「刹那ー!那由多ー!次体育館でバレーだよー!」

なんとかティエリアが監督を務めるクラスに勝利を納めたソフトでグラウンドから引き上げていると、ネットの外側から大声で呼んでいるクリスの姿が見える。それを確認すると刹那と那由多は互いに顔を見合わせて走り出そうとした。…が…

「…あの…」

おずおずと話しかけられた。振り返ればソフトのベンチメンバーの2人が申し訳なさそうな表情をして見上げてきている。

「ごめんね…セイエイさん…私達…運動苦手だから…両方のメインメンバーにしちゃって…」
「構わない。」
「え…」
「気にしないでくれ。俺達に出来る事はなんでもしたいと思う。」

ぽつりと言い置いて体育館へと走っていく刹那と那由多の後ろ姿をじっと見送る少女達は取り残された気分になった。そんな彼女達の肩がぽんと叩かれて慌てて振り向けばフェルトがいる。今の会話を聞いていたのだろう。刹那の言った言葉を上手く解釈出来なくて困った表情を浮かべる2人にフェルトは微笑みを向ける。

「…えっと…」
「役に立てることはしたいんだって言いたいんだと思う。」
「…そう…なの?」
「うん。だからお返しにいっぱい応援してあげるといいよ?」

ほんわりと微笑むフェルトが刹那と那由多の後を追うのをぼんやりと眺める2人だけが残された。ふと顔を見合わせると体育館へと走っていく。

 * * * * *

「うふふふふ…」
「…ネーナ?」

コートに入ってメンバーの確認をされているとネットの向こう側でネーナが不敵な笑みを浮かべている。

「ソフトでティエリアが負けたらしいけど。こっちはそうはいかないんだから!覚悟なさい!!」
「大声で負けたとか言うな!!」

びしぃっと指を突き出されると応援に来ている4組のソフトメンバーの中からティエリアのヒステリックな声が聞こえる。

「まぁ外野は放っておいて…」
「丸聞こえだ!ネーナ!」
「ちょっとした賭けしない?」
「「賭け?」」
「うん☆もちろん金銭なんかじゃないわよ?」
「では…何を?」
「ずばり…土日フルにセイエイ姉妹独占権!」

びしり!と少々芝居めいた動作で繰り出された言葉に二人はきょとんとした。…が…

「「「はぁ〜ッ!!??」」」

2人よりも外野に大声が響き渡った。一つはティエリアの声だ。だがもう2人分ほど聞こえたように思えてくるりと見渡してみると高等部の方で試合が終わり見学をしている人だかりが見えた。その中に見覚えのある色彩が混じっている。…ディランディ姉妹だ。

「何勝手な事言ってんだ!ネーナ!!」
「お前さんが独占なんかしたら何されるか分かったもんじゃねぇだろ!」
「セイエイ姉妹!悪い事は言わん!賭けは辞退しろ!!」
「はいはい、負け犬と学年違いは黙ってなさい。」
「「「うぐっ…」」」
「ね?どうする?」
「…それは…」
「こちらも何か要求してもいいという事だな?」
「刹那?」

那由多が意気揚々としているネーナにどう答えようかと迷っていると刹那が意外な質問を繰り出した。驚いた表情で振り返ると、やったと言わんばかりにネーナがさらにはしゃいだ声を上げる。

「いえ〜す☆もっちろ〜ん!何がいい?」
「では…この前のアップルパイをホールで2人分。」
「乗った。」

びしりとVの字を突き出す刹那の言葉に那由多の瞳もきらりと光った。

「それならば俺も受けて立つ。」
「へぇ〜…2人してそんなに気に入ったんだ…あのパイ。」
「あのパイをワンホールならば2日間の拘束くらいわけない。」
「おっけ〜…契約成立!」
「「了解。」」

