「ん、分かったわ。」
「え〜…諦めちゃうんですか〜?」

腕組をして座りなおしたスメラギにクリスが不満げな声を上げる。彼女としても刹那のモデル採用に賛成だったのだろう。眉を八の字に曲げてかなり悔しそうな表情になっている。けれどスメラギは一貫として明るい微笑みを讃えたままだった。

「うん?諦めるなんて言ってないわよ?」
「え?」
「は?」
「へ?」

三者三様に驚きの声が上がる。しかしティエリアはというと予測していたのか、溜息を吐き出すだけだった。

「テストをしましょう。」
「え!?」
「お受験するようなテストじゃないわよ?」
「あ…そう、ですか…」
「なぁに?テストの点数悪いの?」
「や、そんなことはないんですが…」
「ニールは基本的にテストという言葉が嫌いだな。」
「ばっ、ばらすなよ!」
「あははっ、子供らしくてよろしい!」

思わず構えてしまった事で更に恥ずかしい思いをしてしまい、顔を真赤にしているとますます子供扱いになってしまって…からかわれているわけではないのは分かるがかなり悔しい。低く唸ってぶすっと頬を膨らませると余計子供っぽいと突っ込まれてしまった。

「で?テストってなんスか?」
「君のプロデュース力を見てみようと思って。」
「…うん?」
「ティエリア。持ってきたんでしょ?」
「えぇ、ありますよ。」

嬉々としてティエリアへと話を振るとやはり憶測出来ていたのか、抱えていたファイルの一冊をテーブルの上へと広げた。それは各ページに所狭しと小さな布が張り付けられて、ありとあらゆる色、模様、柄のある布の小さな切れ端だった。どうやらサンプルらしく、本当に多種多様…何百とあるだろうページに渡って張り付けられている。

「この中から選んだ布で彼をプロデュースしていただきます。」
「この…中?」
「そ、この中。ちなみにテーマは『和』ね。」
「わ?」
「ニホンの特色。和みと書いて『和』。」
「う…んー…」

彼女がテストというからにはやはり自由に選んで…というわけにはいかないらしい。しかし逆にテーマがある方が固めやすくもある。目の前にポンと渡されてゼロの状況からではない分かなりマシ、と言った感じであまり大差はないのだが…
とりあえず、ページをいくつか捲っていき脳内でいろいろとイメージを作り上げていく。

「分からないことあるならネット使って調べてもいいわよ?」
「あ、や…奇遇にも夏に浴衣作ったんで基礎は分かるから大丈夫…」
「浴衣作ったの?」

考えるのに半ば夢中になりつつある為に、返事がしどろもどろになっている。それに気づいたスメラギがそっと視線を横に座って一緒に覗き込んでいる刹那へと移動させた。

「あぁ、俺の分と自分の分と…と言って作ってもらったことがある。」
「へ〜…器用ねぇ…あ、ニールくん。」
「んー…?」
「『和』に加えてほしいんだけど…」
「ん…何?」
「看板になるから華やかさも兼ね備えさせてね?」
「んー…りょうかい…」

完全に自分の思考の中にいるだろうにしっかりと返事を返してきた。そんなニールを気に入ったのか、スメラギは笑みを浮かべる。
しばらくすると紙を捲る手の動きが止まった。身長差を利用してそっと覗きこんでみるとニールが見ているのは青系の布が集中しているページだった。布自体もつるりとした面ではなく、小さな起伏を作り出していたり単純な幾何学模様を作り出したりしている。ちらりとページの上を見てみると『縮緬』『織り』といった文字が並んでいた。

