「なぁにやってんの、お嬢さん方。」
「注目の的になってんぞ?」
「それにスカートが捲れそうで…はしたないよ?ネーナちゃん。」

声に振り仰げば呆れたような笑みを浮かべるニールとライル、アレルヤがいた。少し後ろでは小さく笑ってるアニューが立っている。4人は小さなカバンを持ってどこかに行く途中らしい。きょとりと見上げているとネーナがなんの悪びれもなく「やっほー」と挨拶していた。

「次は体育なの?」
「そ。だから教室で食べてこれから着替えに行くの。」
「そっか。あ、ロックオンとジュニアは何するの?」
「ん〜…いつも通り掛け持ちじゃね?」
「運動神経いいもんね。」
「そういうアレルヤこそ、借り出されるのは目に見えてるぜ?」
「?何の話だ?」

主語の見えない会話に首を傾げるとアレルヤが丁寧に教えてくれる。もうすぐある球技大会は学年別のクラス対抗戦なのだ。男子はバスケ、野球、女子はバレーボール、ソフトと競技は決まっていて、このくらいの時期から体育は球技大会に向けての練習やチーム編成に時間を割かれる。人の振り分けはクラスごとに自由で各競技に補充人数が決まっているのだが、それを踏まえると人数の少ないクラスは何人か掛け持ちで二つの競技に参加することになる。この学園は平均して女子の人数が少ないのでルール通りの人数を丁度揃えられるか掛け持ちするかになることが多い。その例にもれず彼女達のクラスは補充人数なしでも若干足りないので運動神経抜群であるディランディ姉妹とアレルヤは真っ先に掛け持ちを依頼されるのだという。

「感心してる場合じゃないよ?刹那、那由多。」
「「え?」」
「私たちのクラスも女子が少ないから…多分2人に掛け持ちして、ってお願いすると思うの…」
「でしょうねぇ〜…窓から体育の時間見てたけど…2人の掛け持ちは決定事項よねぇ…」
「…問題ない。」
「体を動かすのは好きだ。」
「ふん…惜しみなくクラスに貢献すればいい。」
「そういうティエリアたちのクラスはどうなの?」
「うん、ぎりぎり足りなくてあたしが掛け持ちするかな。」
「ティエリアは?」
「ソフトだけ。」
「掛け持ちしないの?」
「無理無理。ティエリア、球技に関してはノーコンだから。」
「…うるさい。」
「ははっ、そっちも色々あるようで。」
「がんばってね。」
「ところで刹那?」
「なんだ?」

すっかり聞き入っていた刹那の顎をニールがちょいと持ち上げてじっと見つめて来るから何事かと忙しなく瞬いてしまう。少しすると小首を傾げてちょいと唇に人差し指を押し当てられた。

「ッ!」
「何か塗った?」
「うん、ティエリアが2人にリップを買ってきたからさっそく塗ったんだ☆」
「へぇ…色…サーモンピンク?」
「えぇ、鮮やかなピンクよりもオレンジよりのピンクの方が似合う。」
「ほぉ〜…ナイスチョイス。」
「当然です。」
「うん、いいんじゃない。普通のピンクだと唇だけ浮いちまうだろうしさ。」
「そうだねぇ…ナチュラルで可愛いよ。」

そんな事を言って三人でまじまじと覗き込んでくるものだから刹那も真上を向かされたまま固定されることになってしまっていた。じわじわと痺れ出す首も辛いが、唇に添えられたニールの指の方が意識してしまって居た堪れない。なぜだかむずむずとして居心地が悪くなってきた。

「あ…の…」
「うん?」
「首…いたい…」
「あ、悪ぃ悪ぃ。」

漸く開放された首をさすりながらほんのり赤く染まってしまったであろう頬を隠すように俯いてしまった。そうすれば周りには首が痺れたのだとしか写らないはずだ。

「ね、そろそろいかないと着替える時間がなくなっちゃう。」
「そりゃ困る。」
「今行くよ。」
「んじゃまた放課後な!」

アニューに促されて慌しく去っていく後ろ姿にみんなは小さく手を振っていた。
渡り廊下に戻って更衣室へ急いでいるとニールの傍にそっとアニューが近寄ってきた。その珍しい行動に首を傾げて見せると彼女は悪戯っぽく笑って口元に手を当てる。そこへ耳を寄せれば…

