シーン12「蛍」
金色に光る巨人の腕は長井を受け止めると姫君に花束を差し出すかのごとき丁寧さで彼を横島から離れて佇む唯の前に差し出した。
唯はその身に金色の光を纏いながら、完全に失神している長井を一瞥するとそのまま振り返り横島に向かってにっこりと笑って見せた。
「タダオくん」
「な…唯…ちゃん。」
「順番は逆ですけど…木島さんは長井先生のことを許してあげたんだと思います。だから…」
スッと近づいての首に手を回す。間近に見る唯の顔にドキっとする横島。
「ちょ…」
「今度は長井先生がいっぱいっぱいいっぱい謝る番です。」
「けど、謝ったって…」
許してもらえないことがある。謝る相手がいない時もある。と唯から目をそらす。
その横島の顔を両手で優しく挟んで唯は自分の方に向ける。
「たとえ今すぐに許してくれなくても謝るんです。「ごめんなさい」っていっぱい謝るんです。この世で逢えなかったなら天国で、天国で会えなかったら生まれ変わって出会った時にいっぱい謝るんです…」
そして唇が触れ合うだけのキス…
「…!!」
「それで、もし「許してあげる」って言われたら…素敵ですよね」
「お、俺は許してもらえるだろうか…そんな…俺なんかが…」
その台詞を遮るように、体を振るわせる横島の頭をそっとその胸にかきいだく。
「タダオくん…」
「唯…ちゃん…」
「どんなに小っちゃくってもですね…。女の子の胸はこういう時のためにあるんですよ…」
「う…う…うえっ…うううう…」
膝をつき、胸に顔をうずめ嗚咽を漏らし始める横島の頭をそっと撫でながら歌うように祈るように…
「いいんですよ。タダオくん…」
「う…うわあああああああ…ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめん、ルシオラ、ごめん!ごめんなさい。守っれなくてごめんなさい!助けれなくてごめん!!選んでやれなくてごめんっっっっっ!!」
その光景をそれぞれの思いで見つめる除霊委員たち…。
ピートは悔恨と激情とに翻弄されながらも胸の中で主への祈りを捧げ、愛子もその荘厳とも言える空気に言葉では表せぬ感動を感じその身を震わせている。
だがタイガーはその能力ゆえ光の中で微笑む唯の覚悟を感じ取り、目を閉じ、必死に歯を食いしばりただただ祈り続ける。
(神様、お願いですケン、助けてつかぁさい、助けてつかぁさいっっ!)
唯の胸の中で子供のように泣き続ける横島。
…その時…
(ヨコシマ…ヨコシマ…)
(え?)
(ヨコシマ…)
(ルシオラ?!)
(ごめんねヨコシマ…お前をこんなに悲しませて…)
(そんな!俺の方こそっ!)
(うふふ…だったらおあいこね…ねぇ?ヨコシマ…私のこと許してくれる?…)
(許すさ!許すよ!許すからぁ…)
(ありがと、ヨコシマ、だったら私もね…)
(ルシオラ…)
(許しあげるわヨコシマ…)
(いいのか?…俺…)
(いいわよ…だってあなたは私が選んだ人だもの…だから…)
(だから…)
(また、会おうね…)
(うん!うん!ルシオラぁ…)
(好きよ、ヨコシマ、だから待っていてね…)
(ああ、また逢えるまで…な…)
ほんの一時の邂逅が終わりを告げ横島が目を開ける。そっと上を見上げると慈母の笑みを浮かべた唯の顔が見えた。
「…許してもらえましたか?」
「うん…。ありがとな。唯ちゃん…」
「良かったですね…」
「ごめん、服…汚しちゃったな…」
「いいんです。タダオくんのお役に立て…た…なら…」
唐突に唯の体から光が消える。そして唯の小さな体が糸の切れた操り人形のように力を失い崩れ落ちる。
「ちょっ。唯!大丈夫か?!」
慌てて抱きとめる横島、その腕の中でかすかに微笑む唯。
その様子に急いで駆け寄ってくる愛子とピート。
だが…タイガーだけはその場を動かない…いや、動けなかった。
「へう〜ちょっと頑張りすぎちゃいましたぁ…」
「ああ、唯ちゃんは頑張りすぎだ」
「えへへ、ちょっと眠くなってきちゃいました…」
「今日は愛子とお泊りだろ?」
微笑む横島に「そうですね…」と笑う唯。そしてゆっくりと右手をあげ、横島の頬を優しく撫で…
「許してあげます…タダオくん…」
「え?」
「だから…私のことも…許して…くださ…い…ね…」
そして静かに目を閉じ…かすかな声で…
「…………です…よ……く…ん」
「お、おいっ!」
コトリ…
小さな手が床に落ちる…
「え?ちょっと!!唯ちゃん?」
「唯さんっ!!」
「嘘っ!唯ちゃん?」
突然の事態に慌てる除霊委員の中で、タイガーは跪き床に拳を打ち付けつつ号泣した。
扉を蹴りあけて美神が屋上に到着した。
その場をざっと見渡すと、横島の胸に抱かれて静かに眠る唯とその脇に呆然と立ち尽くすピートと愛子。そして手を鮮血に染めながらも床を殴打しながら号泣するタイガーを見た。形を変えたフェンスに包まれたまま失神してる男なんぞ眼中に無い。
一瞬で状況を判断すると激を飛ばす!
