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『アパートに帰ると、妹とその友達が遊びに来ていた』




   ≪2≫

「やあ。お帰り、お兄ちゃん」
 六畳一間の家に帰りつくなり、耳にキンキン響いてくるアニメ声が弘樹を出迎えた。
「仕事で留守の間に、悪いがお邪魔させてもらっているよ。かわいい妹が遊びに来てやったのだから、そう悪い気はしないだろう? お兄ちゃんというものは」
「そんなに何度も、お兄ちゃんお兄ちゃん連呼するな」
「っていうか、帰ってくるの早くない? まだ三時だよ……解雇か!? めでたいな!」
「早退してきたんだよ! 体調悪くてな! あと、めでたくねーよ!」
「元気いっぱいじゃん……悪いのは体調じゃなくて頭でしょ。あと顔と性格。よく考えると体型もいまいち……まったくいいところがないっていうのが長所かな。お兄ちゃんを見たら、誰だって『こんなやつでも生きているんだ。僕もがんばって生きよう!』って元気がでるはずだよ。エヘヘ」
「兄貴のこと悪く言いすぎだろ。世界に一人のお兄ちゃん資源を大切にしろよ」
「私、弟がほしかったんだよね〜。お兄ちゃんを回収してもらって、リサイクルできないかな」
「黙れこの産廃妹」
 全方向に個性的な妹めがけて、弘樹は下唇をつき出してみせる。
(まったく……いつもいつも騒がしくしやがって。ここは俺の家だぞ……)
 弘樹は社会人二年目の平社員。
 最近ようやく仕事にも慣れてきて、順風満帆の人生だった。
 安い月給でどうにか家賃が払えている一人暮らしのアパートには、部屋のあちこちにゲームやマンガが置かれている。
 どれも妹の花乃香が勝手に置いていったものだ。
 弘樹も多少はマンガを読むしゲームもするが、妹ほど重症ではない。
 妹は重度のオタク趣味が行きすぎて、すでに自分の部屋に荷物が置けない状態だ。そのせいでアパートの室内は、すっかり花乃香の荷物置き場になっていた。
 兄貴の部屋を好き放題に使う妹。勝手気ままにもほどがある。
 そのうえ今日は無断で侵入されてしまった。
 これには、さすがの弘樹も渋い顔をせざるをえない。
「だいたい、どうやって入ったんだ? 鍵はかけてあったはずだぞ」
「大屋さんに言ったら、すぐ開けてもらえたのだよ。お兄ちゃん」
「あのな……おまえ、その……マンガのキャラクターとかじゃないんだから、俺のことかたくなに『お兄ちゃん』って呼ぶのやめろ」
「仕方ないではないか。お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなのだから」
「それから、そのヘンテコな口調もだなあ……ん?」
 弘樹の視線が、花乃香からその横にずれた。
 妹のとなりに、一人の少女が並んでいる。
「あ、あの……お邪魔してます」
 花乃香と同じぐらいの年頃だろうか。
 声は小さく、ずいぶんとおとなしそうな雰囲気だった。キレイに切り整えられた爪とよく手入れされた髪は育ちのよさがうかがえるし、垂れ気味の目と小さな唇からは温和な人柄を感じさせる。
 おそらく見た目を裏切らない性格なのだろう。ボサボサ髪の妹に比べて、歳相応の女らしさを身につけているようだ。
 そんな彼女を自慢するかのように、愚妹は豊満な胸をことさら前にせり出させ、大きく背を反らした。
「紹介しよう、私の友達の山中由良子ちゃんだ」
「よ……よろしくお願いします」
「ああ。はじめまして、よろしく。花乃香の兄で、弘樹です」
 弘樹は自分の印象を良くしようと、できるだけ大人ぶった挨拶をする。
 だらしない顔を精一杯に引き締めている兄を無視して、妹の説明が続く。
「ちなみに由良子ちゃんの愛称は、フローレンス・ド・フタコブラクダ十七世。私の前世からの親友、という設定らしい。隠された超能力とか魔法の力で、世界を裏から支配しようとたくらむ闇の暗黒組織とたまに戦ってたりする」
「設定ってなんだよ! 闇と暗黒がかぶってる組織ってなんだ! 超能力と魔法のどっちが得意なんだよ!」
「まさか……お兄ちゃんが組織の人間だったなんて! 由良子ちゃん、得意の呪術で適当にやっつけていいよ!」
「えっと、あの……ええっと……」
 二人のやりとりを聞いていた由良子は、その場で思いっきり固まっていた。
 おそらく彼女以外の誰であっても、たいがいはそういう反応をするだろう。
 弘樹と花乃香の会話は、親が聞いても漫才にしか聞こえないくらいである。
 長いことそんな状態が続いているせいか、こういう場合の対応は兄のほうが早かった。
「……あのな。あきらかに由良子ちゃん困ってるだろ! 嫌がってるだろ!」
「そんなことはないぞ。なあ、フローレンス十七世」
 マイペースな兄妹の会話から一転、いきなりな無茶振りの連続で由良子はとうとう涙ぐんだ。
「うう……花乃香ちゃんが、またわけのわからないこと言ってるよう……」
「また、とはなんだ。また、とは。失礼だな」
「失礼なのはおまえだ」
「べふっ」
 弘樹は隙を見せた妹の後頭部に、遠慮なくチョップをかます。
「痛いではないか。乱暴はよくないぞ、お兄ちゃん」
「まったくおまえは……いつまでも、そのバカなノリが通じると思ってんじゃねーぞ」
 非難がましい目を向けてくる花乃香を腕組みポーズで見下す兄。
 まだ何か言いたそうな彼女をサラリと無視して、弘樹は手振りで由良子に詫びた。
「ごめんね、由良子ちゃん。うちの妹、変なやつだけど仲良くしてやってな」
「いえ、いいんです。いつものことですから」
「うわ! 傷ついたっ」
 花乃香が大げさに胸を押さえてのけぞる。
「傷ついた妹を慰めて! そこのお兄ちゃん!」
「さて、と……んじゃ、俺寝るから。帰るときは鍵閉めていってくれよな」
 弘樹はそっけなく答えて、敷きっぱなしになっている布団の上に座り込む。
「妹とその友達が遊びにきてやったというのに、お茶も出さないつもりか。お兄ちゃんは」
「カンベンしてくれよ……俺、昨日は会社に泊まりで……眠いんだよ」
 万年床の上で、弘樹は背を伸ばしながら大あくび。
 昨晩は職場でちょっとトラブルがあったせいで、家には帰れなかった。
 勤務先の事務机にもたれて仮眠をとり、今日は午後までがんばってみたが、さすがに無理があったらしい。
 そんなわけで上司に事情を説明して、さっさと家に帰らせてもらったのだ。
 ところが、そこで妹と鉢合わせ。
 いつもの漫才みたいな会話すら、正直言えば疲れる。
 疲れきって、もういろいろがめんどくさい。
「それじゃ……おや、すみ……」
 消え入るような声でそう言うと、弘樹は枕に顔を埋めた。




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