恋の仕方を教えて * 22

 目が覚めるまでの間にどんな夢を見ていたかはもう覚えていないが、喧しい目覚ましの音を聞いて起きて早々、倦怠感を覚えていた。――眠っているときにもずっと考え事でもしていたかのように頭が重い。体全体に重圧を掛けられているようで、起きあがる気がしない。その原因が昨日の悟志とのやり取りであることは間違いなかった。昨晩はあれから悟志のことが気に掛かってしまって、何をしていても手に着かなかったのだ。
「う……」
 かと言って寝ているわけにもいかない。貴幸は毛布を剥いで身を起こした。途端、ぐわんと反響するような頭痛に襲われる。気分が重い。心臓を緩く締め付けられているようにすっきりしない。
(悟志の奴は……どうしてるかな)
 パジャマのボタンを外しながら、貴幸は悟志のことを思った。
 あのあと、悟志はどんな気持ちで家へ帰ったのだろう。無事に寝られただろうか。寝られなくて、今朝も寝過ごしていたりしないだろうか。昨日見せたような動揺は、もう落ち着いただろうか――。
 考えるうちに頭は現実感を取り戻していく。貴幸は手早く準備を整え、家を出た。起きたときにはあんなに怠かったのに、余計なことをしなかったせいで、準備に掛かった時間はいつもより短いほどだった。
 通学路に悟志はいない。日ごろより早く出たのだから当然だ。それでもつい貴幸は、どこかに彼が歩いていやしないかと、思わず周囲に目をやってしまうのだった。だが結局、彼の姿を道の途中に見つけることはなかった。
 教室へ着いても同級生はまだあまり来ていなかった。特にすることもないので自分の席でぼうっとする。そのうちに生徒の数も増えてきて、教室が騒がしくなる。
 あらかた生徒が来たところで、入り口のドアを引いて加奈子が入ってきた。彼女はすぐに貴幸に気がつき、赤い顔で戸惑ったように視線を彷徨わせたあと、小さく片手を振った。その口元にはぎこちないながらも笑みが浮かび、瞳も細められている。
 貴幸も同じように手を振り返した。安心したように加奈子は笑みを深め、自分の机へと向かっていく。
 こうしてまた一日が始まり、そして終わっていった。
 その日の帰り道にも翌週に入ってからの登下校でも、その次の日にも悟志を通学路で見かけることはなかった。
 水曜には生徒会による全校集会が行われた。大して変わったところのない、いつもの集まりである。書記を務めている悟志も当然のように全校生徒の前に立ち、各種プリントを回したり、ちょっとした連絡事項を伝えたりと役目を果たしていた。悟志は口元に落ち着いた笑みを浮かべて整然と話し、まるで先週に見せた動揺した姿など嘘のようにきちんと仕事をこなしていた。
 プリントを受け取る前後で貴幸のクラスの女子たちはひそひそと何事かを話していた。時に高い声を上げつつ交わされたその会話の内容は、三村くんこっち来たよぉ、きゃあ次うちのクラスだよ、やだあ相変わらず格好いい! ――などというものだ。悟志は恐らくその会話が聞こえているだろうに、彼女たちにも穏やかな笑顔でペコリと頭を下げて用紙の束を渡すのみで、そうして騒がれることへの慣れすら感じさせる対応だった。貴幸の方など一度も見なかった。
 更にその次の日、つまり木曜には彼から貴幸にメールが届いた。『用事ができたので、今週は行けません。』――たったのそれだけ。

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