シーン9 「能力(ちから)」
重苦しい空気を払いのけるように愛子が美神に話を振る。
「ところで美神さん。矛盾って何なの?」
「あ、ああ、そのことね。簡単なことよ。」
疑問符を浮かべる除霊委員の面々。唯も両手にシュークリームを持ったまま美神に注目する。タマモは先ほどからシュークリームの中身だけをチュウチュウと吸っている。
タマモの前には中身だけを吸い尽くされて横たわるシュークリームの亡骸たち…。
お菓子として誕生したのに、こんなバッドエンドでは彼らもさぞかし無念だろう。
「あのね。仮に木島優子という子が三階教室から飛び降りたとしたら…」
ふんふんと頷く除霊委員一同。
「窓はいつ開いたのかしら?」
ハッと気がつく愛子。そういえば彼女が落ちる前に三階の窓が開いた音はしていない。
あの校舎で直上階の窓が開けば彼女にその音が聞こえないはずはないのだ。
「最初っから開いていたんじゃないですかいノー」
「だったら宿直の教師が見回りのとき気づくでしょ。」
タイガーの反論を一言で封じる美神。一同を見回して後を続ける。
「そりゃあ可能性として教師が気がつかなかったってケースも考えられるわ。でもね。だったら彼女はどこにいたの?どうやって教室に入ったの?ドアの開いた音は?」
「教室だったら隠れるところいっぱいあるんじゃないですか?ロッカーとか」
「そうね。でも、たまたま自殺しようとした女子生徒がいて、たまたま閉め忘れた窓があって、たまたまそれを教師が見落として、たまたま隠れていることが見つからずになんて偶然が続くと思う?ありえないことではないけど不自然だわ。」
「だったらどこから落ちたんすか?」
タマモの前のシュークリームに同情の視線を向けつつ横島。
「三階でないならその上でしょ。」
「「「屋上!?」」」
またまたハモる除霊委員たち。だがピートが再び反論する。
「でも、屋上はずっと鍵がかかっていて開きませんよ?」
「だから鍵を使える奴が係わっているって事じゃない。その長井って教師はなんて言っているの?」
唯に話を振ると、唯は突然自分に話を振られて驚いた拍子にシュークリームを丸呑みしたのか喉を押さえてジタバタしていたりする。一気に二個食おうとするからだ…
「へ、へあうぅう〜。え、えとですね。長井さんは見回りに行こうとしたら下から凄い音がするので、行ってみたら愛子さんがいた…ってなことだそうです。」
無い胸を叩きながらなんとか話し終える唯。やっぱし涙目。
「ふーん…なんにせよ。事件の鍵は屋上にあるわね。あなた屋上では話聞いたの?」
「いえ〜。三階の子達とか校庭の子達とはお話しましたけど、屋上は聞いてません〜。」
「三階の子はなんて言っているの?」
むーーーーと考える唯。
「そういえば「オトサレル」のは見てないけど、「オチル」のは見たって言ってます。でも言われて見れば「オチタ」って言った子はいませんでした。」
「それはきっと窓の外を落ちていく彼女を見たってことね…」
「はい。そうかも…ですぅ。」
ふーむ…と再び思考に戻ろうとする令子だが、それを遮るように横島が令子に声をかける。
「あの…さっきから不思議なんですけど。愛子のほかに目撃者いたんすか?」
その問いに一瞬、ピクッと反応する令子だったが、ひとつ息を吐くと確認するように唯を見る。
唯も一瞬、顔を曇らせるがすぐに表情をヘケッと笑顔に戻し、シタッと立ち上がると腰に手をあて無い胸をフンッとそらしエッヘンと咳払い一つ。
皆があっけにとられる中で堂々と宣言した。
「そこで私の能力(ちから)ですっ!!」
「「「は?」」」
驚きあきれる除霊委員たち。それにはかまわず唯は先を続ける。
「私は『物さん』とお話が出来るんですよっ!!ですから〜。今朝、タダオくんが私にしたヒドイこともちゃんと「白基地君」から聞いてたりしますぅ〜。」
そう言ってニヤリと笑う。
「お、俺が何をしたとおっしゃいますか…。」
横島冷や汗ダラダラ…。何かしたと自供したも同然。まあ実際したんだが…。
「うっうっ。私…汚されちゃいましたぁ!!」
