「なるほど…それならばこの速さもまぁ…納得は…出来るか…」
「ちょいと速過ぎな気もするがな…」
「…ということは…刹那も同じくらいに出来るのかな?」
「…実際動かしてみないと分からないが速度を見る限りは出来そうだ。」
「そう…か…」
高速ミシンにも驚いたが、何よりたった10歳で運転の仕方を教わっているとは思わなかった。カルチャーショックとはまさにこのことだ、としみじみ感じている面々の中ティエリアは少し別のことを考えていたようだ。
「このスピードで縫い上げられるのならば、刹那にも手が空き次第応援に入ってもらいたいな…」
「あー…そうだねぇ…結構縫うのって時間食うもんねぇ」
「ミシンをあと二台ほど申請してみるか…」
「いやぁ?でもロックミシン申請したとこだし…」
「無理ならばあの男辺りを落とせばいい。」
「落とせばいいてお前さん…」
「よし。那由多!いきなりの高速ミシンで驚いたが問題はない!最後まで縫いきってしまえ!」
「?…了解した。」
「うむ。実に優秀な人材が入ったものだ。」
「ホントホント☆これで更に色んなもの作れるし時間だって短縮出来そうだね!」
「あぁ、それに念願の衣装も作れそうだ。」
「やったぁ!早速デザインに入ろうよ!」
「それもそうだな…よし、善は急げ…取り掛かるぞ、ネーナ!」
「らっじゃ☆」
「…お手柔らかになぁ?…」
意気揚々と机に紙を広げてペンを滑らせ始めた2人の後ろ姿に聞こえないだろうが一応…とばかりに声をかけておく。フェルトとクリスはしょうがないとばかりに笑うばかりだ。
「フェルト、クリス…ティエリアとネーナは何故あんなに嬉しそうなんだ?」
「あぁ…それはね?」
「手間と作業時間を考えて諦めてた衣装を刹那と那由多が加わったことで作れるかもしれないって張り切ってるの。」
「ありゃ『作れるかも』じゃなくて『作る』なんじゃね?」
ぎらりとメガネを光らせながら振り返ったティエリアに苦笑いを返してディランディ姉妹はセイエイ姉妹を振り返る。フェルトは那由多に裾の処理を完全に任せてしまうらしくロックミシンの方へと移動して作業に取り掛かろうとしていた。クリスは変わらず自分の作業の続きをしている。
「っつか…いいのかよ?お前さん達は…」
「別に」
「やれと言われればやるまでだ。」
「はは…おっとこ前…」
「ますますもって頼もしいな、セイエイ姉妹。」
ぽつりと返された言葉にティエリアのテンションはますます上がっていくようだ。もはや紙の上で滑るペンの動きが見えなくなっている。それに対抗してかそれとも彼女もテンションが上がっているのか、横に座るネーナも意気揚々とペンを走らせていた。こうなると誰にも止められないな…と諦め気味にもう一度ため息を吐き出すと2人はデザイン画を覗こうと会計2人を挟んで座る事にする。
「んで?前言ってたごってりベルサイユ風で作んのか?」
「いや、それだとレースやらリボンで予算が厳しいだろ…」
「あぁ、問題ない。そっちは諦めた。」
「「諦めたぁ!?」」
「うん!なんていうか…可愛さが足りないんだよねぇ」
「はぁ…」
「なんだそのどうでもいいようなため息は?」
眉間にしっかり筋を刻んだティエリアがぐるりと首を捻って睨んできた。しまったと無理矢理貼り付けた笑顔でニールは僅かに距離を開いた。そんなニールの姿を眇めた目で呆れながら見ていたライルが我関せずとばかりにネーナの手元に視線を下ろす。
「じゃあ…次はどんな?」
「んー…わかりやすく言えばゴシック。」
「……あまり変わりなくね?」
「そうでもないよ?断然動きやすいし。」
「…動きやすいか?」
ゴシックといえば、中世ヨーロッパ貴族が着ているような服でロングスカートにコルセット、ロングブーツなどクラシックなイメージの服装だろう。どう想像しても動き安いとは思えない。不思議そうな顔をするライルにニーナはざっと描いたデザイン画を見せる。そのモデルになっているのは髪型の感じからして刹那と那由多だろう、黒髪で所々撥ねていた。
「ゴシックって言ってもロリータだからこんな感じ。」
「…スカート短いのか…」
「うん!膝丈にして中にレースたっぷりのペチコート入れて膨らませるの。可愛いでしょ?ロックオン」
「…へぇ…」
ばばーん!と口で言いながらニールの目の前にデザイン画を差し出すと一瞬目を瞠った後にまじまじと見入り始めた。口元に手を添えてしばらく何か考え込むとちょいと指でスカートの裾を指差す。
「裾に梯子レースとか付けられねぇの?もしくはこう…ちっちゃいリボンとか。」
