「ね、お兄さん?」
「…ぅえ?」

 何事もなく平穏無事に一日が終わった帰り道…夜の繁華街近くで声を掛けられた。

「?…俺?」
「貴方以外に誰がいるの?」

 くすくすと笑う青年はスカジャンにだぼだぼのワークパンツを合わせた淡い金髪の持ち主だ。いかにも遊び人といった風体の彼は耳に幾つもピアスを付け、気安く肩に腕を回してきた。

「なぁに?カツアゲ?」

 もちろん違う事は分かっているが、軽い雰囲気からあまりかしこまると話しの進みが可笑しくなると思ったのだ。一瞬目を瞠った青年は思い切り噴き出した。

「いやいや、金には困ってませんよ?それとも…俺ってそんな風に見えます?」
「ん〜…君がっていうか俺の方がね?普段おじさん呼ばわりされてるもんだからてっきりオヤジ狩りかと…」
「あはは!なるほど。」

 ちょいと肩を竦めてみせると納得してくれたようだ。それよりも虎徹がひっかかったのは…『金には』…という点だ。金に困ってなくて男に気さくに声を掛けてくる…となると…ある程度、要件は限られてくる…合コンなどの人数合わせにナンパしているか…それとも…

「でも…俺が聞きたいのはコッチなんスよね?」

 急にひそりと顰めた声で耳元に語りかけてくる。耳朶を撫でる熱い吐息と、するりと下りる手の行き先で健全な内容ではない事が分かった。
 その証拠に下りていった手が腰をラインを撫でて更に下へと下がっていく。そうして臀部を…するり…と一撫ですると内腿の付け根に指を這わされた。

「……えらく直球な…」
「若者らしいでしょ?」

 すりすりと擦りつけられる指先が確実に割れ目をなぞってきている。思わず苦笑いを漏らして腕組をすると少しだけ体を寄りかからせた。その態度の変化に一瞬驚いた貌になった青年はすぐににやりと笑って見せる。

「…何がご希望かな?」
「金出すからさ…俺のネコになってくれません?」

 態度だけではなく言葉も直球で出されて笑いが漏れた。ここから先はとりあえずもっと人の少ない場所で話すべきだろう…と彼の手を引いて手近な路地へと入り込む。街頭の光が僅かに届かない薄暗い場所までくると大人しく引かれていた手に力が籠った。

「…はい、ストップ」
「…えー…」

 壁に押さえられて顔を近づけてくるその唇を手でむいっと押し返すとむっとした顔になってしまった。けれどそれ以上何の抵抗もしない事を良い事に体全体で圧し掛かってくる。

「暗がりに来たからここでOKなのかと思ったのに…」
「そら悪いことしたな。けどおじさんにも色々確認させてもらいたいことがあるわけよ、OK?」

 言い聞かせるように小首を傾げて促すと素直に頷いてくれた。その態度によしよし、と頷くと「その気はあるんだ」という意思表示に相手の腰へ両腕を回す。

「なんでこんなおじさん相手にしようと思ったの?しかもネコになれって…」
「えー?だって目茶苦茶えろいじゃないっスか。この辺とか特に」

 そう言って撫でられたのは腰から下にかけてのラインだ。しかも弾力を確かめるように揉み上げても来ている。

「褒め言葉として受け取るぞ?んで?男相手に経験は?」
「あるよ。で、野生の勘で歩いてる後ろ姿見ててもしかして…って思った」
「的確な鼻してんだな…」
「まぁね。結構食べ歩いたし…」
「ふぅん…それで?こんなおじさん相手も有…と?」
「んー…おじさん、おじさんっていうけど…俺にとっちゃ『お色気お兄さん』って感じなんだけどな?可愛がって欲しいし、めろめろな貌見てみたいって思います」

 するりと頬を撫でる指へ反射的に目を眇めて肩を上げてしまう。条件反射ともいえるその反応に青年は気を良くしたのか熱い息を漏らして舌舐め擦りをした。

「お兄さんこそ…男に抱かれ慣れてます?」
「ん、まぁね…色々あって…」
「ふぅん?ま、別にいいけど…」

 てっきり突っ込んで聞かれるのかと思いきやそうでもなかった。一夜限りか気まぐれに会うか…欲求不満を晴らすぐらいしか関係を持たないのだから当たり前か…と思いなおして苦笑を漏らしてしまう。
 ついでに言っておかなくては…と左手を上げた。

