小説をめくり始めてどれくらい時間が経ったのだろう。長くも短くも感じた時間は小さく音を立てて開けられた扉によって終わりを告げた。勢いよく振り向きそうだった顔を必死に小説へと向けさせて彼女が近づいてくるのをじっと待つ。
「……お待たせ」
 羞恥を誤魔化す為にか小さい声が降り注ぎようやく紙面から顔を上げる。すぐ目の前に白い素足が見えた。徐々に上がっているときゅっと寄せられた膝と太ももが見え、さらに上がると黒のショートパンツがある。
「・・・」
 一つ瞬いてさらに上るとラベンダーのシャツとベルベットのチョーカー。てっきりバスタオル一枚で来たのかと期待してみれば脱いだのはガーターストッキングだけだったらしい。
「っぶは!」
「!?」
「ちょ、おま、えっ」
「なっ、なんだよ!?」
 じっと見上げてきた顔が何故か歪められたと思った次の瞬間盛大に噴き出された。そのまま腹を抱えて本格的に笑い出すものだからますますムカついてくる。じと、と睨みつけているとようやく笑いが収まってきたのだろう、まだ少し笑ってはいるが手招きをされた。不機嫌を表すように動かずむくれていると両手を広げて「おいで」と殊更優しい声音で言われる。それにしぶしぶ近くに寄れば両手を引き寄せられ口づけを落とされた。
「笑って悪かった。その格好でくるとは思わなくて意表を突かれたんだ」
「やっぱりガーターも履いといた方が正解だったのか?」
「くくっ」
「笑うなよ!」
「シャワー浴びた後に男を誘うならバスタオル一枚で出てくるもんだぜ。どうせ脱ぐんだから、つってな」
「!」
「初めてだもんな?お兄さんが色々教えてあげよう」
 ソファから立ち上がると顔を真っ赤に染めた彼女を抱き上げた。「ぅぎゃ!?」と色気もくそもない悲鳴が上がったが無視しておく。そのまま寝室へ入ると腕の中で体が小さく跳ねた。目の前のベッドが生々しくてちょっとひるんだ、といったところだろう。
 そっとベッドの上に下ろしてやると緊張からか、ぎゅっと握った手が服から離れない。すぐ横に腰を下ろして宥めるように額へ唇を寄せる。
「俺はシーザーだ。君の名前は?」
「……ジョ、ジョジョって呼ばれてる」
「ジョジョ、ね」
「ん」
「さて、ジョジョ。聞きたいんだが」
「……何?」
「歳はいくつだ?」
「!」
 問いかけに体が強ばったので勘違いをされているな、と分かった。その証拠にきゅっと不機嫌そうに眉を寄せられる。怒られるのを憮然とした態度で受ける子供のようだ。
「説教するわけじゃないから。いくつか教えてくれ」
「……まだ17」
「ということは高校生か」
「範疇外なのか?」
「そういうわけじゃない。ただ、最後まではできないな」
「……どうして?」
 ベッドに連れ込んでおいて何を言い出すのだろう?殊更不思議そうな顔したのだろう、見上げた先で苦笑が広がった。
「初体験の次の日ってのは体が辛いらしい。学校を休むわけにもいかんだろ?」
「……一日くらいいいじゃん」
「アホか。学生の本分を疎かにするな」
「……はぁい」
「というか、どうしてそこまでシたいんだ?小慣れた演技までして」
 やっぱそこを突いてきたか、と視線を泳がせる。出来れば言いたくはないのだが、思ったよりも堅物で真面目らしい目の前の男は納得しないと事を進めてくれそうにない。未だじっと見つめて動かないシーザーにジョセフは唇を尖らせながらもぽつりとこぼし始めた。
「……女の子になりたいから」
「?今だって十二分に愛らしいセニョリーナじゃないか」
「そっ、そうじゃ、なくて……」
 さらっと返された意見に噴火しそうなほどの羞恥に見舞われる。しかしシーザーはというと至極真面目な表情のままなのでどうも素で言ったらしい。「こんのたらし野郎っ!」と内心で大いに悪態をついた。
