その日、明らかに刹那は朝から様子がおかしかった。
朝起きるといつもの時間よりも30分は早く支度を終えると生徒会の昨日の続きでしたい部分があると言って先に出て行ってしまった。残された那由多はいつも通りディランディ姉妹と登校したのだが、事の次第を告げればニールの瞳が僅かに泳ぎ、よほど造形が気に入ったんだなぁ、と言われて2人は納得をした。
教室に着くと刹那がすでに席に座っているのだが、ぼんやりと窓の外を眺め続けており、ブラウスに着いたピンバッチの事を聞きたそうにしている生徒もまるで無視した状態でいる。那由多が到着したことにも気付いていないようで、試しに目の前で手を振ってみれば椅子で派手に音を立てて我に返ったようだった。作業の進捗を聞いてみれば別棟の扉の鍵がどこにあるのか分からなくて出来なかったと言う。その時は担任の先生が入ってきたのでそれ以上聞けずにいたが、様子を伺っていればまた窓の外をぼんやりと眺めてたまに唇に手を当てては慌てて離してと意味のない行動を繰り返していた。
更におかしかったのはお昼休憩の時だ。
天気もいいので別棟付近の中庭で食べようというクリスの意見に賛同し、向かってみればちょうど高等部側の生徒もちらほら出ているようで…ちょうど別棟に入ろうとしているディランディ姉妹とハプティズム姉妹にトリニティ兄弟を見つけた途端、刹那は「マリナ先生に呼ばれていたのを思い出した」と言って走り去ってしまった。その光景に首を傾げていると、こちらに気付いたらしいニールが近くまで来ている。顔を見上げればどこか呆れたような笑みを浮かべており、別棟の中で一緒にお昼でもどうかと誘ってくれた。そうしてすぐ戻ってくると思っていた刹那は結局戻ってはこず、教室に戻れば先に帰ってきている。聞けば、マリナと一緒に食べた、との事だが、あとでこっそりと聞きに行けば、マリナは昼休憩の間、高等部側の保険医シーリンの方へ行っており留守だったという。
そんな調子の刹那を真横で見ていた那由多ばかりではなく、フェルトとクリスも首を傾げ始めた放課後。
ニールとライルはアーチェリーの方で一汗流してからくるということで1時間ほど遅れるらしい。今のところあの2人が担当する作業もないことからティエリアも構わないと言ったとか。そんな中で刹那の作業も順調に進んでおり、おかしかったのは気のせいだろうと三人は思い始めていた。けれど…
「おや?Wロックオンが到着したみたいですね。」
「ッ!!!」
ちょうど窓辺で作業していたヨハンが2人の到着を告げるとガタンッと大きな音がした。それに驚いたメンバーが振り返るとブルーシートの上で作業途中のボードを両手に高く掲げているハレルヤと膝を抱え込んで蹲っている刹那がいる。状況から察するにどうやら刹那が足をしこたま強く机にぶつけたようだ。
「えっらい音したけど…」
「あぁ、刹那が思い切り膝をぶつけちまってな。」
「大丈夫か?刹那」
「何か冷やすもの持ってこようか?」
「むしろ保健室に直行する?」
「……に…」
「え?」
「便所に行ってくる!!!」
勢いつけて立ち上がるなり叫びに近い声を上げて刹那は部屋から走り出て行ってしまった。しんと静まり返る部屋では唖然としたメンバーが残されている。
「…そんなに我慢してたのかな?」
「や、違うと思うぞ?」
「女生徒が『便所』などと下品な…」
「下品っつーか男前?」
「ん〜…どちみちちょっと頂けないよねぇ?」
「どうしちゃったのかな?刹那」
こてんと首を傾げたクリスにみんなが疑問符を飛ばす。しかし傾げたのはクリスだけではなくフェルトと横にいる那由多も少し傾いているようだ。
「朝から少しおかしかったんだ。」
「今日一日ずっとあんな調子だったし…」
「でもついさっきまでは普通でしたからねぇ。」
首を傾げる仕草が部屋全体に行き渡った時、部屋の扉が開く。刹那かと思ったがさっき窓の外に見えていたディランディ姉妹だ。カバンを片手に脱いだジャケットを腕にかけ長袖のブラウスを袖まくりにしているニールと袖まくりはしていないがブラウスの裾を出したままにしたライルがやれやれと入ってくる。
「わっり、遅くなったか?」
「いいえ?時間通りですよ。」