「可愛がるのもいいけど、露骨過ぎないようにね?」
「!…バレバレですか?」
「みんな鈍いみたいだから大丈夫。あの中で気付いたのは多分私だけじゃないかしら。」
「…良かったというべきか、否か…」
「ふふ…」
「なぁにやってんの?姉さんもアニューも。」
「あぁ、今行く。」
「ロックオンの秘密一個握っちゃった。」
「くれぐれも悪用しないでくれよ?」
「あら、私、そんな風に見える?」
「見えないけど…ライルにはばらさないで。からかわれそうだ。」
「えぇ、もちろん。」

くすくすと楽しそうに笑う彼女にニールは苦笑を浮かべるばかりだ。分かってしまうような行動を取った覚えはないが気付く人間がいたという事は少々問題かもしれない。

「…気をつけないとな…」
「そうね、頑張って。」
「さ〜んきゅ。」

 * * * * *

あっという間に時間は過ぎてしまい、放課後になるとニールとライルは連れ添って生徒会室へと足を運んだ。今日はもう刹那に逃げられることはないと思いつつもまたいなかったらどうしようかと不安に感じながらも作業室へと向かえばその先に広がっていた光景に2人揃って固まってしまった。

「おや、お疲れ様です、お2人さん。」
「おっつかれ〜。今日はちょっと遅かったんだね?」
「んなとこ突っ立ってないでとっとと入れば?」
「…あ…あぁ…」
「…つか…何してんの…?」
「「「予行演習」」」

この棟に入った時、ミシンの音は聞こえていたので今日は滞りなく作業が進んでいるのだろうと入ってくれば撮影会が催されている。一瞬入った部屋を間違えたかと思ったが、部屋の隅では相変わらずミシンを走らせる面々とカッターを動かしている人物が見えた。どうやら間違えていないらしい。

撮影会と言っても、レフ版を構えているヨハンとメイクボックスを広げているネーナとカメラを持っているティエリア、そして被写体にされている那由多しかいない。

「よこう…」
「毎回恒例になってるでしょ?お披露目の際には撮影会に発展するのは目に見えてますから。」
「それも一重にモデルがいいからよねぇ…」
「…で…那由多が餌食になってんのか?」
「いいえ、刹那もですが、今ハレルヤと作業途中に使ってた材料が足りなくなったので取りに行ってます。」
「それでいないのか…」
「…その撮影会というのは俺も刹那も参加するのか?」
「「もちろん。」」

ティエリアとネーナの声が綺麗に重なったところで那由多は小さく息を吐き出した。どうやらこの生徒会に慣れてきたようだ。この2人の意見が揃った時、覆すのは不可能だということを。乾いた笑いを張り付かせた2人はすごすごと入ってくる。しかし、ニールはふと思いついたようで「ちょっと行ってくる」と言って出て行ってしまった。それに刹那を手伝いに行ったのだろうと特に気にしない面々は各々の作業へ没頭し始める。

 * * * * *

ふわりと広がるレースのエプロンと黒のミニスカートワンピ。その下からは白いレースがちらりと覗き、ニーハイが細い足をさらに細く描き出している。黒い髪の上にちょこんと乗るレースのカチューシャとパフスリーブのブラウスに赤いリボンから察するにどうやらメイドさんらしい。大きい目を更に印象強く見せる為のマスカラとチークがほんのり色付いている以外にメイクはしていないようでどうやら若さ、というやつだと予想をつける。そんな姿で、届きそうで届かない位置に必死に腕を伸ばしていたりなんかするから可愛いったらない。

「無理なら誰かを呼ぶって選択肢増やしなさいな?」
「ッ!?」

悪あがきのように精一杯背伸びをしてそれでも足りないから片足を上げてみてと一生懸命で部屋に来た己のことに全く気付かない刹那に一つため息を落とす。全く、といった雰囲気で入っていけばようやく気付いたらしく、びくりと肩を跳ねさせて振り返った。目的の物を取って手渡せば少しむくれた調子で礼を告げてくれる。小さく笑いを零して少し脹れた頬をちょいちょいと突付くとぷいっとそっぽ向かれた。

「あ、刹那…」
「なんだ?」
「ちょっとそのまま…」

そっぽ向いた割りに呼べばすぐ振り返ってくれるその顔を、顎を掴んで上を向かせると逃げる前にちゅっと唇を重ね合わせる。目を白黒させる刹那から手を離すとふむ、と一つ頷いた。

「…アプリコットか。」
「ッ気になるならカバンの中にリップがあるからそれで確認すればいいだろ!?」
「いやぁ…お昼見た時に美味しそうだなぁ、って思ってさ。お前さんの唇込みで。」
「〜〜〜ッロックオンの誑しっ!」
「なッ!?どこでそんな言葉を!」
「ティエリアが言ってた。ロックオンみたいなのを誑しというらしい。意味を調べたら今まさにそうだと思った。」
「…そりゃないぜ…」