「はい?」
「リボンと梯子レースかぁ…」
「リボンとやらはどのようなものだ?」
「普通のリボンでもいいが…こう…布で作ったリボンとか?」
「姉さん?」
「あ〜…可愛いかも!」
「リボンを付ける位置で少し裾を持ち上げてパニエを少し見せてみるとか…」
「「それ採用!」」
呆気に取られているライルを放置し、三人での相談はどんどん進み盛り上がっていく。置いてけぼりを喰らったライルはぽかんと口をあけたまま見守るしかなく、中途半端に上がったままの手は宙を泳いで所在なさげだ。
「あれ?ジュニアの反応が薄いね?」
「や…薄いって言われても…」
「えー?なんで?萌えない?ほら…よーっく見て。」
「…お…おぅ…」
うきうきとティエリアにどんな感じのリボンにするか説明を始めたニールに対し、いまいちピンと来ていないらしいライルにネーナが首を傾げる。明らかに乗り気でないライルの鼻先に先ほどのデザイン画をずいっと突きつけてスカートの裾よりやや下の辺りに指を沿わせた。
「…見え隠れする絶対領域。」
「ッ!」
どどーん…なんて効果音が付きそうな調子で告げられたネーナの言葉にライルがピシャーン!とばかりに落雷を受ける。慌てたようにネーナが持つデザイン画を奪うとそれこそ紙に穴が開くのではないかというくらいに凝視を始めた。
「おっせーな、気付くの。」
「悪かったな!姉さんまでも想像力逞しくないんだよ!」
「それで?」
「え?」
「注文は?」
「注文…」
「俺はもう一つ通したぞ?」
「ないとこのままでいくよー。」
「…この…ニーハイ…」
「「「ニーハイ?」」」
三人にも見えるようにとデザイン画を机の上に乗せてびしりと指差す。その部分を三人で覗き込んでライルの言葉を待った。
「黒のレースと白の細いリボンが欲しい。」
「レースとリボン?」
「そう。領域の上側にレースがひらひらしてんのにニーハイの方がなんの変哲もないただの靴下だなんて嫌だ。」
「ははぁん…なるほどぉ」
「しかし、何故レースは黒なんだ?」
確かに太ももの上の方では綿のレースが幾重にも重なっているのに大して足元は至ってシンプルを貫いているデザインになっている。なのでニーハイにレースとリボンの追加は良い案だろう。だが、レースの色に指定が付いてきた。なんの根拠でその色なのか?と三人が首を傾げるとライルがため息を零す。
「あんたらこそ分かってねぇなぁ…ちら見えする絶対領域に肌の色を透けて見させる黒のレースだぞ?これぞエロカワじゃねぇ?」
「「「なるほど!」」」
「更に白の細いリボンは足が動くたびにひらひらして可愛い上に細いながらもインパクトになるだろ?」
「うむ。一理ある。」
「じゃあリボンの位置はサイドのがいいな。後ろだと止まってる時に見えねぇもんな。」
「「「もちろんですとも!」」」
うっかりどこぞのゲームキャラの台詞を口にしつつデザインに加筆修正が加わっていく。しかも四人は気付いていないだろう、修正が加わっていくのは風紀の二人分だけだということを。
そんな白熱した相談を繰り広げる4人を尻目に…
「ロックオンもジュニアも…やっぱり双子ってやつかなぁ…」
「そうだね…結局は着飾らせるのが好きなんだよね」
「ま、それに熱中しすぎんのも困りもんだけど?」
「大丈夫でしょ?その辺は。」
「そうですね。まぁ、暴走しそうなら俺が止めるまで、かな?」
「期待してますぜ?議長殿。」
などという会話が成されていたとは露ほども知らないのだった。
* * * * *
「いやぁ…すっかり暗くなっちまって…」
「あはは…全員寮通いで良かったよね。」
「この私が熱中しすぎてしまうなど…万死に値する…」
「いや、俺も熱中し過ぎて全く気付きませんでしたよ…」
「それは不可抗力だよぉ…」
別棟の扉を潜れば辺りは夜闇にすっぽりと包まれていた。
あれから各々が作業に没頭し続けてふと気付けば窓の外は真っ暗で熱中しすぎていたことを思い知らされた。
抑止役になるはずのヨハンも軽くフィッティングして修正したりするのに熱が入り過ぎてフェルトが言い出さなければきっとこの面子は徹夜をしていたかもしれない。
けれどそのおかげで、風紀2人分の衣装はあと細かい詰め作業やボタンの取り付けと、ほぼ出来上がってしまった。常になかった短時間での仕上がりにみんなのテンションも上がりに上がって時間の経過などすっかり忘れていたのだ。
「さて、それじゃ、みんな。寮が近いっても気をつけて帰れよ?」
