「…ロックオン…」
「ん?疲れたか?」
「…違う。今さっき来たところで疲れるはずがない」
「だよな」
「…そうではなく…」
「あ、喉乾いた?」
「違う。」
「そお?飲みたくなったら遠慮なく飲めよ?」
「分かった…ってだから!」
「うん?」

 聞きたい事をなかなか聞けなくて思わず大声になってしまう。そんな刹那にもニールはごくごく普通に首を傾げるだけだった。

「俺が聞きたいのは…『訓練』をするんじゃなかったのか?ということだ!」
「ん?…あー、うん…『訓練』な」
「…どう見てもこれでは…海に遊びに来た…という風にしかみえない…」

 そう言って眉間に皺を寄せる刹那と隣に立つニールの目の前では砂浜で円陣を組んでビーチボールを弾ませているメンバーがいる。さらに少し離れた場所では…海に突き出した堤防で並んで釣りに勤しんでいるメンバーもいた。
 どちらも…『訓練』…というにはほど遠い…ほのぼのとした光景…

「ん、まぁ…遊んでるようにしか見えないだろうけど…」
「あぁ、見えない。」
「はは。でも…これも生徒会の『訓練』の一環なんだ」
「………どこが?」

 ますます訝しげな表情をする刹那にニールは苦笑を浮かべてしまう。

「浜辺を走りまわるだけでも足の筋力アップになるし…こうやって団体行動をする事で互いに親睦を深めて…信頼を深めて…仲を更に深めて…生徒会員同士の絆を作るって言ったらいいのかな」
「…絆…」

 きょとりと見上げる刹那に笑みを向けるとふわふわと波風に揺れる黒髪を撫でてやる。

「俺達生徒会ってのは…一丸となって連係プレーをすることで様々な出来事に当たらなくてはならない。…分かるだろ?」
「…あぁ…」

 意味ありげに首を傾げるニールにしばし考えた刹那は、脳裏に球技大会の時の事を思い出した。後から那由多にも聞いたのだが…みな各々に仕事へあたり、なおかつ迅速に対応をして見せたのだ。それは一重に連係プレーがスムーズに行っていたから…その連係を成立させるには互いに互いを信用して、頼っていなければ出来ない…
 ならば、団体行動で互いを知り、信用出来るほどの関係を築く事は確かに重要になる。
 そこまで考えをまとめ上げた刹那はこくり、と頷いた。

「そんなわけで…遊んでいるように見えるけど…これも立派な『訓練』。
 ま、『訓練』って意識しない方がうんといいんだけどな?」
「……そうか…では…」
「ん?」
「ティエリアは?」

 顔の向きを変えた刹那に倣ってニールも向きを変える。するとそこには、大きなパラソルの下にシートを広げ、読書に耽っているティエリアの姿があった。

「あー…あれな。」
「…団体行動していないように見える」
「うん。でもさ、あれでも改善された方なんだぜ?」
「…あれで?」
「ん、あれで。」

 ビーチバレーに混ざらない理由としては…球技が苦手…というのもあるのだが…それでもみんなと同じ空間にいられるようになったのは彼女なりの『進歩』だそうだ。
 去年なんかは…メンバーの誰とも特に仲良くなかったのだ。この合宿に来た時も部屋にこもりきりで出てこなかったらしい。それをニールが宥めすかせ、ハレルヤが突き、ネーナがしつこく誘い、アレルヤがやんわりと言い聞かせ続けた結果…部屋からは出る様になった。元々人嫌いだったらしいのだが…皆の和気あいあいとした雰囲気に触れ、緩和していったそうだ。
 そうして今では…皆と同じ事はしなくても、同じ空間にいる事に慣れ、それどころか好んでいるようになったのだという。

「…そうだったのか…」
「あぁ。俺達全員が最初から仲良かったわけじゃないからな」

 そう言って複雑な笑みを浮かべる横顔に…どうやら他にも色々あったのだろう、と予測がついた。各々の性格を省みても…確かに皆、バラバラなように思う。それでも団結力を見る限りでは…この『合宿』の賜物…と考えていいだろう。

「…ロックオン。」
「次は何だ?」
「あっちは…?」
「あぁ、釣りチーム?」
「うん…」

 次に刹那が指さしたのは、堤防で釣りをしている…ハレルヤ、ヨハン、フェルトの三人だ。
 同じ空間で皆と過ごす時間を確保し…ビーチバレーで体力向上を目指しているのならば…離れた場所での釣りは何を意味するのか…刹那が気になったのはその点だ。

「あれね、昼食にするバーベキューの食材確保を兼ねてるの」
「…食材?魚か?」
「そ。誰かの為に何かをする事で思いやりを育ててんの。
 しかも獲り立ての魚は新鮮だからめっちゃくちゃ美味いしな。いいとこ尽くしってやつ?」
「………」
「?刹那?」
「…貝やエビは…?」
「ん?…ん〜…釣りじゃ獲れないだろうな…」
「…獲れたら食べられるのか?」
「あ〜…そうだな」
「那由多!」
「!」
「…へ?」

 なにやら顔を輝かせ始めたなぁ…と思うと、急に走りだしてしまった。しかもビーチバレーに混ざっていた那由多も呼び、二人揃ってコテージへと駆けだしてしまう。
 それをぽかん、と見送っていると、すぐに戻ってきた。手には網を…太股にはサバイバルナイフを取り付け、頭にはゴーグルがつけられている。…が、ニールの目の前も、ビーチバレーをしてたメンバーの横をも通り過ぎて海へと突進していった。

