「………フェルト?」

男子女子に部屋を分かれて着替えているのだが…先程からフェルトの視線が突き刺さってくる。気のせいかとも思ったが、あまりにも反らされずに時間だけが過ぎるものだから、耐え兼ねて振り向いた。

「…何か付いているのか?」
「……え?」
「さっきから…じっと見つめられているから気になった。」
「あ…その…ごめん。」
「いや、謝ることではないが…」

どうやら無意識だったらしく、我に返ったフェルトが慌てたように手を振り回す。そんなフェルトの様子に周りも不思議に感じたらしく、みんな振り向き始めた。

「…どこか可笑しいだろうか?」
「ううん…衣装とか、着付けに…おかしいところはないよ。」
「…では…どうしたんだ?」

青と白の羽織袴を見下ろしてみるが、それも違うらしい。ますます不思議に感じるフェルトの反応に刹那は首を傾げた。

「…えと…その、ね?」
「あぁ。」

刹那の表情にフェルトも漸く話す決心が付いたのか、ぽつりぽつりと言葉を溢し始める。じっと聞き入っていると、周りも感化されたようにしん…と静まり返った。

「刹那…ロックオンと…その…寝た…よね?」
「うん?」
「「「うそーッ!!???」」」

もじもじと恥ずかしそうに呟くフェルトの言葉に、刹那は首を傾げたが、周りの方が大騒ぎになった。クリスとネーナはどこか嬉しげに、アレルヤは顔を赤らめて叫んでいる。その横ではティエリアが眉間にびきびきと青筋を浮かび上がらせ、ライルとハレルヤは呆れ顔だ。さらにその横へと移動すると、ここでも首を傾げた那由多が居て、その横にいるニールは明後日へと視線を飛ばしている。

「いつかはこうなると思っていたが…せめて刹那が高等部になるまで待てなかったんですか?会長殿。」
「…あ〜…う〜んとぉ…ねぇ?」
「ま、今までの姉さんを考えると遅かった方かな。」
「あ〜あぁ…ついに刹那もロックオンのお手つきってやつかぁ…」
「…お手つき…とは何の事なんだ?」
「いや…俺もわからない…」
「会長殿…ちょっと後でお話しましょうか…」

何がどうしてこんなに騒ぐ事になるのか?と首を傾げたままの刹那と、やはり意味の分かっていない那由多二人を除き他のメンバーは各々に色んな形で騒いでいる。その中でも、異質なのはニールとティエリア。冷や汗をだらだらと垂れ流し状態のニールに、ティエリアは綺麗な顔に、これまた『奇麗』な笑みを浮かべて詰め寄っていた。その様子に首を傾げていると、クリスとネーナがフェルトを巻き込んで身を乗り出してくる。その後ろには止めようか止めまいかと悩んでいながらも結局止めていないアレルヤの姿があった。

「刹那!ホント!?ロックオンとにゃんにゃんしたの!?」
「…にゃん…にゃん…??」
「だぁかぁらぁ!体中触られてあんなトコまで触られちゃってっ!…いやぁんっ…て事!」
「よく…分からないが…隅々まで撫でられた…といえば、撫でられた。」
「「やっぱりぃ!!」」
「…痛く…なかった?」
「痛くはないが……」
「?刹那?」
「…そ…その…」

徐々に音量の大きくなる声に少ししかめっ面になりながらも答えれば、より一層高く上がる黄色い歓声。面倒なことを言ってしまったか?…と僅かに後悔しているとフェルトがおずおずと聞いてくる。その質問も答えようとしたが…中途半端に言葉が途切れてしまった。その珍しい反応にみんなの視線が集まってくる。意図したわけではないのだが…脳裏にまざまざと描き出された光景と耳の奥に残る声が刹那の頬を赤く染め上げていった。

