そんな二人を尻目にソファ組は未だ頭をつき合わせている。とはいっても、ほぼ終わりに近い。絵羽模様にどういったものを入れるのか、裏白の紙にニールがイラストを描かされていた。

「こんな…感じ…とか??」
「へぇ…クジャクかぁ。」
「羽を広げた状態なら確かに華やかではあるな。」
「うん。それに色も綺麗に映えると思うんだ。」
「濃紺に玉虫色。確かに綺麗ね。」

小学生ながらもマンガ並みの画力をもって描き上げたイラストに頭をつき合わせる大人二人は満足げに頷いていた。その反応にニールも僅かにほっとする。上体をソファに戻したティエリアがそのイラストを見つめながらふと思いついた。

「帯はどうするんだ?」
「帯は…クジャクを目立たせたいから…邪魔にならない色…」
「この中で言えばどれだ?」
「んー…と…この黒と緑のグラデーションなんかがいいんじゃないかな。金糸銀糸もあまり浮いてないし。」
「じゃあ帯上げと帯締めも同じ感じで…」
「あ、それは白か銀で締めた方が全体的にバランスいいと…」

ニールの出す案にスメラギとティエリアが口を挟みつ、必要なサンプル資料を開きつとどんどん作り上げて行く。ついには着物のデザインは固まり、あとは頭の方だけとなった。

「こうなると…ヘアは…ストレートのロング?」
「アップにしてカールにするのも有だと思います。」
「花とか付けて?」
「えぇ、百合などなら…」
「んとさ…」
「うん?」
「名前…間違えてるかもだけど…タユウって…分かる?」
「タユウ?」
「…太夫のことかな?」
「?なんですか?それは。」
「んーとね…遊女の最高位を示す…」
「………」
「………まず最後まで聞いてくれる?」

スメラギが途中まで説明を紡いだ途端にティエリアの眉間へ地割れのような青筋と深い皺が刻まれた。その変化にニールが思わず小さな悲鳴を上げて冷や汗を噴き出すのに対して、スメラギはにっこりとほほ笑みかけている。そんな彼女の座った肝を少しでも見習おうと思う反面、今にも噴火しそうな火山が火を噴きませんようにと祈り続けるニールだった。

「太夫っていうのは遊女の最高位を示す 言 葉 で・も あるんだけど。」
「………」

さっき途切れて言えなかった言葉を強調するように話すと地割れを起こしていた青筋は少し治まってくれた。けれどまだまだ深い皺にニールはじっと恐怖を耐え続ける。

「能とかの長をさす言葉でもあって、さらに歌舞伎の芸達者な役者を呼ぶ言葉でもあるの。」
「…なるほど。それで?その太夫が何だというんだ?」
「う、うん…その…ニュースとかで歌舞伎の映像をちょっと見たことあるんだけどさ…」

ティエリアの気迫に圧されつつおどおどとしながらも言葉を絞りだす。

「髪型が独特でさ…着付けの仕方とかもちょっと違って…神秘的に見えるかなぁ…と…」
「独特とは…?」
「んー…画像で見た方が早いわよね。」

どうやらスメラギはどういったものかよく分かっているようなのだが、ティエリアの方がピンときていない。説明しようにもどう言ったらいいのか…またイラストで描くべきか?と悩んでいると正面でポケットサイズのパソコンを引き出してきた。数秒指を動かすと画像の確認の為にモニタを向けてくれる。

「こんな感じ?」
「そうそう!」
「見せてください。」
「ニホンの伝統的な部分はかなり近い位置よね。それに華やかで神秘的…っていうにはもってこいじゃないかしら。」
「…一理ありますね。」
「何か気に入らないところでも?」
「…必ずしもすべて上げなくてはならないというわけではない…のでしょう?」
「まぁね?」
「あ、サイドとかは下ろしたままでいいと思うよ?こう…段になった…姫カット?とか入れたら少し近寄りがたい雰囲気が崩れると思うし。」
「なら、いい。」

ニールの言葉にティエリアは満足したらしい。こっくりと頷いてそれ以上は何も突っ込まなくなってしまった。そんな様子を横目にスメラギは薄く笑みを浮かべる。

「では髪飾りはこれと同じようなものにするのか?」
「それでもいいし…普通のポニーテールにしてリボンみたいなの着けてもいいかも…」
「となると…この櫛のようなものを無くすと?」
「うん。ただ、御下がりの飾りなんかあるといいな…金色の…透かし細工みたいな?」
「ビーズアクセサリーなどの土台に使ったりするものか?」
「うん?」
「たしかこの辺りに画が…」