「…ちなみにさ…」
「…お、結婚指輪?」
「そ。相手はもういないけどね?」
「んー…と…いうことは…離婚じゃない、んだ?」
「ん。死別。」
「あー…じゃあ俺の専属にはなってもらえない、と?」
「そういうこと。それに俺、今、彼氏いるし。」
「わお、マジで?」

 率直に言葉を並べると少々焦った貌になった。どうやら独り身というのは良しと思っていたようだが、『彼氏持ち』というのは想定外だったようだ。そんな反応にくすりと笑いを漏らすと腕に力を込めて顔をぐっと近づける。

「彼氏とは『こういう事』がまだ出来ないんだよね?」
「…そう…なの?」
「君より若いんだよ」
「…うっそ…」
「ま、そういった理由で俺も溜まってるのは溜まってる」
「…ぅ、ん…」
「だからいくつか条件はあるけど…それを飲んでくれるならいいよ?」
「……条件って何スか?」

 面倒くさがるかなぁ…と思いつつ振ってみると反応は上々だった。逆光の中に白く光る髪を撫でながらにっこりとほほ笑む。

「ちゅうとキスマーク禁止。」

 鼻先が触れる距離でそう囁くと瞳がうっとり細められた。

*****

 ホテルとか柄じゃないと言えば彼の家へと連れて行かれた。金はある…と言っていた通り住んでいる場所はそれなりのマンションだった。見た目からもっと狭いアパートかと思いきや…シルバーアクセなどのデザイナーをしているとかで収入は上々だそうだ。
 適度な空間にシックな落ち着いた色のソファとローテーブル。続きの扉の向こうにはツインベッドが置かれている。一人寝は嫌いらしく、日に日に捕まる獲物と寝ているらしい。それでも捕まらない日は今日のようにナンパして捕まえるとか…

「(…甘えたがりの肉食兎だな…)」

 途端に浮かぶ相棒の顔に小さく笑うとシャワーへと促される。もしかしてソコでするのかと少し構えていたが時間を使って念入りに洗い終わっても入ってくる気配はなかった。バスルームから出ると脱いだ服の代わりにバスローブとタオルがきちり、と置かれている。なかなか気の回る男のようだ。

「あ、出てきました?」

 裸足でぺたぺたと出ていけば畳まれた服の横に腰掛ける青年の姿がある。スケッチブックを開いて何やら書き込んでいた所をみると随分手持無沙汰だったようだ。

「ん、待たせたな」
「いやいや、おかげで妄想が膨らんで楽しかったっスよ?」

 そう言ってちらりと見せてくれたスケッチブックはアクセサリーのデザインかと思えば虎徹の姿だった。…しかも裸体…

「ね?」
「…おいおい…」

 ただの裸体ならまだしも表情や体勢からナニの最中だと判断出来てしまう表情の画にため息を吐きだした。差し出される手に素直に重ねると抱き寄せられる。肩口に顔を埋めるのを放置すると深呼吸する音が聞こえてきた。

「…石けんのにおい…体臭薄いんスね?」
「んー?…そうなのか?」
「俺の匂いをたっぷりつけられそうで余計興奮する…」

 言葉の通り腰に押し付けられる塊に…ふ…と瞳を細めた。擽るような曖昧な唇の感触が首筋を這い上がって耳を舐められる。

「…っ…」
「…ベッドで待ってて…」

 甘える言葉に混ざる雄の気配に腰が疼く。視界の端でふわふわと揺れる髪を見つめてから返事の代わりに首へ噛みつくと笑い声が聞こえてきた。あっさりと解放されると、彼は手を振りながらバスルームへと消えていく。

「………」

 のたのたと足を動かしベッドへと腰掛ける。ふと体温の残る手を見下ろして広げた。

「…でっかいよな…」

 脳裏に浮かぶ体は服の上からでも肩がすっぽりと収まるし、撫でる頭の位置ももっと低い。『慣れた位置』に手を持ってくるとなぜだかしっくりとした雰囲気があった。

「……(重ね過ぎたか…)」

 ベッドへごろりと仰向けに転がる。一人寝には広すぎるベッドは部屋に対してしっくりきても人間に対しては淋しさを助長するものになるらしい。両腕を広げて尚余りある空間に落ち着かなかった。
 ふと瞳を閉じると青年と同じ、淡い金髪にスカジャンとワークパンツの少年が思い浮かぶ。人見知りの緊張から不機嫌そうな表情の彼はよく顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながら必死に話しかけてきた。弟感覚…だったはずが、彼の向ける眼差しと緊張してどもりながら…賺しても懲りずに何度も告白しにきた辺りから心境に変化が表れてしまう。
 …絆された…といえばそうかもしれない。
 ふと体の沈む感覚に瞳を開く。

