彼女を見つけたのは本当に偶然だった。

 いつもは寄り付かない繁華街。その日はたまたま大学の友人の付き合いで一目ぼれした女の子が働いているというクラブへと来ていた。程よい時間になり、友人も丸く収まったようだし、と帰っていた途中。その路地裏を見たのは偶然以外の何でもなかった。
 壁に寄りかかった男の足元に女が座り込んでいる。薄暗闇でも分かる白いシャツにホットパンツをはいているようだ。イメクラか何かか?と思ったが、男の呻く声ばかりが聞こえてくる。なんとなしに配水管の影に隠れて様子を伺っていると男が果てたのだろう、耐え忍ぶような呻き声を最後に荒い息遣いばかりが聞こえてきた。
「ん〜?もうイったのかよ」
「ぅ……ぁ……ぁ……」
「随分濃いから相当溜まってんだねぇ?でも残念、まだベルは鳴ってないんだなぁ」
「そん、なっ」
「これ以上相手してほしいなら足でしてあげるけどぉ?結構なデカブツ咥えたから顎疲れたんだよね」
「ッく、うぅ!」
 再び聞こえてきた呻き声にちらりと覗いてみればむっちりとした質感のある太腿が男の股間を押し上げている。イった直後で敏感になっているからか、男の腰がカクカクと動いていた。けれど女越しに付いた腕がフルフルと振るえ一度ぎゅっと拳を作ったと思えば女の肩を掴みにかかる。押し倒すつもりなのだろう。
「ぐぁっ!」
「待ても出来ない駄犬が一丁前に餌を頬張ろうなんて生意気なことしてんじゃねぇよ」
「ぅぐ、ぐっ、うぅ〜」
「(ぅあ〜……ありゃ、いてぇわ)」
 強姦まがいな展開になる予感に割ってはいるべきか、否かを考えていると悲痛な声が聞こえてくる。驚いて覗き見れば持ち上げた膝で遠慮なく股間を押しつぶす姿があった。思わず自分のものを手で押さえてしまう。同じ男としてあの痛みは悶絶必至なのが見て分かる。
「ほら、大人しくケツ振ってイっちゃいな?」
 くすくすと笑う声に背筋がぞくりと震える。その震えは恐怖からのものではなく言い知れない高揚感と興奮からきたものだ。もちろん自分にマゾ気質などあるわけがないのは知っている。おそらくこれはあの『女』を組み敷いて支配したいと本能的に感じたからだ。
 どくどくと高鳴る心臓の音に混じって男のうめき声が聞こえた。また果てたらしい。そして恐らくはこれでおしまいなのだろう。短時間で二度も射精すると貧血に近い状態に追いやられる。そうしてそんな状態の男は彼女の欲を満たしはしないだろう、と思った。
「はぁい、よくイけましたぁン」
 ずるずると崩れ落ちる男から体を離して尚も笑う声はその口調に反してどこか冷めて聞こえた。やはり彼女自身は満足していないのだと確信を得る。
「じゃあねぇン」
 近くに置いてあったのだろうカバンを持ち上げてこちらに向かってくる雰囲気に慌てて通りへと戻ってくる。ついでに近くの壁に寄りかかって人待ち風を装った。ポケットからタバコを取り出し咥える。するとすぐ横を先ほどの女が何食わぬ顔で通り過ぎていった。
 ふわふわと跳ねた黒髪。ネオンの光を映し出す青い瞳はくるりとして丸く、グロスを塗ったような艶やかな唇はぽてりとしてあどけなさをかもし出す。けれど足を覆うニーハイソックスにほんの僅かだが白濁した液が付いていてドキリと胸が鳴った。思わず引きとめようとした手は寸でのところで届かず、彼女はこちらに全く気づく様子もなく繁華街の中へと消えていく。
「……クレイジー・ガール」
 ぽつりと呟いた言葉は誰に聞かれることもなく繁華街の雑踏の中へと溶けていった。

 * * * * *

 まだ眠気が抜けきらないのか、少々ぼんやりとした頭をどうにか切り替えようと目元にかかる金髪を掻き上げる。すると少し距離を置いた場所で屯していた女子高生が黄色い声を上げた。その方向へ翡翠色の瞳を向けると、万人受けする笑みを浮かべて手を振る。すると彼女達は顔をさっと赤らめながらもおずおずと振り返してくれた。

 これが青年、シーザー・アントニオ・ツェペリの毎朝の光景である。

 独り暮らしをしているマンションの最寄り駅から数駅離れた場所に自身が通う大学がある。経済学を学び、ゆくゆくは個人の店を持てるような職につきたいと思っていた。
 大学2年になり、単位もそこそこ稼ぎ、日々の生活に余裕が持てた頃だった。友人の相談に乗り、一緒に初めて繁華街へと足を踏み入れたのだ。そこそこ女遊びもしているシーザーだが、この前は友人の恋が上手くいくことばかりを考えて誰一人として声もかけずに帰ってきたのだ。同じサークル仲間が知れば、やれ「明日は槍が降る」だの、「天変地異の前触れ」だのと煩いだろうが、シーザーは義理厚い人間である。大学に入った当初はその見た目と女性慣れしている雰囲気に、男から嫌煙されていたのだが、昨夜一緒だった友人のおかげでいまや多くの男友達を得た。そのきっかけを作ってくれた男の力になりたいなんてのはシーザーにすれば当然のことだったのだ。