なんだかんだとすぐに会話へと入っていってしまう二人を見つめて深くほほ笑みを浮かべたスメラギは、話に没頭している二人を尻目に胸ポケットから携帯を取り出して操作し始めた。

「うむ。悪くないな。」
「ホント!」
「あぁ。けれど…背景はどうする?」
「…背景?」
「単なる真っ白な空間では一気に味気のないものになってしまう。」
「…あぁ…そっか…」
「檜舞台なんてどう?」
「「檜舞台?」」

刹那のコーディネートが済んでやれやれ、と思っていたら次の問題をつきつけられてしまった。言われてみれば…先にモデルのコーディネートからしてしまったが…背景などと一体化してしまっては意味がない。むしろ背景が自然のものならばモデル側が色に変化をもたらさなくてはならないだろう。半ばしまった…と思って悩み始めると、一つの単語がぽん、と放たれた。

「歌舞伎なんかの舞台よ。木で出来た高台…って感じかしら。そこに簾みたいにした布を垂らして…花鳥風月を表すのもいいと思うけど。」
「月は夜を待てばいいとして…鳥は着物の柄…垂らす布を花柄にしてそれを揺らせば風があるように見えますね。」
「でしょ?」
「んー…でも…」
「あら?お気に召さない?」
「格調が高く感じられるかも。」
「…あぁ…」
「…それもそうか。」

首を傾げるニールの言葉に二人も脳裏でイメージを湧きあがらせていたのだろう。しばし考えてから同意をしてくれる。和のイメージならば文句はないだろう。けれど最初に教えられたコンセプトを考えるならば、檜舞台に花鳥風月は豪華すぎる。かと言って街中にぽんと放り出すわけにもいかない。うーん…と三人で唸ってしばらく時間が経ってしまった。

「あ…。」
「ん?」
「何か思いついた?」

刹那と一緒に見た雑誌などに何かないかとぐるぐる考えていると使えそうなものが思い浮かんだ。思わず声を上げると他の二人と視線が合う。

「お正月みたいな雰囲気をイメージして…真黒な空間に…紅い絨毯ひいて屏風を置く…とか。」
「お正月…ねぇ…」
「黒い空間に赤…悪くはないな…」
「あ、全部単色ね。でないと着物の柄が映えない。」
「うんうん。でも屏風は?」
「単色でいいと思うんだ。ベージュ…っていうとイメージがちょっと違うんだけど…薄い茶色っぽい所に金箔が所々散らされてるような…」
「なぁるほどねぇ…」
「クジャクが際立つようにするわけだな。」
「うん!…ってあれ?刹那?」

二人との話に没頭しすぎて刹那を忘れていた。ふと気付くと横に座っていたはずの刹那がいない。きょとりと部屋の中を見回してみると、作業台の隅に開いたままのメイクボックスが放置されていた。

「なぁに?今頃気づいたの?」
「へ?」
「彼ならクリスティナにメイクの仕上げの為、部屋を移動した。」
「だいぶ前にね。」
「マジで…気付かなかった…」

唖然とした表情をするニールにティエリアは苦笑を浮かべた。ここまで没頭出来るのはある種の才能かもしれない。そんな目で見えない才能を見つけ出すスメラギにつくづく感心してしまうティエリアだった。

「こんにちはー…ってあれ?これだけ?」

すぐ横に座っていた刹那が動いたことに全く気付けなかった事実にしばし打ちのめされていると、来客があった。玄関に通じる扉から黒髪の青年が入ってくる。黒のハイネックにジーンズ、ジャケット…と無難な服装に、これまた…クリスが持っていたようなボックス型の鞄を肩から提げていた。けれど来客にしてはインターフォンを鳴らしていなかったように思う。つまりは彼もここのメンバーに違いない。

「あら、早かったわね、アレルヤ。」
「えぇ、今日はフリーだったのでマルチーズを見に…」
「…飽きというのは存在しないのか?」
「え?何度見ても可愛いよ?マルチーズは。」
「君に聞いた俺がバカだった…」

長身に逞しい感じの四肢に少し吊り気味の目元に反してほんわかとした柔らかな雰囲気の青年だった。二人の会話から彼はよほどマルチーズが好きらしい。そういえば玄関から入ったところの廊下に掛けてあった犬の写真を思い出す。今思えばあの白い犬は全てマルチーズだった。

「なるべくゆっくり来てみたんだけど…早かったかな?」
「いいえ?そろそろ様子を見に行くつもりだったから。丁度いいわよ?」
「それは良かった。…あれ?もしかして君かな?」
「へ?え!?」

すぐ傍まで来た青年がニールと目があった途端ぱぁっと表情が明るくなった。その変化にきょとりと瞬いていると向かいでスメラギがほくほくとした表情に変わる。どこか得意げにも見える表情だ。

