那由多の転入も無事に終わり、刹那が言ったようにフェルトとクリスともすんなり馴染んだ頃、地獄のテスト期間が幕開けとなった。転入したばかりの那由多は教員の配慮から特別に普通のテストとは違うものを用意してもらい、別室で受けることとなった。全く違う内容というわけではなく、一般常識などの当たり障りない問題ではあるが、互いにどういうテストをしているのか気になっていた刹那と那由多は一日終わるごとに互いの情報交換をしていた。
そんなやり取りも最終日の今日で終わりを告げる。ついでといってはなんだが、テスト終了のお疲れ様兼引っ越し祝いパーティという名目で晩御飯を一緒に食べないか?とディランディ姉妹から誘いを受けた。これといって問題はなく二つ返事で了承し、今に至る。 ディランディ姉妹の部屋に招きいれられた二人は一つのテーブルに向かい合って初めて食するアイルランド料理に舌鼓を打っていた。そんな時にふとニールが話題を振ってくる。

「そういや、お前さん達んとこにティエリアが来たんだってな?」
「え?あの教官殿直々足運んだのか?!」

ニールの口から発された『ティエリア』という人物はライルに言わせると『教官殿』らしい。そしてライルの様子からしてその人物が自ら動くのは至極珍しいことのようだ。
なんにせよ、その『ティエリア』という人物は確かに今日、テストが終わりHRが終わるなり教室に現れた人物のことだろう。


時間は数時間前に遡る。


−「このクラスにセイエイという姉妹はいるか!?」

HRも終わり、先生が教室を出たと思ったら再びその扉がスパーンッと勢いよく開かれた。開いた扉の前で立っているのは一言で言えば迫力美少女。
肩で綺麗に切りそろえられた菖蒲色の髪。理知的なメガネから覗く燃えるような蘇芳色の瞳が雪のような肌に映えている。季節的にはもうさほど寒くはないのにブラウスの上には淡い桃色のサマーカーディガンを着込んでいた。発された声は凛として室内に響き渡り生徒達をその場に釘付けにしてしまっている。

「あれー?どうしたの?ティエリア」
「クリスティナ・シエラ。前に話していたセイエイ姉妹とはどいつだ?」

ぐるりと教室の中を見回しまるで値踏みでもしているような仕草だ。しかも随分高圧的な話し方ではあるが、クリスは全く気にしていないようだ。いや、その話し方に慣れているのだろう、いつもと変わらない調子で会話をしている。

「刹那と那由多なら…ほら、窓際の一番後ろ。」
「…分かった。」

別室から教室に戻ってきた那由多と刹那が恒例となりつつあるテストの情報交換をしているとクリスが2人を指差し、その指の先に視線を投げたティエリアは小さく頷くとずかずかと近づいてきた。そんな彼女に2人して首を傾げていると目の前まで来た彼女は仁王立ちでじっと見つめて来る。そのまま何も言葉を発される事なく数秒。一体何なのか?と眉間に皺を寄せる頃になるとおもむろに口を開いた。

「私は4組のティエリア・アーデだ。」
「あ?…あぁ…」
「刹那及び那由多・F・セイエイ。君たち2人は明日の午後四時に生徒会室へ出頭するように。」
「はぁ?」
「以上だ。失礼する。」

言い放つだけ言い放つと彼女はくるりと踵を返しスタスタと歩いていってしまった。それを唖然とした表情で見送ると、いつの間にか隣に来たクリスとフェルトに帰ろうか?と言われこくりと頷くしか出来なかった。四人が教室から出るとどわっと教室内がざわめきだした気がしたのだが、クリスが「気にしな〜い♪」とスキップ気味に楽しそうな声を張り上げ、横のフェルトも小さく笑いを零すばかりだったので何だったのかさっぱり分からないまま二人は帰宅してきたのだった。

そうして今、ディランディ姉妹の元で食事をしていると不意に彼女の名前が挙がる。
どうやら2人はティエリアをよく知っているようなので首を傾げつつ問いかける事にした。

「あのティエリア・アーデとは何者なんだ?」
「かなり見下したかのような話し方だった」
「あ〜…あれはなぁ…性格的なもんだからな…」
「え?!ってことはマジで行ったのか!教官殿!」
「ん〜…らしいぜ?俺はハレルヤから聞いたけどな」
「「ハレルヤ?」」

