「俺が運んで来た箱ん中に獲ったやつが入ってんだよな?」
「交換した残りだ」
「開ける時は気をつけてくれ。墨を吐かれる」
「墨?」
「ってこたぁ…タコか?」
「あぁ、そうだ」
「タコまで獲ったか…」
三人の運んで来た箱の中でも一回り大きい箱にも、思った以上に大量の魚介類が詰められている。那由多の注意通り、蓋を盾にしながら開けると墨を吐きかけられた。けれど、蓋によってすべて塞げたので事なきを得る。にゅるにゅると動くタコを刹那が掴み上げると、下には丁寧に鋏をテープでぐるぐるにして袋分けされたエビ、カニが姿を見せ、さらに別の袋には貝がぎっしり詰まっていた。
「…大漁過ぎね?」
「種類も…いっぱい…」
「え!?これ…イセエビ?!?」
「うわ…マジでか…」
「この貝はなぁに?」
「パウア貝といってアワビ属のものだそうだ」
「アワビ!!」
「なんでも…貝殻を研磨するととても美しい光沢を放つらしい」
「装飾品にも使われるそうだ」
「それはぜひとも試してみなくてはならないな」
交換した人物に聞いた情報だろう、具体的にどういった味がして、どのような装飾になるのか知らない話ぶりだ。…まぁ…ティエリアにしてみれば、知っていようがいなかろうが…挑戦してみればいい…との考えなので、大した問題ではないようだ。
今からさっそく焼いて食べる分を、と袋を開けて取り分け始めてた。そんな面々の中、那由多が海の方をじっと見つめている事に気付いたライルはひょい、と顔を覗きこむ。
「まだ獲り足りないとかいう?」
「…いや、そういうわけではない」
「んじゃ、何か気になることでも?」
「……いや、大した事ではないから大丈夫だ」
「…そう?」
僅かに開いた間が気になるが、言いきってしまうともう聞き出せない事を熟知している為、これ以上は追及せずに引きさがる。すると、あれほどじっと見つめていた海からあっさり視線を外してみんなの輪に加わっていった。
「………?」
ちらり…と那由多が見ていた海を盗み見るが…特に変わった様子もなく…多少の疑問は浮かび出るが、気にせずに流しておく事にした。
* * * * *
「おっつか〜れさんっ」
「…あぁ」
予定以上に豪華になった昼食…昼からも午前中と変わりなく過ごし、夕食も新鮮な海鮮類を使用した食事となった。明日からは最初に聞かされた通り、走り込みをしたりするようだ。ディランディ姉妹の方は島の地下にある弓道場を使ってアーチェリーの練習をするらしい。
明日の予定を聞かされた一同が個々のコテージに入っていったのは美容的にそろそろ就寝につきたい、と思うような時間帯。大浴場もあるのだが…本日の所は備え付けのシャワーバスで体を洗い、ベッドに腰掛けているところへ後から入ったニールがハグをしにきた。ベッドに腰掛ける刹那の真後ろに座り、包み込むように抱きついてくる。
いつもは適当にあしらったりするのだが、今日はずっとメンバーといたせいか、スキンシップと分類されるプチセクハラは一切なかったので好きにさせることにする。
あまり拒み過ぎると…刹那不足…とか言い出して更に面倒な事になるのは体験済みだからだ。
「今日はどんな感じだった?」
隣でいたとしてもどう感じ取るかまでは分からない…そういった考えから尋ねてきたニールの顔をちらりと見上げ、すぐに視線を外すとお腹の前で組まれた手に己の手を重ねる。
「…『訓練』…という面では全く出来ていないが…」
「うん」
「…『親睦』…という面でなら有意義な時間だったと思う」
「そりゃよかった」
小難しい言い方になってしまったが…刹那なりに楽しかったのだ…という感想を聞けてニールも頬を弛める。あまりの嬉しさについ黒髪の襟足から覗く首筋に口付けをすると、大げさなほどに刹那の体が跳ねた。
「ッ!」
「うん?どうした?」
「なん…でもなぃ…」
明らかな動揺と尻すぼみになる声音に、何かあります、と自己申告しているような刹那の様子を伺いながら組んでいた手を解くと…ひたり…と太股に押し当てた。
「…ん…っ…」
「…刹那ぁ?」
「…な…んだ…っ?」
「色っぽい声が聞こえる気がするんだけどなぁ?」
「…気の、せ…いだ…」
「そっかぁ…気のせいかぁ」
「っふ…んん…っ」
理由は何となく想像はついている…けれど、素直ではない刹那が認めないのでついつい意地悪がしたくなってきた。
