イジメダメゼッタイ。 * 9

 壮年の店長が舌打ちをした。彼の正面には、眉を寄せ、口元を結んでじっと見つめている数人の男女。
 このコンビニには、少し前までとある男性店員がいた。『いた』、あくまで過去形だ。
 元々不真面目な奴だった。接客態度は悪く掃除もいい加減、廃棄の弁当は何度注意しても持ち帰るし、下らない理由でのドタキャンやすっぽかしすらあった。シフトの時間を過ぎてもやって来ない彼に電話をしたら、明らかに眠っている声で「あー、急病で連絡できませんでした。今日病欠ってことで。そんじゃ」とだけ言って電話を切られ、掛け直したら電話を切られていた。その程度のことならば、この場にいる全員が経験していた。
「……っとに、どうしようもないねえ。ああいう人はさ」
 もはや呆れたように店長が首を振る。その前に立つ他の店員たちは黙っていたが、瞳を見ただけで彼らも同じことを考えているのが分かる。
 ――佐伯。それが、問題の店員の名字だった。これまではそれでも、彼のことは寛大な精神で見逃してやっていた。真面目にやらないなら辞めてもらうよと言って呼び出すと彼は、そのときだけはしおらしくなるのだ。
「すみません! すみません! 俺っ、心入れ替えて頑張りますから! ここを首になったら、俺生活できないんス!」
 しまいには、病欠だったから仕方なかったんス、信じてくれないんですか! という逆切れを起こしてまで彼はアルバイトを続けたがった。そうなるとそれ以上は怒りづらいし、また、どのシフトにも来られる彼はきちんと出勤さえしてくれれば役には立つので、首にすることはできなかった。
 だが。ついに彼は、勤務時間中にばっくれたのだ。他のアルバイターに20分以内に出勤しろと命令をして。電話を受けた店員は、そのときにいた店を飛び出してまで慌ててコンビニに駆けつけてくれたが、まさかたかだか20分で最寄りでもないコンビニへ着けるはずもない。到着したときには、店内に店員がいなくなっていた。よりにもよって彼は一人のシフトのときに抜け出したのだ。
 そのときのことを、電話を受けた張本人が、そしてその仲間である同僚たちが、店長へ直談判しに来たのだった。
「理由の説明も謝罪も一切なしで、言いたいことだけ怒鳴ってすぐ切ったんです!」
「しかも、店長! それからずっとですよ、ずっと! 全部のシフトをすっぽかしてるんです! 留守電になってるから何度もメッセージ吹き込んだけど、完全に無視で……!」
 男は渋い顔をして嘆息した。これまでは、若い彼なりに苦労もあるのだろうと大目に見てきたが、こんなことになればもう見逃していられない。
「佐伯くんのことは、首にしよう。もし今後出勤してきても追い返してくれ。……どうせ彼の方にも、もう来る気はないんだろうが」
 場にいる誰もが、このまま佐伯が消えてくれることを願っていた。

 両親は平穏を感じていた。今までは毎月、このくらいの日付になると息子が金をせびりに来ていたのだ。給料が尽きた、金くれよと言って。実の親ながら育て方を誤ったとしか思えない。
 その息子が今回は来ていないのだ。久々に平穏な日々を過ごし、一家の間からは和やかな笑顔が消えなかった。

 友人はそもそも気がつきすらしなかった。いてもいなくてもどうだっていい奴だったのだ。

 * 10


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