知らない名前が出てきた、と言わんばかりにシンクロした刹那と那由多にニールとライルが苦笑を浮かべた。

「ハレルヤ・ハプティズム。クラスは別なんだけど、俺らのクラスにアレルヤってのがいてそいつの妹。その2人も双子なんだ。」
「で、本人は否定してるんだけど、どうやらティエリアのことが好きらしいんだよね。」
「ふぅん…」
「それで…何者なんだ?」
「あぁ、ティエリアもハレルヤとアレルヤも、生徒会役員なんだよ。」
「生徒会?」

ニールとライルが言うには、刹那と那由多が来た時期はちょうどテスト期間であった為、部活は全て休止。それは生徒会も例外ではなく。
そもそもこの学校の生徒会は中高合同生徒会で役員の半分ずつが中等部、高等部から選出される。選出方法は現役の会員が個人的に指名するもので、もしその選ばれた人物が会員に不適切ならば一般生徒に審議を伺い下ろされることもあるそうだ。ティエリアは会計の任に付いており、ハプティズム姉妹は広報を受け持っているらしい。他にもまだ七人メンバーがいて、その中にはクリスとフェルトも入っていて書記を務めているという。だからあんなに親しげだったのか、と納得をすればディランディ姉妹は意味ありげに笑みを深めた。

「?なんだ?」
「いやぁ?ティエリアが直接動くとは思わなくてな。」
「そんなに珍しいことか?」
「そうだな、初めてのことじゃないかな。」
「えらく気に入られたな。2人とも。」

くすくすと笑う二人に刹那と那由多は眉間に皺を刻む。どうも何か面白がっているように感じるのだ。

「まだ一度しか会っていない。」
「しかもこちらは何も話させてもらえなかった。」
「それでもさ。」
「あと出頭しろと言われた。」
「あ〜…」
「教官殿らしいな。」
「…俺たちは知らない内に何かしてしまったか?」

更に笑みを深めるのに終いには怪訝な表情になって見ていればニールの手が2人の頭をぽんぽんと軽く叩いて撫でてきた。

「いや、そうじゃないよ。」
「言葉はあれだが、要は呼び出しだ。」
「呼び出し…」
「ま、リンチとかそんな類じゃないから。」
「ティエリアなりの言い方なんだ。気負わずに行って来たらいいさ。」
「…仲いいんだな…」
「んー…まぁな。」

ディランディ姉妹の様子から何を聞いても笑って茶を濁されそうで…その話はそれ以上続く事はなく、話題は今日までのテストがどうだったか、初めて受けてみてどうだったかなどという内容に移っていってしまった。刹那と那由多が部屋に戻ってからも少しの間だがもやもやとした気分になっていたが、明日指定された時間に行けばいいだろうとそれ以上考えるのを放棄して2人は眠りについた。




翌日、クラス内の視線はあからさまに2人を見つめ、何かと視線を投げればささっと逸らされた。それはクラス内だけかと思いきや、廊下ですれ違う生徒みんなが同じ調子だったのだ。クリスとフェルトはいつもと変わりないが、その2人に言えば昨日ティエリアが来たからというなんとも意味の分からない答えをもらった。生徒会役員だからだろうか、と予測はしても一向に落ち着かない周りに居心地も悪く、早く時間が過ぎるのを待つばかりだ。
そんなクラスメイトと周囲に不機嫌なのも隠さず眉間に皺を寄せていると漸く放課後になってくれた。
HRが終わるなり荷物を持った二人はクリスとフェルトの姿を探すが、どうももう教室内にはいないらしい。いつもなら先に出るにも一声かけてくれるのだが、珍しく何も言わずに出て行ったようだ。一度視線を合わせると小さく頷いて生徒会室へと向かう事にした。


