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最終章『神の火』


穏やかな毎日が、流れていく。勿論日々闘いに明け暮れてはいるのだから、こ
の表現は正しくないのかもしれない。しかしここ暫く焔一行は四人の前に姿を
現すことはなく、悟空の心を揺り動かしていた不安定な感情の波も、すっかり
成りを潜めていた。騒いで、はしゃいで、時にはじゃれ合いのようなケンカも
あって、でもやっぱり共に闘って。
それまでと同じとおりの、旅の日々だった。


そんな安定を取り戻したある夜のこと。珍しく一人部屋を取ることの出来た四
人は、それぞれに割り当てられた部屋で休んでいた。
夜中になって、悟空はふと目を覚ました。近頃は大分気持ちも落ち着いていた
のでこんな時間に起きることは久しぶりだったのだが───『何か』に、呼ば
れている気がした。
そして自分の思い違いでなければ、その相手はきっと…。
悟空は大きく息を一つ吐いて、皆から気取られぬよう窓からそっと抜け出した。


ひっそりと静まった街の中を駆け抜け、少し入り組んだ森へと入って行く。悟
空自身、自分が向かっている先がわかっているわけではない。しかし、確信は
あった。辿り着く場所には間違いなく、自分を待つ者が存在するのだと。
周りの木々よりも一際大きな木の下に、その人影はあった。ゆっくりとこちら
に向けられる、深い蒼と金の瞳───焔、だった。口許に微かな笑みを浮かべ
「久しぶりだな」と声をかけてくる。
「…俺を…呼んだだろう?」
一度は自分を気を失うほど叩きのめした男を、悟空は臆することなく見上げる。
思い違いなどではない。自分に呼びかけたのは、この『声』だ。
「…お前に朗報があってな。喜ぶがいい、俺達が金蝉…三蔵の経文を狙う必要
はなくなった。」
「え…?何言ってんだ…?」
「別の天地開元経文が手に入ったんでな。そちらを探すのに少々時間が掛かっ
たので、暫くお前達の元には姿を現さなかったのだが…安心したろう?俺達は
もう、三蔵の『敵』ではなくなったということだ。」
焔の言葉がきちんとした意味を持って悟空の頭に届くには、暫く時間が掛かっ
た。焔は魔天経文は要らなくなったのだと言う。それはつまり、もう自分達の
元を訪れる必要はないということを示している。悟空は心の何処かで僅かに動
揺している自分に驚いた。
何故動揺する必要がある?これで旅は本来の目的だけに戻る。自分の日常も戻
る。悟浄とふざけ合い、三蔵に叱られ、八戒に宥められて…そんな風に過ごし
ていく、当たり前の毎日が。それでいいのだ。それこそを、自分は望んでいた
はずだ。
「だがな悟空…経文が不要になったことと、俺がお前を欲しいという事実とは、
話が別だ。」
悟空の心の揺らぎを見透かしたかのように、焔は淡々と告げる。そんな焔に、
悟空はどう反応を返したらいいのかわからない。焔は一歩足を踏み出し、悟空
との距離を縮めた。
「…天界の封印が解けぬ限り、お前が思い出すことはないだろうが…俺とお前
は一つ、ある『誓い』を立てている。」
「『誓い』…?何の…?」
「いつか時が満ちたら…その時俺達は『共犯者』になるという『誓い』だ。」
互いの金の瞳が、正面からぶつかり合う。『共犯者』という言葉に、悟空の頭
は反応を示した。
突然フラッシュバックのように、一つの光景が脳裏に甦る。
鮮やかな花の咲き乱れる草原。今よりもずっと幼い自分。太陽を背にして目の
前に立った男。額の金鈷にそっと触れた手。あの時男は…何と言った…?