「……俺の、この言葉つかいとか。態度とかで男扱いされるから……だから、その……女っぽくっつか、女になりたいっていうか……」
 もそもそと語られる言葉になんとなく理解が出来た。彼女なりの強がりと散々馬鹿にしてきた同世代の男子を見返してやりたいと思っての行動だったようだ。が、いささかぶっ飛んだ考えのように思う。
 最初は制服でウロウロしてるだけだったらしいが、イメクラとか援交だと思われて、終いには店のスカウトに引っかかってしまったらしい。違うと言っても信じてもらえず観念しかけてたところを繁華街でバーを経営している人が助けてくれたんだとか。その上相談に乗ってくれたようだが、男を誘う服装やフェラを教え、「すぐイくような男は甲斐性なしだ」と入れ知恵をしてもらい声をかけてくる男を片っ端から試すようになった。そのおかげで今まで無事でいられたわけなのだが……
「(よく無事でいられたもんだ)」
 正直、話の途中から気が遠くなりそうだった。ちょっと突けば純粋可憐な反応が返ってくるというのに。今まで試された男どもは何をしてたんだか。思わず同じ男として不甲斐なさに遠い目をしてしまう。しかしおかげでいい思いをさせてもらえるのだから良しとすることにした。
 何気なく天井を彷徨わせていた視線を落とすと、拗ねたのか、下唇を尖らせた表情が見えた。年頃の女の子としてこんな話を今日会ったばかりの男にするなど恥ずかしいことこの上なかっただろうに。それでもきちんとすべて話す辺り、彼女の素直さがよく分かる。ついでに少々膨れた感じになっている頬がつつきたい衝動を沸き起こらせ、ついでに甘やかしたい気分にさせてきた。
「……矯正してやろうか?」
「へ?」
「俺が女らしくなるように教え込んでやろうか?」
 ぽつりと口から零れ落ちた言葉に自分自身で驚いてしまう。男が女に向かって何言ってるんだか、と前言撤回を申し出ようかと思ったが、見上げてくる瞳が次第にキラキラと輝き頬を僅かに染め上げる表情へと変わっていった。
「マジかよ!?」
「(……遅かったか)」
「マジで女らしくしてくれる!?」
「あー……まぁ、お前が良けりゃ」
「いいに決まってんじゃん!やったぁっ!!」
 願ってもみなかった申し出にジョセフは小躍りしそうなほどに喜んだ。女の子らしい仕草とか話し方を自分なりに調べて実行してみたら、ことごとくオカマ扱いをされてしまった過去を憂うと、直してもらえるのは願ったり叶ったりだ。
 今まで散々な扱いをしてくれた男子共よ、目にものを見せてくれる!と内心意気込んでいたら視界が回っていった。
「へ?」
 ぽふ、とシーツの上に体を転がされてきょとりと瞬く。ちらりと上を見上げると天井を背景にシーザーが覆いかぶさってきていた。予想していなかった展開にぱちくり、と瞬く。
「……にゃに?」
「はぁ?この状況で何?ってなんだ」
「え?だってしないんだろ?」
「あぁ。最後まで は しない」
「うん?」
 ニュアンスを変えて告げられた言葉にますます首が傾く。ニッとあまり人がよろしくない笑みを浮かべられると、太ももをするり、と撫で上げられた。
「ひぎゃ!?」
「色気のねぇ声」
「だっ、だって!」
「目の前にこんな美味しそうな据え膳置かれて何もしないとか有り得ないだろ?」
「えぇえ??」
 内容がどうであろうと一度きりの出会いにならず今後に繋がる約束を取り付けたところで腕の中に収まっていたスイーツの味見を開始する。今まで数多くの女性と付き合っては来たものの、原石の状態の女性を磨くのは初めてだ。しかも磨きがいがありそうですでに興奮している。
 手を這わせた太もももむっちりとしてかなり触り心地がいい。ただ……
