「ッ!」
「…?」
すぐ横から深い溜息が聞こえたと思えば体に絡められた腕がビクリと跳ねた。しかも硬直しているような雰囲気にどうかしたのかと見える範囲で顔を窺う。すると、その横顔は酷く冷たい印象を与えた。
「??」
何があったのだろう?と視線を追えば、点けたテレビ画面の中へと吸い込まれる。画面の中ではニュースが報道されており、角に『爆破テロ』の文字が並んでいた。
「………」
「……このところ鳴りを潜めてたのにな…」
「え?」
「もう…10年も前になるか…アイルランドでさ、これと同じテロがあったんだ」
「…アイルランド…」
「俺と姉さんの故郷だ」
「!」
どこか懐かしさと……悲痛の色を秘めた表情に那由多の胸が鷲掴みにされたようだった。きゅっと軋むような痛みに耐えながら静かに語り続けられる声に耳を傾ける。
「天気のいい日曜だったよ。友達ん家から帰ったら、父さんと母さん、それに…妹が棺の中に入ってた」
「・・・」
「姉さんも一緒にいたんだけど、たまたまトイレに行ってて……離れてたから助かったらしい」
淡々と語り続けられる言葉はまるで朗読のようで、どこか他人行儀のようにも感じる。
「……オートマータって、知ってる?」
「…おーと、まーた…?」
「人口生命体ってやつで、そいつらがこういう爆破テロとか、偉人の暗殺なんかをやってるんだって」
「…そう…なのか…」
「意志がないから命令する人間の思い通りに動く『殺戮人形』ってわけ」
「………」
ライルが説明している間に画面の中では現場の壮絶な景色が映し出されていた。ひしゃげた建物や大きな穴の開いた壁、粉々に砕け散ったガラスに、折れた標識や樹木。おそらく死傷者がいたのだろう所々赤くなった地面が映っている。しばらく報道者の実況中継が流れ、次の報道へ移るまで静寂が包みこんだ。
「このニュース」
「え?」
「姉さんには言うなよ」
「?…何か…?」
「爆破テロとオートマータ。姉さんがこの世で最も憎んでる言葉だ。聞くだけで機嫌が急降下しちまう……だから内緒」
「…了解した」
瞳を伏せた横顔は痛みを耐えるように見え、同じ思いをするだろう姉を気遣う表情に見えた。ライルなりの思いやりに静かに頷いて返すと、耳障りなテレビを消してしまう。いまだ巻きついた腕はまるで縋りついているようで解くのは気が引けた。けれどずっとこのままでいそうな気もして、おずおずと緩い拘束を解いていく。
「………」
「……明日の訓練に備えて、もう寝よう」
「……ん…」
那由多の提案に小さな返事が返ってくる。途中まで解いた腕が自ら離れていった。
ベッドへと移動していく那由多の後ろについていくと、何故か二つのベッドの枕を片方へと移動させ始めた。何をしているんだ?と瞬いていると、二つ並べた枕の方へもぐりこんでいく。
「…あのー…」
「何だ?」
「や、その…さすがに枕がないと寝にくいかなー、と」
「だったらここで寝ればいい」
「・・・」
そう言って指指されたのは那由多の横。
「……添い寝してくれんの?」
「……抱き枕としてな」
確認の意を籠めて聞いてみれば素直ではない肯定が返ってくる。
少ない言葉と行動から何をしようとしているのか、少々考え込んだが間違いではなかった。多少の慰めとして人肌を分け与えてくれるらしい。目に見えて落ち込んだつもりはないが、那由多にはお見通しだったらしい。
照れくさい気持ちを小さく零した笑い声で隠してしまう。
「んじゃ、お言葉に甘えて」
室内灯を落とした薄暗い部屋で、ベッドの中、向かい合わせになった。すぐ近くに聞こえる吐息の音がひどく安心感を与え、眠りの世界へと誘っている。うとうとと下りてくる瞼に上体を浮かせた那由多が口付けてくれた。完全に下りてしまうと放り出した手に小さい手が重なってくる。
「……おやすみ…」
意識が溶けてしまう直前に小さく囁く声を聞いた。
「………」
穏やかな寝息をたてるライルの顔を那由多はしばらく眺め続けていた。
* * * * *
次の日。ティエリアの予告通り強化訓練が行われた。
砂地でのジョギングと短距離のダッシュ。ビーチフラッグも取り込まれ、昼からは海中水泳もするらしい。
そんなメンバーとは別に、ディランディ姉妹は地下の施設へと籠っていた。
島の三分の一を占めているかと思われる地下には貯蔵庫の他に、だだっ広い部屋が作られていて多目的室という部類になっている。そこへ専用の的を運びこみ黙々と矢を放っていた。