ネットの下でこつりと合わされた拳を皮切りに試合が幕開けとなった。じりじりと追いつ追われつする点数に場内が白熱してくる。そんな中、試合は終盤に差し掛かっていった。
互いにマッチポイントになりデュースの取り合いをしている中、残り1ポイントというところで刹那にサーブ権が回ってきた。熱気の篭る体育館で長時間動いているせいか、さすがの刹那と那由多にも疲労が見え始めた。顎から汗が伝い落ち僅かに肩で呼吸をしているように見える。二人を除いた他のメンバーはバテてしまっているメンバーを入れ替えたりしているが、刹那と那由多は出たままだった。それでも動きに鈍りが見えないのはさすがというところか…
一つ、二つと深呼吸を繰り返しコートのラインから外へと出るとボールを渡された。

「頑張って!刹那ー!」
「これが決まれば優勝だよー!」

何度か床でボールを跳ねさせているとコートの外からフェルトとクリスの声援が聞こえる。

「頑張ってセイエイさーん!」
「頑張ってー!」
「?」

2人の他に大声を上げているのが聞こえそちらを振り向けば先ほど話しかけてきていた少女2人がフェルトとクリスの横で声援を送ってくれている。その声援はいつの間にかクラスのみんなに広がっていった。その光景を目に焼き付けてふと那由多を振り返れば彼女も刹那の方を見つめている。互いに視線を合わせてふと笑い合えば場内が一瞬静まり返った。ボールを片腕で抱えて刹那は壇上に置いてある優勝旗を指差し不敵な笑みを浮かべる。その笑みにクラスメイトがどっと沸き立った。
もう一度深呼吸をするとサーブを打つ体勢に入る。そうして場内が固唾を呑む中放たれたフローターサーブは…

 * * * * *

「やぁ〜ん!くぅ〜や〜し〜いぃ〜ッ!!!」

生徒会員と球技大会実行委員でボールやネットの片付けをしているとネーナがまた叫びだした。それにやれやれとため息をつくティエリアはボールの籠を倉庫へと動かし、ネットを畳んでいるクリスとフェルトが苦笑を浮かべている。モップ掛けをしている刹那と那由多は顔を見合わせてから体育館のど真ん中でパイプ椅子を振り上げるネーナを見守っていた。他の実行委員も苦笑を浮かべるだけで黙々と片付けをしている。
試合は…マッチポイントを迎えての刹那のサーブはネーナのコートのエンドラインギリギリのコーナーへと落ちサービスエースで幕を閉じたのだった。しかもそのサーブが入った一番近い位置にネーナがいて、アウトだと思い手を出さなかったので完全な彼女のミスということになる。それが悔しくてならないらしいネーナは数分おきにこうして叫んでは鬱憤を晴らしているのだ。何か言って慰めるべきかと思った刹那だが、ティエリアに「調子に乗るからやめておけ」と止められてしまった。そんなわけで片付ける最中ずっと何分か毎にこうして館内にネーナの雄たけびが響くのだった。

「セイエイさーん!」
「「え?」」

そんな環境にも慣れが出てきた頃、入り口から名前を呼ばれて振り返ると困惑の表情を浮かべた女生徒が一人立っている。どちらに声を掛ければいいのか見分けがつかずおろおろとしているようだ。

「刹那と那由多。どちらだ?」
「えっと…刹那さんの方。」

それを見かねたティエリアが腰に手を当てて選択肢を上げると手に持っていた紙を確認しながら答えた。ついでに刹那がその女生徒へと駆け寄る。

「何か用か?」
「これを預かって…」
「?誰に?」
「んと…分からないの。何人か言伝に渡ってきたみたいで…」
「…そうか。ありがとう。」

手紙を受け取りにこやかにお礼を告げると、その女生徒はかすかに頬を染めてぺこりと頭を下げるとぱたぱたと去っていった。

「う〜ん…天然キラーの素質が出てきたんじゃないかな、刹那。」
「バレーの試合で漢前っぷりを発揮してたもんね?」
「…すごく格好良かったもん…」
「ん、同感。」
「…刹那もロックオンみたいになるかもね…」
「ふむ…さすがにあの通りにはなってほしくはないが…いい傾向だとは思うな…」
「にゃんにゃんしたのがきっかけなのか…輝きが増してるみたいだもんなぁ…」
「色っぽさが出たっていうか?」
「ん〜…なんていうか…ふとした瞬間が妖艶…みたいな。」
「…ロックオンのおかげ?」
「愛情を惜しみなく注いで接した結果…という事は認める。」