手を押し付けた太股に、柔らかく爪を立ててじわじわと登り詰める。足の付け根まで達すると…ぴたりと揃えられた足の隙間へ指を潜り込ませ、三角ゾーンの頂点を擦り上げるときゅっと肩を竦めて足を擦り寄せ始めた。
「ぅ…っん〜〜〜…ッ」
「ねぇ?」
「んっ…ぅ…」
「素直に答えたらこれ以上の意地悪はしないけどなぁ?」
「…ぁ…ぁ…」
「刹那ぁ?…俺に…どうしてほしい?」
そっと耳元で囁く優しく甘い声は間違いなく悪魔の誘い…けれど甘美な響きは刹那がずっと隠していた欲求を刺激して理性を溶かしてしまう。
「…もっと…」
「もっと?」
「……さわって…」
「おっけぇい」
ぽつり…と溢された言葉と肩越しに見える刹那の紅い頬にニールは深く笑みを刻んだ。
* * * * *
「………何やってんの?」
後からシャワーを使って汗やら海辺の潮を洗い流したライルは首からタオルをかけたままベッドルームに入ってきた。すると、那由多がこちらに背を向けて壁にぺったりとくっついている。
空調の効いている室内で、熱いから壁で涼んでいた、なんて事はないだろうし。声をかけた瞬間大げさなほどびくりと肩を跳ね上げてそろり、と振り返った。明らかな挙動不審な様子に首を傾げると、すぐ傍まで行って同じようにくっついてみる。
「………あぁ…」
壁の向こうから微かに聞こえる声にライルは苦笑を漏らす。
このところ休日返上で部活に打ち込んでいた為、姉のニールが言う『スキンシップ』とやらがまったく出来なかったはずだ。ならば、生徒会員公認の元、二人きりにしてもらったらば……『ナニ』が行われるかなど想像は容易い。
普通に耳を澄ませても聞こえないので支障はないから気にすることでもないな、と小さく頷いたライルは那由多に視線を移す。すると、やけに真剣な顔をしている横顔に気付いた。
「………ジュニア」
「うん?」
「あの二人は何をしているんだ?」
「・・・はい?」
眉間にしわを刻み至極真面目に呟いた言葉はライルに衝撃を与えた。あまりの予想外な言葉にぽかんと口が開いたまま塞がらなくなってしまっている。けれど、じっと壁を見つめたままの那由多は気づくこともなく……
「時々二人きりになった後の刹那がひどく色っぽい時がある。気のせいかとも思ったが、ネーナやクリスは物知り顔をするけれど教えてはくれなかった」
「…聞いたのかよ…」
「刹那に聞いても教えてくれなかったから」
「刹那にまで……」
どこまでも突拍子もないことをしでかしていたらしい那由多にライルは項垂れてしまった。『無知というのは罪』だとかよく聞くけれど……本当にそうなんだ……と実感してしまう。目の前で未だ壁とにらめっこをしたままの彼女に苦笑を漏らしてどうしたものか、と考えを巡らせた。
まさかこの合宿で『保健体育』の授業をするなど思ってもみなかったし、厳密にいえば、『隣の二人』がしている事は世間の常識から少々外れてしまう。
何か打開策はないか、と考えていると……ぷるり、と弾けそうに艶やかな唇が目についた。
「!」
悶々とする思考に陥っていると、ずっと何もない壁ばかりが映っていた視界に白い手が割りこんできた。
「……ジュニア?」
突然何なのだろうか?とライルを見上げてみれば……婀娜っぽい笑みを浮かべた顔があった。がらりと変わった雰囲気に瞳を瞬いていると、もう片方の手が顎にかかる。さほど強くはない……けれど強引さを感じる強さで顔の向きを変えられると瞳を覗き込むように顔が近付けられた。
「…知りたい?」
「え?」
「どうしても知りたいってんなら…教えてもいいけど?」
淡く浮かべた笑みはそのままに、壁の向こう側から興味を引き離すよう間に割り込むともう片方の腕で那由多の腰を引きよせる。ぴたりと寄り添うと薄い布越しに伝わる体の柔らかさに胸が騒ぎ始めた。思わずしてしまった舌舐め擦りに那由多がぽかん、とした表情のまま固まってしまっている。
それをいいことに顔をさらに近づけると柔らかな頬に口付けた。
「…ん…」
「ね?……どうする?」
軽く肌を唇で食む動きが擽ったかったのだろう、小さく声が漏れ身が捩られる。けれど解放する素振りは見せず、逆にもっと深く抱きよせた。鼻腔を擽る甘い匂いに歯止めが利かなくなってきている。頬だけでは飽き足らず直接言葉を吹きかけた耳も軽く食んですぐ下に見える首筋へと移っていった。
