往々にして、人には出来る事と出来ない事がある。
そして、今回のは……間違いなく、出来ない事に分類するものだ。
「横島さん、蛍さん、初お仕事頑張りましょうね♪」
「お、俺達だけで悪霊退治なんて絶対無理やーっ!」
「そ、そうですよっ! 今からでも遅くないから帰りましょ、ね、ね?」
完全に逃げ腰の私と横島さんは、妙に張り切っている幽霊のおキヌ……ちゃんに引っ張られるようにしてボロボロの雑居ビルへと入って行くのだった。
な、なんでこんな事になったんだか……。
きっと、一緒に
第3話 私と幽霊と初仕事と
「あんたら仕事行って来なさい」
母さんの事務所に『出勤』してくるようになってから数日後。
いつものように出勤してくると、顔を合わせるなり母さんのそのお言葉。
最初は、どこかにお使いに行け、という意味だと思ったのだが……。
そうではなかったらしい。
「はい、これ資料ね。ちゃんと現場に行くまで全部目を通しておくのよ。横島クンは分かってると思うけど、道具一式持って行きなさい。ただし、お札のランクは最低で―――」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! どーいう事スかっ!?」
「喜びなさい、横島クン。GS見習い初仕事よ」
「……え゛っ」
机の前に広げられた資料に視線を落とす。
えー、なになに?
『ターゲットは自殺者の怨霊、霊力レベルはC。物理的攻撃を含む凶暴な行動。意識はややあるが、説得は不可能と思われる。きわだって特殊な点ナシ。通常除霊処置で成仏可能と判断される』
他にも現場の住所やその周辺の地図などが添付されて、これを見るだけで十分事前のチェックはばっちり、わぁ便利―――って。
「俺達だけで除霊して来いって事スか!?」
「そうよ。こんなショボイ仕事、普通なら受けないんだけどあんたの修行の為に受けといたんだからね。感謝なさい」
「む、無茶言うなぁぁぁぁ! 俺一人でどうしろって言うんですかーっ!」
横島さん、血を吐くような魂の叫び。
GS試験を受かっているとはいえ、その時に竜神様から貰ったアイテムを失ってしまったとの話だから今は素人とまったく変わりないらしい。
しかし、相手は母さん―――どうせ血も涙もない言動でばっさり却下され、
「何も一人で行けとは言ってないじゃない。蛍も一緒よ」
「……わ、わたしぃっ!?」
「学生前の見習いとはいえ、仮にも六道女学院に属するような子を助手につけてあげるんだから、頑張ってきなさい」
お母様はもちろん血も涙もない発言でした。かっこ、私込みで。
『ふえー、蛍さんって凄いんですねぇ』
場の雰囲気をまったく読まず、ぽやぽやした声を上げたのは……幽霊のおキヌちゃん。
私が元いた世界では母さんの親友だった人で、やっぱりぽやぽやした人ではあったが。
……まさか既に死んでいて、さらには幽霊になって傍にいるとは。パラレルワールド恐るべし。
氷室のおばさまとのギャップに苦しむ私に気付く筈もなく、幽霊のおキヌちゃんは何が楽しいのかにこにこ笑って美神さんの横に浮かんでいる。
「す、凄くない凄くない! 第一、わたし試験もまだ受けてないんですよっ!?」
「大丈夫よ、横島クンもいるわけだし」
「大丈夫じゃないッス! 俺ですよ? 俺ですよっ!?」
「あー、大丈夫よ、蛍ちゃんもいるわけだし」
「「ループしてますっ!!」」
その後、反論も絶叫も駄々も泣き落としも効かず、現場に叩き込まれた、という訳だ。
一人よりは二人。二人よりは三人。
とは言っても、メンバー構成は……。
荷物持ちなら任せろ、ただし霊能力だけは勘弁な(笑)の横島さん。
私も荷物持ちできますよー、と元気で明るいおキヌちゃん。
わ、わたしも荷物持ちがいいなぁ、と笑って誤魔化す私。
「誰か除霊担当せんかいっ!」
『私、幽霊ですし』
「わたし、助手だもん」