「ぅひゃひゃ!」
「・・・」
 漏れ出る声が非常に頂けなく萎えそうだ。とにかく擽ったいらしく、快感とリンクしていないらしい。擽ったがりなのは感度がいい証だからウェルカムなのだが、このままでは単なるじゃれあいになってしまうだろう。
「ふぐっ!」
「ちょっとの間黙ってろ」
 あまりのくすぐったさでたまらず逃げるようにジタジタと暴れていると口を大きな手で塞がれた。誰のせいだと思ってんだ、と睨みつけるもすっと近づいてきた顔が額にくちづけを落としてくる。思わず頬を熱くしているとその唇が今度は耳元へと移動していった。
「っん!」
 柔らかい感触に食まれたと思えばぴちゃ、と濡れた音が聞こえる。ざわっと全身が粟立つような感覚に身を竦めると、ちゅうっと耳の下の皮膚を吸い上げられた。またひくりと体を震わせていると今度は太ももを撫でていた手が宥めるように肩を撫でて自らの首に回すようにと腕を持ち上げられる。きゅっと服を握り締めると口を塞いでいた手が離れて抱きしめるように回ってきた。自分ではない人の手を背に感じ、密着する他人の体温に胸の奥がきゅっと締められる。その感覚があまりに甘美で震えそうになる吐息がもれないようにと唇を噛み締めた。
「そう、いい子だな」
 唇を噛み締めたジョセフに笑みを浮かべ、ご褒美、とばかりに頬へ唇を寄せる。リラックスするようにと服の上から全身を撫で回し、頬を寄せて時折顔へと唇を落としていれば緊張でがちがちだった四肢が僅かに緩む。その証拠に唇から短い吐息が零れ、よしよし、と笑みを深めた。
 シャツの裾から手を差し込むと予想通りびくっと体が跳ねるが、先程までのように暴れることはなかった。表情を伺えばぎゅっと瞳が閉じられ、羞恥に頬を染めている。
「っ!」
 するりと背中を上ってきた手がブラのホックを外してしまった。途端に心もとなくなる胸元を慌てて腕で覆うと小さく笑う声が聞こえる。耳元にあった気配が少しずつ離れていくとともに首筋に柔らかくて熱い感触が滑っていった。鎖骨をちゅっと軽く啄まれると抱き寄せられてベットに並んで転がる状態になった。腰に腕が回りもう片方の手が背骨のくぼみをなぞったり肩甲骨を包み込んだりと這い回っている。
「っあ!」
 優しく撫でる手の感覚に慣れてきたところでお尻を撫でられさらに下りていく手が裏腿をくすぐり裾から指を潜り込ませる。さきほどのようなくすぐったさとは違う感覚が背筋を走り抜けて思わず声が漏れた。少し高くて甘えたような声音に顔がかっと熱くなる。そろりとシーザーの顔を見上げるとうっとりと細めた瞳でじっと見つめてきていた。
「〜〜〜ッ」
 赤い顔がますます赤くなる様を見ながら指を太ももの間に滑らせる。するとぴくっと体を跳ねさせるが、さきほどまでのような色気のない声はもれなかった。なかなかに良い感じになってきた、と体をさらに抱き寄せて額に口付けると胸元に小さな手がぶつかり柔らかく温かい感触もぶつかってくる。ちらりと見下ろせば開いた襟元で腕で覆いきれていない胸が押しつぶされてくっきりとした谷間を見せつけていた。如何にも柔らかそうな曲線を描く肌にムラムラとする本能のままに顔を伏せる。
「ひゃうっ」
 シーザーが体をずらしたな、と思った途端、お尻が鷲掴みにされ、胸元に顔をすり寄せられた。ぎゅっぎゅっと遠慮なく揉み込む片手に対して顔は胸の弾力を愉しむように埋められたままだ。よく女の子同士、体育の着替え中などにイタズラで抱きついて来たり触ったり触られたりとしていたが、こんなに恥ずかしい気分になるのは初めてだった。顔がこれ以上ないくらいに熱くなり全身もしっとりと汗ばんでくる。どうにか離してもらえないか、と身を捩ってみたがますます強く抱きしめられてしまった。
