退屈な授業からようやく解放され、朝と同じように電車に乗り込む。ちらりと腕時計を確認すると五時を回ったところだ。
「今日こそは捕まえたいな」
このところ繁華街に行く為にサークル仲間や友人からの誘いをことごとく蹴っているのだ。論文の前準備をしたいのだ、と誤魔化してはいるが、いつまでも断るわけにはいかない。人付き合いは大切にしておかなくてはと思いつつも繁華街のある最寄駅に到着した。
急ぎ足になりつつ足を踏み入れる。水曜日ということで人もまばらかと思ったが、夕食時である為か結構な賑わいを見せていた。これは今日も遅れをとったか、と諦め半分によく見かけた噴水広場へと向かうとまさに彼女が淵に腰かけ足を組むところだった。
「(間に合った!)」
ぼんやりとどこを見るでもなく見渡す瞳はふさふさの睫毛に縁どられ、伏せ気味の目元が色っぽい。なのにぽてりとした唇には棒つきキャンディが咥えられていてあどけなさがある。ラベンダー色のシャツはベルベットのチョーカーを目立たせるように胸元が開かれ、黒のショートパンツからは健康的な肌色にガーターベルトが這わされていた。シンプルなコンサバスタイルの大人らしい雰囲気でありながらヒールのないパンプスのつま先をぷらぷらとさせて子供っぽい仕草をする。なんてアンバランスな姿なのか。自然と上がる呼気を深呼吸で誤魔化しつつ近づいていく。同じように近づく男がちらりと見えてほんの少し歩調を早めた。
「こんばんは、シニョリーナ」
「!」
他に近づく男を視界から遮るように上体を折って顔を寄せるとびっくりしたであろう、丸く見開いた瞳が見上げてきた。ぱちぱち、と瞬く仕草にまたどきりとしつつ、顔には笑みを貼り付ける。すると、見上げてくる表情がしかめっ面になった。自分の微笑みにうっとりしない女性はこれで二人目だ。と内心驚く。
「なんだよ?」
「隣、いいかな?」
「……好きにすれば」
「グラッツェ」
ぶっきらぼうに返される声にめげず、断りを入れてからすぐ傍へと腰掛けると顔をそっぽ向けたままに肩が跳ねたのを見逃さなかった。
「……」
気安い調子で語りかけてくるのはナンパの常套手段だ。なのでいつものこと、と特に反応を返さずにいると近い位置で体温が感じられた。隣に座った男が思った以上に近くにいると気づいた途端、体に緊張が走る。さらに何か話してくることもなく黙ったままなのも余計に緊張を煽ってきた。今までの男はみんなこんな風に隣に座ったりなんかせずに「今からお兄さんと遊ばない?」とか、「暇だったら遊び相手になるよ」だとか言って半ば強引に腕を引っ張って行く。それが普通なのだと思っていたジョセフにとって予想外のことだった。
いつまで経っても話す雰囲気のない相手の様子にちらりと視線を向けると柔らかい笑みでこちらをじっと見つめている。その表情にまたどっと汗が噴き出してきた。
「……なんか用?」
沈黙にいたたまれなくなったのだろう、しかめっ面をしながらぽつりと問いかけてきた。ようやくキャンディから自分へと関心を移し始めた女の子に笑みが自然と深くなる。
「この後の時間を俺にもらえないかな?」
「はい?」
あくまで女性に決定権を与える問いかけにますます眉間のシワが深くなった。今までにないその反応にますます楽しくなる。
「時間の他に君の体ももらえるとなおのこと嬉しいけど」
「……暇なら遊べってこと?」
「うん、そういうこと」
回りくどい言い方はともかく、いつもの誘い方を考えるとまったくもって品が無い。自覚はあるが他に思いつかなかったのだから仕方がないのだ。それでなくともお零れを狙うハイエナ共が虎視眈々とこちらを伺っている。早々にこの子を連れてこの場から離れたかった。