『…また再び出逢う時が来たら…そうしたらその時こそは、俺の「共犯者」に
なってくれ。』

その一言を残して、風のように消えた男。彼の右眼に瞬いていた、金の光。
悟空は無意識のうちに、緩慢な動作で焔へと手を伸ばした。差し出された手を、
焔は指を絡めるようにして強く握り込む。
その瞬間───閉じられていた蓋が、開いた。

五行山を下りて、三蔵の存在以外に拠り所のなかった自分。
「お前に会いに来た」と笑った男。
「すまない」と呟いた、消え入りそうな声。
その胸から流れ込んできた、数え切れないほどの、痛み、痛み、痛み。

「俺が記憶を開く前に、自力で思い出したか…『共犯者』という誓いの言葉は、
お前の頭の片隅に残っていたんだな…あの日の草原での出来事を思い出したの
なら、覚えているな。俺は確かこう言ったはずだ…『俺はきっとまた、お前に
会いに来る。その時はもう決して、お前の手を離さない』…と。」
あの日と同じく凛とした響きの声が、悟空の耳に届く。覚えている。五百年も
の間、自分を覚えていてくれた焔。どうしても思い出せなくて、そんな自分が
歯痒くて、胸が痛んだこと。
今にも泣き出しそうに顔を歪めた悟空を、焔はごく軽い動作で後ろへと押す。
さして力の入っていない身体は、あっさりと柔らかな草むらの上に倒れこんだ。
日頃の圧倒的な戦闘力からは想像出来ないくらい頼りなげな身体を抑え込むよ
うにして、焔は半ば茫然と自分を見上げる金の双眼を覗き込んだ。
「逃げないのか…?今逃げなければ、俺はもう二度とお前を逃がさない。」
自分と同じ輝きを片方だけ持つその瞳を見上げたまま、悟空はゆるゆると首を
振った。
「…逃げらんねぇよ…だって今逃げたら…お前きっと、壊れちゃう気がする…
だから、逃げらんない…」
「それは、憐れみか…?」
「そんなんじゃ、ない…そんな簡単に割り切れることだったら、きっとこんな
につらくない…」

それぞれが抱えてきた五百年という空虚
『災い』と忌み嫌われるその瞳でみつめ続けた
何処まで行っても自分の存在を受け入れない『世界』
そして、気が違いそうなほど待ち焦がれた『救い』───

焔の熱の低い唇がそっと額に触れる。それを合図にして、悟空は静かに瞼を閉
じた。


何かを確かめるようにして呼びかけてくる声は穏やかで。でもその響きはとて
つもなく真剣で。鎖に囚われたままの腕は、泣きたくなるくらい優しくて。
おそらくはこの世界で敵う者などいないであろう圧倒的な力を持つ闘神である
はずの彼が、ちっぽけな子供のような目をしてみつめてくるから。
だから悟空はありったけの想いをこめてその名を呼んだ。ふと胸に湧き上がる
切ない痛みを押し隠しながら、ひたすらに目の前の相手だけを金の瞳に映した。
その漆黒の髪に指を絡ませた時。一瞬だけ脳裏を掠めた太陽の光は、巻き込ま
れた大きなうねりの中で、霞んで消えた───。


気だるさを残す身体を起こして、服に袖を通す。何気なく視線を向けた二の腕
の内側にぽっかりと浮かぶ名残の紅が、目に沁みた。背中から柔らかく抱き寄
せてくる腕に、悟空は素直に身を凭せ掛けた。
「…ずーっと前…もう誰が教えてくれたのかも忘れちゃった、遠い国の昔話…
人は神様から『火』を盗んだんだ…それは一番最初の『罪』で…『裏切り』な
んだって…天界から焔を盗んだら、俺も『罪人』になるのかな…」
儚い声での呟きの後、悟空は振り返って焔を見上げる。焔は瞳を輝かせ、やが
て緩やかに笑った。
「…他人に運命を左右されることなど御免だが…お前になら、盗まれてやって
もいい。」
如何にも焔らしい物言いに、悟空も小さく笑い返した。
「ホントに…?」
「あぁ…俺は俺を縛りつけた『天』を捨て、お前はお前を閉じ込めた『地』を
捨てる。そして俺達は…この世界中で二人きりの、『裏切り者』になる。」
焔は未だ子供らしい線を残す悟空の頬に口づけてから、その身体を解放した。
「さぁ、夜が明ける…そろそろ戻った方がいい。」
「俺…このまま一緒に行ってもいいよ…?」
焔を見上げたまま、悟空は平素と変わらぬ口調でそう告げた。心の中で決意が
固まった以上、それがいつになっても、もう同じだと思った。
「そうか…?だがお前も、やり残したこともあるだろう。次の月が満ちたら…
また迎えに来る。」
もう一度悟空の頬に口づけを落とし、焔はそこから姿を消した。一人残される
形となった悟空もゆっくりと立ち上がり、緩やかな足取りで森を後にした。