「「「「「「「「はーい。」」」」」」」」
校門前で解散の号令を掛ければ皆素直に返事を返してくれる。半数ほどいやいやだというのは分かりやすいのだが…
「じゃ、俺らも帰るか。」
「うぃーっす」
「「了解」」
前にライルと那由多が、その後ろをニールと刹那が並んで同じ寮の隣とあって一緒に歩いていく。
じっと覗き込む姿勢でいた為か、背中の筋肉が強張っているようで、ニールはうんと伸びをするとちらりと横に視線を投げた。普通に歩いているとその可愛い旋毛が見える頭は今少し俯き加減になっていて顔が全く見えないでいる。さり気無さを装いつつ顔が見えるように少し前かがみになると襟に着けられたピンバッチに指を添え、視界に入れようと顎を引いているようだ。
−そんなに喜んでくれるとは…ちょっとピンバッチに嫉妬しちまいそうだな…
「…?なんだ?」
苦笑を浮かべているとニールの視線に気付いたらしく顔が上げられた。きょとんと小首を傾げられるのに慌てて姿勢を直すと、尚も不思議そうな瞳が無言の催促をしてくる。どうしようかと頬を掻いていると誤魔化せそうな質問が一つ浮かんできた。
「あー、いや…あのさ…」
「…」
「丁度、渡り廊下から見えてたんだけど…別棟に入る前、座り込んでたよな?」
「…あ、あぁ。」
「何かあったのか?」
生徒会室のある別棟は見晴らしのいい中庭に建てられている。その入り口は渡り廊下からも見える位置にあり、アーチェリー部から向かっていた途中の2人がそこを通りかかる頃には刹那と那由多は別棟の入り口に立っていたのだ。その後姿を確認したところで刹那がしゃがみこんでいる。何かあったかな?と疑問を浮上させれば那由多が覗き込んで何やら話して中に入っていった。
遠目で見ただけなので会話の内容はおろか、刹那が何をしていたのかすらわからない。あの辺りで刹那の気を引くものがあったのかと不思議に思ったのは本当のことだ。
「あの場所は…」
「うん。」
「薔薇がいっぱいあって…その中に青い薔薇があったんだ。」
「あ〜…青龍ってやつか?」
「そうだ。『不可能』の代名詞と言われている薔薇があまりに綺麗だったから…魅入ってしまっていた…」
ぽつりと話してくれる言葉は最後になると消えそうなほどで、表情を盗み見れば頬がほんのり染まっている。たとえ言動が男前といっても女の子だ。可愛いものや綺麗なものに目を奪われてもおかしくはないだろう。その照れたような仕草に頭を撫でてやると一瞬驚いた後ちらりと上目遣いにこちらを伺って来る。それでも撫でているとふわりと弛む表情と細められる瞳にぐらりと何かが傾いた感覚がした。
撫でられる心地良さに浸っていると唐突にその感覚がなくなってしまった。もう開放されてしまったのかと残念に思いながら見上げればニールの顔が近くに見える。ぱちくりと瞬きを繰り返して見つめ返していると不意にその綺麗な青碧色の瞳がぐっと近づいてきた。
「…?…ロックお…」
−…ちゅ…
どうしたのかと聞くよりも前に唇に柔らかな感触が触れる。何が起きたか分からずにいると焦点の合わない位置にニールの顔があった。触れたままの柔らかな感触はそのまま頬に滑り、一度僅かに離れるともう一度押し当てられる。そこまで来てようやく何が起こったのか頭の隅で理解したが、どういう行動に出ればいいのか分からず体は固まったままだ。ふわりと風の動きを感じると焦点の合わなかったニールの顔が見える。なんと声をかけていいのか分からずにいると彼女はそっと立てた人差し指を己の唇に当てて薄く微笑みを浮かべた。
「ん?どうかしたのか?姉さんに刹那?」
「ッ!」
前を歩いていた2人がこちらの変化に気付いたようで声をかけてきた。かけられた声に刹那はびくりと肩を揺らしてしまう。そんな刹那を那由多とライルの視界から隠すようにさり気無く体をずらしたニールが2人を振り返る。
「…何かあったのか?」
「いや、刹那の目にゴミが入ったみたいなんだ。先行っててくれて構わないぞ。」
「まぁ、すぐそこだしな。ぼちぼち歩いて来たら?」
「りょーかーい。」
「無理するなよ?」
そっと肩に回された腕に刹那の体はするりと彼女の胸に収まってしまう。ふわりと香るニールの香りに刹那は顔が一気に赤くなるのを感じた。そんな少女を無視して会話は進み、返事を期待するような那由多の声に、2人からも見えるよう、ニールの体の横から腕を振って答える。どうやらそれで満足したらしく二つの足音は少しずつ遠のいていった。
そして残されたのはニールと刹那の2人きり。