「大事なこと忘れてた。」
「…なんです?」
「振袖のお引き摺りで考えてね。」
「…は……いぃ?」

新たに注文を受けたニールが怪訝な表情で顔を上げた。知らない単語に何がひっかかったのだろうかと首を傾げる。

「…刹那は男ですけど…」
「分かってるわよ?」
「振袖って…」
「言ったでしょ?神秘性を出すんだって。」
「や、聞きましたけど…」

何やら雲行きの妖しい会話でだいたい分かってきた。ニールのひっ掛ったのは『振袖』の言葉のようだ。どうも彼の口ぶりから『それ』は男性が着用するものではないらしい。

「女形って知ってる?」
「は?え、と…あの…歌舞伎なんかでの女性役の男の人のことですよね?」
「そうそう。あれって『神秘的』じゃない?」
「う…ん……」
「女性よりも女っぽく見えて…でも男役してる時はうんと男っぽいの。」
「ん…でも…一般向け…」
「うん、忘れてないわよ?だからさっきのページにもあったけど、チェックや水玉の布も作ってあるもの。」
「…ってことは…ポスターとして…宣伝の役割のみを果たせばいい…と…」
「いぇーす☆」

ほんの少し話し合っただけで疎通は出来たらしい…再びニールが頭を抱え出した。一つ大きなため息を吐き出すと再びページを捲りだした。

「あ、もしかして羽織袴で考えてくれてたかな?」
「うん…あと羽織の紐で終わりだった…」
「それは申し訳ないことを…でも華やかさに欠けない?」
「んー…けど…袴と羽織に模様入れて羽織の紐にアクセント持ってきたらそれなりだと思ってたんだ。」
「ほぉ…なるほど…」
「んー…でもさ、袴や羽織に模様っていっても、亀甲柄とか単純なのでしょ?」
「や、絵羽模様で御所車とか…短冊ならありだと…」
「へぇ〜…なぁるほどねぇ…」
「随分知識を取り入れてあるんだな?」
「プロデュースする上で…色んな知識…いると、思って…」

再び自分の想像の中に落ち込んでいっているのだろう、ニールの話し言葉が途切れがちになっていった。けれど、スメラギだけならず、ティエリアの関心まで引き付けるあたり実力を持っていると思われる。

「ん〜…いいわねぇ…幼いが故のこの想像力の高さ。斬新さがあって新・鮮。」
「囚われない自由性は認めます。」
「うんうん、そこに現実を足していくのが大人の役割よねぇ。」

二人して関心を色濃くし、その中でニールは黙々とイメージを明確にしていく。なんだか取り残された気分の刹那は居心地が悪くふと視線を感じて振り向くと、クリスがにっこりとほほ笑んできた。

「?」
「スキンテストしていい?」
「すきん?」
「お肌テスト。」

そういって頬を指し示す彼女に、そう言えばニールが写真写りをよくする為に男でも化粧をするのだと教えてくれた事を思い出した。メイクアップ担当の彼女が言うということは、きっと撮影の際にメイクを手掛けてくれるのだろう、と頷いて返した。

「だいたいのイメージは話してたから分かるけど…刹那君のお肌の色に合わせて色を作らないといけないからねー。ほら、せっかく付けた色が映えないと意味ないでしょ?」
「…あぁ、なるほど。」

メイクの事は良く分からないが、カメラでの写りや色の映え方などはニールと一緒に独学で少しは分かっている。実際に目で見る色とカメラで見る色、プリントした際の色の出方に差があるのは実際に見たし、彼女の言う事もなんとなく理解出来た。メイクボックスを広げる為に作業台の角へと移動する彼女に倣って後に続く。

「えーと…それじゃあ、まず…」
「…」
「メイクの経験なんて…もちろん…」
「ない。」
「よね。オッケーオッケー。」

近くの椅子を引き寄せて座るように手を差し出すクリスに大人しく腰掛けると、布を広げられる。それを首に巻きつけられると次にクリップのようなヘアピンをいくつか取り出した。

「ちょっと前髪上げさせてねー。」
「ん。」
「あ、そうそう。頭を押さえられたりするのって大丈夫?」
「?」
「たまに恐怖を感じるって人がいてね?大丈夫かなぁ?って。」
「…事前に言ってもらえれば大丈夫だ。」
「ん、了解。じゃ、お顔に触りまーす。」

