思わず視線を外した。
か細く吐き出された吐息と混じる艶声にイワンは悦びに満ちていた。離し難く指先を尖らせた舌で擽ると捕まえた手が震えた。
「(…言葉が…True…)」
余裕そうに見えた態度は彼なりの虚勢だったようだ。さっきは気付かなかったが、虎徹の片手が自分のスラックスを握りしめ震えている。その手を視界の端に留めながら顔を近づけると、ちらりとだけこちらを見つめてすぐに伏せられてしまった。
「…虎徹殿…」
所謂キス待ち顔になる虎徹の頬に手を沿わせて唇を寄せる。圧し掛かるように体を寄せたキスは…昼間もしたキスなのに酷く甘いように感じられた。
押し付けるだけのキス…けれどすぐに差し出された舌に唇を舐めあげられる。ひくり…と喉を鳴らしておずおずと開けば…待ってました…と言わんばかりにぬるりと舌が侵入してきた。
「んっ…ぅ、ふっ…」
鼻に掛かる声…吐息が混じり己の吐き出したそれよりもうんと熱くなる。舌同士を絡めては表面を擦り合い乱れる息を呑みこまれる…くらくらするほどの口付けに快感を与えられる事に慣れた躯から力が抜けて、支えてた腕の力すら抜けてくる。そっと肩を掴む小さな手に力が篭り、ずるずると背凭れを伝い押し倒されていった。
「ん…んんッ…っは、ぁ…」
離れ際に舌を強く吸い上げられて躯がぴくりと跳ねる。ゆったりと開放されて溜まった息を吐き出していった。
「(…やけに…上手い?)」
ぼんやりと霞む視界に頬を上気させたイワンの顔を見つめながら考えを巡らせる。そうでもしないと恥ずかしさで今にも発狂しそうだった。
「(あー…でも…そうか…飴舐めたり棒付きアイスなんかと要領は同じ…)…って。」
くたりと力の入らない躯を投げ出していると、ふとイワンがしかめっ面になっている事に気付いた。何があったか、と少し見下ろしてみるとネクタイに絡む指が見える。
解き方が分からないらしい。
しかも早く解こうと焦っているのか指先が僅かに震えていた。
「(…あ〜…若いねぇ…)」
くすくすと小さく笑うとへなりと垂れ下がった眉をしたイワンが顔を上げた。…からかったわけではない…との意思表示に頬を指先で撫でてやる。そうしてネクタイに絡む手を優しく外して指を差し込むと…しゅるり…と自ら抜き取ってしまう。
「…ぁ…」
あっさりと解けた布に…まるで手品のようだ…と感心しつつ手を目で追いかけているとソファから投げ出された手からするすると落ちて床にトグロを巻いてしまった。しなやかな指の動きに目を奪われているとその指は頬へと這わされて顔の向きを変えさせられる。…ちゅっ…と可愛らしい音を立てて鼻先に口付けられると脇へ退けられた手を胸元へと導かれた。
「ゆっくりでいいからさ…外して?」
オネダリするように少し小首を傾げて促せば頬を真っ赤に染めながらも頷き返してくれた。
…ぷつり…ぷつり…と外れていくボタンと、隙間から覗く肌の色にぞくぞくとした興奮に包まれる。ちらりと見上げるとうっとりと瞳を細めた虎徹の貌がある…その表情に誘われるように顔を寄せて目尻や額、頬へと唇を寄せていった。
「(…擽ったぃ…)…っ…」
仔犬が懐いて鼻を摺り寄せるようなくすぐったい口付けに気を取られていると、服の隙間からするりと手が這わされる。じわり…と肌に篭る熱を広げるようにゆるゆると撫でる手はくすぐったい以上に羞恥を煽ってきていた。形を確かめるように…感触を覚えるように…じわじわと這い回る手が胸で濃く色付く場所をするりと撫でる度に躯の芯がふるりと震える。
「………」
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