ちゃんと選びはしなかった言葉でもちゃんと伝わったらしく彼女なりの解釈で問い返されるのに余裕の笑みを崩さない。がっついていると思われるのも嫌なら、小物感を醸し出すのもまっぴらだ。どう取られるか、どう返事をもらえるか。ほんの僅かな時間のはずなのだが、随分長く感じてしまう。
「……いいよ」
「本当に?」
「うん。どうせ何も予定ないし。でもすぐイっちゃう男なんて相手にしたくないからさ、ゲームで勝ってよ」
「ゲーム?」
「そ。俺のフェラで5分間、一度もイかなかったらこの体、好きに使っていいよ」
ぺろりと唇を舐めて見上げてくる表情は小悪魔めいて非常にそそられた。
* * * * *
交渉結託。と移動した先は初めて見かけた場所とはまた別の路地裏だった。入り組んだその場所は事に及んでも人に見つかりにくく、周りの雑踏が音を掻き消してくれる。そういえば最初に見かけた路地裏も排水管が張り出していたし白いシャツを着ていたから気付けようなものだったな、と今更気づく。手を引かれるままについてきたシーザーはちゃんと考えてるんだなぁ、などと暢気に考えていた。
「この辺でいっかな」
ふと歩みが止まり、横に置いてある木箱の上にカバンを放り出した彼女に現実へと引き戻される。さっそく、とばかりに目の前へ座りこもうとする彼女の腕を慌てて掴み取った。
「?なに?」
「なに、じゃない。女性を地面に座らせるわけないだろう」
急に腕を掴まれて中途半端な体勢になる。顔を見上げれば綺麗に整えられた眉が不機嫌そうに寄せられていた。訳が分からずジョセフが首を傾げるとちゃんと立たされて引き寄せられてカバンを置いた横の木箱を払い始める。それをぼんやり見ているとおもむろにジャケットを脱いで上に広げた。
「どうぞ」
「……キザだなぁ」
「そうかな?女性の服を汚すなんて男の風上にも置けない行為だと思うが?」
「……ふぅん……」
素気ない風を装って返事を返したが、ジョセフの内心は大パニックだ。今までこんな風に大切に扱われた事がない。男子生徒には男扱いをされ、遊びに付き合う男には性欲処理の道具として接されてきた。むずむずと落ち着かない心の内をひた隠し、ジャケットを広げられた木箱に座る。
ふと顔の向きを戻すと箱の高さが低めなおかげか、顔の位置がちょうど腰のあたりに来ている。ちらりと上を見上げると「どうかしたか?」と言いたげに首を傾げられた。
「……んじゃ、タイマーセットしたから。始めるぜ」
「どうぞ」
行為をする時に常備しているキッチンタイマーのボタンを押し込み脇にどけると目の前のファスナーを開く。見慣れたものがそこにあるわけなのだが、アンダーの上から触ってみる感じだとまだ柔らかく勃っている気配がない。
「(ま、今までの奴みたいに息切らせて興奮しながら来た、って感じじゃなかったもんな)」
躊躇することなくファスナーを下ろされ手を差し込まれる。慣れた手つきに苦笑しつつもお手並み拝見、と静観を決め込んだ。すると顔が近づき、アンダーのゴムに噛み付き上目使いに見上げつつ引き下ろされていく。
「……っ(煽る仕草は上級クラスだな)」
先ほどよりも硬度を増したように思う肉棒を棒付きキャンディを頬張るように咥えこんだ。途端に息を詰めるような声が聞こえる。その反応に気を良くしたジョセフはまださほど張りつめていない先端を転がすように口の中で舐め回した。
「……ふ……(確かに、これはかなりクる)」
上擦る呼気を押さえつつ舐めしゃぶられる気持ち良さに目を細めた。男が気持ちいいと思う場所を的確に攻め立て、濡れた音を盛大に立てて耳から犯しにかかる。そんじょそこらの男なら溜まったもんじゃないだろう。けれどシーザーとしては細い指と艶めかしく這い回る舌だけでは満足できない。目の前の体を隅々まで唇と指で堪能し、蕩けた躯と共に昇りつめたいのだ。今も背筋をぞくぞくと震える快感を感じているのだが、決定的な刺激が足りなかった。
「(ん〜……そろそろイくかと思ったんだけどなぁ)」