 そんな経緯を経て繁華街に行く事になったのだが、ここ数日間、ずっと今頭の中を占領しているのは友人が上手くことを運べてよかったという幸福感よりも強烈な印象を与えたあの女性の姿だった。
 女性は優しく慈しみ守ってあげなくてはならない存在としていたシーザーに彼女の存在は大きな衝撃だった。今までの自分の常識を覆し、守るのではなく対等に立てる、まるで好敵手のような存在に思えたのだ。
 最初こそあまりの衝撃に戸惑ったが、落ち着いてくれば会いたくてたまらなくなってくる。せめて姿を見るだけでも、とあの日から学校帰りに繁華街へ足を運ぶ毎日になった。しかしなかなか見つける事が出来ず、ようやく見つけたと思えば鴨を得た後で男と寄り添い歩いている姿であったり、見かけない日もあった。どうにか誰かを捕まえる前にひっかけられないか、と思うものの、猫のように気まぐれで行動やテリトリーが曖昧で分からない。うっかり粘りすぎて徹夜で張り込んでしまうこともある。
 このままじゃ埒が明かないな、とあくびをかみ殺していると軽やかな靴音が近づいてくる。
「おはよー!シーザー!」
 明るい呼びかけの声に顔を上げると、朝の明るい日の光に負けないくらい眩しい笑顔があった。実家のご近所だったスージーQで年下の彼女は妹のような存在だった。現在独り暮らしをしているシーザーのように彼女も実家から出てきており、駅前の親戚が営む飲食店で看板娘をしている。
「おはよう、スージー」
 微笑みかけてくる彼女にシーザーも微笑み返して頭を撫でてやる。すると途端にぷ、と頬を膨らませた。
「もぉ、シーザーったら!あたしもう小さい子供じゃないのよ?」
「あぁ、立派なシニョリーナだな」
「そうよ、もう18なんですからね」
「けど可愛い妹を目の前に今更やめることはできないな」
「ん〜……しょうがないなぁ」
 スージー自身も面倒見のいいおにいちゃんとして付き合っていたシーザーを相手に邪険には出来ないらしい。それに彼女くらいではないだろうか。女性を魅了する声音で話しかけてもうっとりと酔いしれた雰囲気になってくれない女性は。
 そんな事を考えているとホームに電車が滑り込んできた。通勤するサラリーマンや登校する学生がそれなりに乗った電車は朝の定番の光景だ。さっそく乗り込むかと足を踏み出すとスージーが動かないままだ。
「乗らないのか?」
「うん。今日はたまたま早く出てきただけであたし次の電車なの」
「この電車で行っても変わらないんだろ?」
「そうなんだけどね。友達と待ち合わせてるから」
「そうか。気をつけてな」
「うん、いってらっしゃーい」
 にこやかな笑みで手を振ってくれるスージーに手を振り返して電車に乗り込んだ。そうすればすぐに扉は閉まり緩やかに走り始める。流れる窓の景色をぼんやりと見ながら今日の帰りもあの繁華街へ行ってみようか、と思い立った。
 一方、ホームに残ったスージーは改札口の方を見つめていた。時間からしてそろそろ来る頃だ。
「あ、きたきた」
「おっはー、スージー!」
 元気よく駆け寄ってきたのは大親友の女の子だ。
 あちこちと自由に跳ねる髪、くりくりとした青い瞳。ウェスト部分を巻きあげて短くしたスカートから健康的な足が惜しげもなく晒され、顔には満面の笑みが浮かべられていた。
 そう、雰囲気は違えどシーザーが繁華街で見た女性、その人だ。

