「……変わってないなぁ……」

 苦笑を浮かべてすぐ横で眠る美女の頬を撫でる。
 泣きはらした目元に、赤いままの頬…汗をかいて肌に張り付く黒髪が先ほどまでの光景をまざまざと思い出させてくれた。

 * * * * *

「……あ〜……デジャヴ……」

 ライルと一緒に酷似したシステムであるケルディムとデュナメスRの調整を行っていたところにスメラギから呼び出しがかかった。

「へ?なにが?」
「んー……今のスメラギさんの様子。」
「あー……なんか御機嫌だったような……」
「……御機嫌だけで済めばいいけどな……」
「え?なにそれ。なんか過去にあったとか?」
「うん……まぁ……ちょっと……」
「ちょっと、何?」
「美味しいような……辛いような……?」
「疑問形で振らないでくれる?」
「……う〜ん……」

 2体の機体の間に位置するキャットウォークでニールは眉間に皺を寄せている。その横で兄が握りしめたままの端末を見つめるライルも眉間に皺が寄っていた。
 今しがた同じトレミー内にいるというのにわざわざ端末を使って通信をしてきたのは、戦術予報士のスメラギだ。出るや否や食堂に来るように指示してきたわけなのだが……声音が。テンションが。ニールに嫌な予感を湧き立たせてくる。
 4年前にもこんな状態のスメラギに会った覚えがあった。確か単独ミッションから帰った直後だ。

 酔っ払った(らしい)刹那を引き取って部屋に戻ると、ロリロリモードな刹那が可愛いオネダリを炸裂させてくれた。

 若さゆえ……とでも言おうか?
 据え膳をきっちり頂戴したはいいが……
 次の日に刹那はまったく覚えていないというし、際どい言葉を漏らしてくれるものだから寿命が縮む思いをした。
 さらには刹那の強請るままに抱いた結果、腰がだるくなるほど疲弊もしたのだ。

 あれから4年……
 当時は子供だった刹那も絶世の美女に育ちアッチの具合も最高。
 酔っ払っていなくてもこっちが鎮められるようになってしまった。
 ……いったいあの細く柔らかい体のどこにこんな体力が備わっているのだか……

 思わず思い出してしまい、いい思い出半分、苦い思い出半分。ということもあり微妙な顔になってしまった。

「……ライル……」
「ん?」
「とりあえず……色んな意味で心を強く持て。」
「何ソレ……滅茶苦茶怖いんですけど……」

 肩を叩いて神妙な顔して頷いてみせるニールに思わず背筋が震えてしまった。

「うん……俺も怖いんだ……」
「……あのさ……せめてもうちょっと具体的に教えてくれない?」

 とりあえず切りのいいところまでは出来ているとのことで二機のシステムをダウンさせると肩を並べて更衣室へと向かう。まだ現場に付いていないというのにどこか憔悴した雰囲気の兄にライルもとてつもなく恐怖心が掻きたてられる。

「んー……怖いっつーのもちょっと複雑なんだが……素直に喜べない……」
「具・体・的・に。」

 ぐちぐちと溢し始めた兄の言葉はまだまだ要点がつかめない。特に主語となるような物が存在していなかった。更衣室に入ると各々スーツを脱ぎ始める。

「……その……刹那がな……」
「刹那?」
「さっきのスメラギさんの様子から多分アルコール関連のような気がするんだ。」
「んーと……禁酒したって言ってたっけ?」
「そ。で、もしかしたら何かの手違いで摂取したとする」
「……手違いって時点で恐ろしいな……」

 まだ続くであろうけれど現時点で聞き流せない単語が出てきてしまった。引き攣った笑みを口元に浮かべつつ制服へと袖を通した。

「それでだな……もし……刹那まで摂取してたら……」
「刹那に……酒?」

 どうやらニールの恐れているところはソコらしい。ちらりと肩越しに見える顔がかなり引き攣っているようだ。

「……そういや飲んだとこ見たことねぇな……」
「当たり前じゃん。俺が禁止させたもん。」
「……わぁ……禁止令出させるくらいヤベェの?」
「ヤバイっつか……もう……」

 確信に迫る質問にニールはふっと遠い目をした。着替えを早々に終わらせたライルがその表情をばっちり覗き込んでしまった。これはまずいこと聞いたかなぁ、と後悔に駆られていると……