「…力入ってんねぇ…」
中心にあるマークの中に入る事は入っているが、ギリギリ入っている、というものが多いライルは、横で弓を引き続けている姉、ニールの的を眺めていた。まるで精密機械のように的の中央を直径2センチ内に撃ち込み続けている彼女を恨めしく思ってしまう。
実は今朝、目が覚めると無意識の内に動いてしまったのだろう、那由多をしっぽりと抱き込んで眠っていた事に気づいた。幸い那由多が起きる前だったので気付かれないようにとそろそろ解放したのだが……腕の中に残る甘美な熱と体の柔らかさに集中が途切れがちになってしまっている。女の子の体なんて触り慣れてるだろうに……と己に言い聞かせても、『那由多の体』と意識するだけで頭が沸騰しそうになった。
恋を覚えたての子供じゃあるまいし……と自己嫌悪に陥りながら何本か放ってみても思う場所は射抜けない。
仕方ないので気分転換できるように、と横を見てみたのだが……逆効果のようだ。
「……ライル」
「あいよ?」
「ニュース…見たか?」
お小言でも言われるか、と思えばまったく違う言葉が飛び出してきた。思わず目を瞠ってしまうも、『何』を聞いているのかすぐに分かってしまった。
「……見たんだ?」
「すごい数の死傷者が出たって…朝のニュースでな」
「あぁ、ね…」
せっかく言わずにいたのに意味がなかったようだ。けれど、みんなで朝食を食べる時も、今日のスケジュール確認の時も普段となんら変わりない様子に見ていないと思っていたのに。
「爆破テロ、オートマータ……言葉で聞いても昔みたいに激昂しなくはなったけどさ」
「…うん…」
「…やっぱり……こみ上げるもんは抑えられないな」
静かに呟いて放った矢は、先に刺さっていた矢を二つに割り裂いて中央に突き立った。その横顔に自嘲するような笑みが浮かび、ライルは静かに瞳を伏せる。
「……俺は安心したかな」
「え?」
「姉さんがいまだに怒りを覚えていてくれて」
ずっとニールへと向けていた体の向きを的へと変えて矢を取り出した。今度はニールがライルへと顔を向けたまま直らなくなる。
弓に当てて弦を引き絞る。まっすぐに的を見据えてゆったりと口を開いた。
「姉さんがそうやって怒っていてくれるから…俺一人が取り残された思いをしなくて済む」
言い切った直後に放った矢は乾いた音をたてて的のど真ん中を射抜いた。挙げたままだった弓を静かにおろして、苦笑しながら振り返る。
「………そっか」
「…うん…」
ニールが目の前で家族を失った苦しみと怒りを持ち続けていてくれることで、ライルもまた、一緒にいなかった事へと後悔と焦燥に飲まれずに済んでいたのだ。それらを言葉少なに伝えれば複雑な思いを抱えながらも笑みを浮かべてくれた。
「ふっきれなくて当然じゃね?」
「…だよな」
「無理に忘れなくてもさ、傍にいて慰めてくれる『イイ女』探せばい…い………し?」
「どうして疑問形になってんだよ?」
「あ……はは」
つらつらと言葉にして、その言葉に自分で驚いてしまった。『そう』と意識はしなかったが、まさしく『那由多の事だ』と気付いてしまってバツの悪い気分に陥る。
「(なんだよ…探す前から見つけてんじゃん、俺)」
喜ぶべき内容だとは思うのだが、なんだかすごく恥ずかしい。自覚しない内に求めていた『彼女』が見つかってしまい、心が打ち震える。
「姉さん?」
「うん?」
にやけそうになる顔を隠すように地面についた弓を額に押し付けていたライルがそろり、と顔を上げた。明らかに挙動不審なライルにニールはじっと待ってくれていたようですぐ傍にいる。
「告白する時なんつったの?」
「はぁ?」
突拍子のない質問に胡散臭い顔をされてしまった。
「なんだよ、その顔」
「いや、いきなりにもほどがあるだろ、その質問」
「しょーがねぇじゃん。今気になったんだから」
「あ、っそ」
ひょいと肩を竦めて素直に答えればますます訝しげな顔をされたが、じっと見つめ返していれば小さくため息を吐き出しながら思い出すように視線を泳がせ始めた。どうやら折れてくれたらしい。
「ん〜…そうだな…確か…散々スキンシップして…」
「…今もじゃない?」
「まぁね。んで…素直に『好きだ』って言ったんだったっけな」
「何?その曖昧な答え」
「いや〜…だって…言う前にキスしちゃった覚えがあってだな…」
「え!?事後承諾かよ」