「そっか…で、どうしたんだ?みんな固まって。」
2人が入ってきた部屋は人がいるにも関わらず静かだったことに多少違和感を感じていた。素直にそのことを聞けば各々顔を見合わせる。2人して首を傾げるとフェルトが少し困ったような表情で見上げてきた。
「刹那がね?朝からおかしいの。」
「さっきも作業台に思い切り膝をぶつけたところだ。」
「刹那が?」
「あれ?そういや刹那、いねぇな。」
「うん…今おトイレに行くって出て行ったところ。」
「ふーん…?」
曖昧な返事をしたが、はたと思いついた事にニールは恐る恐るといった雰囲気で口を開く。
「…あいつ、トイレの場所知ってたっけ?」
「昨日、案内する時間はなかったように思う。」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あー…救急箱取ってくるついでに探してくるわ。」
「んじゃ、俺も茶入れるついでに探すわ。」
気まずい沈黙のあと、別棟とはいえとてつもなく広いわけでもないから急を要さないだろうと2人は部屋から出て行き、みんなはぽつぽつと作業に戻っていった。一階にキッチンはあるのだが、二階にもお茶を淹れる位は出来る簡易キッチンが備え付けられている。その前で別れて一階の備品室に下りていくニールを見送るとライルは簡易キッチンの端で蹲っている姿に気付いた。もしや、と思うまでもない。
「刹那?」
「ッ!!…あ…ジュニア…」
「トイレは螺旋階段降りたとこにあるぞ?」
「あ、ありがとう!」
案の定迷っていたのだろうか、場所を教えてやると彼女は一目散に駆け出していってしまった。その後ろ姿をぼんやりと眺めて首を傾げる。
「確かにおかしいわな?」
あまり足音を立てないように階段を駆け下りてライルに教えてもらったお手洗いらしき扉をすぐに見つけた。扉をそっと開き中を窺うが人の気配はない。体を滑り込ませるように中へ入るとそっと扉を閉じる。背中で小さく閉まる音と共にため息を吐いた刹那は目の前に設置されている鏡へと近づいていき予想通りの顔を覗きこんだ。
「……酷い顔だ…」
そっと鏡に手を当てると重いため息が吐き出される。鏡に映る刹那の顔は頬を真っ赤に染め、瞳も潤み、目尻には微かに涙まで溜まっている有様だ。これが朝から繰り返されている刹那の奇行の原因。昨日部屋に帰ってから唇に指を当たる度にあの柔らかさを思い出してしまっては顔に血を上らせていた。次の日になって落ち着いたかと思いきや、ニールの姿を見かける度にプレイバックされて居たたまれずに逃げ出していたのだ。放課後にもなれば、よし、とばかりに覚悟を決めて生徒会室に来たはずが、彼女が到着したと聞くなり体がびくりと跳ねて…結果膝に青痣が出来てしまっている。
洗面台に両手を突いてもう一度ため息を吐き出す。そうして頬の赤みを引かせるためにも水道の蛇口を捻って冷たい水で顔を洗いだした。
2・3度繰り返して水を止めたところでふとタオルの類を持っていないことに気が付いた。
「…あ、しまった…タオルが…」
「これでよければどうぞ?」
「ん、すまな…………」
顎を伝い落ちる雫の行く先を見つめたままでいた刹那の視界にふわりとペールグリーンのタオルが広げられた。助かったといわんばかりに礼を言いながら受け取って両頬に当てたところでびしり…と固まってしまう。
水をばしゃばしゃと跳ねさせていて気付かなかったが、背中のすぐ後ろに人の温もりを感じる。ついでに言うならば今頬に当てているタオルから香るシャボンの匂いにも覚えがある。トドメをあげるなら、そのシャボンの香りに混ざって覚えのあるトワレの香りが混ざっていた。覚えがあるどころか最近この香りに包まれることが多いのだ。
恐る恐るタオルの中から瞳だけを出してちらりと横を確認すると、まるで逃がさないと宣言されているかのように茶色の皮で包まれた手が自分の左右で洗面台に置かれている。
「無防備だねぇ、せっちゃんは…」
「ッ!!!」
「扉の鍵閉まってなかったぞ?」
耳元でくすくすと笑う声に刹那は全身があわ立つような感覚に陥ってしまっていた。
−振り返らなくとも確信が持てる。今自らの後ろに立っているのは、ニール・ディランディであることを…ッ!