クリスが教えてくれた位置によると、生徒会室は中等部と高等部の間に位置する別棟にあるのだと言っていた。そこは丁度中庭に面した緑の多い空間で青々とした木の葉が風に揺られてさわさわと音を立てている。瑞々しい芝生の上にぽつりと佇むその建物はどこかの別荘かと思うような造りをしていた。
ココアのような色の屋根瓦に白塗りの壁と所々剥き出しになったこげ茶の柱。右へ首を巡らせればウッドデッキが展開していて、左を見ればガラス張りのサロンらしきものが見える。
縦長の四角い窓から白い柔らかそうなレースのカーテンが覗き、窓の下には様々な薔薇が咲き誇っていた。少し屈んで見てみると小さな札に名前が書いてあった。ピンクがかった紫のシャルル・ド・ゴール、赤味の強いオレンジ色のウィッシング、名前の通り金色のようなゴールデンモニカ、目の覚めるような紅いシンパシーと白いパスカリ、見るからに甘そうなピンク色のグレーフィン・ソニアに対照的なずっしりとした色で存在を強調している黒真珠…目を瞠るほど様々な色の薔薇が広がっている。ほぉ…と嘆息をついて見回しているとぱっと目に付いた薔薇があった。花に詳しくない刹那でも分かる、『不可能』という代名詞が付く青い薔薇だ。
そっと目の前に座り込み手を触れないように顔を近づけじっと見つめ始める。藤色に近い水色をした花弁は端をくるりと巻き、良く見る薔薇の形をしていた。名札を見ると『青龍』となんとも勇ましい名前が付いている。

「その薔薇がどうかしたのか?」

うっかり魅入ってしまっていると那由多が不思議そうな声をかけてきた。それを振り仰ぎ漸く刹那は立ち上がる。

「青い薔薇は作る事が不可能だと言われているんだ。」
「…そうなのか?」
「あぁ、だから世界中の育種家が何百年という間挑戦し続けている。色を青に近づけて紫が限界だといわれていたが近年になってようやく純粋な青を作り出せたという。」
「これが…それなのか?」
「そうだな。初めて見るから感動していたんだ。」
「…なるほど…」

そう呟いて那由多もまじまじとその薔薇を見入っている。僅かに口元に笑みが浮かぶのを見て刹那は中へ入ろう、と促すことにした。

 * * * * *

美しい木目を損なう事無く作られた扉に唐草のようなデザインのノッカーが付けられ、それを恐る恐る打ち鳴らすとこつんこつん…とよく響いた。しかし、いくら待っても返事が返ってこない。顔を見合わせた2人はそっと扉を開く事にした。
鍵のかかっていない扉はスムーズに開き、その前に吹き抜けのエントランスが広がる。
中に入って仰ぎ見れば電気は点けられていないにも関わらず、窓から差し込む光で随分明るかった。足元は杉を使用しているのだろうか?暖かな木目のフローリングが広がっている。辺りを見回す限り下駄箱やスリッパといった類のものはないので土足のままでいいのだろうと判断して更に足を踏み入れた。きょろきょろと見回していると正面より少し右寄りに螺旋階段を見つける。それを辿って見上げれば二階の部屋の扉が一つ半開きになっていた。耳を澄ませば微かに人の話し声も聞こえてくる。再び顔を見合わせると小さく頷いて階段を上っていった。
扉の前に立つと『作業室』と書かれたプレートがぶら下がっている。ただそのプレートには、熊や花、リボンにレースといった可愛らしい装飾をふんだんに使われており、ティエリアの雰囲気から逸脱しているように見えた。顔を付き合わせてじっと見つめること数秒。

「…ここなのか?」
「さぁ…クリスは建物の場所しか言ってはくれなかった。」
「………それらしい札もないしな…」
「いや…この建物自体に名を示すプレートはなかった。」
「………」
「………」
「…入るのか?」
「…入らねばならないのだろう?」

正直に言えば薄ら寒い予感に包まれてドアノブを掴む気になれない2人はしかめ面を寄せ合い、どちらが開くか無言の押収をし始めた。いつまでも続くように思えたその静かな攻防は突如として打ち切られる。

「着いたのならばさっさと入ってこい!」
「「!?」」

突然開いた扉の中には瞳を吊り上げたティエリアが仁王立ちになって2人を見下ろしている。びくりと肩を震わせて固まってしまった2人の手首をガッシと掴むと放り込むように室内へと引き込んでしまった。ぽいっとばかりに投げられた2人は足を縺れさせつつも部屋の中へと踏み出す。先に放り出された那由多が勢いを殺せずによたよたと足をさ迷わせると柔らかな衝撃と共に受け止められた。そしてその背中に刹那がぶつかる形となってようやく止まる。

「いっや〜ん!実物の方が超可愛い!!!」
「「ッ!?」」

黄色い声にびくりと背筋を正せば刹那の目の前で那由多が赤毛の少女にぎゅうぎゅうと抱きしめられていた。…少し苦しそうだ。あまりの光景に硬直してしまった刹那の横を、勢いで取り落としてしまった2人のカバンを抱えたティエリアがなんでもない表情で通り過ぎようとしている。