「あらやだ、刹那。思い出しちゃってんのー?」
「あ、う、い、いや…そ、の…」
「いやぁん、刹那ってばそんなに気持ちよくしてもらっちゃったのー?」

ますます顔を赤くする刹那にクリスとネーナが追い討ちを掛けてくる。何も言えずに俯いていく刹那の肩や腕をちょいちょいと突きに来る2人から逃れる術はなかった。

「お〜い、まだか〜?」
「そろそろ時間ですよ〜?」

ノックと共に廊下から聞こえてくるのは男子陣の声。女性の着替えは時間が掛かるのだとは分かっていても集合時間の迫る今では別だった。

「い、いま!いくっ!」

天の助け…とばかりに大声で答える刹那に皆が笑いを零した。

「ちぇ〜…助けが来ちゃった〜…」
「まぁ、助からない人もいるけどね?」

ちらりと向ける視線の先にはじとりとニールを睨むティエリアの姿。当のニールはと言えば必死に顔を背けて羽織を慌ただしく広げていた。

「ま、何かあったらいつでも助けを呼んでいいんだからな?」
「え?」
「姉さんに無体を働かれた時でもいつでもすぐ駆けつけてやるって事。」

ぽんぽんと肩を叩いていくライルとハレルヤに首を傾げるとそんな事を言ってくる。窓際でニールが「人聞きの悪い!」と叫んでいるが、フェルトが手を握ってきたので気にする暇がなくなった。

「出来る限り…ピンバッチを付けといてくれると嬉しいな。」
「?ピンバッチを?」
「あれにはねぇ…色々と機能が隠されてるんだよぉ〜。」

ふふり、と得意げなクリスと微笑みを浮かべるフェルトを交互に見やって羽織に付けたピンバッチを見下ろした。きらりと光る小さな羽にも首を傾げる。

「さ、行こうか!」
「そろそろ出ないとにぃにぃずが突入しかねないもんねー。」

くすくすと笑い合うメンバーを見上げながら、刹那も小さく笑みを浮かべる。その笑顔に那由多も自然と笑みを漏らした。

「生徒会諸君よ…私は今帰ったッ!!!」
「ぅげ…」
「…うーわぁ…」
「…あ〜…」
「…は、ははは…」

いざ生徒会棟の外へ、という所で扉が勝手に開け放たれた。逆光の中に立ち尽くす人物はメンバーが着ている羽織とお揃いの羽織を着ており、その上から陣羽織を重ねるという変わったいでたちをしている。

否…もっと変わっている部分があった…

…顔を覆う鬼のような仮面だ…

仁王立ちで立ちはだかるものだから通り抜けようにも通り抜けられず、真正面に立つ為に無視すら出来なかった。刹那も那由多も初めて見る人物に首を傾げるが、他のメンバーは各々に、それぞれの反応を返している。中でもディランディ姉妹とハプティズム姉妹の反応は顕著であり、ティエリアも眉間にぎゅっと皺を寄せて、声には出さないけれどとんでもなく嫌そうな表情を浮かべていた。

「…誰なんだ?」
「んー…生徒会の顧問的な立場の先生。」
「…先生なのか…」

こっそりクリスに尋ねてみると簡潔な答えが返ってきた。しかしその内容にはとても納得できそうにない。正しく言い表すならば…どう見ても不審者だ。

「教育指導の力が足りないだとか言いだして修業の旅に出ていったんだよ。」
「…修行の…」
「…旅…??」
「科学のカタギリ先生と話してるの聞いたんだけど…滝修業とか座禅とか…あと寒中登山にエベレストにも行ったんだって…」
「………」

もはや言葉も出なくなってしまった。
マリナに聞いた事がある。この学園の教師陣の8割は、3年に一度スキルアップをする為に1年ほど学園を離れるのだと。例えば…シーリンは高等部の保険医だが、去年はスキルアップ期間だったらしく、世界各地を飛び回っていたらしい。戦争中の国に行ったり、災害孤児の施設を訪ねたりとしていたという。その期間にマリナと出会い、彼女のスカウトと推薦を受けてこの学園の保険医になれたと言っていた。
きっとこの男性も同じなのだろうけれど…果たして滝修業や座禅が為になるのか…疑問に思う点ではある。

「むっ!そこにいるのは…新参者と見た!」

びしりと指さされた刹那と那由多はきょとりと瞳を瞬く。更にずかずかと近付いてきた相手を見上げていると、ずずいっと顔まで近付けられた。仮面の中から覗く…ディランディ姉妹とはまた違った新緑色の瞳がきらりと光る。

「ふむ…見れば見るほど大和撫子のごとく…瞳の強さはギン千代のごとし…」
「あの…先生…そろそろ時間なので…」
「実に興味深い…」
「あー…だめだ…もう自分の世界へと旅立っちゃってる…」
「困りましたね…開会宣言があるというのに…」
「いっその事気絶させるか…」
「…この人にそれが効くと思うか?」
「…滝修業やったっつってたもんね…」
「かと言ってこのままってのもマズイだろ。」
「なんか言ってやれば?ロックオン。」
「俺に振るなよ…」
「姉さんが一番お気に入りじゃん。」