「結局俺か、ちくしょーっ!」
そうなった。
「いいか、二人とも。今回のギャラは20万……経費は20万以内に納めないといかんっ」
悪霊がオフィス内をうろうろする中、私達は影でこっそり作戦タイム。
横島さんは『20万あれば白い飯が食える! パンツも買いかえれる!』と一応のやる気を見せていた。
……必死に自分を誤魔化しているようにしか見えないけど。
まあ、それはともかく、横島さんの言うとおり、収入より出費が大きいんじゃ仕事にならない。
研修なんだからいいじゃない、とも思わないでもないけどあの母さんだ。赤字なんて出したら一瞬にして借金尽くめで利息の雪だるまだ。
床に広げたアイテム郡は、母さん―――この場合未来のだけど今の母さんでも大差ないだろう―――が使っているオカルトグッズに比べると随分質素。
ケチってると言い換えても良いかもしれない。
通常、除霊道具という物は非常に割高だ。
その為、自然にギャラも高くなってくるのだけど、そんな大金を出せる依頼人ばかりじゃない。
なので、こういう低金額の依頼がたまに舞い込んでくる……らしい。母さん曰く。
そんな時に使うのがこれ、不良品や粗悪品をなんとか使える程度に作り直したのが……
「見ろ、破魔札だ」
『50円って書いてますけど』
「駄菓子並?」
「け、見鬼君もあるぞっ」
『わー、ツギハギだらけですねー』
「かあさ……所長、きっと壊れてもいいような奴渡したんですね」
……こういう、捨て値同然のオカルトグッズだ。
どちらかというと廃品再利用が正しいかも。
『あ、でも、”1万円”とか”10万円”もありますよ』
「それは最後の手段やな。取り分が減ってしまう」
「で、でも、よこ……忠夫兄ちゃん。命あっての物ダネだってば」
おキヌちゃんの掲げるお札に、横島さんと私はうーむと考え込む。
……正直、ギャラ云々は他人事じゃない。
なんといっても、今現在私は極貧横島さんのお世話になっているわけだし。
当初こちらの世界へ来た時、私は手ぶらだった。
財布やなんかは鞄に入れておく主義だったので、無一文で横島さんの所に転がり込むことになったのだけど。
当然、横島さんに私を養っていく(養うって表現はちょっとアレだけど)財力なんてない。
一食にも事欠く有様だったんだけど、それを察した母さんが10万ほど給料の前貸しをしてくれたのでなんとかなった。
でも、あくまで『今の所は』なので、この20万はどうしてもゲットしておきたいところだ。
……命とお金を天秤に掛けてっていうのは趣味じゃないんだけどなぁ。
しかし、お金がなければ、結局は餓死する運命だ。ぐすん。
ちなみに、住居代は家事で勘弁してもらっている。
横島さんはそんなのしなくて良いって言ってくれたけど……毎食カップラーメンとあの汚い部屋だけはどうしても我慢できなかったので。
とにかく、生活の為に引くに引けなくなったのが今の状況なのだ。
「神通棍もある事だし、なるべく無駄遣いはしない方向で行こうっ。で、やばくなったら破魔札で!」
「『はーい』」
横島さんの提案に、私とおキヌちゃんが揃って頷く。
美神除霊事務所臨時へっぽこチーム、作戦開始である。
『お、鬼さん、こちらーですよっ』
「横島さん……鬼ですね、おキヌちゃんを囮にするなんて」
「し、仕方ないんやっ。一番効果的なのは、不意打ちと騙まし討ちなんだっ」
確かに言う通りかもしれないけど、その考えは激しく母さんに毒されてます、横島さん。
仕切りの影にこっそり隠れた私達は、それぞれ神通棍と破魔札を握っている。
神通棍は横島さんで、破魔札は私だ。
おキヌちゃんが囮で誘き寄せ、横島さんが斬り込んで、倒せなかったら私が1万円の破魔札を叩き付ける。
おおっ、作戦っぽい。いけるかもっ。
……なんて、油断してたのがまずかったかもしれない。
『きゃああああっ!?』
「おキヌちゃん!?」