「しかもこの細さ!羨ましいぃ〜」
「羨ましいというなら『三時のご褒美』とやらを減らせばすぐに効果は出るぞ」
「えぇ〜?それは無理ぃ」

ティエリアの言葉とともについっと指差された先を見ると出窓の一角に食べかけのポッキーやポテトチップが散乱している。パッケージにはピンクのマジックで『ネーナ』と書かれていることから、目の前の赤毛の少女のものだろうと推測はついた。
未だに那由多を抱きしめ続けている少女は、真紅の髪の一部を高い位置でツインテールにして残りを背中に流している。健康的な肌色にそばかす、萌黄色の瞳は悪戯好きの猫のようにきらきらと煌いていた。身長は那由多の肩にぎりぎり顎を乗せられるくらいでクリスとフェルトより少し低いようだが、魅力的なほどに張り出した胸やきゅっと括れた腰は羨ましいとこちらが思ってしまう、と刹那はぼんやり眺めていた。そうしている間にも彼女によるセクハラは続いているようで…

「肌もキメ細かくって綺麗〜頬擦りしちゃいたい♪」
「なッ!やめろ!」
「またまた、照れちゃって〜キスしちゃうぞ〜」
「やめろ、ネーナ。この部屋で不埒な行為を働くな。」
「ちょ…刹那も見てないで助けろ!」
「いや、俺の専門外だ。」
「何の専門だ!?」

なんとか腕を振り解こうとしているがどうも腕っ節が強いらしくなかなか上手くいかないらしい。その状態を薄ら寒い気分で見ていると突然背後から熱に包まれ飛び跳ねてしまった。

「やっぱ洗礼は免れなかったか。」
「ま、ネーナ相手じゃ無理だろ?」
「ネーナ、そろそろ開放してやったら?刹那が脅えちまってんじゃん」
「那由多も苦しそうだしな?」

頭上から聞きなれた声が降ってきて恐る恐る顔を上げればニールとライルが笑いながら背後に立っていた。扉のすぐ前でいたのだから誰か入ってくれば真後ろに来てしまうことに今更ながら気付き、邪魔になるかも、と避けようとしたが腰にニールの腕が回っていて動けなかった。やんわりと回された腕に拘束感はないのに何故か全く動けずにただ会話に耳を傾けている。

「だって抱き心地いいんだもーん」
「ぬいぐるみじゃないんだから」
「ティエリアももうちょい気を配ってやれよ」
「釘を刺そうが、やめるようにと言おうがネーナがこの洗礼を諦めたことはない。ならばさっさとやらせてしまった方が早いと思って。」
「まぁ一理あるけどさぁ。」

苦笑交じりにそんな会話をしていると部屋の奥が騒がしくなってきた。そこでようやく部屋を見回してみると、目の前にダブルベッドほどの大きさがありそうな机が置かれ、端には紙の束が積み重なっている。さらに赤、青、白といった色鉛筆らしきものが転がり、1m物指しが3本ほど放置されていた。壁際には普通の机になにやらカバーに包まれた物が8つほど置かれ、壁沿いにプラグとタコアシが転がっている。窓と窓の間にはレースや花柄の布を使用したタペストリーが飾られ、一番奥には何故かブルーシートが広げられ、その上にカッター、鋏、ボンドと言った文房具が転がっていた。ただよくよく見てみるとかなづちも転がっていてますますもって意味が分からない空間が出来上がっている。
奥から聞こえていたざわめきが室内に広がると、色黒の青年が顔を出した。

「おや、もうWロックオンも来ているじゃないですか。」
「え!?マジで?時間かかり過ぎたか?」
「いんや?予定の時間より5分は前だぜ?」
「予定よりみんなが早く集まれたってことじゃない?」
「じゃあ迷わずに来れたのね」
「迷わずって…2人とも同じ歳だよ?」

ぞろぞろと入って来た6人は手に手に様々な色の巻き筒を持っており、最後に入ってきたフェルトはノートパソコンを抱えているだけだった。その光景をぱちくりと見つめていると持っていた荷物を机の上に下ろして各々に話し始める。