面白いくらいにぎしりと固まってしまった刹那を後ろから眺めながら小さく笑いを漏らしているニールはどうしてやろうか、と思考を巡らせ始めた。
何せ今日は朝一から悉く逃げられたのだ。お陰で顔は愚か、姿すらまともに見れず一日終わってしまっている。そうしてさすがに生徒会室ならばと思い、わざと時間をずらしてくればここでも刹那は逃げているのだという。
もうここまでされては、悪戯の一つや二つ許されてもいいと思う。
にやり、と人の悪い笑顔を浮かべると僅かに俯いている為に覗く項にうちゅっと唇を寄せた。
「ッぅひゃあ!?」
「ぷ…すっごい悲鳴。」
「うっうううううううるさい!」
肩を竦めて小さくなった刹那の背中に体をぴたりと沿わせるとびくりと跳ねて上体を前に倒して逃げていく。それを追いかけるようにニールも体を倒せば倒した分だけ刹那も体を折り曲げた。いつまでも続きそうな攻防に見えたが、それは刹那の体が洗面台の上に密着してしまう事で終幕を迎える。その上に容赦なくニールが覆いかぶさると居た堪れないのかもじもじとし始めた。
そんな可愛い様子に笑みを浮かべるといつもより温かい感覚に首を傾げるが、すぐに謎は解けた。ニールは部活してきた直後で暑かったから、刹那は作業していて汚さない為にジャケットを脱いでいるのだ。だからいつもと違い互いの体を隔てるのは薄いブラウスのみ。互いの体温が心地よくて思わず頬が弛んでしまう。
「つっかま〜えた♪」
「〜〜〜ッ」
「まったく…今日一日散々逃げてくれちゃって。」
「…逃げてなんか…」
「ないことないでしょ。おかげで俺今日一度もお前さんの顔見てないんだぞ?」
「…ぅ〜…」
「観念なさいな?」
「…やだ。」
「やだときたか…だったら…」
問いかければぷるぷると頭を振って否定されてしまう。だが、ここで引き下がるようなニールではない。
両手をわきわきと動かすとがしっと刹那の細腰を鷲掴む。びくっと跳ねたが気にせず指を動かし始めた。
「これでどうだ!」
「やははははははははははッ!!!」
「ほぉら、素直に言う事聞かないと擽り地獄から開放されないぞ〜?」
「やっやめッあはっは、腹筋がッやッは、いた、いッ!」
体の下でじたばたともがき、息も切れ切れにようやく降参宣言を上げた頃にはぐったりとしてしまっている。してやったりと体を抱き上げると洗面台からメイクアップスペースに移動してその上にぽすんと座らせてやると、顔を覆っていたタオルごと手が滑り落ちて真っ赤になった顔と酸欠気味になってしまったのだろう少々空ろな涙目の瞳が見えた。それに満足してぶつけて青痣を作ってしまっている膝に手をかける。
「っやぁ!!!」
「!?」
唐突に上がった先ほどとは全く違った質の悲鳴にニールは目を瞠る。刹那の顔をもう一度見直せば先ほどまで赤かった顔が青褪め、両腕が己の体を抱きしめて小さく震えていた。瞳はどこを見ているのか、焦点が合っていない。一変してしまった刹那の様子に訝しげな表情をしてそっと顔を近づけた。
「…刹那?」
「ぁ…あ…?」
「大丈夫か?」
そっと肩を掴むと一瞬強張ったがすぐに緊張が解けたので、ゆっくりと腕の中へと迎え入れてやる。途端に、ふぅ…と詰めた呼吸を吐き出してくれた。それでもしばらくはこのままの方がいいだろうと判断して髪を柔らかく梳いてやると擽ったそうに瞳を細める。
「……刹那?」
「ん…だいじょぶ…」
「…そう…か…?」
「ろっくおん…の…匂いする…だから…へいき」
うっとりとした声で囁かれてニールは一先ず安堵した。けれど先ほどの強い違和感は拭えずに聞くべきかどうか一頻り迷って、しばし逡巡を繰り返した後、腹を括る事にした。
「何か…あったか?」
「………」
「…話したくないなら無理しなくていい…」
「…いい…聞いてくれ…」
聞き方が些か曖昧だったにも関わらず、刹那は正確に読み取ってくれた。僅かな沈黙に無理をするなと言えば、彼女も意を決したのだろう。はっきりした口調に戻っている。小さく震えた手をブラウスをしっかりと握り締めた。
「…俺は…記憶がないんだ。」
「っ…」
