そこには先日運び込まれたダブルオーが鎮座していた。先の戦闘で損傷が酷かったのだが、不測の事態に備えて早急に修復してもらったのだ。エクシアR2もあるのだが、どんどんとスペックを上げていく各国のMSの中でずっと戦うわけにもいかない。それに、刹那自身の能力を存分に生かす為にもダブルオーに乗せる方がいいとスメラギは考えている。
しかし、出来るならばしばらくはこれらの機体を使用せずに済む方がいい、というのが本音なのだが。
複雑な思いを胸に見上げていたダブルオーから機体の動作音が聞こえてくる。
「スメラギ?」
「お疲れ様、刹那ー!」
コクピットが開き中から出てきた刹那が首を傾げる。どうやら予想通りカメラは起動させていなかったようだ。さらにマイクやスピーカーといった音声機能も起動させていなかったようで、スメラギの思惑通りに事が運ばれて思わず笑みを広げてしまう。
そんなスメラギの内心を知る事もない刹那はウィンチロープを掴み軽やかに降りてきた。
「そろそろ一服してもいいんじゃないかと思って。コーヒーを飲みに行くお誘いをね」
「あぁ、分かった」
半分は本当の事ではあるが、もう半分は刹那を格納庫から離すためでもある。ぐずぐずしていると二人のロックオンが来てしまうかもしれない。そうなるとスメラギの『帰還祝い』がぱぁになってしまう上、この後イアンが計画している『祝い』の方も共倒れになってしまうだろう。
思わず早歩きになってしまいがちな己の足を抑制して、刹那と並び廊下を歩いていく。ちらりと後を振り返り格納庫の入り口が小さくなり、角を曲がって見えなくなったところでもう一度笑みを浮かべた。
「(順調、順調♪)」
してやったりなスメラギは満足気に頷くとふと刹那を見上げた。
「…………」
少し挙動不審になってしまっていたかと心配になったのだが、当の刹那は窓の外へと視線を送っていてこちらには全く気付いていないようだった。それどころかどこか憂いを含んだ表情に苦笑が湧いてくる。
「大丈夫よ?」
「え?」
突然掛けられた声に目を丸くして振り返る。そんな珍しい表情を浮かべる刹那を見つつスメラギは笑みを浮かべた。
「いくら数年のブランクがあったとて、多くの候補者の中から選ばれたマイスターなのよ?
こっちから何らかのサポートが必要になるような事態になんかなってないわ」
彼女の胸の内を正確に推測したスメラギが励ましの言葉を掛ける。すると図星だったのだろう、更に目を丸くしたあと苦笑が広がっていった。
刹那には悪いが、ロックオン二人に潜入任務を出した事しか伝えていない。どういった内容の任務であるか、どこに潜入するかも教えていないのだ。再び帰還したニールの適正能力を測り直す目的は伝えてあり、ついでにライルの能力も見てみようと思って二人にタッグを組ませていることは伝えている。その少ない情報から粗方の予想を組み立てていたのだろうが、彼女の予測よりも長い期間に及んでいる為に心配になってきているのだろう。
表から仲間の心配をしている事を読み取れるほどまでも豊かになってきた感情に、心の中でニールへと感謝の言葉を伝えつつまだ晴れない表情をする刹那を励ます。
「ちゃんと擬似人格を叩き込んだ初代はもちろんばれないだろうけど、二代目だって営業してただけあって人のあしらい方はしっかりしてるもんよ。
それにヘタを踏んだとて初代がちゃーんとフォローする。そのくらい器用だって分かってるでしょ?」
「……あぁ、そうだな」
長年共に任務に当たり、共に生活してきたのだからスメラギの言葉がどれほど正しいか分かっている刹那は、今度こそ柔らかく微笑んだ。きっと再び舞い戻ってきた彼の人を思い浮かべているのだろう。
「うふふ」
「?何だ?」
5年前までは想像も出来なかった刹那の変化に思わず笑いが零れてくる。決して可笑しいわけではないのだが、嬉しさのあまり、と言った方が正しいだろう。
「変わったなぁ、と思って」
「変わった?」
「そ。可愛くなった」
「!?」
よほど意外な答えだったのだろう、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になってしまった。けれどそれもすぐにどう反応すればいいのか分からないといった困惑した表情へと変わっていく。
「そんな顔しないの。とってもいい事よ?」
「……あぁ」
頷いてはくれたがまだどこか晴れない様子に僅かに首を傾げた。
「変わっていくのは怖い?」