すぱっと切れ味良く放たれる刹那の言葉にニールはがくん…と項垂れるのだった。
項垂れてしまったニールをじっと見つめていたが刹那はふと顔を俯かせた。その変化を目敏く気付いたニールは首を傾げて顔を覗き込もうとしたがふいとそらされてしまった。

「…そんなに怒ってんの?」
「……違う…」
「じゃあなんで顔を合わせてくれないわけ?」
「…それは…」

逃げはしないが顔を背け続ける刹那に文句を言うとますます俯いてしまう。昨日は恥ずかしくて逃げ回られたが今日はなんだろうか、とじっくり聞き込む姿勢に入ればきゅっとボンドが入った缶を抱きしめてちらりと見上げてくるから、思わず抱きしめたい衝動に駆られた。なんとか伸びそうになる腕をぎゅっと腕組みして誤魔化し首を傾げてみればおずおずと口を開く。

「…ロックオンは…」
「俺は?…なぁに?」

もじもじとしてなかなか言葉を繋げない刹那に優しく催促の語を告げればきっと鋭い瞳を上げてきた。

「ロックオンは何を考えているのか分からない!」
「はい?」

あまりの勢いにちょっと身を引いてしまっていると、箍が外れてしまったかのように次から次へと言葉が溢れてきた。

「頭撫でたり、抱きしめてきたり…可愛いとかよく言うし!」
「え、だって刹那可愛いし…」
「それに!」
「お、おぉ…」
「頬とか手とか、く、首筋とかっキスする!」
「う…ん」
「あとッく、く…くち…びるに…も…」
「あ、あぁ。」
「軽い気持ちじゃないって言った…でも…意味が…分からない…」

後になるにつれて声が小さくなり、終いには俯いて黙り込んでしまった。その様子に彼女なりにぐるぐると色々考えていたのだろうことを思い知らされたニールは己の軽はずみだった行動にいまさら後悔をさせられる。よくよく見れば缶を抱きしめる刹那の指は微かに震えていて言葉にすることへの決意と不安が見て取れた。過去に何があったかは知らないが人の温もりに飢えている少女は自分の言った言葉にニールが離れてしまうという不安を抱えている。そんなことないのに…とは思うものの、はっきりとした言葉を使わなかった自分にも責があることには気付いているので言葉にはしないが…
そうしてニールも腹を括らねばならないだろうことを思い知った上で告げる決意をする。

「さきに…キスしたのはまずかったよな…」
「ッ…」

ぽつりと呟いた言葉に刹那の肩がびくりと跳ねたからもしや誤解したのかもしれない、と慌てて言葉を付け足した。

「刹那?勘違いするなよ?」
「…え?」
「キスしたの後悔してるわけじゃないぞ?」
「…じゃ…なに…」
「うん…キスする前にさ…言うべきこと言わなかったよな、って思ってさ。」
「…言うべき事?」

ますます分からない、という表情で見上げてくる刹那にニールは苦笑を浮かべて一つ深呼吸をする。ゆっくりと息を吐き出すと真剣な顔で刹那の正面に立った。

「俺は、刹那が好きだ。」
「…?」

ストレートに言葉をぶつけてみれば、予想に違わずきょとりと不思議そうな表情を浮かべられる。それに微笑みを浮かべると視線を外すことなくじっと見つめたまま一歩近づいた。その小さな肩がぴくりと小さく跳ねたが、顔も視線も外されていないので気にせずにもう一歩近づくと期待と不安に触れる蘇芳の瞳がじっと見上げてくる。

「もちろん…那由多もフェルトやクリス、ティエリアやネーナも好きだ…」
「…ッ…」
「けど、刹那と同じ『好き』じゃない。ただの『好き』。」
「…ただの…?」
「こうやって…」

そっと腕を伸ばしてその体を引き寄せると困惑の表情を浮かべながらも素直に寄ってきてくれる。その体にするりと腕を回して緩く拘束すると、顔をぐっと近づけてこつりと額を重ね合わせた。

「ぁ…」
「抱きしめたいのも…肌に触れたいのも…キスしたいって思うのも…刹那だけ。」
「…俺だけ?」
「そう。刹那だけ特別に『好き』。」

自分の想いを篭めてゆったりと囁けば見上げてくる瞳がゆるりと揺れ動く。何か言葉を告げようとしている唇は躊躇うように開いては閉じてと繰り返し一向に声は出てこなかった。

