相変わらず刹那の腰に腕を絡めて座るニールは存分に『刹那不足』の体に『刹那補充』をしているらしい。ライルも補充したいところだが、年単位で開いていることと、この所、ちょくちょく添い寝したりしていることから仕方なく譲ってやった。
とはいえ添い寝の件はニールに話していない。話したところで鬱陶しいことになること、間違いなし、だからだ。そんな得の欠片もない事をライルがわざわざ話すこともなく。あっさり引き下がる事にする。けれどまるっと全部譲るのも癪に障るのですぐ傍に座って片手を独占させてもらっておいた。それでも違和感はあるだろう、疑問を抱かれつつも三人で穏やかな時間を過ごしていた。
静かな島に電子音が響いたのはそんな時間帯だった。
「……トレミーからだ」
音の出所は刹那の端末だった。さすがにトレミーからの連絡中にべたべたいちゃいちゃするのはまずいだろう、と双子は揃って彼女を開放する。二人が離れたことに少々不満げな瞳をしながらも通信を開いた。写し出されたのは予想を遥かに超える楽しげな表情をしたスメラギの顔だ。
『刹那、お疲れ様』
「いや、大したことはしていない」
『それでも精神的に辛かったでしょう?そこにいる亡霊のせいで』
「……ぼうれい……」
「俺らよりまだ優しいじゃん」
「うー……まぁ……」
さり気に繰り出されたパンチは鳩尾にしっかりと捩じりこまれてしまう。かなりのショックに思わず呟くとライルなりに慰めてくれるのか、何でもないように言いつくろってきた。
「データの方はどうだった?」
『今ティエリアを呼び出して詳しく調べてもらってるところよ』
「……すまない」
しばらくの間眠りにつく予定だったティエリアを起こしてしまう事に罪悪感を感じてしまう。けれど彼以上にデータの照合が出来る人物はいないし、隅から隅まで確実に調べつくしてくれるだろう。
『いいえ。当然のことだわ。ただ……』
「ただ?」
『データの解析ついでにそこの不確定人物を徹底的に調べつくそうと思うの』
「……不確定……」
一度で終わったと思ったパンチは最初のジョブだったらしく、ちくちくと針で突くような痛みで会話の中に織り交ぜてきている。気にしなければいい、とは思うが、事態が事態なのでやすやすと流す事は出来なかった。予想以上に胸を傷めつける言葉責めに胸倉をぎゅっと握りしめて何とか耐えしのぐ。
『前の時にちゃんと調べておいたらよかった、って今頃後悔しても遅いんだけどね
今回はラグランジュでちゃんと精密機器を通して徹底的に調べるわ』
「……という事は……移動になるな」
今この小島にあるのはエクシアが一体。コクピットにぎゅうぎゅうで乗り込むにしても少々体積がオーバーしそうだ。それ以前にちゃんと操縦出来るかも危うくなる。二人を手で抱え持つ事も考えたが、うっかり落としたり潰したりでもしたらとんでもないしな、と踏みとどまる。どうしたものか、と首を捻るとスメラギが提案をしてくれた。
『ハロを送ったからオーライザーに乗せて』
「え?じゃあ俺んとこに二人乗り?」
『そ。悪いけど。刹那とそこの危険人物二人にさせるよりは安心だと思うの』
「……ついに危険物扱い……」
『ハロがそっちに着いたら座標データを送るわ。合流はラグランジュで』
「「了解。」」
相変わらずさくさくと指示を伝えるスメラギに二人の声が綺麗に重なる。共存の時間が長くなった証拠だろう。互いに信頼を深めあえたようだ。
「……息ぴったり合うようになっちゃって。」
「悔しい?」
「えぇ、えぇ、とーっても悔しゅうございますよ〜」
思わず拗ねた声を出してしまったらライルがにやりと嫌な笑みを浮かべた。遊ばれそうだな、と思いつつもぶーを垂れると、刹那が小さく笑いを零してくれる。その表情に心がほんの少し慰められた。
「……来た」