口に含んだモノは十分な凶器に育ち、先端から溢れる苦い汁も存分に自身をしとどに濡らすほどではある。なのに、ぴくぴくっと震えては何も吐き出さず舌を堪能するかのようにドクドクと脈打つばかりだ。
「(結構時間経ったよな?)」
飽きる事無く舐めしゃぶりつつもなかなかイく気配を見せない相手にジョセフは焦り始めていた。今まで相手にしてきた男ならすでにもう出しているはずだからだ。
「(これってもしかして……ピンチなんじゃないのぉお?)」
冷や汗をだらだらと流し始めたジョセフとは打って変ってシーザーは未だに余裕があった。気持ちいいことは気持ちいいが、足りない刺激にさほど切羽づまっていないのだ。それ以上に懸命に奉仕をする姿に褒めてやりたいなどと考えている。下腹にふわふわと当たる黒髪を掬い上げるように頭を撫でるとびくっと跳ねて見上げてきた。
「ッ!?なに!」
「うん?頭撫でただけだろ?上手に出来てるから褒めたんだ」
「ほ、ほめっ?!」
「ほら、早くしねぇと時間がなくなるぜ?」
「〜っうっせ!」
むくれながらもまた咥える素直さに笑みを浮かべつつサラサラと流れる髪を撫でていく。短い髪から覗く耳が薄暗い場所でも分かるくらい赤く染まっていた。
「(撫でられ慣れてないのか?)」
−ピピピピピ……
「!」
「タイムオーバーだな」
「うそ……」
頭をやんわりと撫でつつ観察をしていると突如電子音が鳴り始めた。咥えていた口をゆっくりと離して顔を上げるとその表情は唖然としている。なり続けるタイマーを拾い上げて音を消すとにっこりと微笑み見降ろした。
「約束、だよな?」
「……分かってる」
確認をするように聞けばすぐにむっとした表情になった。その頬に手を伸ばすとぴくっと肩を跳ねさせる。
「……ッ」
上体を屈めて頬に口付けるとびくっと大げさなほど躯が跳ねた。敏感だな、と感心しつつ顎を持ち上げてゆっくり近づくと切なげに眉を寄せて潤む瞳が見上げてくる。唇に息が吹き掛かるとぎゅっと目を閉じて何かを覚悟したような表情になった。
「んっ」
唇を柔らかく食むように啄むとまた躯が跳ねる。その反応を気にとめつつさらに重ね合わせると開かせるように舌を這わせた。するとますます力が入ったようで抱き寄せた躯が小さく震えている。
まさか、と思った。
「君、もしかして……」
「んっ……ぅ?」
「初めてか?」
「ッ!だ、だったら何!?」
初めて施されるキスにどうしたらいいのか分からずガチガチに固まっていると間近にある顔が至極真剣な表情を浮かべていた。涙が滲みブれる視界の中でストレートに聞かれてしまいかぁっと顔が赤くなる。思わず口走ってしまった言葉で自ら肯定してしまったと気づいたところでもう遅い。慣れた風を装っていたのに、と、きゅっと唇を噛みしめて視線を泳がせていると躯が離された。
処女だと遊ぶには面倒くさいのか、と考えていると服装を正した彼はジョセフの腕を引き上げ立たせるとジャケットを掴み、置いてあったカバンまで待ちあげてしまった。あれ?と不思議に思うと腰に腕が回されて歩き出す。
「え?」
「こんな場所で初体験などさせられん」
「ぅん?」
見上げた横顔は少し怒っているように見える。腰に回された腕はがっちりと固定され逃がさない、と言われているような気分だ。急いているように感じたのだが、ジョセフの歩幅に合わせてくれているのか引き摺られるような歩き方にはなっていない。女性慣れした感じがちょっと気に障った。
駅に着くと切符を渡され、彼はさっさと改札を通っていった。なのに通り過ぎたところですぐに振り向きジョセフが来るのを待っているようだ。連れていかれる、という事実がようやく脳に染み渡ったのか逃げだしたい気持ちがもたげてくる。けれど、制服が入った紙袋もカバンも彼の腕の中だ。人質を取られた捕虜のような心持ちの中、意を決して改札を通り抜ければまた腰に腕が回り優しく抱き寄せられる。電車の中でも緩く抱き寄せられ、傍目にはいちゃいちゃアベックに見えたかもしれないと思うと酷く恥ずかしかった。
