シーン8 「深夜の学校にて」
「おっじゃまっしま〜す!」
軽い掛け声とともに愛子と室内に入ってきた制服姿の唯を見て、除霊委員の面々と美神令子は一様に硬直した。
その後、唯の自己紹介からの一連のやり取りの中で、突然、自分の体の中に発生した局地的異空間に人工幽霊壱号が激しく戸惑うという場面もあったが、まあ、とりあえずこれで全員集合となった。
ちなみにシロは唯の声を聞くなり「拙者は精神修養のため座禅を組むでござるっ!」と自室に逃走した。何かがトラウマになったらしい。
タマモはいまだに「ギニア高地風」と格闘中。そのせいで珍妙な時空に巻き込まれなかったのは幸いと言うべきか。
さて愛子も来た事だし昨夜の話を聞こうかということになった面々は、応接室へと移動する。おキヌでもいればお茶が出てくるところだが、あいにくとまだ学校に行っている。
仕方なしに令子自らがコーヒーでもと思ったら、横島が「あ、俺がやるっすよ」と勝手知ったる台所へ向かった。
さてお茶請けは?と思っていたら唯が口を開いた。
「あ、そういえばお土産忘れてましたっ!」
とテーブルに乗せたのは、どこから取り出したのかケーキ屋さんの箱。ただし並みの大きさではない。
「あ、ありがと…」
礼を言いながらも令子の顔色は悪い。
そりゃあ、でっかいケーキの箱の中にみっちりと詰め込まれたシュークリームの大群、その数およそ100個、なんてものを見れば見ただけで胸焼けするというものだろう。
買うところに付き合わされたんだろう。愛子もゲンナリした顔をしている。
一人タマモだけはシュークリームの甘い匂いに誘われて「クウ〜ン」ってな様子でこちらを見ている。
「あ、キツネさんもどうぞ〜」
呼ばれて嬉しそうにテーブルへやって来るタマモ。
「ギニア風味」との戦いは後日へ持ち越しのようだ。
コーヒーを煎れた横島が戻って来たところで今朝の事件の話になった。
「それで警察は何を掴んでいるの?まさか愛子ちゃんが疑われているってことはないわよね?」
令子の問いかけに唯が手をパタパタ振りながら答える。
「あ、それはないですぅ。えーとですね。わかっていることは…」
胸ポケットから出した手帳を見ながら唯にしてはすらすらと話し出す。
「亡くなったのはタダオくんの学校の三年生で『木島 優子』さんです。」
そうして「知ってる?」という具合に小首をかしげて横島たちを見る。
そろって首を横に振る除霊委員。
「んと…死亡推定時刻は昨夜の11時ですね。死因はまだはっきりとわかってませんが、五郎さんが見たところでは頭部の強打による脳挫傷と内臓破裂による出血性ショックではないかと…ほとんど即死だったんじゃないかってことです。」
多少、言いにくそうな唯に令子が質問する。
「五郎さんて?」
「あ、鑑識さんの偉い人ですぅ。ガーデニングが趣味のとっても優しい人ですよっ。」
いや、そこまでは聞いてないから、と全員心の中で裏手突っ込み。
「それじゃあ、事故か自殺か他殺かってことはまだ警察は掴んでないんですね?」
「えとえと…事故じゃないと思います。校舎の三階の窓が開いていたからそこから飛び降りたんんじゃないか?って言ってました。」
ピートの問いかけに手帳をぺらぺらとめくりながら答える唯。
「他殺ってことはないんすか?誰かが忍び込んだとか…」
「んとですねぇ。五郎さんが言うには校舎に外部から人が入った形跡はないそうです。私もいろんな子に聞いてみたんですけど、みんな「ヨルニナッテコウシャニハイッタモノハナイ…」って言ってますからその線は無いと思いますぅ。」
「んじゃあ、やっぱし自殺っちゅうことですかいノー」
「そうねぇ…じゃあ愛子ちゃんの話も聞いて見ましょうか?」