「2・3日腰が立たなくなるかも。」
「……………」

 ついこの前までならこの言葉だけでは分からなかっただろう。
 しかし……だがしかし……
 ライルは知ってしまっている。

 男の腰が立たなくなるほどの欲求不満を溜め込めることが出来るのが刹那だという事を。

 これらの少ない情報から刹那が酔うと淫魔になるらしいことも理解できた。そしてそれは……ある意味このトレミーのピンチかもしれないことを。
 犠牲者が兄一人で終わればいいな。
 と思わず人事として脳内処理をさせておいた。
 もし手伝えとか言われても困る。大変困る。とーっても困る。
 遠距離射撃タイプが二人もいるはずが両方欠けるとか……
 もしもの事態を考えると薄ら寒過ぎる。
 間違いなく生命のピンチ的状況に立たされるだろう。

「(なぁにやってんだろ……スメラギさん……)」

 まだ食堂に行っていないし、どれほどの状況になっているかは分からない。
 しかも刹那が間違いなくいる、という情報もない。もしかしたらお酒(かもしれない)ものを勧められるだけかもしれない。

 むしろそうであれ。

 と思わずにはいられないライルだった。

 * * * * *

 指示された食堂に来て最初に出迎えてくれたのは予想に違わず、とんでもなくご機嫌なスメラギだった。
 彼女の肩越しに見える部屋の中は、まさに地獄絵図。ともいえるだろうか?机の上に立て肘をつくくらいで何とか耐えられているティエリア。アレルヤは早々に戦線離脱したのか、マリーの膝の上を枕に頬を真っ赤にして蹲っている。マリーの方はというとなんともないのか、いつも通りの表情でアレルヤの頭を撫でていた。シンクの淵に手を付いているラッセは今にも催しそうな青い顔で項垂れているし、すぐ横には沙慈が半分魂を飛ばして座り込んでいる。更に壁際の椅子ではフェルトとミレイナが頭を冷やす為にか、タオルを顔の半分くらいまでかぶせてぐったりしていた。
 メンバーこそ差はあれど、前にもこの時期に似たような事が起きていたな、と初代ロックオンは遠い目をしてしまう。

「……何でこんな事になったんですか?」
「んーと……疲れた時に甘いものっていいよねー……って言って食料調達したら、ちょーっとアルコールの高いボンボンが入ってたー……みたいなー?」
「……ちょっと……って……こんな状態なんだったらかなりでしょうに……」

 どうにもアルコール関連に対する彼女の匙加減はおかしいらしい。『ちょっと』で済む代物で、顔面蒼白になる人間なんかいないだろう。しかも、酒豪だったスメラギが明らかにふわふわとした表情と口調になっているのだ。禁酒して免疫が低くなった。と言うかもしれないが、それすら当てにならない気がしてならない。
 げんなりとした表情でため息を吐き出していると彼女はこてん、と首を傾げた。

「でもー……ここにいる半分以上は刹那のせいなのよー?」
「は?刹那?」
「そういや……刹那がいない……」

 ロックオンズが整備・調整している間、刹那はメディカルチェックついでにティエリアと今後の行動について話してくると言っていた。順序からしてメディカルチェックの方が先ではあるが、何時間もかかるものではない。それに、話し合い相手であるティエリアがここにいる。訝しげに二人して首を傾げる。いくら部屋の中を探しても刹那の姿はなかった。

「ん、ハロを探しに行くって出て行ったわよぉ。」
「はぁ!?」

 にこにことした表情のスメラギから得た情報にニールは声を上げてしまった。スメラギの言葉からどうやら刹那はすでにここに来たようだ。ということは間違いなくスメラギを『こんな状態』にさせてしまう威力のあるボンボンを食べたはずだ。その刹那がどこかへ徘徊しに出て行って戻っていないという。ということは……その辺の通路でぐったり倒れこんでいる可能性がある。すぐに回収に向かわねばっ、と背筋に冷や汗を噴出していると、扉が開いた。

「あ……ライル。」
「へ?」

 声に振り返ると扉のすぐ外にハロを抱えた刹那が立っていた。てっきりスメラギのように頬を赤くしてたり、目が潤んでいたりしているのかと思っていたが、どこにも何ら変化のない。いつもと全く変わりのない無表情だ。他のメンバーのようにどこか可笑しいと感じるような雰囲気はない。
 もしかして口にはしなかったか?と内心ほっとしていると刹那はまっすぐライルの所へ近づいてくる。何かようがあったのだろうか?