 ジョセフィーヌ・ジョースターという名の彼女は、黙って立っていれば誰もが振り向く美少女なのだが、いかんせんガサツで男勝りな面が強く、話し言葉も男子と変わりない。なのでよく男子生徒に「男女」だとか「オカマ」だとか言ってからかわれていた。当人もそんなからかい言葉に落ち込むこともなく「うっせーよ、ガキども」と返していたのだ。そんな調子で彼氏はおろか、男友達も出来ず、表裏なくさっぱりした性格も手伝って女子から絶大な人気ばかりが伸びる一方。ますます男子からの嫌がらせがエスカレートするところだ。
 しかし、そんな毎日がスージーとの出会いでころりと変わってしまった。高校二年のクラス替えで同じクラスになった二人は見た目の正反対な雰囲気と面識のない事も手伝って単なるクラスメイトだった。
 特に何の接触もなく過ぎていったある日。いつもと同じようにクラスで女子と談笑していると男子が「男女のハーレムが目障りだ」、「女のくせに侍らせてんじゃねぇよ」などと言ってゲラゲラ笑い始めた。ジョセフとしてはいつも事、と無視を決め込み心配そうに見つめる女生徒にも気にすることないよ、と言っていた。けれど突如派手な音が教室に響き渡ったのだ。慌てて振り向いてみれば、端の席で大人しく読書をしていたスージーが男子生徒目掛けて椅子を投げている。常に穏やかな印象しかなかった彼女の顔は鬼のごとく怒りに満ち、男子生徒を睨みつけていた。
「女の子になんて失礼なの!謝りなさいッ!」
「なっ、なんだよ、急に!」
 悪気も反省の色も見せない男子にスージーの怒りはますますヒートアップしたようで、更に近くの椅子をひょいと持ち上げた。
「女の子はみんな生まれながらに可愛い女の子なの!」
「はぁ?」
「優しく慈しんで守ってくれる紳士に愛されてうんと可愛くなるのよ!そんなことも分からないくせにくだらないこと言わないで!!」
 歯が浮きそうなセリフを並べ切ると持ち上げられた椅子が男子生徒の近くの机へと激突していく。そんな光景を唖然とみていたのだが、掃除道具入れから箒を持ち出したスージーが容赦なく叩きに行く姿に慌てて止めに入った。男子とて反撃しようと試みるのだが、毎晩ジョッキを片手にいくつも持ち上げ歩きまわる彼女の振りかぶる箒は低く唸りつつぶんぶんと絶え間なく振り回されている。それを後ろから羽交い締めにしたジョセフはなんとか怪我人を作らずに済んでホッとした。のだが……
「ジョースターさんもあんなこと言われて平気な顔してちゃダメ!!」
「えぇ〜?」
 怒りの矛先が自分にも向けられていた。まだ振り回そうと躍起になる腕をどうにか抱きしめて封じたものの、少しでも力を弛めたら即座にまた暴れ出しそうだ。離してなるものか、とさらに深く抱きこむとつり上がった瞳がぐるりと向きを変えて見上げてくる。
「傷つかないはずなんてないんだもの!我慢なんかしちゃダメよ!心が痛いでしょ?一人になって泣いてない?」
「……あー……と」
 むしろ今君の方が泣きそうだぜ、と軽口を叩ける雰囲気もなく。ちらりと見た男子生徒も半信半疑といった表情だ。
「泣いてなんかない、けど」
「ほらみろ、男女なんだからとうぜ……」
 素直に告げると男子生徒が茶々を入れてきた。それをスージーが一睨みして黙らせてしまう。自分よりうんと小さい可憐な少女なのにとても強い彼女に自然と頬が弛んだ。そうして縋りつくように抱きしめる腕へ力を込めてぽつりと囁く。
「傷ついてないなんてことも、ない」
 強くあるためにひた隠していた本音を零すのは思ったよりも心を軽くすることなのだ、とこの時初めて知った。
 広がり続けた沈黙は鳴り響くチャイムに皆がすごすごと教室に戻った途端、消えていった。腕の中で振り向いたスージーはやっぱり今にも泣きそうで。授業に来た先生に彼女を保健室に連れていくと言って二人して一時間授業をばっくれた。翌日には男子生徒がこちらをちらちら見ることはあるものの、もうからかう言葉をかけられることはなくなった。

 そんな出来事を経て今ではジョジョ、スージー、と呼びあう唯一無二の大親友になったのだ。
「今日の髪型も可愛いぜ、スージー」
「ありがと!ジョジョこそ、今日も元気いっぱいで可愛いわよ」
「さぁんきゅっ!」
 親友となってからこれが二人の朝の挨拶だ。「女の子は可愛いって言われてうんと可愛くなるの」という誰からの入れ知恵なのか分からないスージーの持論に従って、二人は互いに可愛いと言い合っている。本当は彼氏に言われるのがいいらしいのだが、二人ともいないので互いに言い合っているのだ。
「ね、ジョジョ。今日の帰りはどうするの?」
「ん〜……今日は寄り道して帰ろうかな。そろそろ夏の新作とか出てると思うし」
 その言葉にジョセフを視線を泳がせた。
 実をいうと、繁華街で男を引っかけているのをスージーには話していない。純情可憐な彼女に話すのは気が引けたし、自分がひどく汚れた存在に思えて曝け出すのが躊躇われた。なので彼女には同じ駅の反対側にあるショッピングモールに行くと言っている。お店が休みの時は一緒に向かっている場所なので疑われる心配も少ないのだ。
「そっか。じゃ、あんまり遅くならないようにね」
「分かってますよ〜ん」
 にかっと笑いつつ、心の中でひっそりと謝った。



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