霊力とは幼い頃から私のコンプレックスだった。
うちは数多の強力な霊能力者を輩出してきた家系。
そんな系譜の一端を担っている私も、当然ながら周囲に期待されていた訳で。
だというのに、実際は未熟どころか霊能力をまともに扱えない半端者。
母の友人・知人はやはりGS、引いては霊能関係ばかりだったのでとことん肩身が狭かった。
自分が『出来損ない』だと言う事は自覚している―――ただ、母に迷惑をかける事だけが―――
―――母の顔に泥を塗る事だけが、ひたすらに怖かった。
ぶっちゃけ命の危機。
というわけで。
「横島さぁん! 頑張ってくださいっ、試験がっ、試験がーーーっ!」
「ぬぉぉぉぉ! そんな大事な試験なら忘れるんじゃねーっ!」
横島さんが必死に漕ぐ自転車の後ろで、私は泣き喚くのだった。
きっと、一緒に
第2話 私と見知らぬ母と
道路に延々と続くタイヤの痕。
大通り、裏通り、路地裏、傾斜30度はあるんじゃないかと言うほどの急な下り坂へとタイヤの痕は続き。
下り坂の終点、T字路になっているガードレールの前には止まろうとしたのか、一層濃く残ったタイヤのブレーキ痕とガードレールにぶつかってグシャグシャになったマウンテンバイク。
そして、ガードレールの先。つまりその向こう側は……
川。
「「あー、死ぬかと思った」」
異口同音に呟きながら、私達は揃って川から這い出す。
霊能力が使えないのにGS試験を通ってしまった横島さんの体力と脚力は、常人を遥かに超えていた。
その為、私が急がせれば急がせるほど―――ぎゅっと胴体に腕を回して抱きついていたのと因果関係は不明―――スピードを上げ、終いには下り坂で止まれないほどのスピードを出してしまい、クラッシュ、どぼん。
「よ、横島さぁん! ちゃんと止まってくださいよっ!」
「無茶言うなーっ! あんなん止まれるかーっ!」
ガードレールを突き破って宙へ飛んだ恐怖から泣いて抗議する私に、やはり怖かったのか泣きながら反論する横島さん。
確かに、急がせた私が悪い。悪いんだけど……。
「う、うぅっ……うわああああんっ!」
「う゛っ、な、泣くなんて反則やーっ! 俺が悪かったから、この通り、ほら犬の真似でも豚の真似でもするから許してーっ!」
「もう絶対間に合わないーっ、母さんに殺されるー!」
「そっちかよっ!」
結局、その後横島さんのバイト先であるGS事務所へ行く事になった。
実は横島さんのアパートからだと、六道女学院は何駅も離れた場所にあり、自転車で行くのは無謀な距離だったりする。
それに気付かなかったのは、横島さんのアパートの所在地を知らなかった私と、六道女学院の場所を正確に知らずただ言われるままに自転車を走らせていた横島さんの合わせ技(合わせ失敗?)だ。
横島さんの話だとバイト先の雇い主は『一流の中の一流』なのだそうで。
口利きして貰えれば、試験の事もなんとかなるんじゃないかなーというのが横島さんの意見。
中学の時に『母さんの娘』という絶対的アドバンテージがあったにも関わらず落ちた私が、今度は試験を欠席してどうにかなるとは思わなかったけど。
……溺れる者は藁をも掴む思いで、彼に着いて行くのだった。
「……こ、ここですか?」
「ああ。ここが俺の勤める美神除霊事務所……って、いきなしどこへ!?」
「は、離して下さいっ! 急に腹痛と眩暈と吐き気と生理がーっ!」
連れてこられたのはよりにもよって”ここ”だった。
”ここ”美神除霊事務所―――つまり、母さんの事務所。
横島さんみたいな男の人を弟子にしてるって話は聞かなかったけど、元々母さんはあまり仕事の話をしないので……というか、駄目駄目な私にわざわざ仕事関係の事を話す訳がないので、知らなくても不思議はない。
でも、でも、なんでよりによって横島さんが……母さんの同僚なのーっ!?
「ほ、蛍ちゃん。落ち着けって」
「いーーやーーっ、はーなーしーてーーっ!」
「大丈夫、美神さんは怖く……さすがに子供には怖くないからっ」
「子供が一番怖いんですーっ!」
脱兎の如く逃げ出そうとする私に、それを羽交い絞めして押し留める横島さん。
そんな混乱した私達を止めたのは、
「なに人の事務所の前で暴れてるか横島ぁーっ!」
ドアを開け放つなり飛んできた、神通棍の一撃だった。
『ぶべらっ!?』と横島さんが吹っ飛んでいく。
だけど、私はそんな事を気にする余裕もなく、驚愕に目を見開いていた。
事務所から出てきた女性の姿に、ただ気を取られて―――
「……叔母さん、そのファッションはどうかと思うよ」
「誰が
おばさんよっ、小娘ーっ!」
「ばぶっ!?」
直後、母さん顔負けの一撃を食らって、横島さんの隣に仲良く沈んだ。
ひ、酷いよ、ひのめ叔母さん……。
中に入って驚いた。
何に驚いたのかというと、壊れた筈の事務所の居間が昨日の今日だというのにあっさり直っていたからだ。
さすがに机や棚など家具の類は一新―――見覚えの無い物ばかりなので―――していたけど、まるで昨日の爆発なんてなかったみたいになってる。
事務所のど真ん中に置かれた大きな机、母さんの席には……大胆と言うより、恥ずかしい格好をしたひのめ叔母さんが座っている。
……なんで、私と横島さんを凄い目で見てくるんだろう?