「オネムですか?」

 色白な点も加えれば…彼もあと数年したら目の前の青年のようになるかもしれない。けれど綺麗な藤色の瞳をした彼に対して目の前の青年は鳶色の瞳をしている。全く違うその色彩に重ねた少年の面影は微塵もなく消え去った。

「…おっせぇんだよ…」
「えー?これでも早く出てきたんですけど…」

 加えてこの軽い雰囲気…この調子はどちらかと言えばキングオブヒーローだろう。身長や体格は相棒に似ているが…己の心を揺さぶった少年にはほど遠い。
 まだこれで少年に似ていれば言い訳できただろうに…
 心の中で苦く笑いを漏らして虎徹は腕を伸ばした。…早く出てきた…という言葉通り、彼は一糸まとわぬ姿だ。広い背中に腕を回して頬に唇をかすめた。

「…はやく…」
「…煽り上手っすね…」

 くすくすと小さく笑うその手がローブの紐を解く…


「ッあ…ぁ…!」

 息が詰まるほどの圧迫に喉が反りかえる。どろどろに濡れた下半身が気持ち悪いが、体内に埋めた熱でそれどころではなくなった。

「っは…マジで…良すぎっスよ…」
「っん…ぅ…ふぁッ!」

 仰け反った首筋に歯を立てられてぞくりと震え上がる。呼吸もままならない朦朧とした中で揺られながらぼやける視界に写る愛しい色彩に指を伸ばした。するとぐっと圧し掛かるように体を倒して手を掴み取られる。するとすぐにちゅっという音を聞いた。

「も…げんかいっ…」
「んっ…いぃ…ぜ…出しな…」

 手を掴む指…重なる体が小刻みに震え始める。その変化に絶頂が近い事に気付いた。肩口に顔を埋める相手を抱き寄せるように腕を回せばぶるりと大きく震えて一際強く叩きつけられる。ぞくぞくっと駆け上がる快感のままに仰け反ると、最奥で熱を放たれた。

「っく…ぅ…」
「…んっ…は…」

 ぶるりと震える体を抱きこみながらぼんやりと見える天井を見つめる。

「(…イけなかった…)」

*****

「あら…タイガーちゃん、トワレ変えた?」
「へい?」

 今日も今日とてトレーニングジムに来ていた。程よいトレーニングをしておかないと贅肉が酷くなるどころか、体を動かしておかないとせっかくの柔軟性が失われてしまう。体が固いのは怪我のもと…と適度にランニングをして一休み…とベンチに座っていたのだが…
 ふらりと来たネイサンから意外な事を言われた。きょとりと瞬いて見上げると…じっと見つめられてから匂いを確かめるように鼻を近づけられる。

「いつもと匂いが違う気がするのよねぇ…」
「…あ〜…銭湯に行ったからな…いつものと匂いが違うかも…」
「なるほどねぇ」

 恐らくは昨日の青年の家で使わせてもらったボディソープ類の匂いだろう。それらしい言い訳を告げると納得げな顔を見せたネイサンにほっとする。虎徹は首を傾げつつ己の腕や肩など、鼻の届く範囲の匂いを嗅いでみた。が、匂い…というほど気付くような香りは全くない。

「…そんなに分かるかな?」
「うーん…タイガーちゃんは自身の体臭が薄いから…ソープの香なんかよく付いちゃうんじゃないかしら」
「あぁ…ねぇ…」

 それにプラスして鼻が利くんだろう…と苦笑をもらしておいた。「ちょっと気になったから聞いただけ」というネイサンは早々に立ち去ってしまった。疑問が解決してスッキリした…とでも言うような軽い足取りにため息も吐き出しておく。彼がもし恋人だったら…と思うと色んな意味で鳥肌が立ってしまった。
 思わず腕を擦っていると視界の端で見切れている存在に気付く。
 視線だけでちらりと一瞬見ただけだったはずなのだが…敏い彼はすぐに気付き顔を隠してしまった。