ぽつっと掛けられた言葉にニールは一気に顔を青ざめさせたかと思えば、ぶるりと震えて見せた。全身に鳥肌が立ったのだろう…ふるふると首も振り始める。

「生憎と変態さんに売る媚は持ってねぇ。」
「…使えねぇな…」
「っひどいよ、ハレルヤさん!」
「ジュニアは?」
「身長がほぼ同じ男にゃ興味ねぇ。」
「…そりゃお前らがデカすぎんだろが…」
「心配しなくてもまだ伸び白はあるって、ミハエル。」
「フォローになってねぇよ、アレルヤ。」

何かしら手立てをと考え込むメンバーに、刹那と那由多は目を合わせると未だぶつぶつと呟いているグラハムを見上げる。その視線に気づいたのか、ふと我に返ったような表情をする彼にこてんと首を傾げた。

「「先生。」」
「む?」
「「役員が生徒を待たせるのは非常識だと思います。」」
「…確かに。」
「「通してもらっていいでしょうか?」」
「うむ!許可しよう!」

あっさりと下った許可に一同がほっとする。妙な気にいられ方をしようものなら今後何があるか分かったものじゃない。すんなり解放してもらえた、と開かれた通り道をそそくさと通り過ぎていると再び声が掛かってしまった。

「待ちたまえ!」
「…まだなんかあるのか…」

げんなりとした表情で各々振りかえると、彼は再び刹那と那由多の前へと来た。その距離の近さにディランディ姉妹の眉間にくっきりと深い皺が走る。

「名前を聞こうか?」
「…刹那・F・セイエイ。」
「…那由多・F・セイエイ。」
「うむ、しかと覚えた!」
「…それでは…」
「もう一つ!」
「…何でしょう?」

今度こそと思えばまだ開放してもらえなかった。僅かに苛立っていると伺える刹那の声に苦笑が広がる。しかしほんの僅かな変化に逢ったばかりのグラハムが気づけるわけがなかった。

「君達と更なる親交を深めたい。今度の日曜日はどうかね?」

おいおいおいおいおい…というのは全員の胸の内の声だった。白昼堂々と教師が生徒をナンパ。何たる醜態だろうか…けれどもこの爽やかさいっぱいの声では卑猥に聞こえないところがまた厄介だった。
さすがに助け舟を出すか、と目配せをしていると、刹那と那由多が行動を起こすほうが早かった。

「すいません、先生。」
「先約があるんです。」

今までに見たことのないにこやかな笑みでぺこりと会釈をして見せた。途端に飛び散る花弁を見た…と全員が目の錯覚を起こすほどの愛らしい笑み…それを真正面で受けたグラハムはまさしく棒立ち状態。

「さ、行こう。」
「時間が差し迫っている。」

くるりと振り返った二人はみんなを押すように手を広げて歩くように急かした。よたよたと少々もつれ気味になりながらも歩き出すと、未だ固まったままのグラハムを残して徐々に離れていく。きょとりと驚いたままのニールとライルの手をとった刹那と那由多は半ば二人を引きずる状態で先頭を歩む。

「…び、びっくりしたぁ…」
「微笑みを浮かべていたのは何度か見たけど…」
「あれほども満面の笑みは初めてだな…」
「…滅多に見られないなんて…もったいないな…」

少し離れたところからてくてくと付いて行く女子四人組はぽそぽそと話し合う。昼休憩を共にし始め、生徒会でも色々と活動してきたが…今までで始めてみる無邪気な笑みに、度肝を抜かれたのだ。更にその後ろへ残りの4人が続く。

「上手にかわせて良かったよね。」
「ん〜…まぁ…後々問題が起こりそうだがな。」
「え?そう??」
「運命…として諦めるしかないんじゃないですかね?」
「だよなぁ…」
「…それにしても…」
「「「ん?」」」