「んっ、ん〜!」
 先程から腰の奥にむずむずとした感覚が生まれ、落ち着かなくなってくる。胸元に熱い吐息がぶつかりますます熱くなる体に戸惑いが隠せない。肩を押しやろうにも力の差は歴然としており、びくともしなかった。
「声、出せよ」
「さ、さっき、だまれって」
「感じてきた甘い声なら大歓迎さ、Gattina」
「ッ〜〜〜!」
 目と鼻の先でとびきり甘い笑顔と腰砕け必至の低音で囁かれて恥ずかしさのあまり涙まで滲んでくる。「こ、のっ、スケコマシ!!!」と大声で罵ってやりたいところだが、震える体と足の間に差し込まれた膝がぐっと押し上げてきた動きにぞくっと震えた背筋と「やぁんっ!」と吐き出された甲高い声が邪魔をした。
「やっ、やぁっ、な、にっ!?」
 股上をぐいぐいと押し上げてやると背を仰け反らせ肩を掴んでいた手が太ももに移り爪を立ててきた。そんな可愛い抵抗をされてはますます虐めたくなるのが男の性。腰を捩り逃げようとするので再び仰向けに転がして両手でしっかりと掴み上げた。そのまま擦る様に膝を押し付けるとびくびくと躯が跳ねる。
「あッ、ゃだ、やだぁ」
「嫌がるなよ。気持ちいいんだろ?」
「わか、んっ、な、ぁっ」
「背筋がぞくぞくして、腰の奥がムズムズするんだろ?」
「ぅ、んっ、す、るっ」
「ほら、滅茶苦茶感じてんじゃねぇか」
「ひ、ぁんっ!」
 一際強く押し上げれば柔らかな太ももに足を挟み込まれ、上体が仰け反らせる。ブラの拘束から解放された胸が勢いよく弾む様はなかなかにそそられた。本音を言えばブラウスの隙間からチラチラと見える胸の頂きを舌で嬲ってやりたいところだが、足一本に善がり啼く様に己の暴走を抑えるので精一杯だった。
「あぁッ!や、やぁっ!し、ざぁ!」
「ん?どうした?」
「やだっ、やだ!とま、って!へんな、のっ!からだっ、へん!」
「あぁ、そろそろイきそうか。我慢せずにイっていいんだぞ?」
 躯が電流を流されたかのようにびくびくと勝手に跳ね上がり、背筋がぞくぞくと震え、何かが全身を駆け上がってくる。やめてほしいと懇願しているのにシーザーは一向に聞き入れてくれる気配がない。頭の芯が痺れクラクラとしてくる。背中がぐぅっと反り返り胎内で大きく膨れ上がった感覚が弾けたとともに目の前が真っ白に染まった。
「ッあぁぁぁ!!!」
 全身の筋肉が引き攣りそうなほどガクガクと震えて一向に止まりそうにない。このままずっと続くのかと思った震えは前触れもなく……ふ、と治まり弛緩していくままに体を放り出した。指の先まで隈無く広がる甘い感覚が心地よくぼんやりと瞬く。すると長い指がそろりと頬を撫でてくるので治まりかけていた甘い波がまた呼び起こされ小さく声を零してしまった。
「……ぁ、ふ」
 余韻にひくひくと躯を震わせ、乱れた呼吸を繰り返しながらぼんやりと見上げてくる。額に張り付いた髪を梳かし上げるとゆるりと瞳が細められた。
 うっとりとした表情に潤んだ瞳と上気した頬の赤さが艶かしく、これで処女だと言われてもにわか信じがたいものがある。天性のものということか、とシーザーは思わず笑みを漏らした。膝で施した拙い愛撫だけでこの有様だ。もし完全に花開いてしまえばどうなるのか。己の理性との戦いになるだろうことが容易に予想出来る。
「初めてイった感想はどうだい?お嬢さん」
「ん、ぅ……すご、かった」
「ふふ、これですごいなんて言ってたら本番には耐えられないぜ?」
「そ、なの?」
 未だ整わない呼気に言葉も途切れがちになる。頬を撫でる手が心地よくて半分夢心地だった。


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