シーン10 「幼い蜘蛛」
「なんにしても、このままにはしておけないわ!私、ちょっとママに確認とってみる!」
「確認って?」
「あの娘が「死体」を「物」として扱える娘だと思う?」
プルプルと首を振るタマモ。先ほど激辛料理に涙ぐんでいた自分に笑顔で「どうぞ〜」とシュークリームを差し出したあの娘にそんな割り切りが出来るとは思えない。
「でしょ。だからきっとね。無理矢理やらされているのよ。「お仕事」としてね…」
そして美神は携帯を手に取った。そして不敵にニヤリと笑う。
「見てなさいよ…」
長井幸一は資産家の一人息子だ。
両親はたった一人の息子である彼を溺愛した。
欲しいものは何でも買い与えた。したいことは何でも叶えてやった。
だけど忙しさにかまけて長井を抱きしめることだけはしなかった。
大学に入った彼は学生生活のほとんどを女遊びに費やした。
女の豊満な胸に顔を埋めるのが好きだった。取り澄ました女が自分の腹の下で乱れるのが好きだった。だけどどんな女もすぐ飽きた。だから捨てた。
後腐れは無かった。親が処理していることは知っていた。だけど自分には関係ない話だった。
卒業するにあたり教師という職業を選んだ。父親は30歳までは好きなことをやれと言った。だから好きなことをすることにした。
赴任した高校にはおもちゃがたくさんあった。だから彼はここを気に入った。
良い人を演じるのは学生時代で慣れていた。彼は網を張り獲物がかかるのを待った。
多くの獲物が彼の網に触れていったが気に入ったおもちゃではなかったので手を出さなかった。そして木島優子が網にかかった。
地味な性格で友人も居ない木島優子は長井にとって素晴らしいおもちゃだった。
初めて彼女を抱きしめたときに、制服の下に感じた彼女の豊満な肉体の感触に長井は己の感の良さに一人ほくそえんだ。
逢瀬には宿直室を使った。ラブホテルなどよりはよほど安全だった。
教師の中には毎週のように宿直をやりたがる長井に不審の目を向ける者もいたが、補習の採点があるから家に帰るのは面倒という建前に皆、納得した。
補習を受ける生徒たちの中に、必ず木島優子がいたこと、補習が終わって帰宅する生徒たちの中からいつのまにか木島優子が消えていることに気づくものは無かった。
部活も終わり最後の職員が帰るまで、暗い女子トイレや用具置き場で一人待っている優子のことを心配する友人など居なかった。
家族はいたが娘の帰宅が遅いことを気にする「家族」はいなかった。
だから優子はいつも一人ぼっちで長井が呼びに来るのを待っていた。
長井にとって本当に木島優子は完璧なおもちゃだった。
彼女が長井に『愛している…』と言うまでは…
学校についた横島たちはたまたま残っていた担任に事情を説明し、どうみても自分の教え子と同じくらいにしか見えない唯に激しく戸惑いつつも身分証を見て微妙な表情で納得する担任から鍵を受け取った。だが、その様子をドアの影から見ている長井には気がつかなかった…。
屋上に着くと唯はポケットから携帯を取り出す。
「何か新しいこと解ったか聞いてみますねぇ」
そう言いながら、たどたどしく番号をプッシュする。
「誰にかけているんですか?」
「んと、五郎さんですう」
「あら?メモリーに入れてないの?」
「メモリーって難しいですからぁ…」
「おいおい、機械音痴にも限度があるぞ。」
「へう〜。最近は便利になりすぎて困りますねぇ〜」
などと年寄りじみたことを言う唯だったりする。やがて電話がつながったようだ。
二言三言会話する。やがて五郎さんが電話に出たようだった。
「はい…そですか…はい…わかりました…あ、私は元気ですぅ!!じゃあ、すみませんけどこれから来てもらえますかっ?はいっ!ありがとうございますぅ。」
会話を終わらせ横島たちに向き直る唯。唇に指を当てて「むー」とうなりながら
「司法解剖はまだ終わってないそうですが…やっぱり『情交』のあとがあったそうです…」
解剖と情交という言葉に微妙な表情をしつつ横島たちに告げる。
その言葉に沈黙する除霊委員たちを優しい目で見た後、ほのかに微笑んでから唯はキョロキョロとあたりを見回した。
「へうー。何かないかなぁ?」
「これなんかどうですか?」
ピートが雨ざらしになって薄汚れたバレーボールを見つけてきた。以前、ここが生徒に解放されていた時にでも昼休みに使われていたものかも知れない。
受け取った唯は「むー。寂しそうな子ですねぇ」と言いながら制服の袖でボールの表面を優しく拭いた。
「んじゃ。やりますねっ!」
少しだけ綺麗になったボールを両手で持ち、おでこに押し当てる唯。
その体がポウッと青白く輝く。
その蛍にも似た光にまたしても心の隅に起こる痛み自覚しながらも横島は黙って見つめ続ける。
やがて唯の体から光が消えると彼女はそっとおでこからボールを離し目を開けた。
そして「そっかぁ…」と一言だけつぶやいた。
愛子はその声が微かに濡れていることに気がついた。
手のボールを二、三度優しく撫でて床に置いた唯は横島の方を向くと「チョイチョイ」と手招きをする。
「ん?どうしたの?」
と近づけば悪戯っぽくにっこりと笑った唯が言う。
「あの…私の首を絞めてください」
「はいっ?!」
あまりのことに驚く面々。だが唯は真剣っぽい。
「必要なの?」
「はいっ!」
よくわからんが何か考えがあるんだろうと思い直し、正面から唯の細い首を両手で握りちょっと力を込める。えいっ!