最初の告白にニールはびくりと肩を揺らしたが、それは今突っ込んで聞くことではない、と判断してじっと黙って続きを待つことにした。その気遣いに気付いた刹那も何も言わずに淡々と話を進めていくことにする。
「那由多とマリナ先生が言うには、その忘れた記憶と接触恐怖症が深く関連してるのだろうと…」
「…そうか…」
「あぁ…だから…時々さっきみたいに恐慌状態に陥った時フラッシュバックに襲われたりする…」
「悪かったな…悪戯が過ぎた…」
「…構わない。すぐに治まったし…」
頭を撫でることで謝罪を現せばふわりと体を委ねてくれる。まるで懐いた猫のようなその仕草にニールは小さく笑いが漏れてしまった。それを不思議そうに見上げてくるのへ頬を指先で擽れば気持ちよさそうに瞳が細められる。
「…ロックオンは不思議だ…」
「うん?」
ぽつりと呟かれた言葉にニールが首を傾げると刹那は首元へと頭を摺り寄せてきた。
「あんたの香りに包まれるとすごく落ち着く…」
「…おまッ…」
甘えた声に頬を赤らめて刹那を凝視すれば、当の本人はきょとりと見上げるだけで不思議そうな顔でいる。天然かッ…と思わずがくりと脱力していると頭の中ではまた別の可能性を見出してうずうずとしてきた。
いったいこの腕の中で寛ぐ少女は自分の部屋なんかに連れ込んだらどうなるのか…どこまでちょっかいを出しても逃げないかな、など不埒な思考に耽ってしまいかけている。
そんなニールの内心など露知らぬ少女は相変わらず首元に顔を埋めて気持ちよさそうに寛いでいる。
「…どうしてくれようかね、まったく…」
「うん?」
「なんでもないよ…」
苦笑を浮かべて誤魔化すとぽん、とその両肩を叩いて開放してやる。これ以上いると何かと我慢というものが出来なくなりそうだと思ったのだ。
そうすれば、やっぱりというか、予想通りというか…不満そうな表情が窺えた。そのまま我侭を言うのかと思えば俯いてあっさりと引き下がってしまう。顔は見えないがきっと猫に例えれば耳がしゅんと垂れ下がっているような状態だろう。構ってほしいけど構ってとは言えないのだ。
そんな刹那の様子にニールは、ふむ、と少し考え込む。今後の為というか、大半は自分の為ではあるが、刹那の反応の仕方を少し調べておいた方が良さそうだ、という結論に辿り着いた。どうも初めて会った頃から今に至るまで、刹那の反応に何かしら一定の条件があるように思う。確かに本人の努力でもってして改善されていっているとはいえど、何かトリガーになるものがあるようだ。そしてそれは知っておいた方がいいだろうという予感めいたものもある。
うんうん、と自分を納得させるとそっぽ向いたままの黒猫に向き直った。
「せ・つ・な?」
「…なに…」
少し声が弾みすぎたか、と心配したが、当の本人は特に気にも留めてないようで内心ほっとする。そして、ほっとしておいて次にはニヤっと笑みを浮かべた。上目遣いになるようにきっちり足を揃えた太ももの上へ顎を乗せる。
「俺さぁ…今日ずーっと刹那に避けられたからすっごく寂しかったんだぁ…」
「っ…」
顔は背けたままではあるが、その肩がぴくりと跳ねたのを見逃さない。きらりと瞳を光らせてさらに追い詰める。
「頭撫でたりー、登校中にこっそり手繋いだりー…お昼ごはんのおかず交換とかしたかったのに来てくれないしさー」
「…〜…」
「生徒会なら刹那と会えるかなー…って思って部活の方早く終わらせてきたのに部屋行ってもいないし…」
「……っ〜…」
「寂しいっていうか悲しかっ…」
「どうしたら許してくれるんだ!?」
しおしおと今にも涙を流しそうな声で並べ立てれば、がうっと噛み付かんばかりに折れてくれる。その言葉を待ってましたとばかりに顔を輝かせ、心の中ではガッツポーズだ。
「…なんでもいい?」
「ぅ…内容に…」
「なんでもいい?」
「…度を越さなければ…」
「オッケー★」
こうしてまんまと思惑に落ちてしまう刹那だった。その証拠にニールの笑顔がにんまりとした笑みになっている。
その表情に少し不安が出てきたのかじぃっと上目遣いで見つめてきてた。
「…なにをすればいい?」
「ん?あぁ、刹那は何もしなくていいよ。」
