イジメダメゼッタイ。 * 10

「んっ……、んんっ、…あっ……」
 ビデオカメラに向かってM字型に脚を開きながら、佐伯はアナルオナニーに励んでいた。
 ペニスには一切、触れてはいけないと言われている。あくまで肛門への刺激だけで達しなくてはならないのだ。――それも、自分が犯されている映像を見ながら。
『おらっ! 休んでんじゃねえぞ、ケツマンコ締めろ!』
『ひっ――あっ、あああっ! うあああ、ひいっ! あああーっ!』
 ビデオの横に置かれたノートパソコンからは、耳を塞ぎたくなるような音と声が鳴っている。画面内に映っている痴態をとても見ていられず、佐伯は思わず顔を逸らしてしまいそうになった。
 けれどそれは許されていない。画面を凝視し続けなければ、更に恐ろしいことになってしまう。
「……っく…」
 ずぶずぶと指を入れ、抜き、それを高速で繰り返す。それでもこんな恐ろしい映像が流れている前では、達することなどとてもできそうになかった。

******

 木戸と松原が、佐伯のアパートにあったノートパソコンを持ってきたのは今から数十分前のことだった。
 彼らは歯ブラシを持ち込んできて以来、佐伯の部屋へ侵入していることを隠さなくなった。やって来るたび、佐伯の部屋が汚いだとか、冷凍食品ばかりだとか、サインの練習がしてあるノートがあるだとか言っては嘲笑した。
 リラックスできる、自分だけのプライベートな空間。その場所が奴らに侵されたことを知り佐伯の体はどうしようもなくガタガタと震えた。もう、これから先、自分のアパートへと帰れることがあってもそこは既に彼らが踏み込んでしまった場所なのだ。どうしようもない不浄な空間にされてしまったのだ。
(帰れることが、『あっても』……?)
 自身が思い浮かべた内容に佐伯は愕然とした。何を考えているのだ、自分は――。心の奥底で、もう帰れないと思ってしまっているのだろうか。
(そんなはずがない)
 帰れるはずだ、あと少し、あと少し耐えさえすれば。そして解放されたら即座に警察へ駆け込んで、この二人を逮捕してもらうのだ。
 ……そう思おうとはしても、それでも、こんな惨いことをされ続ければどうしたって胸のうちからは希望が消えていく。
 室内に貼られる写真は日々、増え続けていた。それもただ増えていくだけではない。ある程度まで数が増えたところで、比較ができるよう、日付順に並べられるようになったのだ。強姦の前と、後。前日と翌日。閉じた穴の横には、開ききって精液を注がれた肛門が並ぶ。しかも日を増すごとに、穴は閉じ切らなくなっていっていた。
 佐伯は二人がいないとき、この部屋でぼうっとしているしかない。そうすればずっと目を閉じているわけにはいかず、どうしても見えてしまうのだ。大写しになった自身の肛門や、挿入されている最中の写真、叫ぶ自分の顔が。
 信じたくないという思いから、却ってまじまじと見てしまうことすらあった。それで余計に打ちのめされるのだ。壁に貼られているのは間違いのない事実、自分は実際、彼らの性器でここまで尻の穴を拡げられてしまったのだと。
「ほら、見ろよ」
 ある日、二人はノートパソコンを持ってきた。当然のように佐伯の部屋にあった私物だった。彼らはネット用のLANケーブルも持ってきており、それを繋いでパソコンを起動した。インターネットの接続環境は整っているらしい。目の前で佐伯は、登録しているブックマークサイトを開かれるという辱めを受けた。
「うっわ、こいつ、高校時代にちょっとモデルやってただけの雑誌のサイトを『仕事関係』ってフォルダに入れてるよ!」
「痛いなー。あ、これ、エロサイトっぽくないか? ……ああ、やっぱり。しかもAVを違法アップロードしてるサイトかよ。こういうの見てマス掻いてんなんて、終わってんな!」
「やめろよ、見るな……! 人のパソコン勝手にいじってんじゃねえよ!」
 完全に正論を言っているはずだった。それなのに彼らは、佐伯が無茶苦茶なことを言い出したかのように、一瞬だけちらりと見下した目を向けてきただけ。またすぐに、かちゃかちゃとマウスをいじり始めた。
「へえ。このサイト、最近見た動画の履歴が残るのか。この最新のやつが最後にオカズにしたやつなわけ?」
「何だっていいだろ……そんなの、見るなよ…」