「や、その……抑えきれなくって…な?」
ははっと乾いた笑い声に苦い表情を浮かべるニールを唖然と見上げる。
事、恋愛面に関しては慎重の上に慎重を重ねたようなニールが言葉より先に行動で示してしまっていたなど、ライルにしては青天の霹靂なのだ。てっきり軽いボディタッチでスキンシップを重ねて十分に懐いてから口説き落としたのだと思っていた。
事実など、聞いてみないと分からないものなのだな……と関心してしまう。
「そういうお前はどうなんだよ?」
「へ?」
「へ?じゃなくて。
いつもとっかえひっかえ女の子と付き合ってんだろ?」
「あ〜…う〜ん…」
「もしかして告白したことないとか言う?」
「…うぅー…実は…そのまさかなんだよねぇ…」
図星を突かれてしまってしどろもどろになってしまう。
いままで多くの女の子と付き合ってきていたのだが、みんな相手側から付き合いを申し込まれていた。別に嫌でもないし、という理由で付き合いを始めても恋人同士というよりも、親友よりも少し近い感覚止まりだった。そうして過ごす内に相手の子が飽きたり、心変わりをしたりとして離れていってしまう。ライル自身も引き留めることもなく笑顔で見送っていたのだ。一番付き合いの長いアニューも気付けば傍にいる存在で、ライルのスキンシップも笑顔で受け入れてくれるし、離れていくような雰囲気もない唯一の女の子であるというだけ。
こういった経緯を経て今のライルがあるわけで、『告白』というものを自分からした事がない。
参考に、と振ってみたのだが、逆に聞かれることになるとは……バツが悪く視線をそらしてしまった。
「…お前…世の男を敵に回してるぞ…」
「んなこと言われてもさぁ〜…」
突き刺さる視線から逃げるように顔もそむけてしまうが、行動部にちくちくと刺さる感覚がいつまでも残る。
「でもま、それだけ『本気』になる相手が見つかったってことなんだな」
「ん〜…まぁ…そゆこと…かな…」
「那由多とか」
「なっ!?」
「あ、図星?」
「カマ掛けたのかよ!?」
「いんや?勘。だってお前最近那由多によくちょっかい出してっから」
「・・・」
真顔で言うところから本当に勘だったようだ。自ら墓穴を掘ってしまった、と脱力してしまう。
「…(…那由多か…)」
がっくりと項垂れているライルを横眼にニールは別の事を考えていた。
以前、那由多本人から聞かされた話だ。彼女は自分が『人』ではないと言い切っていた。自分でもどうやって生まれたのか分からない、とも。
その上で……果たしてライルを受け入れることが出来るのだろうか?否、それ以前に……ライル自身が知った時にどうするのかという方が気になる。せっかく心の奥から欲する相手を見つけたというのに報われないというのはあまりに辛いだろう。
「(とりあえずは様子を見てみるかな…)」
一番分からないのは那由多の出方。この頃の二人を見ている限りでは仲睦まじく、那由多の方にも拒否といった色はなかったように見える。ならば問題はないのだろうか?
タイミングを見計らったように鳴り響いた呼び出し音に、一向に答えの出ない問題はひとまず置いておくことにした。
* * * * *
「というわけでぇ、明日はこちらに向いまーす!」
予告通りの強化合宿はかなりハードなもので、ミハエルが途中でリタイアした上、ネーナとクリスも根を上げてしまった。フェルトも言葉では何も言っていなかったが意識がぼんやりとしていたようで、話しかけても間が開いて返事が返ってきたりしていた。
そんな過酷な訓練は3日も続き、夕食時の会話が減りに減った日。やけにハイテンションなネーナが一枚の用紙を円卓の真ん中へと置いた。溜まりに溜まった疲れなど感じさせないその様子に一同が首を傾げる。
「なんだよ…新しい訓練でも考えたのかぁ?」
さすがの体力自慢であるハプティズム姉妹も疲れの色が隠せていない。げっそりとした雰囲気のハレルヤの横で笑顔を浮かべるアレルヤもいつもの明るさはなく、苦笑に近かった。さすがのヨハンも疲労の色が濃く、ぐったりとした様子だ。
「これ以上はもう無理だよぉ…」
『新しい訓練』という単語にクリスが机の上へ突っ伏した。その横で座っているフェルトは半分眠っているのか軽く船をこいでいる。ミハエルに至っては机に突っ伏してすでに落ちていた。
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