「ぼけっとするなぁぁ!!横島!」
「み、美神さん…?」
「なんでここに…」と言う前に次々と指示を飛ばす。
「ピートは私と横島君たちを車まで運んでっ!愛子ちゃんは警察と病院に連絡!タイガーと一緒にこの場で待機していて!」
そして唯を抱いたまま混乱している横島に駆け寄るとその頭に一撃!
「うろたえるなっ!とにかく急ぎなさいっ!!」
自失の一瞬から立ち直り「「はい!」」と返答する除霊委員たち。
「行くわよ!」
その言葉を合図に横島たちは霧に溶けた…。
白井総合病院の集中治療室の前で、ガラスの向こうで体に様々な機器をつけられベッドに横たわる唯を美神と横島はただ見つめ続けた。
ガラス越しに聞こえる心電図計が奏でる電子音。
「美神さん…」
「何?横島君…」
「何が…起きたんすか…」
その声には生気が無い。
「あれが唯ちゃんのもう一つの能力だそうよ…」
淡々とあくまでも淡々と美神。そうしないと何かがこみ上げてきそうだから…。
「あれが…?」
「そう。物体と同調する唯ちゃんのもう一つの力…。それはね。物に一時的に命を与える力だったらしいの…言ってみれば一時的に付喪神を作る能力…かしらね。」
「それで…」
「唯ちゃんがその能力を使ったのは過去に一度だけ…20年くらい前の話だそうよ。」
「え?」
とてもじゃないが唯はその年齢に見えない。
「過去にその力を使った唯ちゃんは…力を使ったあとで眠りについたらしいの…」
学校に向かう途中で連絡をとった六道女史から聞いた話を思い出しつつ語る美神。
「20年もっすか…?」
「そう…ね。詳しいことはわからないわ。当時も過去の文献とか色々調べたそうよ。」
でも…と。
「なぜだかは解らないけど、20年の間、年をとることも無く、目を覚ますことも無く、ただ眠り続けたそうなの。まるで人形になってしまったように…そして…去年の春に目覚めた…」
顔を合わすことなくガラスの向こうを見つめたまま会話する二人。
「じゃあ今度も…」
「多分…」
(けれど…今回は使った力が大きすぎるわ…)
突然、病室の中があわただしくなる。右往左往する医師と看護師たち。
ガラスの向こう側、この世のあらゆるものに祈りながら見つめる横島と美神の前でピッ…ピッ…と途切れがちに奏でられていた電子音が…
ピーーーーーーーーーー
甲高い音を立てて沈黙した…
「「唯ちゃん!!」」
こうして…天野 唯の時は止まった…
後書き
ども。犬雀です。こんな感じで次回はいよいよラスト。
エピローグということです。さあ、うまくまとまるでしょうか?
>ジン様
横島くん怒りました。当然だと思います。彼に対してあの態度はまさに逆鱗にふれるでしょう。
>紫竜様
正解です。しかしその代償は…。
>九尾様
同じく正解です。長井ですが実は根本は唯とまったく同じです。しかし方向は正反対です。ゆえに彼は壊れてます。
>匿名希望様
おっしゃる通りです。優子が許した(許せる)のは自分に対する行為のみです。
それ以外は社会的にも裁かれるでしょう。法的には…ちょっと無理そうです。
>AZC様
ごめんなさい…フラグどころかこんなことになってしまいました。(土下座)