どこか憮然としたティエリアにネーナがにやにやとしながら話していると、畳み終えたネットを抱えるクリスとフェルトも混ざってきた。その近くでは那由多が意味を掴めずに首を傾げている。そんな5人の状態など全く知らない刹那は渡されたメモを開いてみた。そこには走り書きで…

 − 第3倉庫で待ってる −

…という簡潔な文章と、クラウンのシールが貼ってあった。表書きも「刹那」としか書かれていないし、裏を見ても何も書いていない。
少し首を傾げるが…クラウンがニールを表わしているように思える。生徒会のピンバッチと同じデザインのシールがあって、設置した目安箱の横に置かれていた。それは主に生徒会メンバーへのメッセージを入れる際に誰へ宛てたものか分かりやすくする為のものだという。
何故それが貼られているか、というのも気になるが…何か内密に話したい事でもあるのだろうか?…と考えて一応行ってみることにした。
折りたたんだメモをズボンのポケットに入れていると那由多が近くまで来ていた。

「どうかしたのか?刹那。」
「呼び出しのようだ。行ってくる。」
「…一人で?」
「ここの片付けがまだあるだろう?」
「…あぁ…」

靴を履き替え始める刹那に那由多は何かを感じ取っていた。けれどそれは酷く漠然としていて何を言ったらいいのか分からない。座り込む背中をじっと見つつ考えているとティエリアが横にきた。

「刹那、ピンバッチは?」
「ん?ここに付けているが…」
「…そうか。」

見えるように首回りのシャツを引っ張ると、こくりと頷いてくれた。

「こちらが終わればすぐに応援に行くから。無理はするな。」
「…すぐに戻ると思うが…」
「気をつけて。」
「?…行ってくる。」

少し不思議そうな顔をしながらも走り出した刹那の背をじっと見つめる。そのティエリアの横顔を見て那由多が怪訝そうな顔をした。

「…なにかあるのか?」
「あるかもしれないし、ないかもしれない…いや、なければいいんだが…」
「?…どういうことだ?」
「とにかく早く仕事を済ませよう。」
「……あぁ。」

険しい瞳に首を捻るが、言う気がないのだろう…片付けの続きへと戻ってしまう。すたすたと歩き出した彼女にそれ以上問いかけることもできず、那由多も後に続いた。ちらりと振り返り、刹那が走って行った方向を窺う。何か見えるわけでもないのだが、何かを見た気がした。

 * * * * *

メモに指示されていた倉庫の方までくるとあたりはしん…と静まり返っていた。ちらりと校舎を見ると、入口に実験室だの、研究室だのといった名称の案内がかかっている。どうやら理科系の科目教室が置かれている校舎らしく、球技大会には全く無縁の場所故に人が誰もいないようだ。そんな場所に呼び出し…というのもやはり妖しい。だが、ニールを待ちぼうけさせるわけにはいかないと、気が進まないながらも校舎を回りこんだ。
細い中庭を挟んでもう1棟校舎が存在している。それを見上げるも、こちらも科目教室なのか、準備室なのか…窓から見える室内は雑然とした…どちらかと言えば倉庫的なイメージだった。

「ロックオン?」

校舎に挟まれて窮屈そうに立っている倉庫の前まで来ると、第3倉庫と書かれたプレートを見上げる。間違ってはいなかったようで周りを見回してみても目的の人物はいなかった。一応呼びかけてみるも返事はない。

「…ぷっ…やぁだ、ホントにあんなメモ書き一つで来ちゃったのぉ?」
「?…誰だ?」

体育館に戻ろうか…と考え始めると笑い声があがった。声のする方へ振り向くと、すぐ近くにある木の陰から女生徒が出てきた。ライムグリーンの短い髪に強気な性格を顕著に表す吊り気味の瞳はアメジストのようにきらきらと光る紫色だ。