「…っ…じゅにあ…」
悪戯に巡らせる唇に合わせて背中に腰に回してあった手も蠢かせ始めた。中央でへこむ背骨を指先で撫で上げ、折り曲げた腕によって浮かび出る肩甲骨を包み込むように手を這わせる。肩まで下りて行った唇を今度は這いあがらせて顎のラインをなぞり始めた。
「ぅ…っあ…」
唇から逃れようと逸らされる喉に噛み付きたい衝動が刺激される。欲望に勝てず細い首に軽く咬みつくと喉を通り過ぎて行く声の振動が伝わってきた。服がギュッと握りしめられ、押しのけるように力が込められるがライルの嗜虐心を煽るばかりだ。
わざと気付かないふりをして僅かな抵抗を抱き上げる事で封じてしまう。突然浮かされた足が宙を蹴り、不安定さに押しのけようとしていた腕が縋りつくように首へと回された。…ちゅ…ちゅ…とリップ音を立てながら米神や耳の周辺に口付けを送りながらベッドまで移動すると、那由多を押し倒すように乗り上げる。
「ちょっ…まて…」
「うん?」
両手の間に閉じ込めた顔へ口づけようとした唇が止められてしまった。口元を押さえつけてきた手を取り上げるとますます困惑気な表情を見せる。何かあるのか?と首を傾げることで問いかけると恐る恐る口を開いた。
「実施するつもりか?」
「うん。言葉で説明するよか早いだろ?」
「…だが…」
「どうしても嫌ってんなら止めるけど」
「…嫌…とは思わないけれど…」
「けど?」
まだ何か言い淀む那由多に焦れて来た。捕まえた手を横に避けさせて顔を近づけると、ぐっと顎を引いて逃げようとする。そんな反応にむっとした顔をすればようやく続きを言ってくれた。
「これは…恋人同士の戯れの一環なのか?」
「ん?…ん〜…と…まぁ、そんな感じだな」
言い回しが小難しくはあるが、要は『恋人同士のスキンシップ』に間違いはないので肯定してやる。すると那由多は少し考え込む表情を浮かべたが、すぐにライルの下から這い出していってしまった。
「那由多?」
「そういうことならば構わない」
「…えぇ?」
言い捨てた那由多は早々にベッドから下りてしまうとソファに座りテレビの電源を入れる。せっかくいい感じで傾れ込めそうだったのにあっさりと逃げられてしまったようだ。
「知りたいんだろ〜?」
「あぁ。しかし内容が内容だから遠慮する」
滅多とないチャンスを諦めきれず背凭れ越しに抱きつけば、鬱陶しいとでも言うようにぷいっと顔を逸らされてしまう。
「内容って…スキンシップだろ?」
「あぁ。『恋人同士』のな」
「うん。『恋人同士』のね」
「・・・」
「・・・うん?」
一連の会話の流れで少し引っ掛かりがあった。那由多が確認のようにアクセントをつけて言った言葉が原因のようだ。何度かその言葉を頭の中で反芻させてそっぽ向いたままの顔を覗き見る。
「『恋人』?」
「…俺はジュニアと『恋人』になった覚えはない」
「え?覚えって…『刹那の次に愛してくれる』って言ったよな?」
「あぁ。『愛する』と 俺は 言った」
再びつけられたアクセントにライルの思考がフル回転していく。ぐるぐると記憶を遡っていき、ふと思いついた。
「…あ〜…(…『返事』してないんだ…)」
「………」
刹那にフられた直後に那由多から驚きの『告白』を受けた。可愛らしいキス付きで。
あの時はただただ驚いただけで特に返事らしい言葉も行動もとれなかった。次の日、戯れに唇の端に口付けたのだが、それ以上何の発展もしていない。日常でも軽い駆け引きをするだけに終わり、付き合うきっかけになる様な事は何もなかったのだ。
那由多から想いは伝えられている。けれど、ライルからは何も伝えておらず軽く接触するように構っては離れての繰り返し。
「(…う〜ん…)」
抱きついた腕はそのまま放置されているものの、顔は相変わらずそっぽ向いたまま。触られるのが嫌ではないのだというのは分かるが、『恋人』への一線を越えさせてはくれない雰囲気だ。
「(…手順をちゃんと踏めって事か…)」
あやふやなままに流される事を嫌うだろう那由多らしいといえば那由多らしい。
「(……これは…またのチャンスを窺うしかないなぁ…)」
残念でならない気持ちを重たい溜息に変えて吐き出し、那由多の横顔から視線を外した。
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