 弱々しくかぶりを振り、泣きそうな顔で二人のことを見つめることしかできない。いっそ顔を逸らして耳を塞いでしまった方が気持ちの上では楽なのかもしれないが、目を逸らすことはどうしても不安で、思わず不安から正面を注視してしまう。
 木戸が笑った。
「あ、そうだ。じゃあこの動画見ながら今からオナニーしろよ。俺らの目の前でチンポ扱くんだよ」
「…………嫌だ」
 拒絶はしたが、その声には力がない。この状況になって何日、もしくは何週間が経ったのか、時計も何もないこの部屋では分からないが、その中で佐伯は学んだのだ。奴らに逆らっても無駄。結局は二人の望むことを強要されるのだと。
 案の定松原は、にやにやと笑ってこう言った。
「へえ。じゃ、今日は飯抜きだな」
「くっ……」
 悲嘆に佐伯は、情けない顔をして眉を寄せてしまう。ほら、結局はやるしかないのだ。
 かちりとマウスの音がした。
「ほらほら。開いたぞ?今、全画面モードにしてやるからな。そしたらすぐにシコり出すんだぞ。その粗末なチンポを目の前で扱いてみせるんだ」
 あっ、ああん。即座にパソコンからは音声が流れ、動画が再生され始めた。佐伯はのろのろとした動作で萎えたペニスに手を伸ばし、それに手を回して腕を上下させ始めた。
「…………」
 無表情で。無言で。画面の中で、大きな胸を揺らし、顔を歪ませて喘ぐ女優のことが、今は何か汚いものであるように思えた。
 そんな精神状態で行う自慰に、快感や興奮が伴うはずもない。次第、室内には白けた空気が漂いだした。
「なんか、いまいち盛り上がんねえな」
「ああ。何の反応もなくチンコ扱いてるとこ見せられても、気持ち悪いだけでスカッとしない」
 自分で命令をしておきながら、まるで佐伯が悪いかのような言い方をする。自分の無反応に彼らの興が冷めていることを知り、佐伯は意識して淡々とペニスを扱き続けた。
 木戸と松原は、暫し無言で不満げに腕を組んでいたが、途中で一度目配せをして頷き合った。
「仕方ねえ。あのサイト見せてやれよ」
「分かった」
 木戸が腰を屈め、再びマウスを操作し始める。するとカチカチという音のあとにテキストエディタが開かれた。彼はその中から短い文字列をコピーし、ブラウザのURL欄に貼り付ける。何が始まるのかと佐伯は警戒を強めた。……表示されたのは画像掲示板だった。動かしていた腕を止め、眉を顰める。
「よく見ろよ」
 ぐいっと松原が後頭部を鷲づかみにし、強引にパソコンの近くへと体を押していく。パソコンはベッドの上に置かれていた。そのすぐ近くまで佐伯は頭を持っていかれ、それから、うっと息を詰まらせた。
 遠目に見た雰囲気では、それがアダルト専門の画像掲示板だということしか分からなかった。肌色率の高い画像が並び、それに対して一行程度の短いコメントが並ぶ。近づけられてみて初めて分かった。その一番上、最新の投稿画像は――自分の写真だ。
「なっ、なんっ、なん、なんっ、だよっこれ!」
 激しく狼狽しながら佐伯はめちゃくちゃに頭を振り乱し、にやつく二人のことを強ばった表情で見回した。
 自分の写真。一言で表せばそれだけのことだが、具体的に言うならばその写真は、尻が大写しにされた写真だった。もっと詳しく表すのならばその間。つまりはアヌスがアップになった画像である。しかも一枚だけではない。一番始め、強姦される前に撮られたしっかり閉じたアヌスと、強姦後のものを並べて一枚にしたものがアップロードされていた。ぽかりと開いた内側の赤い襞、内部に出された大量の精液。そして画像の下方にはそれまで入っていたペニスが、正に『たった今までこれが、この穴に入っていた』と主張するかのように映されている。
「嘘だっ! 嘘だああ! おま、っまえら、まさっ、これ!」
 歯の根ががちがちと合わなくなり、半狂乱になって佐伯は叫ぶ。まさか――自分のレイプされている画像が、強姦魔二人だけではなく、全世界に発信されたというのか!
 それは恐怖などという生優しいものではなかった。人生が終わってしまったかのような感覚に近かった。ただ画像を公開されたこと自体が辛かった上に、それを何十人では済まない他人が見たのだ。
 画像の近くには閲覧数が表示されていた。とても信じられないような数がそこには表示されていた。……そんなに大勢が、自分の尻を、それも、閉じたところと弛みきってしまった両方を、比較して見たのだ!