両拳で目を押さえ、泣きまねをしつつ爆弾発言をかます唯。確かに汚されたには違いない。生ゴミで…。
「ほほ〜う。」
シャキン!と再び神通棍を伸ばしつつ「ふしゅ〜」と黒い息を吐く令子。その隣でいい感じに机で素振りする愛子。ちなみにタマモも火の玉魔球のセットポジションに入っていた。
「い、いや、ご、誤解っす。お、俺は何もしてなっいすからぁ!あれは不可抗力だったんじゃあぁぁぁ!!」
その三人に両手を向け涙をダバダバと流しながら必死に命乞いをする横島の背後では、唯が両手にチョキを作り体を震わせて「ふぉっふぉっふぉっ」と笑っている。
うつむいた顔にかかった前髪の間で光る目がちょっと怖い。
どうやら今朝の恨みを晴らすことに決めたようだ。
「ジャーマン・スープレックスしましたね…」
「うっ!」
「「「はぁ?」」」
唯の告発第一号をまともに胸に受けてよろける横島。
しかし女性陣は自分達の予想とはるかにかけ離れた告発にあっけにとられる。
怒りの温度急降下。
「ズボン脱がしてパンツ見ましたねぇ〜」
「うおぉっ!」
「「「何いっ!!」」」
温度計急上昇。
「パイル・ドライバーしましたねっ!!」
「あうあうあう…」
「「「???」」」
温度計急降下。
そこで一息つくと「すーっ」大きく息を吸い込んで止めの一撃を繰り出す!
「おっぱい揉みましたねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「いや!違うっ。あれは怪我を確認!って言うか揉んでねぇぇぇぇ!だいたい揉むほどあるかっ!!」
「へあうっ!」
思わぬ反撃に大ダメージを受けよろめくも、沸点突破した女性陣の猛攻の前に沈没する横島を見て心の中でガッツポーズ。
(勝ちました…苦しい戦いでしたが、これぞまさしく「肉を切らせて骨を絶つ」の境地ですぅ。)
だが…その勝利も短い栄光でしかなかった。
「横島あぁぁぁ。このロリコンがぁぁぁ!!」
唯の耳に届く美神の雄たけび。
ガーーーーーーン
「唯ちゃん。ごめんネ。うちの馬鹿が酷いことして…」
女性の敵(令子視点)を粉砕しスッキリした表情で振り向いた美神が見たものは
「ろりこん…ろりこん…どうせわたしは幼児体型……しょせんナイチチ…」
と、ブツブツいいながらしゃがみこんで絨毯をプチプチむしっている唯の姿。
どうやら自分の骨も絶たれたようだった。
『あっ。痛っ。痛いです。唯さん。ヤメテッ!美神オーナー止めてくださいっ!』
何はともあれ、人工幽霊壱号の必死の懇願と三匹の修羅に恐れをなしていた吸血鬼と精神感応者が勇気を振り絞ってとりなしたことで話題再開。
「白基地君」を知らない他のメンバーにしてみれば唯の能力はよくわからない。
「んとですねぇ。だったらぁ」
そう言いながら部屋を見回した唯は、壁にかかっている一枚の風景画を見つけるとトテトテトテと近づいた。
「この子とお話してみますね。」
そう言うと、おでこを絵にピタっとつけ、目を閉じ、何かを念じる。
唯の体が青白くポウッと光る。
その光を見た横島の胸にツキンと小さな痛みが走った…。
数分後、唯の体から光が消えると、彼女はフウッと一息ついてこちらを振り返った。
その顔には疲労の色がある。
「えとですね。この子が言うには、この子の後ろの壁には人には言えない金「ストーーーーップ!!」
…へぁ?」
大慌てで待ったをかける美神。その顔には冷や汗ダラダラ…。
絵の裏に何があったかわかろうというものだ。
「ま、まあ、唯ちゃんの力はわかったわ。うん。私が保証する。」
ギン!と無言のプレッシャーを発しつつ言う美神に対し、突っ込めば命にかかわると判断する一同。話を元に戻すことにする。
「凄いですね。じゃあ草とか木とかとも話せるんですか?」
「あ、生きている子たちは駄目なんですぅ。」
教会の野菜たちを思い出すピートに「その子たちは元々魂がありますから」と答える唯。
「んじゃ「物」限定ってことですかいノー」
「はいっ。でもあんまり大きいのは駄目ですう。」
「話をするってどんな感じなんだ?」と横島。
