否、それ以前にこんな地獄絵図が展開されたままの場所でなんかしたくない。
「……にぃ……?」
「ん、ちょっとだけお預けな?」
待っても待っても訪れない口づけに刹那がそろりと瞳を開いた。不安げに揺れる瞳に苦笑を浮かべて目尻に口づけると、その体を横抱きにして持ち上げる。
「と、いうわけで部屋に持ち帰らせていただきます。」
刹那が首に抱きついたところでニールはさわやかに告げる。
勝ち誇ったように、羨ましかろう?とでもいうように。
「え〜……おもしろくな〜い……」
「面白くなくて結構デス。じゃ、あとよろしく☆」
*****
足早に廊下を移動していく。
体を抱えて気付いたのだが、やけに熱い。アルコールの摂取による熱だとしたら制服を脱がしてやった方がいいだろう。それに息苦しくなってきたのか、耳元で聞こえる呼吸がやたら早く思える。
4年前は御機嫌に名前を呼んでくれていたが、成長にともなって『酔い方』も変わってしまったらしい。
「刹那?生きてるか?」
「ん。」
明るめに問いかけると即答が返される。どうやら意識が朦朧としているわけではなさそうで、かといって首に腕が回されしがみついたままぴくりとも動かない。これはこれで心配だった。
「もうちょっとで着くからな〜」
「ん。」
速攻で返される返事。一応気分が悪いとかではないので良しとするか、と歩く事に専念することにした。……が。
「ぅおわッ!」
自室の前に辿り着いた瞬間、耳に齧りつかれてしまった。
驚きのあまり刹那を落としかけたが、根性で耐え抜く。それでも抱える腕が震えるのは仕方のないことだろう。ふるふると震える間にも刹那は……あむあむ……と耳を噛みついていた。
「……あの……刹那?」
「ん……むぅ……?」
「……それ……食べ物じゃないんだけど……」
「……んん……」
宥めるように言ってみても聞き入れてはくれなかった。それどころかぺろりと舌まで這わされてしまう。
「おぉ〜い……刹那ぁ……」
「……んむぅ……」
名前を呼んでみても一向に聞き入れる気配はない。それどころか、盛りの付いた雌猫のようにぺろぺろと舌を這わせてきた。
残念ながら頑丈とは言い難いニールの理性は、刹那相手だとカラカラに干からびたゴムの如く……ちょっと力を咥えるとぷつぷつっと簡単に切れてしまうようなもので……耳に飽きた刹那が首筋を、はむはむ……と噛みついた時にぷっつりと切れてしまった。
少々乱暴にドアのスイッチを押し込む。入れる隙間が出来るなりと勝手に閉まる扉に見向きもせずベッドへと直行すると刹那ごとダイブした。
「っ!」
落とされる衝撃にきゅっと瞳を閉じていた刹那がそろりと見上げると、逆光の中に薄く笑みを浮かべるニールの顔がある。そっと伸びてきた指先が唇を擽る。
「……刹那ぁ……もっと他のモン頬張りたくない?」
劣情に満ちた低く掠れる声。眇められた瞳に宿る底光りに『ナニ』を示しているのか、刹那ならすぐに分かるだろう。
「!」
ニールの言葉に含まれた『言葉』に刹那は妖しい笑みを浮かべて……ぺろり……と舌舐め擦りをした。その表情にニールの方がぴん、とくる。
「……お前……わざとか?」
「……さぁ?なんのことだ?」
「……ったく……」
今の今まで大人の笑みを浮かべていたが、『刹那の意図』に気付いてしまうと一気に脱力してしまった。
どうやら刹那は『咥える為に耳や首を噛んだ』らしい。
全くもって性質の悪い。一歩間違えれば確実に体を落としてしまっていただろう。そうして怪我をするかもしれないのは刹那の方なのに『誘い方』というものがもう少しあるだろう?と深いため息を吐き出した。
「!……お?」
うっかり項垂れていると肩を掴まれる。押しのけられるのか?と思えば横に転がされてしまった。抵抗する事なく素直に身を任せていれば、腹の辺りに乗り上げた格好の刹那がじっと見下ろしてくる。室内灯を逆光にした顔は無表情の中に盛りのついた牝の貌が滲み出ており、その妖艶な表情に釘付けになってしまった。
「………」
上体を伏せてきたからてっきり口付けてくるのかと思えば、顔は顎の下へと埋められてしまった。すりすり……とまるで擦り寄る猫のような動作をしているかと思えば……ジジ……と音を立ててファスナーを下ろされていく。鳩尾あたりまで下りていった顔を見下ろせば、ファスナーの金具を口に咥えていた。
じっと見つめていると視線に気付いたのか、上目遣いに見つめて来る。
「……とんでもない女豹に成長しちゃってまぁ……」
苦笑半分。興奮半分に呟けばまるで褒められたとでも言う風に瞳が弧を描く。ファスナーを最後まで下ろしきった所で手を伸ばし顎の下を擽ってやれば眉を寄せて小さく啼き声を漏らす。
本当に豹のようだ、と笑いを漏らしていると、機嫌を損ねたのか、きゅっと瞳を吊り上げると手を払われて鼻に噛み付かれてしまった。更に頬や顎にも噛み付くので降参の意味を込めて両手を挙げると満足したのかあっさり開放してくれる。