途端に降りてくる沈黙に互いは切り出すことも出来ずに悪戯に時間が過ぎていった。
「………」
「………」
「………あー…その…」
「……なに…」
「…軽い気持ちでやったんじゃないから。」
「……」
気まずそうな声でニールが言葉を募る。だがそれに刹那は何も返せない。
軽い気持ちじゃない『それ』が何かがわからない。ニールが自分に何を伝えたいのかが分からなくて…何故だか胸が苦しくなった。けれど心配をかけたくはないと思い、平静を装い続ける。
分からない…分からない…分からない…ぐるぐると巡る思考はずっと回転しているのに答えは一向に導かれない。己の中に答えはないのかもしれない、そう思うと鼻腔をふわりと擽る香りに意識を持っていかれる。
−……気持ちいい…
黙り込んでしまった刹那にニールはどうしようかと迷い始めていた。頭でどうとか考える前に体が先に求めてしまい、刹那の唇を奪ってしまったことに罪悪感も襲ってくる。けれど、後悔めいた感情は一切湧いてきていない。寧ろ、『足りない』だなんて思っている。唇に触れるふわりとした感覚。なにより滑らせた時の滑らかさといったら…思わず舌を這わせかけたくらいだ。寸でのところで拙いキスに切り替えはしたが、それももう少しで耳に施しそうになっていた。
麻薬かもしれない…刹那の全てがじわりと滲むように、けれど写真を現像したかのように鮮明に焼き付けられる。そして写された刹那は自分の心を甘く掻き乱す。それは決して不快なものではなく、寧ろ溺れてしまいたいくらいのもので…今も腕の中に納まる少女を掻き抱いてその唇を思う存分味わいたいと思っている。
我ながらなんと浅ましい…色々順序ってもんを飛ばしちゃいかんだろう?!
と必死に心の中で戦っていると、腕の中で動く気配がした。慌てて視線を下ろすと刹那が僅かに背伸びしてニールの首元に頭を摺り寄せている。
−こ…これは…どう判断すればいい!?
ぎしりと硬直してしまったニールの心境など露知らず、刹那は彼女の香りを満喫していた。
酷く落ち着く香りはパニックを起こしかけていた刹那をゆっくりと宥めてくれる。深呼吸を繰り返していると所在なさげだった右手がふわふわと髪を撫でてきた。
「………い……」
「…刹那…?」
「…もう…いっかい…」
どうすればいいのか分からないままに頭を撫でているとぽつりと声がして、聞き取れず催促の意味を込めて名前を呼ぶとそんな言葉が吐き出される。驚きの余り目を瞠っているとおずおずと顔をあげる刹那と目が合った。
「さっきの…もう一回して…ほしい…」
目元に朱を散らし上目遣いに見上げればニールの頬が紅くなったのが分かった。どうしたのだろう?と思っていると両頬をそっと包まれる。彼女の体温を僅かに伝える皮の手袋は不快に感じることなく柔らかな感触を与えてきた。心地いい温かさに思わずうっとりと瞳を細めていると不意に顔が近づいてくる。唇に吐息が触れるくらいになると彼女は小さく笑った。
「?」
「こういう時は、目、閉じるんだよ」
「ん…」
そう言って掠めるように目尻へ唇を落としてくるのにくすぐったくて身を捩るともう一度仕切り直しとばかりに正面から見つめられる。じっと見つめられるから慌てて目を閉じると小さく笑う声が聞こえた。けれどそれも僅かな間でふと近づく気配に少し緊張をしてしまう。
「…ん…ぁ…」
軽く押し当てるだけですぐに離れてしまった唇を思わず追いかけると角度を変えてもう一度降りてきた。
ぎゅうっと固く閉じていた瞼から力が抜けたのに笑みを漏らし、さっきはすぐに離した唇を今度はじっくりと熱を味わうように重ね合わせる。いつの間にかニールのジャケットを握り締めている刹那の背に手を回して体を密着させると手は自然と背に回っていった。
「……は…ぁ」
「…可愛いな…刹那」
名残惜しげに唇を離せばうっとりと恍惚の表情を浮かべる刹那の顔があった。するりと口から毀れた言葉に刹那がぷいと顔を背けてしまう。けれど頬が朱に染まったままなのが見えて小さく笑ってしまった。指で紅い頬を撫でてその体を開放すると寂しげな瞳が見上げてくる。
「そろそろ帰らないと…」
「…ん…」
刹那に向かって出された手をぎゅっと握り、二人は歩き出した。
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祝、初キス!!(笑)
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