「そ、この子よ。ニール君。もう一人は今クリスが付いてる。」
「そっかぁ!わぁ〜…楽しみにしてたんだぁ。」
「は?はぁ…」
「あ、僕はアレルヤ・ハプティズム!よろしくね!」
「は、は、い、よろ、し、く。」

よっぽど感激しているのか、がっしりと掴まれた手がぶんぶんと勢い良く振られる。お陰で言葉が片言になってしまった。

「そろそろ行きましょうか。」
「ん、そうね。クリスが呼びに来るかもしれないしね。」
「え?どこに?」
「刹那の仕上がりを見に行くのよ。」
「あ。メイク。」
「そうそう。」
「じゃ、メイクボックスも持って行った方がいいよね?」
「あぁ、置いたまま行ったのね。」
「あ、俺も手伝う。」
「ん、ありがとう。」

開いたボックスの中に机の上へ広げたままだった道具を簡単に詰め込むアレルヤの横へと駆け寄った。ふと見てみると同じ入れ物に入ったカラフルな色がいくつもある。ちらりと裏を見てみるとアイシャドウと書かれていた。同じ形の容器が入った引き出しのような場所にそっと置くとそこには所狭しとアイシャドウの入れ物が詰まっている。赤・黄・青の三原色に留まらず、パープル・オレンジ・ピンク・グリーンと色鉛筆さながらのカラーバリエーションもあり、さらにはゴールド・シルバー・シャンパンといったメタリックカラーも存在していた。

「…すげ…」
「うん?あぁ、カラーバリエーション豊富だよねぇ。」
「…こんなに…必要なの?」
「うん、まぁ…混ぜたりするから色としてはもっと作れるって言ってたけど。」
「え!?これ以上!?」
「ほら。肌の色って同じ人種でも一人一人違うじゃない?それなのに同じ色使ってもちゃんとした色の効果が出ないんだよ。」
「…はぁ…」
「それに服とか印象を変えるにも色の持つイメージってあるからね?」
「…へぇ…」

言われて見ればその通りだと思う事を丁寧に説明してもらい、感嘆ばかりが溢れてくる。メイクの方は全く手付かずだっただけにとても勉強になる、と感動半分、好奇心半分で聞き入っていた。そして詳しく説明をしてくれるアレルヤも、持っているカバンの大きさからしてクリスと同じかもしれない、と同じ男性のメイクアーティストの存在にどきどきとし始める。

「これで全部かな?」
「うん。」

2つ在る鞄を一つずつ持ち、更にニールは鏡も持つ。手ぶらである故に普通のことではあるのだが、ありがとうと言われて少しくすぐったい気分になった。スメラギとティエリアはすでに資料の類を両手に抱え持ち、扉のところで待ち構えている。少し小走りになりながらも辿り着くと奥に続く扉を押し開かれた。

「ココから先は会社だからね。」
「…会社?」
「そ、ニホン支社の建物。」
「…へぇぇ…」

そう言われてきょろりと周りを見回してみるが、どうみても普通の家の廊下にしか見えない。首を傾げつつ付いて行くと突き当たりの扉を潜り抜けた。

「…え…?」

扉もごくありふれた木の扉だったのだが、その向こうに広がる光景で呆気に取られてしまった。思わず後ろを振り返るが、やはりなんの変哲の扉だ。再び目の前へと顔を向ける。
木のフローリング…大き目の窓…トルソーマネキン…作業台…ここまでは先程の部屋と特に変わりない。けれど…部屋の隅に追い遣られたようなデスクが壁際に並び、資料を閉じてあるファイルをびっしりと詰めたキャビネット…無造作に束ねられた紙の山…ファックス、電話、パソコン…その様はどこかの商社の事務所のように見えた。何よりも、壁に掛けられたスケジュールボードが以下にも会社らしい雰囲気を醸し出している。
そのままフロアを横切ると一面ガラス張りの明るいフロアへと出てきた。どうやら正面玄関らしく、受付と書かれたプレートを掲げた小さなカウンターがある。けれど今は堰を外しているらしく誰もいない。エスカレータの扉の前までくると、待っている間にそっと外の景色を覗いてみる。するとそこはオフィス街の一角のようで、高層ビル群が並んでいた。

「置いていくわよー?」
「あ、はい!今行きます!」

急に雰囲気の違う場所へ来てしまいぽかんとしていると、エレベータが到着していたらしい。みんなすでに乗り込み扉を閉めるところだった。慌てて飛び乗ると8のボタンが点灯しており、扉が閉まると静かに上がり始める。


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