「え?もう?」
「早くね?」
「もしかしたらトレミーを少し近くまで移動させたかもしれないな」
「なーるほど。そこまで修復出来たってことね」
刹那の見上げる方向に見覚えのある機影が見えてくる。同じ方向を見上げる間にも徐々に影が大きくなっていった。開けた浜辺へと着地するだろう、と連れ添って海辺へと足を向ける。
オーライザーの発する風に髪が乱れていった。着地までもう少しというところで目の前に立つ刹那が風に煽られて体を傾けている。海風の混ざる突風が思ったより強かったのだろう、必死に立とうとする腰に腕を回して寄り添った。きょとりと驚いた顔で見上げるのに笑みを返してやると恥ずかしそうに俯く。思わずにやけているとお尻にライルの蹴りがヒットした。
小島に人がいた形跡をすべて消してエクシアとオーライザーで移動すること数十分。何事もなく連なる山の合間に隠されたラグランジュに到着出来た。開かれたゲートをくぐりぬければ、先に到着していたのであろう、トレミーが停泊している。
男二人の暑苦しい空間を脱出出来る……とほっと一息ついていたニールはコクピットが開くなり、ラグランジュの施設員に拉致されてあっと言う間に検査室へと放り込まれてしまった。
* * * * *
「……監禁生活5日目……ってね……」
二日間検査尽くしに遭ったと思えば次の日からは身体能力のチェックの為に、マイスター候補生の頃に使っていたとても懐かしいシュミレーションシステムを使って、ガンダム騎乗の際の戦闘バロメーターを測定される。それが済んだ、と思えば次に生身でどこまで戦闘に関与出来るのか。これまたシュミレーションを使って白兵戦のデータも計測されていった。
考えたくはないが、はっきり言ってモルモット状態。思わず言葉を思い浮かべてニールはぐったりと横たわった。しみ一つない天井を見上げながらがむしゃらにこなしていく日々を数えると間違いなければ今日で5日目。
「……刹那ぁ……」
島でたっぷりと補給したつもりではいたが、足りるわけがなかった。むしろ帰るなり他のクルーにも一切会わせてもらえず検査に放り込まれるとは思わなかったのだが……
起床時刻よりもうんと早い時間に目を覚ましたニールは与えられた個室のベッドの上で……シクシク……と泣き続けた。……とはいえいつまでも泣いているわけにはいかない、と気合で起き上がると身支度を開始する。
「……うん?」
支給された作業用ツナギへと着替え終わった所で、呼び出しのベルが鳴った。この部屋に放り込まれてから初の呼び出しベル。その日の予定は、いつも当日に検査室へ入れば言い渡される為に今日のメニューが何かは分からない。何であろうとまずは出なくては、と扉へ向かった。
もしかすると検査や測定尽くしから抜け出せたのでは、という僅かな希望と、呼びに来てくれたのが刹那ではないのだろうか?という淡い願望の元、扉へと小走りになりながら向かう。
「はいは〜い?」
「よ。」
扉を開いた先には何故か鏡……というわけではなく、見慣れ過ぎた男が立っている。
「………」
「………あからさまに嫌そうな顔しないでくれる?」
「何が悲しゅうて久しぶりの訪問客に同じ顔を見なきゃいけないんだ……」
「しょうがないだろぉ?任務なんだから」
「任務ぅ?」
「そ、俺と兄さんで潜入ミッションに行きます。」
「……潜入ミッション??」
ひらひらと見せられたのは見慣れた端末。それはこの施設に来てから今日までの間に調べられた能力値を入力していたパソコンだ。昨日までは戦闘能力ばかりを調べ上げられていたが、どうやら隠密作業の方も調査されるらしい。擬似人格などはしっかり叩き込まれたので早々に抜け落ちたりはしないだろうけれど、これは……一応仲間として認められたと思っていいのだろうか?