食堂へ到着すると率先してコーヒーを注いでくれる刹那に余計な手出しせずに任せて壁に凭れつつ問いかける。すると少し考え、小さく頷いた。
「……今でさえ、戸惑っている」
差し出されたカップを受け取り、零れ落ちた言葉に苦笑を浮かべた。
きっと純粋種のイノベイターとして進化を遂げた自分の事を指しているのだろう、とは分かるのだが、スメラギにはアドバイスになるような言葉は何一つ浮かばない。推測と憶測でしかない自分の言葉では彼女の憂いを払うことは出来ないだろう。しかし感情が僅かに不安定になっている事は分かる。こういう時は『保護者』に渡して宥めてもらうのが一番なのだが、残念ながら彼はまだ『帰還祝い』を受けている途中だ。自分も含めメンバーが仕掛けたこととはいえ、刹那には少々申し訳ない。
「大丈夫よ」
「?」
「刹那は刹那。そこは何にも変わらないんだから」
「…………」
「ありのまま受け入れればきっと大丈夫」
あまりに無責任な言葉かもしれないが、コレがスメラギの精一杯のエールだった。ほんの少しでいいから不安を和らげられるように満面の笑みを向ける。
「ゆっくり、すこしずつでいいからさ」
「……そうだな……」
そんなスメラギの想いが通じたのか、ゆるやかに頷く刹那にスメラギは満足してマグカップに口を付けた。
決して居心地が悪くない穏やかな沈黙に包まれた中、スメラギの端末がメロディを奏でる。モニタを確認してみるとラッセからのメールだ。何か問題でも起こったのか?と開いてみると苦笑が広がってくる。
「(………これは……あと二週間は帰ってこれないわね)」
* * * * *
「なぁんで俺までこの状態なのかね?」
「さぁねぇ〜」
「貧乏くじ引くのは兄さんの十八番だろ?」
「その『引くのが上手い』人物と行動を共にしてるせいだろ」
「好きで一緒にいるわけじゃねぇし」
「そこんとこは俺にもどうもしてやれねぇよ」
軽く愚痴を零しながら同じ背格好に同じ髪の色をした男が並んでモニタの前に座っている。何をしているかというと、データの整理及び打ちこみだ。
ラグランジュ内に立てられたコンピュータールーム。施設内の制御プログラムの修正を任されたのだ。先の戦闘で被害を受けた施設はメインコンピュータへの被害が一番酷く、自動ドアの類に至ってはすべてが使えない。なので今使っている部屋もそうだが使用可能な部屋はすべてノブ付きの扉に変えられている。急ごしらえのものなので防音仕様なわけもなく、廊下を歩く人の足音が度々聞こえて集中が途切れがちになっていた。
『遺品管理庫』のあるラグランジュを目指している途中、ラッセから連絡が入った。支給物資の運びこみを手伝って欲しいとの事だ。アレルヤに次ぐ筋肉自慢が何を……と思ったが、目の当たりにした荷物の量に口を噤む。今トレミーを修繕しているラグランジュの施設要員の分も入っているとの事でとんでもない量だったからだ。
ようやく重労働が終わったと思えば今度はイアンから連絡が入る。何かあったかと思えば人手不足で助けて欲しいという。敏腕の整備士が何に手こずっているんだ、と思えば……
−「手厚い『帰還祝い』だ」
との事だ。どう考えても『祝い』にはなっていないと思うが……下手に突っ込むと今度は何をさせられるか分からないので黙っておく事にする。それに、もとはMSの開発を手伝うはずだったライルが、ついでと言わんばかりに巻き込まれているのが哀れに思えたからだ。
「あ〜……目がチカチカする……」
「この数カ月ずっとモニタと睨めっこしてたもんなぁ」
目頭を押さえながら唸るライルにつられてニールも米神を押さえて軽く揉み始めた。潜入先でもずっとモニタを見ながら表示される文字列を追いプログラムを打ち込んでいたのだ。まさか潜入任務から帰ってきてもする羽目になるとは思いもしなかったが。
しばし休憩、と背凭れに上体を押し付けていると長いため息が自然と吐き出される。
「………何?」
「……ん〜?」
「やけに深すぎるため息出してるじゃん」
「あ〜……ねぇ〜……」
やけに長く重いため息にライルが首を傾げる。長期に渡った潜入中でもそんな態度を見た事が無かっただけに不思議に思われたのだろう。
別に仕事だと思えばどうって事はないし、イアンなりの『祝い』だというのなら甘んじて受ける覚悟もしている。けれど自然と零れ落ちたため息は目の前の作業に対してではなく……
「ちょっとな……」
「ちょっと、何?」