「えっと。正確に言えばお話をするっていうよりも、その子と一つになるって感じですぅ。」
「ん〜よくわからん。」
首を傾げる横島に美神が説明する。
「つまりさっきの唯ちゃんは唯ちゃんであって絵でもあるってことね。精神を同調させると言うことかしら?」
「ん〜そういうことだと思うんですけど、よく解りません。」
「けど、凄い能力ですね。どこでも目撃証言が得られるってことですから犯罪捜査にはピッタリですね。」
「そうだな。事故なんかでも車に聞けばどっちが悪いかとかすぐわかるもんな。」
「あ、それはなるべくやりたくないですぅ。」
「なんで?」
「壊れていたりすると私も痛いですからぁ…」
「そういうもんなんだ」「痛いのとか駄目そうだもんなぁ」と納得する除霊委員一同。その言葉に「エヘヘ」と笑いながら頭を掻く唯。
だが一人、美神の表情は険しい。
「ともかくっ!屋上に行けば何かわかるかもってことね。このままにしておくなんて青春とは言えないわっ!」
立ち上がる愛子に「そうだな」「ですね」「じゃノー」「ですうっ」と同調する面々。
「美神さんはどうするんすか?」
「んー。私はパス。ちょっと調べたいことがあるし…」
美神の返答に了解っすと答えて五人は事務所を後にした。
横島たちが去った後の応接室で、冷めたコーヒーを前に考え込む美神にタマモが話しかけた。
「ねえ、美神?」
「ん?何、タマモ?」
「さっきあの娘の能力の話のときにさ。何であんなに怖い顔したの?」
溜め息…
「タマモ…あの娘の能力って何だと思う?」
「え?物と同調するってことでしょ。確かにレアだけどそんなに危険なものじゃないわ。」
「あの娘の言ったこと覚えている?」
「えーと。物と会話できる。生きてるものとは話せない。だっけ?」
「そうね。でもその前にこうも言ったわ。霊とは話せない。でも木島優子本人とは話したってね…」
「それがどうかしたの…」
「あの子はね、木島優子の『死体』と同調したのよ…。」
「死体と同調するって…」
「さっきあの娘が言っていたわよね。「壊れたものとは同調したくない」って…。」
「うん」
「ねえ、タマモ。仮に壊れた車が突然、人間の感覚を得たらどうなるかしら?」
「痛いとか苦しいとか思うんじゃない?」
「そうね。だったらこんなのはどう?ある朝、目覚めたらあなたの体がめちゃくちゃに壊れていたとしたら?」
「考えたくもないわ」
「それをあの娘は感じているのよ。そしてその苦痛をまさに自分のこととして体感しながら必要な情報を得ているんだと思うわ…」
「ちょっと待ってよ!それって……!!」
「ええ……このままだと遠からずあの娘は壊れるわね…」
コーヒーが苦い…
後書きと言い訳
ども。犬雀です。今回で唯の一つ目の能力を明かすことができました。
はい。唯ちゃん、物と会話できますって言うか物になりきれます。
本当はもっとまとめていたんですが、唯がはっちゃける最後の機会になりますのでこんな取り止めのない長文になってしまいました。ご容赦くださいませ。
令子の言っていた矛盾ですが、実に単純な話でした。複雑なトリックを期待した方がいましたらごめんなさいです。不肖、犬めにはそんな高尚な頭はありません。シクシク。
えと、残すところあと数話になりました。
次話「幼い蜘蛛」と「蛍」を経て最終話となる「一応」の予定です。
よろしければ最後までお付き合いくださいませ。ではでは。
>九尾様
オチタ云々の伏線の回収は次々話「蛍」にで行う予定です。
>紫竜様
はい。手を組んでというのも伏線です。なんかもうバレバレですな。
>藍様
その予想の回答は次話と次々話にまたがる予定です。よろしければ見てやってくださいませ。
>陽炎様
ドキッ!鋭いです。はい。木島令子は学校を出てませんでした。
どこにいて何をしていたかは次で…。
>小野様
えと。今回も唯の能力に関する描写に関してはダークにしようと思ったんですが、最初の部分が壊れなので両方つけちゃいました。
バッドエンドを迎えたのはシュークリームってことで…ああっ嘘です見捨て無いでください。