唖然としていると部屋に入ってきたライルから小脇に抱えていた荷物を押し付けられた。
「はい、さっさとこっちに着替えて支度、支度。」
ぽんと渡された荷物に目を落としてから、よくよくライルを見上げてみると見慣れぬ軍服を身に纏っている。それを隅々まで確認して渡された荷物の中に混じる衣服が目に付いた。同じ色の布地に素材。どうやら『これ』は今ライルが着ている軍服のようだ。
「……どっかの軍に潜入するってわけね?」
「そゆこと。」
「はいはい、了解しました」
壁に凭れ掛かったライルを一瞥するとニールは今しがた着込んだツナギを脱ぎ始める。
「場所は?」
「北アメリカにある軍事施設。元アロウズの所有施設だったのを新連合軍が改築して使うらしい」
「なるほど……そこの施設にあるかもしれない俺らのデータをごっそり抜き取って来いってことね?」
「ビンゴ。さすがは元マイスター」
「や、これにマイスターは関係ないと……」
「そういやそうか。ま、そんなわけで。極秘ミッションです」
「了ー解でっす」
軽く内容を聞いている間にもさっさと着替えを済ませたニールは姿見に移動して服装のチェックに入る。潜入捜査に入ること事態は初ではないのだが、いかんせん久しぶり過ぎる。大丈夫なのか?と一抹の不安を頭に過ぎらせていると、ふと思いついた。
「双子って目立つんじゃねぇの?」
「うん。だから、ハイ、染髪剤とカラコン」
「……マジでか……」
「マジです」
「着替える前に渡せよ……」
「わりぃわりぃ」
ちっとも悪いと思ってない笑顔に深々とため息を吐き出すと、せっかく着替えた軍服を脱ぎ去った。
「……あのさぁ……」
「うんー?」
「そのぉ……刹那は?」
「恋しい?」
「そりゃあもう……」
「まぁ、そうだよなぁ……」
「……で?……どうしてる?」
「さぁ?」
「さぁ??」
ひょい、と肩を竦めるライルを鏡越しに見上げて瞬いた。その表情は本当に知らないようで、冗談めいた色は欠片も見当たらない。
「それがさぁ……兄さんを連れていかれた後にスメラギさんから呼び出されて別々になったんだよ。
で、俺の方もトレミーの修理に借り出されて……晩飯の時間にはすでにどっか行った後。」
「どっか?」
「おぅ。他のラグランジュから物資を取りに行くとかで、イアンとリンダさんと一緒に出たらしい」
「あぁ……どこのラグランジュかは分からないってことか……」
「そゆこと。」
顔をちらりとだけでも見れたらなぁ、と思っていたが……当人が不在のままらしく叶わないようだ。思わずがっくりと肩を落としていると慰めるようにぽんぽん、と背を叩かれた。
* * * * *
「あらぁ……別人みたいねぇ」
「別人になるように準備したのそっちでしょ」
「まぁね」
予想した以上の長期任務から帰ってきた二人を出迎えてくれたのはスメラギだった。
軍事システムエンジニアとして放り込まれた為、基地への潜入はスムーズにいった。双子であることも、髪と瞳の色を変えただけであるにも関わらず疑われずに済んだ。それというのも、ニールが話し方に少し訛りを混ぜたおかげで、よく似た他人として扱われた。
しかし……そんな順調な潜入とは裏腹に梃子摺ったのはシステム自体だった。
データを抜き出す為にブレーンの下へと行くつもりが、アロウズ撤退時にシステムを弄ったらしい。向かう扉全てに悉くパスワードが設定されており、プログラムを読もうにも余分な言語があちこちと放り込まれていた。
ソレスタにいればミレイナに丸投げすればものの数分、いや数秒かもしれない……とにかくその程度で返してくれるかもしれないが、生憎とロックオンズしかいない上にエンジニアとして潜入した以上は地道にこなすしかなかった。
じわじわとしか進めない状況でようやく到着したマザーコンピュータにも厳重なパスワードがこれでもかというほど詰め込まれており、トラップやウィルスまで仕込まれている始末。