「で、あんたは何?」
「な、何って……」
ひのめ叔母さんのいきなりの台詞に、私は内心冷や汗だらだらで考えた。
もしかして、六道の試験が今日だって知っていて『何でここにいるんだ』と怒ってるとか?
そう考えて、すぐ否定した。
それだったらひのめ叔母さんは母さんと違って、怒る前に心配してくれるだろう。
ならなんで怒ってる? それは……はっ、まさか。
「ご、ごめんなさい。まさか横島さんが叔母さんの良い人だなんて思わなくて」
「だから誰がおばさんよっ!?」
「ふっ、ばれてしまいましたね、美神さ
ぶっ!?」
「それにこっちはあたしの丁稚。OK?」
「お、おーけー……」
今までに見た事がない叔母さんの荒れように、こくこくと頷く。
横島さんはというと、叔母さんの肩に手を掛けようとしてぶっ飛ばされ、棚にめり込んでいる。
……アレ、死んだよね。うん、死んだ。
「あ、あの……おば、じゃなくて、ひのめさん。なんで事務所に? バイト?」
私は叔母さんを刺激しない様に、当たり障りのない事を聞いた……つもりだったんだけど。
「はぁ? あんた、何言ってるの?」
「……へ?」
「あたしは美神令子。ひのめなんて名前じゃないわよ」
「………」
一瞬理解できず、きょとんと。
数瞬理解しようと、首をかしげ。
一泊置いて、電流のようにその言葉が脳内を駆け巡った。
「えええええええっ!?」
信じられない事だけど―――私は、見知らぬ世界に来てしまったらしい。
彼女は美神令子。
そして私の母さんも……美神令子。
母さんが若返ったのでもなく、同姓同名の別人というわけでもなく、確かに彼女は美神令子だった。
―――パラレルワールド。
まるでSFのようだが、ここは”そう”らしい。
何故そんな事になるのかと言うと、母さんが私の事を知らないから……じゃなく。
ぱっと見たカレンダーがなんと19年も前の日付だったから……でもなく。
ひのめさんが、私の叔母さんが―――ここには、存在しないからだ。
『……し、失礼ですけど、妹さんいません?』
『妹? その、ひのめって人の事? あたしに肉親は……ま、父親以外いないわよ』
お婆ちゃん、つまり母さんの母さん。
そして、母さんの妹であるひのめ叔母さん。
ここには二人が、いないのだ。
まだ、自分でも良く理解出来ないてないのだけど、ここのお婆ちゃんはもう死んでしまったらしい。
ひのめ叔母さんを、産む、前に。
「で、結局この子一体誰なのよ?」
「い、いやぁ……昨日泊めた子で」
「―――昨日、泊めた?」
「はっ、し、しまったーっ!? 思わず口が滑っ」
「よこしまぁぁぁぁ!!」
「す、すんまへーんっ!」
がしゃぁぁんっと目の前で横島さんが窓ガラスに突っ込んだ音で、目が覚めた。
覚めたというよりは、青ざめたのかもしれないけど。横島さんの有様に。
横島さん……流血してるよ、アレは今度こそ死ぬよね。死んじゃうよね?
この容赦の無さ。母さんは、どこでもやっぱり母さんだった。
「えっと、わたしは……よ、横島蛍って言います。よこし……忠夫兄ちゃんの従兄妹です」
「横島クンの……従兄妹?」
「そうです。こっちに知り合いいなくてお世話になってただけですっ、だから」
『だからトドメ刺さないで、母さん』という続きは飲み込んだ。
別の世界の母さんとはいえ、所詮母さんだから何とか誤魔化さないと横島さんを本気で殺しかねない。
当の本人である横島さんはと言うと……頭から血を流しながら訳が分からない顔。
私はぐりぃっと横島さんの足を踏んづけ、笑顔で、
「ね、忠夫兄ちゃん?」
「そ、その通りッス……」
何故か怯えた顔で横島さんが頷いたけど、殺されるよりはマシなので許してもらおう。
「ふーん……」
対する母さんは、絶対納得してない顔。
で、でも、一応筋は通したんだから、とりあえずもう追求はされない、よね。
母さんの天邪鬼な性格がちょっぴり心配だけど。
私の記憶より全然若い母さんは、足を組んで事務机に肘を付くと私と横島さんを見比べて言った。
「それで? あんた達何か用があったんじゃないの?」
……と、何しにきたんだっけ、私。
ああ、六道の受験に遅れてそれをなんとかして貰おうと来たんだっけ。
あはは、パラレルワールドじゃ無意味―――
「ああ、六道女学院ってとこを受験する筈だったんですけど、アクシデントで受けられなかったんスよ。聞けば除霊学校って話じゃないスか。だから、美神さんならーと思って」
ぱくぱくと、口を間抜けに開閉する私。
横島さんの話を受け、母さんはピクリと眉を動かし、
「……この時期に、六道に受験?」
ああああっ!? 良く考えたらさっきのカレンダーに6月って書いてたぁぁ!