まず、囮の筈のおキヌちゃんが掴まった。
横島さんは有無も言わずに、悪霊とおキヌちゃんの元へ駆け寄った。
第一の失敗、幽霊だからって丈夫な訳じゃない。
相手も同じ幽体なんだから、ただの女の子のおキヌちゃんじゃこうなるのはむしろ必然。
「こんにゃろーっ! おキヌちゃんから手を離せぇぇぇ!」
ぶんぶんっ
「って、全然当たらーんっ!?」
第二の失敗、横島さんが全然神通棍に霊波通せてない。
見事に横島さんの振り回す神通棍は悪霊を素通りしている。
……霊波の確認ぐらいすべきだった。
「よ、横島さん、離れて! てえぇい!」
そして、最後の失敗。
破魔札とは、ダイナマイトのような物だ。
少量の霊力で封印されているパワーを起爆させ、初めて効力の出る代物。
使い手の霊力によって威力が変わるとはいえ、普通なら一般人程度の霊力にも反応する筈……だったんだけど。
ぷすんっ
さすがの破魔札も、手から一マイトの霊波も出せなきゃ使えません。
「『ほ、蛍ちゃーん(さーん)っ!』」
「ああっ、無能でごめんなさーいっ!」
『
ヨクモォォォッ!』
何の痛みも無くても、害意をもたらそうとしたのが分かったのか悪霊はおキヌちゃんから手を離し……私に向かって、突進してきた。
―――あ、まず。
どこか他人事のように、目の前に迫ってくる悪霊を見ていた。
激突する、その瞬間。
光が視界を埋め尽くした。
「……あれ?」
激突したのに、なんとも、ない。
パンパンと自分の身体を触り、確かめるがどこも痛い所はない。
あの瞬間、昔母さんに見せてもらった悪霊による犠牲者達の写真(グロテスク18禁)が脳裏に過ぎったのだけれど。
『……よ、横島さん』
目の前には先ほどまで悪霊に捕まっていたおキヌちゃん。
何故か目を見開き、呆然と横島さんの名前を―――
―――横島、さん?
「……大丈夫だったか、蛍ちゃん」
「え……」
そこには横島さんが、立っていた。
右手に、光り輝く剣を手にして。
違う、剣―――じゃない。
目も眩むほどに、霊波の通った神通棍を、手にしてるんだ。
―――ヨコシマ―――
どくん、と胸が高鳴った。
その姿にどうしようもなく、心を乱された。
ふと、破魔札を持っていない左手にいつの間にか、何かを握っている感触。
手を開くと、そこには光り輝く青い玉が―――そこには、何か文字のようなものが映し出されて。
『よ、横島さーん、まだ!』
『
ゴガァァァァァァ!』
おキヌちゃんの緊迫した声に、はっと顔を上げると横島さんのすぐ背後に先ほどの悪霊が姿を現していた。
私はその瞬間―――
ヨコシマを守―――何も考えず―――
チャクラへ―――悪霊へ向かって―――破魔札を、叩き付けた。
「「……あー、死ぬかと思った」」
『し、心臓止まるかと思いましたぁ』
もう心臓止まってる、とおキヌちゃんにツッコミを入れる元気もなく、私達はその場に座り込んだ。
緊張が解けて膝に力が入らなくなっていた。
私と横島さんは、どちらとなく顔を見合わせると……ぷっと吹き出した。
「あはははは、もう、横島さん、ふふふふふ、神通棍使えるなら最初でやっつけちゃってよ」
「くくくっ、い、いや、それなら蛍ちゃんこそ、一発で破魔札発動してくれよっ」
「無理です」
「無理だな」
そう言って、二人揃って爆笑した。
もう腹がよじれるほどに笑う。なんだか分からないけど、笑う。
おキヌちゃんもそんな私達に釣られたのか、一緒に笑い出した。
もう笑うしかない―――ああ、助かったんだ、と。
―――助けられたんだ、と。
もっともその笑い声も、
「ぬあーっ!? 神通棍が折れてるーっ!?」
という叫びを横島さんがあげるまでだったが。
☆★あとがき★☆
……こうして蛍達は地獄の借金生活に踏み込むのでした。べんべん(棒読み)
……ちなみに美神は手助けするタイミングを失って呆然。
第3話裏、横島パートに続く。
BACK<
>NEXT