「……う〜ん……」
「そうやって濁される方が余計気になるっつーに」
「……怒るなよ?」
「いいから早く言えって」
「……うん、その……」
「その?」
「……刹那不足」
「あっそ。」
「冷たっ!!」
「聞いた俺がバカだったって言わないだけマシだろ?」
「今言ってるじゃん!」
言わないとかいいながらさらっと言ってのけるライルに思い切り突っ込んだ。けれど当人は「あれー?無意識に出ちゃったかなぁ?」とすっとぼけて見せる。
傷ついた……とデスクの端に伏せて口を尖らせるニールを横目に見て、ライルは小さく笑いを零し始めた。
「何?そんなに楽しいの??」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。」
いいようにあしらわれているニールはむっとする。双子とはいえ、弟にからかわれっぱなしというのは腹立たしいものだ。じろり、と恨みがましくライルの顔を見てみればとても穏やかな笑みを浮かべていた。
「兄さんが兄さんのままで安心したってのかな……」
「はい?」
「だってさぁ……」
ぎしり、と音を立てて椅子の背もたれへと凭れるライルの視線は天井に向けられているのに、その瞳にはどこか遠い場所が映り込んでいる。そんな彼の様子にニールも伏せたままだった上体をそろりと起こした。
「子供ん頃離れたままで……久しぶりの連絡かと思えば物だけで本人いねぇし」
ライルが言っているのはおそらくニールが使っていた車の事だ。
戦死したことになっていたニールの持ち物であった車を放置しておくのは忍びないと思ったのだろう。エージェントが手を回してライルの元へと届けられたらしい。
「いきなり『同僚』がコンタクトとってきて会えば衝撃の事実を叩き付けられ……
ひょっこり現れたと思えば急にまたいなくなる。
すっげぇ遠い存在になったな……って、思ったんだよ」
「…………」
「でもさ。話せば話すほど子供の頃となぁんも変わってない」
どこかを見つめ続けていた瞳が一度伏せられる。その横顔には淡く笑みが浮かべられていて、次に瞳が開かれると、顔がゆるりと振り向く。
「すっごく嬉しいな、って」
「……ライル」
「改めて。おかえり、兄さん」
もうずっと遠い過去に二度とは戻って来ないあの家で聞いた言葉。ソレスタルビーイングに入ってからも何度か同じ言葉を言ってもらってはいたのだが……やはり本物の家族に、兄弟に言われると胸が温かくなってくる。
「ただいま、ライル」
込み上げてくる想いのままに返事をすると互いの笑みが深まっていった。
「というわけで、お先。」
「へ?」
温かく優しい気持ちに包まれた雰囲気はあっと言う間に終わってしまった。席を立ったライルが今しがたまで打ち込んでいた紙の束を整え小脇に抱えている。
「俺のノルマはもう完了したし。」
「…………うそぉ!?」
椅子のコマをがらがらと鳴らしながら隣のモニタを覗きこみに行くと、確かに完成されている。同じ時間に同じように資料を渡されて打ちこみ始めたのに……と愕然としてきた。するとライルが肩を軽く叩いてくる。
「ダテに商社へ勤めてたわけじゃないんでね?」
「・・・」
にやり、とどや顔までされてしまった。
確かに単なるデータ入力ならばニールよりもライルの方が格段に経験を積んでいるだろう。けれど、これほどまでも差が出来てしまうとは思っていなかった。
「ま、ゆっくり仕上げてくれてもいいけどね?」
「……はぁ?」
「その間、刹那を独り占め出来るし?」
「・・・・・ッ!!!」
にこにことこれ以上ない程の優しげな笑みに反して告げられたのはとんでもない挑戦状だった。一瞬にして血の気が下がり、今度はマグマの噴火の如く頭のてっぺんまで血が上りつめる。
「何ほざいてっ……!」
「だってほら。まだ残ってるんでしょ?」
ぴっと指された先にある資料の束。出来ていない山がそれなりの厚さを主張している。
「そんじゃ、がんばって〜」
「〜〜〜ッ!!!」
手をひらひらと振りながら出ていくライルに言葉が出てこない。先に上がられた以上は彼の言う通り刹那を独り占めされるのは必至。
しばらく向かい所のない怒りに手を震わせていたが、一つ拳を打ちならすと資料の束を掴んでモニタへと向き直った。その形相たるや……ミレイナがここにいたら間違いなく泣いていただろう。
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