逐一報告してから行動に移すのは職業柄なのだろうか…不思議に思いながらも、次に何をされるか分かるのはちょっとした安堵感があるな…と関心を示した。そっと手の先の方で頬にひたりと沿わされる。それほど強く押されるわけでもなく、やわやわとマッサージを受けているかのようだ。

「おぉ〜…キメ細かくって綺麗な肌〜…」
「…そう…か?」
「うんうん、これならお粉系はあまり使わない方がいいわね。」
「…はぁ…」

よく分からないが、プロがそう言うのならそうなのだろう…と首をひねりながらも任せる事にした。

「接着剤とかノリなんかでかぶれた事はある?」
「…ない…と思う…が…」

綺麗に眉を整えられた後、メイクに保湿は欠かせないんだ…と言ってモイスチャークリームを塗られた。梅雨時のようなしっとりと纏わりつく感じに少々眉を顰めていると軽くファンデーションをはたかれる。今度は肌に薄皮が貼りつけられた感じがしてやはり眉をひそめてしまった。けれど、メイクをする、という事がこう言う状態になるのだ、と理解出来て良かった…とも思う。何事も経験しておくのは先の事を考えた上でも貴重な事だ。

「えっとぉ…目の印象を強める為に睫毛をくっきりさせたいのね?あ、出来るだけ瞬きしないようにしてくれる?」
「ん…了解。」
「目を下向けて…そうそう…でね?付け睫毛っていって…はい、今度は上向けて…OKOK…人工の睫毛を付けたいんだけど…」
「…ん?…今しているのは…何なんだ?」
「これ?マスカラとビューラーっていって…睫毛を濃く見せるメイク。はい、もう一回お願いしまーす…で、これはアイラインで、目を大きく見せるのね。」
「それ…だけでは…不十分なのか?」
「うん。…普通に見る分では十分なんだけど…はい、終了ー…写真になると結構…いや、かなり飛んで見えないのよ。で、ちょっとやり過ぎ?ってくらいにわざと濃くメイクするの。」
「…なるほど。」
「ちょっと待っててね?」

質問と説明の間に指示も織り交ぜながら話すクリスの手が淀みなく動く光景に刹那は感心をしている。メイクという知っておかなくてはならないだろう分野であるが、刹那もニールも男であって情報収集もかなり鈍くなっていた。けれどプロ自らの手で施される上にどういった効果が表れるかなどの説明も混ぜてくれるのでかなり勉強になる。ニールは人間ウォッチングが出来なくなった事を謝っていたが、正直、こちらの方が遥かに有力な知識だ。
ベースメイクを終わらせたクリスは一言断りを入れるとソファで未だに会議をしている3人の元へ近寄っていった。何か確認するのだろう、と思っている間に目の前に置かれた大型の鏡を覗き見る。クリスの言う通り、目の周りや眉の色、形がかなりくっきりと表されていた。

「気持ち悪い?」
「え?」
「人によってはお化けみたいって言う人もいるから。」
「…あぁ…お化け…とは言わないが…厳つい?」
「あはは。そうかも。」

素直な感想をのべると明るく笑って返された。仕事を侮辱したように取られたわけでもなく、気を悪くしたわけでもないようで肩の力が抜けた。

「付け睫毛なんだけど…」
「…こんなに種類があるのか…」
「うん、まぁね。こう…毛先の向きで印象がガラっと変わるんだよね。」
「…へぇ…」
「で、さっき言った通り付けるんだけど。専用の接着剤を使うから。もし、目が痛いとかごろごろするとか、痒いとかってなったらすぐに言ってくれる?でないと目を傷めちゃうから。」
「了解した。」

細かな注意や説明に了承を返せばにっこりと笑ってメイクの続きを開始していった。


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