「まさか? って、何が『まさか』なんだよ。見れば明らかだろ? この画像は本当に公開されたんだよ。ほら、コメントもよく見ろよ」
「うあっ……!」
 佐伯は引きつった。そこには、アダルト掲示板ならではの、低俗で直接的なコメントが大量に並んでいたのだ。
『グロ画像キタコレ!!!ホモセクロスキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!』
『すげーw下に映ってるチンコが入ってたのかwしかし何発ヤッてんだよwww』
『3回抜きますた(*´Д`*)ハァハァハァ』
『腐女子帰れよ!ホモ画像貼ってんじゃねえぞ、チンコ萎えたわ氏ね!!』
『ちょっと詳しい奴なら分かるだろうけどこの精液は作りだよ。俺には分かる』
『お〜、いいね〜、エロい。他の画像もキボンヌ(藁』
 ずらずらと並ぶ下劣な言葉。中には、保存したと書き込んでいる者や、興奮したようにひたすら卑猥な言葉を並べ立てている者もいる。あの画像が、こんなどうしようもない品性の奴らに見られ、しかも中にはそれで達したという者までがいる。事実の重さを認識したら気が狂ってしまいそうだった。体が小刻みに細かく震え、歯の根が噛み合わない。
 しかも反応は肯定的なものばかりではなかった。本来男女の性交画像が貼られるべき掲示板に男同士の写真が貼られたことを、本気で憤っているらしきレスポンスもあった。気持ち悪い、グロい、吐きそう、ボケカス死ね。賞賛するような言葉も怖気が立ちそうに気持ちが悪かったが、批判のコメントにはそれと別の意味でぞくりとする。
 誰にも見せるつもりなどなかった、自分で見たことすらなかった禁忌の箇所を強引に晒された上に、汚い気色悪いという徹底的な罵倒を受ける。違う、そうじゃないと何かに対しての言い訳をしたい気持ちだった。
 自身が強姦される画像を公開されたこと。それを大量の人が見たということ。そして興奮する人と、嫌悪する人がいたということ。その全てが耐えきれない強さを伴って佐伯の精神を壊してきた。
「あっ、あっ、あっ、……あり得ねええ…! 何だよこれ、何だよッこれ! ひでえよ! あんまりにも酷いんじゃないのか! 消せ! 頼むからこの画像、削除してくれよおおお!」
 幾度も幾度も言葉につかえつつ佐伯は滂沱した。期待通りの反応に、つまらなさそうにしていた彼らは愉快になったようだった。
「はは。何を言ってるんだ、佐伯。消してやるはずないだろう? みんながお前のケツ、見てくれたよ。良かったね?」
「高校のときにさ、おまえ、俺や木戸に変なことをさせてはそれを写メして仲間内で画像回してたろ。で、爆笑してたよな。どうだ? 同じことされた気持ちは」
「ごめん! ごめんごめんごめんごめんごめん!」
 反省なんか欠片たりともしていなかった。だがやけくそになって佐伯は謝罪を連呼する。そうしなければ消してくれないだろうと思ったからだ。謝りさえすればいいんだろとばかりの、いい加減で心の篭もらない謝罪だった。
 木戸が口の端を不気味に上げてにこにこ笑う。
「謝らなくていいよ。……この掲示板さ、動画もアップできるんだよね」
「ああ。ビデオで撮った動画は、既にパソコンに映したし、画質も保存用と公開用の二種類を作ったよ」
「せっかくだから公開しようか、それも」
「やめろおおおおお!」
 憤りのあまり、佐伯は近くにいた松原に殴りかかろうとした。そこまで唐突な逆上は彼にも予想外だったらしく、拳が彼の腕に当たる。まともな食事も採らずひたすらレイプされていただけの佐伯だ、大して力は出なかったが、そうして攻撃を食らったことは松原を激怒させたらしかった。
「ってめえ!」
「あぐっ!」
 大声で怒鳴って松原が、佐伯の髪をぐいと引っ張りそのまま部屋中を引きずり回し出す。
「いだあああ! っいたっ、いでえ! 髪抜けるっ! やめっ!」
「てめえ! 調子乗りやがって! 何をしたんだよ今!? 腕切り落としてやろうか!? 本気でただのマンコ人形にされてえのか!? ああ!?」
「やめっ、やめろっ……うああ!」