「クケェッ!」
「おうわっ!」
蛙のような声を出して白目を剥いた唯に慌てて手を離す。喉を押さえてケホケホと咳き込む唯。
「だ…大丈夫か?」
「へうぅぅぅ…死ぬかと思いました〜。って…そうじゃないですっ!」
プンプンと怒り目のまま横島の後ろに回るとそのまま首に手を回しスリーパーホールド。身長差があるものだから横島の首に唯がぶら下がる格好になる。
「ギブギブ!…チョークチョーク!!」
「わかりましたかぁ?」
「了解、わかった。だから離してプリーズ!」
「えへへ〜。おんぶ〜♪」
首のロックをはずして横島の背におぶさりその背に顔を埋めグシグシとこすり付けるる。おいおいと横島。
背中の感触がフラットなせいか煩悩が刺激された様子も無い。
傍で見ているピートとタイガーは展開についていけないでいる。
愛子はピキッとこめかみに×が浮かんでいるが口には出さない。
「いったい何がやりたいんだ?」
「えーと。さっきので首をキュッって絞めて気絶させてほしいんです。」
「裸締めで?」
「はいっ。でも首に跡は残さないようにしてくださいねっ」
「あ〜そりゃ無理だわ。」
「ほへっ?何でですか?」
「喉に跡を残さないで、頚動脈を絞めて人を落とすってのは意外と難しいんすよ。」
「武術やっている人ならできない事はないけどですけどね。」
ピートも補足する。
「やっぱりそうですかぁ…」
下を向き何かを考え込む。そしてパッと顔を上げ何かを決意した表情を見せた。
「あの「お前たち何をやっているっ!!!」…」
振り向く彼らの前、死人のような顔色の長井が屋上のドアの前に立っていた。
一方、そのころ。美神は何度目かのコールの末にやっと母親と連絡をつけることができた。電話口に出た母親に叩きつけるように言葉をむける。
「ちょっとママ。何やっているのよ!」
「何って。天野唯って娘のことよ。知っているんでしょ!」
「知っているって。だったらなんであんなことさせているのよっ!」
そういって美智恵にことのあらましを告げる。美智恵も知らなかったようだ。
早速、手配すると確約を得た。
だが…
「もう…ちゃんとしてよ。らしくないわねぇ…自分の部下のことでしょ!だいたいなんであんな娘がGメンで警察なのよ。」
「え?!特別ってどういう…六道のおばさまの紹介?!」
「何よ?…その力って…物と会話するってんじゃないの?違うって何が…」
「…そんな……なんてことなの…」
「……そう…わかったわ。じゃあ後でね…」
電話を切るとイスにどっかと腰を下ろす。
その顔にはあせりの色がある。しばしの逡巡の後、意を決してすくっと立ち上がった。
嫌な予感がするのだ。こういう時の美神は自分の霊感を信じることにしている。
だから…
「タマモ!シロと留守番お願い!!」
そうして美神は事務所を飛び出した。嫌な予感はますます強くなっていた…
後書きと言い訳
ごめんなさい。と今回はいきなり謝ります。犬雀です。
あと三話と言いましたが、今回の「幼い蜘蛛」と「蛍」の間に「キス」が入っちゃいました。そしてその後の一話(まだ題名未定です。)で終わりです。
長井の心理背景にスペースとりすぎました。初SSということで何とかお許しください。
では
>九尾様
犯人は長井のようなそうでないような…次回でハッキリします。させます。確実に。
>wata様
唯を可愛がっていただけて光栄です。
>AZC様
横島くん唯を支えれるんでしょうかねぇ。ちょっと不安です。
>黒川様
ネタばらししちゃうと美神とは近いですね。けど令子は彼女と面識はありません。
>通りすわり様
タイガーは活躍させたいです。けど口調が難しいですよねぇ。
>黒鐘様
あああ。落ち着いてください。署長はどういう目にあうか今考え中です。いいことは無いと思いますが…。
>MAGIふぁ様
タイガーの能力は「蛍」でちょこっと活躍します。
>柳野雫様
痛いです。こんな外道な設定を考える犬めをお許しください。
>紫竜
5本もとったら頭がなくなっちゃいますよう。