「………」
「…もっと分かりやすい言葉で言ってほしい?」
「…ん…」

言葉の意味がじわじわと伝わり始めているようで刹那の頬にチークとは違う赤みが差し始めている。もう一息かな、と思って違う言葉を使おうと聞いてみれば甘えたような声で小さく頷かれた。微笑みを浮かべて頬に指を滑らせれば擽ったそうに瞳を細めてもっと、と強請るように顔を傾けてくる。そんな仕草に笑みを深めるとそっと耳元を唇を寄せた。

「愛してるよ、刹那。」
「…っ」
「俺も、刹那も女の子だけど…それでも、俺は刹那を愛してる。」
「…ぁ…」
「刹那の体中にキスをして独り占めして骨の髄まで貪りたいくらい…」
「…ろっくお…」
「愛してるよ…刹那」

もう一度顔を覗き見れば熱に浮かされた瞳が自分を見つめている。その目尻にキスを落としてぎゅっと抱きしめるとぽふりと胸元に顔を埋められた。

「…おれ…は…」
「今じゃなくていい。」
「…え?」
「今すぐに答えを出さなくていいよ。」
「…でも……」
「待てるよ。刹那の気持ちが整理できるまで。」

困惑を浮かべる頬にそっと指を滑らせて微笑かけると小さく頷いてくれる。その肩に腕を回してそっと抱き寄せると大人しく身を寄せてくれた。
とくん…とくん…とゆったりと打つ音に耳を傾けながら刹那は夢現な感覚を味わっていた。ニールの紡いだ言葉は足元をふわふわとした感覚にさせている。昼休憩にクリスが言ってた通り、ニールは愛しているからキスをしたいのだと言ってくれた。その言葉はじわりと心に沁み込み温かな波紋を体中に広げている。嬉しいのだと、歓喜に震えている事も分かった。

−では…自分は?
−自分は彼女をどう想っている?

己にそう問いかけてみると心が一瞬にして困惑の渦に突き落とされた。なにか言葉を返さなければと焦っていれば彼女は今すぐでなくてもいいと囁き微笑みかけてくれる。頬を撫でられて抱き寄せられればふっと体から力が抜けるのが分かった。ゆっくりと瞳を閉じ…

−ゴッ…
「ッい!!!?」
「!?」

鈍い音と詰まった声、びくりと跳ねたニールの体にばちりと瞳を見開いた。慌てて見上げるとニールは声になってない声を上げて仰け反っていて、肩に添えられた両手がぷるぷると震えている。ぐらりと後ろに倒れそうになるのをジャケットを掴んで支えながらふと足元に目を向ければ彼女の足の上に見覚えのある缶が乗っていた。それをじっと凝視してふと自分の両手を見つめるとその手はニールのジャケットを掴んでいる。

「…ボンドの缶…」

再び足元に目を走らせれば足の上に乗っていた缶がごとんと音を立てて転がり、そのラベルに刹那の顔から血の気が引いていく。

−『 B O N D 』
「…落として…しまった…」
「…っせっちゃぁあん??」

仰け反っていた上体を戻して肩に縋りついて来ながら恨めしげに名前を呼ばれると背筋に冷や汗が流れる。落とした時の衝撃が少し緩和したら今度はじんじんと痛み出したのだろう、ぱたぱたと足を振っていた。どうしよう、とぐるぐるしたままの頭で縋りつく背中に腕を回して寄り添うようにその体を支えてやる。

「…ごめんなさい…」

ぽつりと呟けばニールが唸り声を上げ始めた。やっぱり許してはもらえないのだろうか、と思っていると…

「刹那からのちゅう一回で許してあげる。」
「ッ!」

ついつい意地悪な心が顔を出してしまい、わざと拗ねた表情を作って覗き込めば見事なほど真っ赤に染まってしまった。さすがに悪戯がすぎたかな、と屈んだ上体を直そうとしたら刹那の両手が頬を包み込んできて固まってしまう。

「んっ…」
「!」

ぐっと引っ張られたと思ったら唇に柔らかな感触を押し当てられる。突然の衝撃にぱちくりと目を瞬かせるとむすっとした赤い顔の刹那が見えた。ぎしりと固まってしまったままのニールをちらりと見上げてバツの悪そうな声で刹那はぽつりと呟く。

「…これでいいんだろ…?」

ぶっきらぼうな声でそう告げられればこくりと頷くしか出来なかった。


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