「え?お〜い!?」
「人数分を確保出来たらすぐに戻る!」
「いってくる!」
「え?えぇ〜??」

 言うだけ言い切った二人ととぷり…と海の中へ消えていった。
 一部始終をただただ見送っていたメンバーはぽつぽつと話し始める…

「確保って…もしかしなくても…素潜りするってこと?」
「…素潜り…出来るんだ…」
「出来なくてもあの二人ならすぐに修得しちゃいそうだよねぇ…」
「あ〜…だよねぇ…」
「っつか…出来ないことってなさそう…」
「…確かに…」

 一様に頷きあう中…セイエイ姉妹が消えていった海辺はしばらくの間静寂が支配していたという…

 * * * * *

 時間はあっという間に流れ…セイエイ姉妹が海の中に消えて三時間が経とうとしている。

 ビーチボールをしていた浜辺では大きめのテントを広げ、そのすぐ横に釜を作り上げてバーベキューの準備が進められていた。手分けをしてコテージに運び入れられていた野菜を切ったり、火を起こして網を乗せたりと手際よく進められている。
 ハレルヤ、ヨハン、フェルトの三人によって釣られた魚も下準備が終わり、皿や飲み物や…と残すところ焼くのみとなっていた。

「………帰ってこないなぁ…」
「……ん…」
「息継ぎに顔を出したりしてたんだけど…」
「それすらも見られませんね」
「…まさかと思うが…潮に流されたりしたんじゃ?」
「…う〜ん…」

 海を見つめ続けるニールとライルに、心配そうな顔をしたフェルトが加わり、困った表情のアレルヤが加わり…ふと気付けば全員が集合してしまっている。そうして話している間にも時間は刻々と過ぎていき…相変わらず何の変化もない海を眺めていた。

「リードを着けておけば良かった…」
「おいおい…リードって…」
「ティエリアったら…犬じゃないんだから…」

 仁王立ちのティエリアからぽろりと溢された言葉にハプティズム姉妹の突っ込みが入った。そんな遣り取りに苦笑を浮かべるとニールはライルに目配せする。

「浮き輪持ってくるわ」
「よろしく〜」
「え?なぁに?」
「うん…俺とライルで近場を見に行って、いなかったら大捜査にしちゃう、と。」
「だったら…ヘリの手配がいるね?」
「んー…ね…出来たら避けたいんだけどな…」
「見つからなければ仕方ないでしょう」

 苦い顔をするニールに、ヘリの手配をしようと携帯を取り出すクリスも肩を竦めるヨハンも一様に苦笑を浮かべている。すると、ライルが戻ってきた。

「おまたせー。」
「あれ?早かった…ね???」

 コテージまでの距離を考えても…走ったとしても往復するには早すぎる。不思議に思いつつも振り返ると大きい発泡スチロールの箱を抱えたライルが左右にセイエイ姉妹を引き連れて複雑な顔をしていた。

「「ただいま。」」

 綺麗に重なる声で挨拶をする刹那も那由多も両手にはライルの持っているものと同じような箱を抱えている。髪の濡れ具合や、太腿に巻いたままのサバイバルナイフを見る限り、海から出てさほど時間は経っていないらしい。

「えと…えと??」
「…これはどういう事だ?」

 唖然とする面々の中、ずばっと突っ込んだのはやはりティエリアだった。じとりと鋭い視線で睨みを利かせるが、セイエイ姉妹には特に効果は出ていない。代わりにライルの方が口元を引き攣らせていた。

「や…コテージに向かってたら港の方からこの箱三つを二人して運んでるの見つけてさ…」

 二人の持つ箱の上に、今ライルが持っている箱を乗せて運んでいたのだという。だがしかし…海に繰り出した時、二人は網とナイフしか持っていなかったはずだ。

「で?何がどうしてこうなったんだ?刹那、那由多」

 とりあえず、重そうな箱を下ろさせて経緯を尋ねると、少し眉尻を下げて困ったような顔になった。

「二人で漁に出たはいいが…熱中しすぎて…」
「隣の島まで泳いでいたみたいなんだ」
「…みたいって…」
「ストップ。まぁ…突っ込みたいとこあるだろうけど…とりあえず最後まで…」
「で?隣の島でどうした?」
「あまりに大漁だったので物々交換してもらったんだ」
「…この時代に物々交換とか…」
「刹那と那由多らしいっちゃらしいんじゃね?」
「それで?」
「余計に量が増えてしまったので船で送ってもらったんだ」
「それで港の方から来たわけね」

 見下ろす箱は全部で3個。さほど大きいわけではないが…二人が持っていった網に対すると…大き過ぎる気がする…一体何を獲って何と交換してきたのだか…

「ね?開けてもいい?」

 那由多が下ろした箱の前に座り込んでいたネーナがキラキラした瞳で見上げてきている。真っ白な発泡スチロールは中が見えない為にある意味、プレゼントの箱のような存在になってしまっていた。とりあえず、経緯を聞く限りでは危ない事をしていない…とも言い難いが…本人達曰く、わざとではないし、熱心に事へ取り組んだ結果なのだから注意するのも気が引けてしまう。
 どうやらティエリアも同じ意見のようで、ニール、ライルともに苦笑いを浮かべ、目配せをして御咎めなしにしておいた。

「あぁ、構わない」
「やた!何が出るかな〜?」
「おぉ〜…フルーツいっぱいだね!」
「本当だねぇ。丁度よかった。野菜類はあるけど、果物類は全くなかったんだよねぇ」
「ヨーグルトもありますよ」
「じゃあ、明日の朝はフルーツ盛り合わせヨーグルト添えか?」
「もっと趣向を凝らしてヨーグルトアイス作ってもいいんじゃね?」
「それにしても…本当に大量だな…何と交換してきたんだ?」

 刹那の前の箱を開ければ乳製品が詰められていて更に盛り上がる。けれど、こんなにもたくさん交換してもらえるとは…何を獲ったのだろう?…疑問は深まるばかりで…

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