* * * *
「……」
「どうした?」
「え?な、なんでもない!」
いつもの道のりがやけに遠く感じられながらもようやくマンションに辿り着く。すると隣に立つ彼女が至極不思議そうな顔をしていたから聞いてみればぷるぷると首を振られた。首を傾げながらも玄関横にあるパネルを操作して鍵を差し込むとエレベーターに乗り込み自室へ向かう。開いた扉から彼女を先に入らせれば躯を硬直させたのが分かった。
「男の部屋に来るのも初めて?」
「う、うん」
すぐ後ろに立って耳元で囁かれると頬がかぁっと熱くなる。再び腰に回った腕がエスコートするように中へと招き入れられる。きちんと片付いたリビングには、これぞ真っ盛りな男!と思うようなものはなく、必要最低限のものだけが置かれて少々殺風景に見えた。思わず視線を巡らせているとちゅっと米神のあたりで音がする。
「!」
「シャワー浴びてこいよ」
「……へ?」
即ベッドルームに連れ込まれるのかと思えばそんな事を言ってくる。思わず顔を見上げると微笑を浮かべた若草色の瞳がじっと見下ろしてきた。
「俺は別に今すぐしても構わないが、女の子は気になるんだろ?」
そう囁かれると共に体に巻きついていた手が動いてシャツの合わせに指を差し込まれる。胸の谷間を自分ではない節くれだった硬い指が潜り込み背筋がぞくっと震えた。
「あっ、あび、たいっ」
「ん。じゃあこっちへどうぞ」
あわあわと焦りながら言葉にすればバスルームに通された。タオルを出した彼は「じゃあ、あとで」と言うとさっさと出て行ってしまう。
閉じた扉にジョセフはへたりと座り込んだ。こうなる事に興味があったのは確かなのだが、いざ体験するとなると尻込みしてしまう自分がいる。シャワーを浴びる間に覚悟を決めようと思ったのだが、斬首台に上がる階段に立たされた心地だった。
しかし事はもう転がり始めている。今更後戻りはできないのだ。きゅっと唇を噛みしめると意を決して服を脱ぎだした。
「……」
シャワーの音が聞こえてくる扉の前でシーザーは口元を覆い隠していた。と、いうのも、返ってくる反応がことごとく初心で可愛くて顔が弛みそうになっていたのだ。デレデレとした無様な顔を見せてなるものか、と内心必死だったわけだが、初めて見かけた時の女王様っぷりからかけ離れた可愛い仕草とのギャップに胸が打ち抜かれたのは疑いようのない真実だ。
その証拠に移動中はずっと腰に腕を回し、抱き寄せて、と、過剰とも言えるスキンシップを施してしまった。むしろそのくらいの接触を許容してもらえないと暴走に任せて公共の場で押し倒していたような予感がする。なにごともなく家に辿り着けてほっとしたのも束の間。玄関に入るなり借りてきた猫のようにぴっと背筋を伸ばした後ろ姿に、短い襟足から覗く項へ噛み付きそうになった。しかもうっかり差し込んだ指で感じた柔肌の感触にそのままシャツを引きちぎってしまいたい衝動に襲われる。
寸でのところで踏みとどまれたのだが……
「……マジになったかも……」
直感的に『組み敷きたい女』とは思ったが、今まで付き合ってきた女性の中にこんなにも抑えの利かない思いをした覚えがない。もたれた扉から聞こえるシャワーの音すらムラムラとさせてくる。この事実が何よりも証拠づけているように感じた。
「(童貞じゃあるまいし……落ち着け、落ち着け、俺!)」
離れがたい扉から無理やり背を浮かせてリビングのソファへと沈み込む。少しでも気を紛らわせようと読みかけの小説を手に取った。
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