「?何も?」
「そ。今日刹那に触れなかった分を今纏めて触らせてくれたらいいから。」
「それでいいのか?」
「充分。ただし暴れるなよ?」
「……暴れるような触り方をするのか?」
「うん、まぁ場合によっては…」
「……………」
調査も兼ねているから多少脅えさせるような事をするかもしれないので、その辺りはそれなりに伝えておく。すると刹那がふと俯いてしまった。やはり無理かなぁ…と考えて一応伺ってみる。
「…いや?」
「………大丈夫だ…」
「よっし決まり☆」
せっかく刹那が決心してくれたのだから出来るだけ傷つけずに事を運ぶべく、まず後ろから擽っても大丈夫だった時を思い出してみる。そして次にさっき過剰に反応をした時。それらを思い浮かべて違いを探してみた。
緊張気味に見上げてくる刹那ににっこりと笑みを浮かべるとぱちぱちと瞬きを繰り返す瞳をそっと手で覆い隠してしまう。
「なっ…に?」
「何するか見えると面白くないだろ?」
さらっと言い繕ってちらりと下に視線を落とすと膝よりも少し上まで上がってしまっているプリーツのスカートが見える。そこからすらりと伸びた足をつんと指先でつついてみた。
「…ひぅッ…」
途端に上がったのは悲鳴に近い小さな声。それはフラッシュバックを起こした時の雰囲気に近いように思う。酸欠で朦朧としていたのを再現するために目を覆い隠したが、よくよく考えると後ろから抱きしめていた時の反応はこうではなかった。頭の中に色々と選択肢を並べて普通に怖がりそうなものを排除して次の行動を考える。
「…刹那」
「…ッ…ッ…」
さらに太ももを巡っている手をそのままに名前を呼んでみるがあまり反応を見せない。それどころか小さく震え始めている。けれどニールであることは頭の隅で分かっているらしく、パニックには陥っていないようだ。それでも体は思考に反して脅えている。
じっと様子を見ながら耳元に唇を寄せるとその肩がぴくりと跳ねて震えが少し治まる。
「刹那…」
「ん…」
もう一度名前を呼んでみるとため息に近い声が漏れた。しかし手はさっきよりも大胆に触り指先だけでなく手の平で撫で上げてみるも、熱い息を吐き出されるだけでどうやら手袋が原因という線は消えつつある。これでまた一つ可能性を見出す。相手の気配に反応を示すのか…それとも?
「…刹那」
「ぁ…ん…?」
「えっちな声漏れてるけど?」
「ッ!」
意地悪にそう呟くと握り締めたままだったニールのタオルを両手で口元に押し当てた。ちらりと覗く耳が真っ赤に染まってるのにくすりと笑うと米神にキスを落として全身が見えるように上体を引いてみると中断させた手の動きを開始する。
「ふ…ぅん…」
タオルでくぐもってはいるが悲鳴ではない。つまり…
「(俺の匂いはまたたび的精神安定剤)…うん、しっくりくる。」
「え?」
「んーや?こっちの話。」
「?」
刹那の目元にはニールの手が添えられたままでこちらの表情が伺えない以上、声に反応するしかない。そんな刹那を見てニールはふと気付いた。
「………(これ…ソフトSMちっく?)」
目隠しに体の自由を相手に委ねきって言う事を素直に聞き入れている…こくりと小さく喉を鳴らしてしばしの葛藤の後、首元を絞めるネクタイをしゅるりと抜き去った。ゆっくりと目を伏せる手をどけると少し眩しさに目を晦ませながら少し涙に濡れた蘇芳色の瞳が揺れている。不思議そうに見上げるその顔ににっこりと笑みを贈ると顔を近づけた。
「な、刹那。これで目隠しして最後まで我慢出来たら許してあげる。」
「…めかくし…?」
「そう。今の状態だと両手使えないからさ。」
「…本当に許してくれるのか?」
「うん。それに終わったらご褒美に何か一個してほしいことしてやるよ。ど?」
「………了解…」
こくりと小さく頷いたのに額へちゅっと音を立ててキスをした。
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全力で逃亡中なせっちゃん。
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