「分かっていながら来たのか…それとも単なるおバカさんなのか…」
「なんのことだ?」
「ん〜?あんたの事が目障りって子がいっぱいいてね?その子たちの代表なの、あたし。」
「……」

その言葉に考え込むこともなく答えが弾き出された。どうやら彼女はこれまでの嫌がらせをしてきたメンバーの中心人物らしい。球技大会に向けて体育をするクラスは2クラスだけとは限らず、他学年と被ったりすることはよくあった。その為に、嫌がらせはクラス内とは限らないだろう…と思ってはいたが…目の前の人物は、ジャージの色から同学年だと分かる。けれど顔を知らないところからどうやら全く縁のないクラスのようだった。

「もっと早く音を上げてたら呼び出しなんてしなくて済んだのにね?」
「…」

くすくすと笑う彼女を怪訝な表情で見つめていると背後から突然腕を掴みあげられた。突然の事に驚き、あまりの力に顔を顰めると、拘束するように両腕が背後で掴みあげられる。

「くっ…ぁ…」
「うふふ…いい顔。」

するりと絡み付いてくる手が頬をゆったりと撫でまわすと首にひたりと押し当ててくる。そのまま顎を掴み乱暴に上げさせられると、背後に立つ赤毛の男がぼんやりと見えた。

「…そうだな、征服欲がそそられるな。」

にやりと歪む口元にぞっと背筋へ寒気が走る。

「やっぱり?いいわよねぇ…こう…強気な表情が苦痛に歪む貌?もっと苛めたくなっちゃう。」

するりと指が離れていくと腹部に鈍痛が走った。あまりの痛みに呼吸が一瞬止められてしまう。次いで激しく咽ていると、つい…と伸ばされた指が胸元で輝くピンバッチを指し示す。その指を見つめていると形をなぞるようにゆるりと動き回った。

「まったくとんだ邪魔者よね?」
「…な、に…」
「あんたたちがこの学園にひょっこり来たりするから…私達は弾き出されたのよ。」
「…なんの…はなし…」
「これ…」
「ッ!!!」

ぶつりと鈍い音を立ててピンバッチがもぎ取られた。シャツが引き裂かれるままに破れ、露になる肌を覆い隠そうにも掴まれた手では何もできない。ひやりと触れる外気にぶるりと身を竦ませながら視線を上げると、手にしたピンバッチを弄んでいる姿が見えた。

「ね、知ってる?このバッチにはさぁ…発信機が付けられてんのよ?」
「…発信機…?」
「そ。役員同士が連絡を取りやすいように、互いの位置を示す為なんだって。」
「…位…置…」

メンバーがバッチを出来るだけ手放さないように、と言っていた理由がようやく理解出来た。どこにいても分かる様に、という意味だったのだ。だから…どこにいても助けてあげるよ…と言っていたのだと分かると、みんなの思いやりに胸の奥が熱くなった。

「せっかく今から遊ぶのに…無粋なのよね、コレ。」

皮肉めいた笑みを浮かべる彼女はすたすたと校舎の影へ近づいて行った。するとその影に誰かいるのだろう…話しかけている。

「…コレ、棄ててきて。……えぇ、そう。…そうね、ここから遠い方がいいわよね。…中庭あたりかしら……ただし、早くしないと他のメンバーがそれを目印に追ってきちゃうわよ。…えぇ、よろしく〜。」

ここからでは、彼女の声しか聞き取れなかった。けれど、何をしようとしているのかはすぐに分かる。
こちらを振り向いた彼女の貌がひどく楽しげに歪んでいたからだ。

「さ、遊びましょ?」

綺麗な微笑みとともにジャージの内から取り出されたのはサバイバルナイフだった。ぎらりと鈍く光るその刃に、ぞくりと背筋が震える。つっと下される切っ先が敗れたシャツの中へと潜り込んできた。時折ひたりと当たる鉄の冷たさに体がぴくりと跳ねる。何をされるのか…ほぼ予測はつく中、ぐっと恐怖を耐えていると…ぺろりと舌舐め擦りをした彼女の手がシャツを鷲掴み…

「ッ!!!!!」

甲高い音とともにシャツを切り裂いてしまった。


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