「格納庫まで行ったのに。」
「へ?あ、わり……いッ!?」

 少しむっとした表情に思わず謝っているとハロを手放した両腕が首に絡まってくる。何事だ、と目を白黒させていると端整な顔が近づいてきた。

「……んー……」
「ッむぅ!!???!」
「ッッッ!!!?!??!!」

 背伸びをした刹那の顔が焦点の合わない位置まで詰め寄ったかと思った瞬間、唇に柔らかな衝撃が与えられる。思わず手を広げたままに固まってしまっているライルの後ろでニールが声にならない悲鳴を叫んでいた。

「あー……二代目も餌食になっちゃったわねー……」
「は、は、は、は、はいぃいい??」
「知らなかったんだけど……刹那って酔うとキス魔になっちゃうのねぇ?」
「や、初耳っスけど!?」
「ふーん?……それよりいいの?」
「へ?」
「あのままなんだけど。」

 つい、と指さす先にはびくとも動いていないライルと、そのライルにしがみついた形で唇を奪っている刹那。気付かされた非常事態に慌てて二人を引き離そうとすればそれより先にライルの肩が大きく跳ねた。

「〜〜〜ッと待てぇぇぇ!!!」
「???」

 ぐわっしと両肩を掴んだライルが刹那をべりっとばかりに引き離した。赤くなったり青くなったりと器用な顔色をしているライルに、何が起きたのか?と結局は見守る形になってしまう。

「うん?」
「うん?じゃねぇよ!べろちゅーはダメだろ!べろちゅーは!」
「どうして?」
「どうしてってッ……」

 顔を真っ赤に染めたライルの剣幕にも刹那は首を傾げるだけだ。けれど、違うところで問題発生。

「……べろ……ちゅー……?」
「ひッ!」

 事の成り行きを見ていたニールの手が……ひたり……とライルの肩を掴む。加えて地の底から這い出てきたかのような声に背筋がぶわっと逆立った。

「今、聞き、捨て、ならない、こと、聞こえた、か、なー?」
「き、き、きのせい、じゃ、ない、か、なー?」

 ぎゅるりと食い込む指と、目の据わった笑みを浮かべるニールからライルは必死に顔を逸らし続けた。今見てしまえば間違いなく何かが失われてしまう。むしろ殴るなり首を絞められるならばまだいい。何よりライルが恐れているのは「取り返す。」とか言う理由で兄に唇を奪われかねないという事態だ。どうとしてでもそれだけは避けたい。

「あら?入り口に固まってどうしたのですか?」

 無言の攻防戦を繰り広げる双子をのほほんとした表情で見つめるスメラギと、依然きょとんとした表情のままの刹那。そろそろ止めにいった方がいいかなー、と暢気なことをスメラギが考えていると、また一人生贄が来てしまった。
 刹那の後ろから顔を出したのはメディカルルームでデータの整理をすると言っていたアニューだ。あ、と思ったがすでに時遅し。刹那がくるりと振り返っている。

「アニュー。」
「はぃ……んっ!?」

 双子の手が仲良く宙に差し出される中、予想通りの出来事が起きてしまった。刹那が振り返った先にいるアニューを抱き締めると少し俯くように首を動かす。間違いなく口付けをしているに違いない。

「んっ……んぅ……」
「……ん……ぅん……」
「「〜〜〜〜〜ッ!!!!!」」

 一体どっちにヤキモチを焼けばいいのか分からない状況に、双子の口から声になってない声が吐き出された。引き離した方がいいとは思うが目の前の光景も美味しいかもしれない。などと脳裏に過り二人して何も出来ないでいる。

「ッふぁ……」
「……あ……?」
「……え……?」

 ようやく離れた、と思った瞬間、刹那の膝がかくり、と折れた。倒れそうになっている体はアニューがしっかり抱きとめているので床に崩れ落ちることはない。……だが……

「……勝ちました。」
「「なんのコト!?」」

 口を拭いながら吐き出された言葉にすかさず突っ込みを入れてしまう。唇がふっくらと赤く濡れている様から間違いなくディープキスをしていたのは分かる。ただ、刹那の方がぐったりしているのが意外だった。