仲間ではないけれども、一緒に入って来た他のエンジニアに淡い同情を抱きつつ二人も課せられた区分を片付けつつ、目的の情報を何とか抜き出してきたのだ。
そんな苦労を知るわけもなく、あっけらかんとした様子のスメラギに溜息が吐き出される。『任務』と言えば聞こえはいいが、現実は体よくこき使われているだけに思える。
突っ込んでみたところでなんら実りのある状況に進展はしないだろう、と早々に諦めて胸ポケットからデータスティックを取り出した。
「はい。お土産」
「お土産??」
「そ。建物内部の見取り図から、軍内の主要及び要注意人物と相関図に、内部でのちょっとした会話なんかの詰め物」
「なぁる」
これはもう一種の職業病のようなものだ。訓練生の頃によく言われていた、『潜入先での入手情報』を自然と集めてしまう癖がついているようだ。情報戦略の時代に欠かせない現地の情報は、たとえ世間話であっても何が幸いするか分からない。
そういった理由もあって潜入先で人の輪に溶け込んでは様々な話をしてそこから得られる情報を全て記録していった。傍から見ていたライルにはしばしば首を傾げられていたが、こういった情報がいつ何の役に立つのかは分からない。もしかするとひょんなことから膨大な情報へと繋がることもあるかもしれないのだ。
擬似人格として普段とは違う寡黙な人間を演じようかとも思ったが、こういった会話や内部情報を聞き出すのならば気さくに話せるような人格がいいな、と判断した結果、明るく少し抜けたところのある人格を選んだ。潜入の際に人格の指定がなかった事から本人が選べ、ということだろうと推測した結果でもある。もちろん結果オーライだったわけだが、ライルは慣れるまで少々戸惑ったようだ。確かに突然組み込まれたライルは擬似人格プログラムを修得してはいないだろうし、必要になった事はなかっただろう。けれど、間近で見て触れることによって擬似人格の長所ややり方などが学べる。きっとスメラギの狙いもこの辺りが含まれていたに違いない。
「うん。こうして無事に任務を果して戻って来れたって事は擬似人格の方も鈍ってはなかったようね」
「えぇ、おかげさんで」
非常に満足そうな笑みを浮かべるスメラギに対してニールはげっそりとした笑みになってしまう。これはもう仕方ないだろう。
「さて。帰ってきて早々悪いんだけど、ラグランジュへ行ってくれるかしら?」
「へ?」
そんなニールにさらっと告げられた言葉に目が丸くなった。本音を言わせてもらうならばほんの2・3日、いや、1日でもいい。使いすぎた脳の休息としてオフを頂きたいところだ。むしろ完全のオフでなくてもいい。頭を使わずに済む作業を振り分けて欲しいところなのだが、自室で横になるよりも座って一服するよりも長距離移動を言い渡されてしまった。
「初代の私物が保管されてるのよ」
「あぁ、遺品の保管場所か」
「……遺品……」
「仕方ないでしょー?死んだと思ってたんだから」
「えぇ……まぁ……そうですけど……」
「あと二代目も一緒に行ってね」
「え?なんで俺まで」
「イアンがMSの微調整をしたいから来て欲しいんですって」
2つの原因でがっくりと肩を落としているニールを横目にご苦労様、と思っていれば自分にも話を振られてしまった。しかし、MSの調整ならば仕方がない。それこそ任務遂行のクオリティにも関わるし、自分の命にも関わる。拒否する理由が何一つない状況に思わず深い溜息が漏れ出てしまった。
「りょ〜かぁい」
「ほんじゃ、着替えたら行ってきますわ」
「えぇ、気を付けて」
各々明らかな気落ちが窺える返事を残して部屋へと引き上げていった。その2つの背中が見えなくなったところでスメラギは上を向く。
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