「(…やれやれ…)」

 実を言うと今日はまだ一言も交わせていない。
 いつもなら虎徹の姿を見つけるなり仔犬のように走り寄ってくるというのに…どうやら彼も鼻が利くらしい。『主人』が『見知らぬ香り』を纏っていると近寄ってはくれないようだ。
 ふっとため息を吐き出すとさり気無く立ち上がっておもむろに歩き出した。その向かう先は彼の潜む柱とは間逆の方向だ。

「!」

 移動した『主人』を追いかけて『仔犬』は柱から飛び出した。普段と全く変わりない速度で歩く後ろ姿を一定の間隔を開いて着いていくと通路を曲がってしまう。

「ッ!」
「つっかまっえたっ!」

 そっと壁に身を寄せて『主人』が真っ直ぐ進んでいるかどうか確認しようと、顔をそろそろと壁から覗かせると目の前が真っ白になった。次いで滑らかな肌の感触と体温に抱き込まれたのだと理解出来る。しかも力強く抱き込まれるものだから息が出来なくてもがいてしまった。

「〜〜〜ッ!」
「お、悪い、加減出来なかったな」

 あまりの息苦しさにわたわたと手を振り回すイワンに虎徹はようやく腕の力を弛めた。…ぷはっ…と息を吹き返した少年の頭をさらさらと撫でまわしてやる。ふわふわと揺れる淡い金髪に虎徹の笑みが深くなった。
 とりあえず落ち着いたのか…ほぅ…と息を吐きだしたイワンがちらりと見上げてくる。一度ぱちり…と瞬くと俯いてしまった。ただその耳が赤く染まっている。照れた…といえばそうなのだが…虎徹には違うように見えた。

「な、一緒に休憩がてらジュース飲みに行こうぜ?」
「…ぁ…ぅ…」

 半ば強制的に引き摺って行く。

*****

 自販機から取り出したジュースを投げ渡す。危なげなく受け取ったのを確認してさっそく口を付けた。一方、強引につれてこられたイワンは飲み物の口をじっと見つめてちらりと虎徹を見上げてからぺこりと小さくお辞儀して口を切る。

「………」
「んで?拗ねてんのはネイサンの疑問と同じじゃないよな?」
「ッ!」

 確信を突いて尋ねてみると彼は分かり易くむせ込んだ。丸めた背を優しく擦ってやると徐々に落ち着いてきた。そうして最後に一つ咳をすると涙目になりながら見上げてくる。

「…かたじけ…ない…」
「あぁ、気にすんな」

 にっと笑いかけると一瞬にして頬を染めたがすぐにぷいっと背けてしまった。自分から何か言える言葉はもうない。会話のキャッチボールのボールは放り投げたのだ。あとはイワンの方から返してくれないと何も始まらない。それでも彼自身もなかなか口を開けないだろう…むっつりと黙り込んだままだ。
 長期戦になりそうだ、と傍のベンチに腰掛ける。

「…虎徹殿…」
「うんー?」
「…昨日…の…」
「昨日の?」
「…男は誰ですか…?」

 ぽつりと溢された言葉にぱちりと瞬いた。どうやら一番まずい光景を見られたかもしれない。しくじったか…と思いつつ頬杖をついて見上げた。

「…男…って?」
「…仲良さそうに…肩組んで…歩いていった…」

 自然と尖る唇を見つめていると見たのは二人で歩いている光景だけらしい。…良かった…と思ってしまう自分に、目の前で項垂れる少年の姿が罪悪感を激しく駆り立ててくる。ズキズキと痛む胸に…あぁ、大人って汚いよな…と眉を顰めてしょぼくれる仔犬から目をそらした。

「…ガキの頃の顔見知り…」
「………」
「…って信じる?」

 ぽつりと言葉を溢し終えて少しだけ待つ。何も言ってこないイワンに虎徹はそろりと振り返った。すると彼はこちらをじっと見つめて微動だにしない。その藤色の瞳に射抜かれたように虎徹も動けなくなった。

「…拙者は…虎徹殿を信じます…」

 低く…けれどよく聞こえる声で告げられた言葉に虎徹は本当に固まってしまった。ぎしり…と動かない体で頭の中に言葉だけが何度も反芻し始める。


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