『そういや何で?』と横島さんが気軽に聞いてくるが、私はあうあうと何も答えられない。
「途中編入って奴スかね」
「あの六道に途中編入ねぇ……」
「あ、あは、あはは、そうなんですよ……」
お、落ち着くのよ、私。
大丈夫、あの母さんが利益も無いのに他人の為に骨を折るわけないわ。
結局、甘えるんじゃないわよと却下されてこの話はお流れに……。
その瞬間、きゅぴーんと母さんの目が光った。
まるで神通棍しばかれる直前のような、嫌な予感。
「いいわ、引き受けましょう」
「え゛っ!? ででで、でもっ、お金持ってないしっ」
「馬鹿ねぇ。従業員の身内からお金を取るわけないじゃない。ねえ、横島クン」
「み、美神さんが、タダでだとーっ! 恐ろしやっ、何かの前兆か!? 明日は核でも降るんじゃ……」
「あんたはあたしをどういう目で見てるのよっ!」
がしゃーんっ
再び横島さんが神通棍でぶん殴られ、今度は窓を完全に突き破って外の道路へ落ちた。
あの、ここ2階……。
そして、まるで何事もなかったかのように、母さんが私に向き直る。
「ただし、このあたしが推薦するんだからね。まずはここで助手として研修して貰うわ」
「じょ、助手!?」
「そ。大丈夫よ、あの横島クンでも出来るんだから」
GS試験受かった人と、学校入学以前の私を比べないでーっ!
……そんな、私の葛藤を他所に、若い母さんは
にっこりと私の肩に手を掛けて言い放つのだった。
「決定ね」
……な、なんでこんなことにーっ!?
正直に別世界から来た娘だと名乗って、帰れるよう協力して貰った方が良かった事に気付いたのは、既に契約書へサインさせられた後の事。
……ま、まあ、すぐ元の世界に帰っても母さんに殺されるだけだしっ。
横島さんの家でホトボリが冷めるまで待つ予定だったのが、ちょっと別世界で待つ事になっただけだから対して変わらないよねっ。
そう、自分を必死に納得させる私だった。
「こんな時期にわざわざ六道に編入って事はかなりのもんね、あの子。霊力は確かに大きいし……くっくっく、こりゃ良い拾い物したかも」
そんな母さんの思惑なんてまったく知らずに……。
☆★あとがき★☆
……本末転倒な蛍でした。べんべん(棒読み)。
……あ、おキヌちゃん忘れてた。
>D,様
頑丈です。ギャグパートではどんな目に合っても死にません。
禁断の関係になるかは……ノリ次第?
>ポンチーロン様
頑丈と言うよりは既に不死身です。
誰かさんと同じで。
>LINUS様
……こんなんなりました。
美神の嫉妬度が低いのは、まだ原作前半の頃で付き合いが浅いから、ということで。
>銀の九隊様
……かるびーかっ○えび○ん♪(棒読み)
>バジル様
嫉妬度が低かろうがなんだろうが、殴られるのは運命です。
>かれな様
わざわざ調べて頂いてありがとうございます(ぺこり
文殊もそうですが、一番のターニングポイントは横島が霊能力を自在に操れるようになった時……っぽいです。
父様だと気付くのは一体何時になることやら分かりませんが。
>偽バルタン様
……蛍自身とルシオラの両方面から惚れて行ったら、気付いた頃にはもう手遅(ry
>九尾様
というわけで、早速ばらしました(蛍だけ)。
血縁関係に関しては……実親子ってイイですよね。とだけ言っておきましょう。
>匿名希望様
……とある方って誰でしょう?アシ(自主規制)?
その場合、違う意味で親子になりそうですが。そんな事はありませんので。
霊能云々に関しては、ネタバレの為に秘密、ということで。
>見習い悪魔様
実を言うと初期に考えていた設定ではアシ(自主規制)戦直前に来て、早々に美神と横島の関係に気付き、母親から父親を掻っ攫おうとするルシオラと対決するっていうネタがあったんですが。
収拾が付かなくなりそうなので、お蔵入りとなりました。あしからず。
>スレイヤー様
よこしまほたる、にきょうからなりました。
>こーめい様
他の作品に影響され易い性質なので、似たような作品を見るのはやめることにしています。わざわざありがとうございました。
>リーマン様
仰るとおり、きっちり全てのDNAを受け継いでいたりします。
父親の横島、母親の美神、魂のルシオラ……。
まあ、今の所、美神とルシオラの遺伝子は潜伏してますが。
どちらが先に発症(笑)するかは私でも分かりません。
……蛍の一人称、会話は「わたし」、地の文は「私」。
ややこしいから辞めた方がいいかも。
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