両端に双子、隣に兄という位置にいるミハエルがぽつりと呟いた。珍しく静かだった彼に三者三様に首を傾げる。

「ああやって笑うとめちゃくちゃ可愛いじゃねーか。」
「あー、確かにね。」
「年齢相応の愛らしさが加わるな。」
「ネーナと全く変わりないですものね。」

ほとほと感心したような彼の言葉にほかの3人も頷いて返す。同意を得たことで更に興奮したようだ。

「だよな!普段からああなら俺、めちゃくちゃ可愛がるぜ!」

ぱあっと輝く瞳にガッツポーズ付きで繰り出された言葉はごくごく普通の…はずだった。

「ッいってぇ!何すんだよ!ハレルヤ!!」
「いやぁ?お前の為なんだけどな?」
「思い切り首を下げられてるのがどう為になるんだよ!?」
「うん、前を見ない方がいいよ?って事だね。」
「はぁぁあ??!」
「そうだな。今前を見れば間違いなく石にされると思うぞ?」
「ヨハ兄までなんなんだよ!?」

ぐいーっと力強く頭を下げられるヨハンがきゃんきゃんと吠える前方では、セイエイ姉妹に手を取られたままのディランディ姉妹の姿がある。顔がこちらを振り向いているわけだが…どういうわけか、その周りがどんよりとにごり、普段はきらきらと輝く瞳が鈍い光を放っていた。
それはさながら…ギリシャ神話に出てくるメデューサの如く…

 * * * * *

抜けるような青空のもと、生徒会による開会宣言が高らかと鳴り響いた。広いグラウンド、体育館すべてを使用して球技大会が行われる。各学年でクラス対抗戦なのだが、トーナメント戦によって優勝が決まり、クラスの総合成績で副賞がついてくるという。皆、その副賞目当てで熱い…といっても過言ではない。
無事に終えて朝礼台から降りたメンバーは各々、片付けの役割分担を確認していく。試合が始まると慌しく、一旦集合して…というわけには行かないからだ。メンバー全員が第一試合ではないのでゆっくりと着替えて確認をとってと出来る。一日を通したあらかたの流れを聞きつつ、歩いていた刹那はふと振り返った。

「?どうした?」

そんな刹那にいち早く気づいたニールが顔を覗き込んできた。予想以上の近さにびっくりして思わず顔を引いてしまう。

「…いや、にぎやかだな…と思って。」
「あぁ、ね。副賞がなかなかに豪華だからな。」
「そう…か。」

途端に跳ね上がってしまった胸を抑えていると、その手を取られて繋ぎあわされてしまう。きょとりと瞬いていると歩くように促された。

「早く着替えないとクラスの応援とか合流すら大変になるぜ?」
「…あぁ。」

ただ手を繋いだだけだったのに、するりと指が絡まってくる。思わず肩を跳ねあげてしまうが、繋がれた手を振りほどくまでもいかず…少し考えてからきゅっと握り返した。するとニールが振りかえり、にっこりとほほ笑まれる。余計に恥ずかしくなって俯いた。

「刹那ぁ?」
「…何だ?」
「日曜の先約ってさ…相手は誰?」
「……どうして…聞く?」
「んー?…だって、空いてるなら一緒に過ごそうって思って誘いたかったんだもーん。」

酷く子供っぽい口調であるにも関わらず、手を繋いでいるのが嬉しいのか元気よく腕を振られる。されるがままに揺らされる手をそのままに刹那はちらりとニールの顔を見上げた。その視線に気づき、宙へ投げかけていた瞳がぱちりと瞬いて下ろされる。

「ん?」
「…先約の相手はあんただ。」
「…え?」
「…誘ってくれたら…いいなって…思ってた…」

ぽそぽそと紡がれる言葉にニールは心の底から喜びが湧きあがる感覚にうっかり叫びそうになった。自然と浮かぶほくほくと笑みを耐える事なく、俯き加減の刹那に少しだけ寄り添ってこっそりと内緒話をし始める。

「今度はうんと優しく溶かしてあげる。」
「!なっなっなっ!」
「だぁってまだまだ刹那を触り足りてなぁいしぃ?」
「こっ心の準備ってものがっ!」
「ん?出来るでしょ?日曜まで時間は十分あるし。」
「〜〜〜ッ!」
「かぁわいいなぁ、刹那は。」
「うっうるさいっ!」

うっかり口走ってしまった言葉に切れた刹那が手を振りほどいてしまった。…あ〜…とがっかりした声を上げるも、振り返ってはくれず、ずんずんと先を歩いて行ってしまう。その後ろ姿にくすりと笑ってちらりと後ろを見やった。

「そろそろ動くかな…」


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