「あらぁ……刹那よりアニューの方が上手だったのねぇ。」
「いえ。刹那さんもすごくお上手で。もし私が1人目だったら沈められそうでした」
「そうよねぇ……何人か沈めた後だから鈍ってたんでしょうねぇ……」

 そう言ってちらりと動くスメラギの目線の先には項垂れているクルー数人。
 刹那のせい、と言っていたのはどうやら『この事』らしい。
 そろり、と見上げたライルの目に映ったのは……

 ……可笑しな具合に吊りあがった笑みを浮かべるニール……

 どうやら4年前とは違う展開になっているらしい。ライルも吊られて引きつった笑みを浮かべてしまう。

「……どうしましょうか……」

 未だくたりとした刹那を抱きしめたままアニューは少し困った、という表情をする。肩口に埋められた黒髪をさらさらと撫でてまるで宥めるような手つきではあるが。なんというか……目が据わっているような気がしていた。そんな彼女の貌にニールとライルは揃って首を傾げる。

「私の部屋に連れ込んで体の隅々まできもちよk……」
「なぁああぁぁぁ!?」
「ああああああああアニューっ!?」
「なんですか?」
「つっ連れ込むって!」
「刹那に何するつもりっ!?」
「ナニです。」

 しれっと真顔で答えるアニューにますます混乱が巻き起こされる。いったいぜんたい、彼女の中で何がどうなってその行動へ移そうとしているのか……全く分からない。

「も、もしかしてアニューも酔ってる?!」
「いいえ。全くの素面です。」
「いやいやいや!」
「余計性質が悪いわっ!」

 顔を赤くするやら青くするやら……心の整理が全く付いていない2人とアニューの言い合いをスメラギは微笑ましい笑みを浮かべて静観している。完全に面白がっているようだ。

「だって……ずるい……」
「「へ?」」
「私だって刹那さんとにゃんにゃんしたいッ!!!」

 ぐっと握った拳と真剣かつ必死な表情に……ドドーンッ……と津波が割れるような音を聞いた気がした。もう何を言っていいのやら…開いた口が塞がらない。

「……そうよねぇ……」

 2人が唖然としているとスメラギが抱きあったままの刹那とアニューへと擦り寄っていく。ぴとりと刹那の背中にくっついて細い腰に腕を回した。

「2人でだけ刹那のいちゃいちゃ……ずるいわよねぇ……」

 ぷー。と頬を膨らませるスメラギ。彼女は確実に酔っていそうだ。
 酒を一時期であっても断ったせいもあるのか……

「ねー?せつなぁ?私達ともにゃんにゃんしましょ〜?」
「ぅ……んっ……?」

 腰に回しただけだった手が……するり……と刹那の腿を撫で上げる。ディープキスでとろとろになってしまっているのか、艶めかしい声が上がった。

「だぁッ!ダメで・す!」
「なぁによ、初代。口出しする気ぃ?」
「えぇ、しますよ。だって刹那は俺のも・ん・だ・し!」
「……えぇ〜……」
「えぇ〜……じゃないです。ほら、刹那ぁ?」

 あからさまに嫌そうな顔をするアニューとスメラギから刹那をはぎ取る。少々強引ではあるが、これ以上刹那の唇なり体なりに自分以外のマーキングが増えるのは勘弁願いたい。
 何せ、すでに1人分のマーキングを受けているのだから……

「刹那ぁ?」
「……にぃゆ……」
「……わぁ……呂律がやばくなり始めてんじゃん……」

 腕の中に抱き込みながら顔を覗きこむと喉を反らして上を向いてくれる。貌は相変わらずの表情ではあるが、声に険がなくなってきていた。四年前までも浮ついた話し方ではないが、間違いなく発音が丸みを帯びている。見た雰囲気もふにゃふにゃにはなってないからそこらへんが刹那の成長した証拠かもしれない。

「……ん……」

 長い睫毛で頬に影を作り、瞳を閉じてしまった刹那は唇を尖らせて強請る様に凭れかかってくる。紛う事なきキス待ち顔に誘われるまま、顔を近づけて……

「………」

 ……もう少しの所で踏みとどまった。

「……あれ?止まった。」
「そのままッむちゅぅ〜……ってやってメロメロ刹那さんが出来上がるはずなのに。」
「ちょっと!焦らさないでさっさとしなさいよ〜」

 ……不躾なギャラリーが多過ぎたのだ。


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