「ご苦労。」
「ご苦労様!随分時間かかったんだね?」
「まぁなぁ…ここ芝生に囲まれてっから台車が使えなくてよぉ」
「そうそう!手分けして全部持てたから良かったけど…」
「とはいえほとんどハプティズム姉妹が持ってくれましたけど。」
「さっすが体力自慢。」
「女の子には褒め言葉じゃねぇぜ?」
「それより、ネーナ。採寸はもうしたの?」
「ん〜…もうちょっと堪能してから〜」
「おいおい。そう言って結局測らなかったって前科あるんだぞ?」
「分かってるもーん」
「Wロックオンも早かったんですね?」
「まぁねぇ〜」
「こっちあるから挨拶だけで済ませてきたからなぁ」
「それで構わないじゃないですか。どうせ今日からこちらが忙しくなるんだ。」
「はは、お手柔らかに」
「…あ…あの…」

留まる事のない会話にぐるぐると目を回し始めた刹那が腰に回された手にそっと自分の手を重ねた。抱きつかれたままの那由多はすでに目を回してしまっているのか大人しくなってしまっている。するとすぐに反応を返してくれるニールは「うん?」と言って上から顔を覗き込んできた。

「なにが…なにやら…」
「へ?」
「ティエリア、まだ説明してないのか?」

困惑一色の表情を浮かべる刹那の顔にびっくりした顔でライルがティエリアに疑問を振る。するとさも面倒だと言わんばかりにメガネを押し上げるティエリアがカバンを近くの椅子に置くと全体が見回せるように振り返った。

「建物に到着したのになかなか部屋に入ってこないセイエイ姉妹。」
「「………」」
「お、おぅ。」
「引き込んだと思ったら即開始されるネーナの洗礼。」
「あは☆」
「そこへ予定外に早々到着してくれたディランディ姉妹。」
「…あー…」
「最後にはタイミング良く荷物を取りに行ったメンバーが帰ってきた。」
「…うん…」
「この状況でどう説明しろと?」
「あー…うん…すまん…」
「分かればいいんです。」

悪い事はしていないはずなのに何故か責められる口調のティエリアに誰もが視線を外し反論の一つも出てこない。例えるならばそこに雪女とメデューサのミックスが立っているかのような雰囲気だ。冷えて固まってしまった空気をどうしたものかと悩み出すと一番落ち着いた風格の青年が切り出してくれた。

「さ、ネーナ。いつまでもそのままでいないで採寸をして。」
「そ、そうそう!でないと俺ら裁断出来ねぇよ」
「は〜い」
「那由多、ジャケットを脱いでこちらへ来い」
「あ、あぁ。」
「…私は昨日の続きをする。」
「俺も作業に取り掛かるぜ?」
「じゃ、僕は出番が来るまでアシスタントしようか」
「私は下準備でもしますか。」
「さて、刹那にはその間メンバーの紹介をしようか。」

和らいだ空気に助かったとばかりに各々作業へと散っていく。散るとはいえ全員同じ部屋にいるのだが。
ぽんと肩を叩かれて刹那はニールとライルと一緒に出窓の方へと歩いていくとネーナが「お菓子食べていいよ〜」と声をかけてくれた。出窓の前に置かれた長ソファに刹那を挟んで三人座るとニールがカバンの中から苺牛乳のパックを取り出して手渡してくれる。ライルにはカフェオレ、自分はレモンティーらしい。もう一つ苺牛乳があるのは多分那由多の分だろう。お礼を言って恐る恐る一口つけると口の中に広がる甘さに頬が弛むのが分かる。ライルがその変化に気付いたのか笑みを深めて頭を撫でてきた。

「まず。」

ニールがずいっと近づいて刹那の目線の高さに合わせて顔を寄せてくる。そうして指先を見るように目の前で指を立てるとすいっと人を指差した。ライルの方は普通に座ったままで、どうやら紹介はニールに丸投げするらしい。ニールの指が示す先に目を向けると、那由多の横でメモを取っているティエリアが見える。

「ティエリア・アーデ。お前さんと同じ学年で、生徒会では会計を担当している。」
「…似合うと思う。」
「だよな。で、その隣。」

指がついっと動きそれと一緒に目線の方向をずらすと両手に持ったメジャーを那由多に巻きつけている少女だ。

「ネーナ・トリニティ。ティエリアと同じクラスで彼女も会計。」
「…意外…」
「計算がずば抜けて早いんだよ。次は…」

すーっと部屋の中を動き、広い机の上にさっき持ってきた巻き布を広げている青年と少年というには少し大人びた男子が立っている。その2人の色黒の方を指先が示す。


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