次の満月までの残りの日々を、悟空は特に変わりなく過ごした。特別何かをし
ようとは思わなかったし、何かを残そうとも思わなかった。
全てが過ぎ去った後、この仲間達は自分を『裏切り者』だと詰るだろうか。
そんなことを思うとほんの少し胸は痛んだけれど…もう迷ってはいなかった。
この選択が間違いだとしても、後戻りはすまいと決めていた。それがどんな結
果になったとしても、あの男が背負う宿命の全てを、共に受け入れようと。
たった一つその決意だけが、今、悟空の持つ全てだった。

そして───運命の満月の夜は、訪れた。

その夜、悟空は眠りに就くことなく焔を待った。自らが天から盗もうと決めた、
『神の火』を。
大きく窓を開け、満月を見上げる。不意に、耳元で風が鳴った。
(来た─────)
窓枠を乗り越えて、悟空は外へと飛び出す。殊更気配を消したりはしない。誰
かが気付いたとしても、それはそれでもう構わないと思っていた。
蒼白い光が、音も無く天から降りてくる───『神の火』の、降臨だった。
ゆうるりと大地に降り立った焔が笑いかける。悟空は何かに急かされるように
焔の元に駆け寄り、躊躇うことなくその胸に飛び込んだ。焔も当然のようにそ
れを受け止め、小柄な身体を抱きしめ返した。
「…やり残してきたことは済ませてきたか?」
「…別に、何も。ただいつもどおりに旅して、バカ話して、メシ食って…そん
だけ。」
焔が優しい手つきで悟空の前髪をかき上げる。悟空はくすぐったそうに小さく
肩を竦めた。
「何に『誓い』を立てたかは、思い出せたか?」
「…俺達だけの…『印』に…?」
確認を求めるような悟空の答えに、焔は満足げに笑って頷く。そんな焔の様子
に、悟空も嬉しそうに笑い返した。焔の端正な顔が、ゆっくりと近付いてくる。
唇が瞼に触れようとした、その時。

─────!!

突然響いた、一発の銃声。しかし放たれた銃弾は標的とした人物に届くことな
く、周囲を包む空気に拒まれるようにして、呆気なく地面に落ちた。
「危ないな…こいつに当ったらどうする?」
軽くからかいを含んだ声が、銃弾を打ち込んだ相手に向けられる。
「邪魔が入ると面倒なんで、一応結界を張ったんだがな…やはりお前には効か
なかったか。」
焔は顔を上げ、そちらへと目線を向けた。まだ硝煙の立ち昇る銃を構えたまま
の三蔵は、凍りつくような眼差しで焔を睨んでいた。
「その手を離せ。」
今まで聞いたこともないほどに昏い三蔵の声音に、悟空の身体が僅かに震える。
しかしそれでも悟空は焔の胸から顔を上げなかった。
「そんな物を振りかざしたところで、こいつはもうお前の元には戻らない。俺
達は『俺達だけの場所』を手に入れる…俺達の存在を拒み、弾き出した、神と
やらが作りたもうたこの世界を、今度は俺達が捨てるんだ。そして俺達はこの
世界中で唯二人きりの『共犯者』になる…そうだな、悟空…?」
世界中で二人きりの『共犯者』───それこそが、二人が五百年の歳月を越え
て交わした『誓い』。
「うん…」
悟空は焔の蒼と金の瞳を見上げ、あどけなく微笑った。
「───悟空」
深く静かな声が、悟空を呼ぶ。悟空はこの時初めて三蔵を振り返った。臆する
ことなく三蔵をみつめる澄んだ瞳。そこには最早迷いや葛藤の色は見られない。
三蔵は銃を懐にしまい、その左手を悟空に向かって差し出した。
「それがお前の望みなら、共に堕ちてやる。俺も共に堕ちるから…もう一度、
この手を取れ。」
満月の下、三蔵の髪がその光を受けて眩い輝きを放つ。悟空はそれをひどく遠
いもののようにみつめ、微笑ったまま首を横に振った。
「…それは、無理だよ…三蔵は、『太陽』だから。世界で一番キレイな、俺の
『太陽』だから…『罪人』になんてならないよ。」