 凄みながら松原が、体のあちこちを殴り、蹴ってくる。余計なことをしたことを佐伯はすぐに後悔し、暴力を受けながらひいひいと泣いた。少しして彼の気は済んだらしく、床に投げつけるように体が解放される。それでも衝撃から、佐伯は倒れ込んだままだった。
「どうしようか。この掲示板に動画もアップして欲しい? 佐伯」
 たった今起きた暴行などなかったかのように、先ほどと全く変わらない調子で楽しげに木戸が問いかけてくる。
「……やめ…、て、くれ…」
 ぐったりしたままそう言うことで精一杯。しばらくは起き上がれそうもなかった。
「じゃあ」
 怒りから未だ呼吸を荒げている松原の代わりに、木戸が提案をしてきた。
「俺たちに犯されてる動画見ながら、ケツ穴使ってオナってもらおうか。それ以外は触っちゃ駄目ってことで。いいな? 自分で、ケツの穴だけ触って、まわされてるとこ見ながらイくんだぞ?」
 やらなかったり、イく前にやめたりしたら動画アップするからな。木戸の笑みは爽やかゆえに恐ろしかった。

******

「――く、うう……! あああ……!」
 いくらこれまで散々掘られた穴だとはいえ、自分で触れることなど初めてだった。際限なく犯されたアヌスは微かな刺激にも鋭敏になっており、指をその粘膜に触れさせただけで堪えきれない刺激が走る。体の中を直接触っているという、今にも死にそうな危機感がするほど強烈な感覚。それを快感と言えるのかどうか、佐伯にはまだ分からない。強引にペニスを挿入されて動かされたときにはその刺激で何度も達してしまうけれど、自分で触れても理解できないのだった。
 まずは指を二本、佐伯は入れた。そうしてアヌスに手を伸ばしたときには既に、パソコンのモニタは残酷な動画を再生し始めていた。
『っああー! うああ! ひあああああ!』
 音割れがしそうなほどに画面の中で自分が叫んでいる。映像は、強姦の真っ最中から始まっていた。木戸はその前のやり取りなどで済ませてはくれずに、尻にペニスが入っている部分の映像だけで自慰することを強要してきたのだ。
「っく……」
 画面の中で、強靱なペニスが幾度も幾度も抜き差しされている。その太さと、見ただけで分かる頑丈さに吐き気すらしてきそうだった。モニタに映された自分は、涙でぐしゃぐしゃになりながら顔を真っ赤にしていた。みっともない顔。泣き叫びながらも足を大開きにしてペニスを迎え入れ、性器を受け入れている情けない自分。
 自分を犯している男は、卑猥なことを言いながら腰をぶつけている。そのたびにグジュグジュと音がする。こんな惨い映像を見ながら、尻の穴で達することなんて無理だ。はっきりとそう思いながらも、佐伯は大人しくアヌスに指を差し込み、動かした。無理だなどと言ったら、きっと彼らは躊躇うことなく動画をあの掲示板にアップロードしてしまうだろう。
『うっあああ! イぐううう! イぐう! ああーっ!』
 パソコンの中で自分は叫びながら身を突っ張らせていた。達したのだ。それでも突き込まれている性器に、ひいいいと全力で叫んで絶頂し続けている。
(あり得ねえ……。俺、こんな風だったのか…)
 まさか、自分がこんなに乱れているだなんて思わなかった。程なくして画面の中で佐伯を犯していた男も精液を中に出し、ペニスを抜く。するとアヌスがアップで映される。それからしばらくすると、涸れた声でそれを嫌がる自分の声がしたのち、再びレイプが始まった。
「うっ、う……っ」
 こんな箇所に自分で触れるのなど初めてだ。どうすれば快感を得られるのかも分からないし、足を大きく開いて全てを丸見えにする体勢を取らされているし、自慰の様子はビデオで撮影され、目の前では強姦動画。集中できない要素が多すぎた。
 しかし。それでも、回数を覚えていられないほど犯され、達したアヌスは挿入の快楽というものを確かに覚えてしまっていた。ずん、とモニタの中で大きなペニスが肛門に飲み込まれていくたび。そしてそれが抜け、耐えられないような声でパソコン画面の自身が喘ぐたび、指を入れている肛門も収縮した。
 アナルオナニーで感じてしまうなんて恥ずかしい。いっそ消えてしまいたくなるほどに。それでも、早く達してしまわなくてはならないのだ。

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