ぺろり……と口の端を舐めると今度は顔中にキスを降らせてくれた。『早く相手をしろ』との催促のようだ。けれど、ふと気になった。
「……唇にはしないの?」
顔中に余す事無く唇を寄せてきたのだが、肝心の口にはノータッチだ。いつもオネダリをする時は愛らしい音を立ててバードキスを飽きるほどにしてくるのに、今日はない。不思議に思って尋ねると、拗ねたような表情になった。
「……『お預け』と言ったのはあんただ。」
「……あぁ、ね。」
どうやら食堂での言葉を引きずっていたらしい。
あの時に口付けの『オネダリ』をしたが、『お預け』といわれたのでまだしてはいけないのだ、と解釈して口付けてこないのだという。どうやら刹那には何故あの場でしなかったか理由が分かっていない。だから言われた事を律儀に守っているのだが、いじらしいというか、鈍いというか。
ニールは苦笑を漏らすと細い顎を掴み取って噛み付くような口付けを施した。
たっぷり舌を絡み合わせて、刹那が摺り寄せるのにたっぷり応えてやると徐々に息を切らせて強張らせた躯から……ふにゃり……と力が抜けていった。
完全に躯を委ねてきている彼女を瞳を細めながら見つめて、体勢を入れ替える。少なからず酔っているらしい刹那に主導権を握らせるとどうなる事か、想像するだけで薄ら寒い予感に包まれる。ただ確実なのは明日腰が立たなくなっていることだ。
「……ぁ……ふ……」
ゆっくりと唇を開放してやれば蕩けそうな程に甘いため息が吐き出される。とろん……と蕩けた瞳の色に目尻へ唇を押し付けてふと引き出しを見上げる。そういえば、と思い出した代物を取ろうと腕を伸ばしていると刹那の腕が背中に回され、まるでナマケモノのようにぶら下がってきた。さらに開いたインナーの隙間に顔を埋めて鎖骨へと歯を立ててくる。
さっさと相手しろ、との事だ。
「ちょいちょい、刹那さん。取りたいものがあるんですけど……」
「……むぅ……」
刹那の荒っぽい誘いにくすくす笑いながら降参、とばかりに体に触れない理由を述べれば腕の力を緩めてくれた。けれど唇を離し難いらしく……ちゅくちゅく……と肌に吸い付いては舌先で擽るように舐めている。全く動けないわけでもないし、引き出しもすぐソコだ。この程度なら好きにさせても問題はない。
「……ん〜……」
「っ……」
「……ふぁ……」
肩口に移動したな、と思った瞬間、ちりり、と痛みが走り、小さく息を詰めてしまった。すると唇を離した刹那が癒すようにぺろりと舐めてくれる。それもすぐに離れていくと指先がするりと撫でるから背筋がぞくっと粟立ってしまった。
「……なぁに?綺麗に付いたって?」
「ん……にぃるの肌は……白いから……はっきりと色付いて……綺麗だ……」
「そりゃ良かったな。」
「んあっ!」
うっとりとした笑みを浮かべる刹那の後頭部を掴み上げると喉を大きく反らさせる。晒された滑らかな肌に噛み付いて『お返し』とばかりに色鮮やかな花弁を散らした。
「……刹那だって綺麗に色付くだろ?」
「……見えない……」
「ふふ……そうだな」
綺麗に刻まれた花弁を指でなぞると刹那も確かめようと指を伸ばしてくる。けれど死角に入るその位置は彼女からは見えない。少し困ったように眉を潜めるその顔に口付けを散らしていった。
「刹那……ちょっとハードルの高いことしようか?」
「……はーどる……?」
「……コレ。」
「!」
ぱしんっ……と鋭い音を立てて撓らせたのは紅いロープだ。音に驚いたのか、しばらく目を瞠っていたが、ぱちぱちと何度か瞬いてそろりと手を伸ばしてくる。
「……ロープ……」
「そ。本格的な縛りをしたいな、なんて。」
「……縛り?……俺を?」
「そ、おまいさんを。」
「……」
まるで初めて見るものを興味津々に触りまわる子供のようだった。単なるロープなのだが、色が色だ。それに『縛る』というのもイマイチぴんと来ていないらしい。じっとロープと睨めっこして考え込んでしまった。
「今まで目隠しとか手を縛ったりってしたけどさ……もっと……上級者的な?」
「……具体的に……」
「全身を縛り上げるって言えばいいかな」
「………」
「……嫌だったらやめとくけど……」
ちょっとした過去の事例を挙げてみると、だいたいのイメージは掴めたようだ。詳しい内容を尋ねてくるから手っ取り早い表現を口にしてみる。するとどんな風にか、と想像し始めたのか、再び沈黙に陥ってしまった。
「……ニールの……」
「うん?」
「……ニールの好きなように扱われる……のか?」
そろり……と上げられた紅い瞳は欲を映してゆらりと揺れ動く。きゅっと握り締めた指。ロープを握る手が僅かだが震えていて、未知なる行為に不安と期待が織り交ざっているのだろう。
「俺の好きなように嬲られたい?」
「……ぅん……」