何物にも侵されることなく恒久的な光を放ち続ける、
誇り高い孤高の『太陽』───

「俺には…お前と『共犯者』になる資格が無いのか?」
何処か絶望的なものを含んだ声が、悟空の鼓膜を震わせる。悟空は哀しげな瞳
で、それでも笑った。
「…人は神様から『火』を盗むことは出来たけど…『太陽』は盗めなかったん
だよ…」

『太陽』は遍く全てを照らすもの 誰かが閉じ込めようとすれば
それは『太陽』ではなくなってしまう───…

「バイバイ、三蔵…」
不似合いなほど静かな声で告げられた、別れの言葉。それを合図とするように、
次の瞬間、二人の姿は幻のように消えた。
茫然と立ち尽くす三蔵は、悟空の消えてしまった場所を、いつまでもいつまで
もみつめ続けていた─────。


「…本当にこれでよかったのか?」
「今になってそんなコト訊くかぁ…?お前ってスゲェ強気なトコと妙に気弱な
トコとごった混ぜなのな…まぁそーゆーのも『らしい』って気もするけど。」
念を押すような焔の問い掛けに、悟空は屈託なく笑う。
「あいつはお前の『太陽』なのだろう…?」
「うん…それは、ずっとそう…どれだけ遠くに離れても、これでもう二度と会
わなくても…それは、きっとずーっと変わらない…。」
こうして自分の手を選んでも、悟空の胸の奥底で『太陽』に焦がれる想いは変
わることなく存在し続けるのだろうと、焔は思う。自分の心の中から花の中で
笑う唯一人の女性が、決して消えることのないように。
悟空の金の瞳が真っ直ぐに焔を見上げる。悟空は焔の首に腕を回し、自分から
その身体を抱き寄せた。
「これからは…『ふたり』だから。一緒に笑ったり、泣いたり、怒ったり…幾
らでも、沢山出来るから。だから…『痛い』ことすらわかんなくなったなんて、
そんな淋しいこと…もう言うなよ…」
「悟空…」
「俺…ここにいるから。お前といるから。だからもう恐れないで、何も……」
全てを許すように、包み込むように、悟空が笑う。自らの表情の変化を悟られ
まいと俯く焔は、無言のまま悟空を抱きしめる腕に力を込める。五百年越しで
果たされた『誓い』を確かめ合おうと、二人はどちらからともなくその『印』
である互いの瞳へと口づけを落とした。



それから後のこと───。天地開元経文の力を用い、焔はかつて何人たりとも
開いたことのなかった『新天地』の門を開いた。そして。


神から『火』を盗んだ大地の申し子と、天に背き『太陽』を裏切らせた男は、
過去も未来も、始まりも終わりも、誕生も消滅も存在しない、その瞳に互いの
姿だけを映す、果ての無い『楽園』を手に入れた─────。



『神の火』・完


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《後書き》
この本を作ったのは最初のアニメが終わった年の夏でした。「このタイミング
を逃したら、もう二度と出せない」と思い、シャカリキになって書いた記憶が
あります(笑)この話を書こうと思ったきっかけはたった一点、『焔』という
名前にありました。この名前からプロメテウスの話をモチーフにしようと決め
たわけで、だからもし彼が全く違う名前であったなら、どれほど美味しいポジ
ションの美形であろうと、どれほど森川さんの声がバッチリであろうと、私が
この話を書くことはなかったでしょう。
そしておそらくあれだけ「可哀相~」って色々な人に言ってもらえた三蔵さん
は、これが最初で最後でしょう(笑)何が凄いって三空でも何でもないMりん
にまで「裏切られるって露ほども思ってない分可哀相」と言われましたからね、
この人(苦笑)
1球限りのフォークボールみたいな話に最後までお付き合い頂いた懐深い皆様、
どうもありがとうございました。




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