確かめるように念を押して聞けば頬を染めてこくり、と小さく頷いた。その恥らうような仕草に頬を指先で撫でる。
「泣いて嫌がっても止めてやれないかもしれないぜ?」
「構わない……」
「即答かい。」
「ニールに……支配されてみたい……」
頬を擽る手を捕まえられるとまるで希うかのように両手で包まれてしまう。祈りのようなその姿に、卑猥なマリア、と笑みを深くして顎を掴み取ると噛み付くような口付けを施した。ぴくっと躯が跳ねたが気にせずに深く合わせれば震える手が上着を握り締めて来る。
「……じゃあ……刹那?」
「……ぁ……ふ……?」
「自分で脱いで……『縛って』ってオネダリ出きる?」
口の端から零れる唾液を指先で拭いながらそっと囁きかけると、一瞬驚いたように目を見開いたが…
「……もちろんだ……『ご主人様』?」
ふわりと細められる瞳。魅惑な弧を描く唇が妖艶な笑みを作り出し、甘い声で囁き返してきた。しかも、心得た、とばかりにモードチェンジまでしっかりしてきた辺りに刹那らしさを感じ取る。
どこまでも従順。けれど、決して一筋縄では終わらせない女豹。
その女豹が『ご主人様』呼ばわりして『従順に従う』という。
……興奮しないわけがない。
「……いぃ子だな……」
にやりと笑みをもらしたニールは可愛がるように喉を擽ってやった。
* * * * *
ドアのロックを確認したニールは刹那のストリップショーを堪能するべくベッドに腰掛けた。ライトが煌々と点けられた室内で刹那は一人立ち尽くしている。
じっと見つめて腕組みをすると何を言わんとしているのか伝わったらしく、そろりと持ち上げられた手がジャケットを肌蹴始めた。
「………」
乾いた音を立てて落ちたジャケットの上に手袋が落とされる。細い指がトップスのファスナーをゆっくりと下ろしていった。隙間から覗くインナーの紺色が卑猥に見える。
上体がインナーのみになったところで手はベルトのバックルへと移動していく。かちゃりと音を立てて外された止め具は重みに従ってウェスト部分を下へと引っ張った。ズボンのファスナーを下げればベルトの重みでずるずると落ちていく。足首まで落ちればブーツごと抜き取って素足が床へひたりと下ろされる。これで残るはインナーとランジェリーのみだ……
「……にぃ、る……」
「まだだろ?刹那。全部脱げって言っただろうが」
「……ん……」
じっと見つめて来る視線が羞恥を煽るらしい。頬も赤みを増した顔が少し困ったような表情を浮かべている。けれど、ちゃんと指示は出していたのだ。遂行するまでは動かない、という意味でも組んだ腕はそのままにしている。
本音を言うならば今の状態でも腕を引きベッドへと押し倒したい衝動に駆られている。その衝動を抑える為の腕組でもあるのだが……
刹那に威圧感を与えるにも充分役立っているようだ。少し強めの言い方をするとふるっと躯を震わせておずおずと手を動かし始めた。
「……っ……」
ニールの望むように、と思った事に後悔はしていないのだが……最初の注文がこれほど困難なことだとは思わなかった。『ただ自分で服を脱ぐだけ』だと思っていたのに、全身を嬲るようなニールの獣の瞳がちりちりと肌を焼いているかのように感じ取ってしまう。
自然と乱れる息を吐き出し、インナーを脱ぐ。頭から脱いで腕を滑らせながら床に落とすと小さな面積でしか覆われていないランジェリーが酷く心もとない。
「……刹那……」
「……っ……ん……?」
ブラジャーを、と背に手を回したところで突然呼ばれて肩を跳ね上げてしまう。もしかして気が萎えてしまったのでは?と思ったがちらりと見えたニールの表情は劣情に塗れたままだった。
「前かがみになって外して?」
「……まえかがみ……」
言われるがままに上体を倒してみると「おりこうさん。」と言って褒めてくれる。何がさきほどまでと違うのだろうか?と首を傾げながらもホックを外した。
「……いぃ眺め……」
「……にぃる……?」
「あぁ、分からない?」
「……なに……が?」
今までずっと組まれていた腕が解かれる。何をするのだろう…とじっと見ていると、伸ばされた手が、肩から細い紐を滑り落としていく。途端に重力に従ってはらりと落ちていったランジェリーに胸が露になり、外気に触れた肌寒さにふるりと震えてしまった。
「重力に引っ張られてぶら下がった胸がくっきり谷間作ってんだよ」
「ッ!」
「それにちょっと動いただけてゆさゆさ揺れてさ……えっろいの。」
言葉が試すように左右の胸を押し付け、擦り合わせるように揉んで来る。さらに感触を楽しむように手の間で弾ませるものだから、ぷるぷると震えて互いにぶつかり合い……たぷったぷっ……という音を奏で始めた。
「んー?……先っぽが尖ってきたな?気持ちいい?」
「んっ……ぅ……」
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