そう令子に促され、それじゃあとコーヒーで口を湿らせて一息、そうして愛子の回想が始まった。
教師に受けのいい愛子には放課後にいろいろと特典があったりする。
数学の教師からはPCの使い方を個人授業してもらい、商業科の免許を持っている教師からは簿記を習っている。
いずれ学校妖怪を卒業してどっかの事務所妖怪にでもなるつもりかも知れない。
それがどこの事務所かは乙女の秘密という奴だ。
数学の教師が帰宅するのを玄関までお見送りした愛子は今夜の予定をどうしようか?と考える。
宿直の教師が美術の暮井だったならば宿直室に押しかけてテレビでも見せてもらうところだが、今夜の宿直は長井という今年の春に転任してきた男性教師であった。
モデルのような容姿であり、人当たりもよく、生徒の相談事にも親身になってくれると
同級生の女の子たちには評判がいい。
だが愛子はこの男が嫌いだった。
確かに人当たりは良いだろう。妖怪である愛子にも話しかけてくる。だが長井が自分に話しかけるのは「他人が見ているところ」限定なのだ。
人の「想い」が凝り固まって意識を持った付喪神の愛子は、人間の「想い」に敏感だ。ゆえに長井が「妖怪にさえ偏見なく話しかける優しい男」というアピールに自分を利用しているのが見え見えだ。良い先生の上辺だけを演じている。
妖怪でなくても多少でも人見る目を持っているなら大人なら簡単に見抜けるだろう。長井という教師はその程度の浅薄な人格だった。
だから今夜は教室で予習復習することにした。どうせ明日の朝になれば「うぉぉぉぉ宿題忘れた〜」と自分の想い人が泣き喚くだろう。その彼に「はい。急いで写しなさいよ。」とノートの渡すというの何となく青春ぽくて楽しそうだ。
愛子が宿題に熱中していると廊下を歩くスリッパの音が聞こえ始めた。長井が見回りを始めたらしい。各教室も確認しているのだろう。バタンバタンとドアを開ける音が静まり返った校舎に耳障りに響きわたる。
足音とドアの音は一階から二階へと向かってきた。だが長井がこの教室を覗くことはない。他の教師なら巡回がてら愛子に「よっ。頑張ってるな」と声をかけたりするが、他人の目のない深夜の学校で妖怪に近づくなど思いもよらないのだろう。
臆病で見栄っ張りなのだ。長井という教師は…。
耳障りな音はやがて三階に向かい、しばらくして階段を下りていく音が聞こえてきた、今夜の巡回は終わったのだろう、そして愛子は再び勉強に集中した。
どれほど時間がたったか…勉強に夢中になっていた愛子はふと窓の外に目を向けた。
外から優しい月の光が差し込んでいる。静まり返った校舎でその光は幻想的な光景に思えた。
その時、窓の外を何かがよぎった。
ほんの一瞬だったが愛子には、目を閉じ胸の前で祈るように手を合わせながら逆さまに落ちていく少女がはっきり見えた。
慌てて窓に走りより、大急ぎで窓を開ける。
ガラガラガラガラガラ
ほぼ無人の校舎にガラス窓の開閉音が響き渡る。
そうして開いた窓から下を覗き込んだ愛子は見た。
仰向けになり地面に倒れる少女を…。
広がった黒髪の間から夜目にもハッキリとわかる赤いしみが広がっていく…。
少女の体が末期の痙攣を始めるのを見て、愛子は自分の本体を担ぎながら教室を飛び出した。
大急ぎで一階の宿直室へ向かう。何はともあれ大至急救急車を呼ばねば!
しかし宿直室は鍵がかかっていた。長井は二回目の見回りにでも行っているのだろうか
宿直室にその気配はない。
肝心なときに役に立たない男に内心舌打ちしつつ、愛子は玄関に向かった。
廊下の角を曲がった時、階段を下りてきた長井と出くわす。
彼に事情を話すが「妖怪が人を驚かそうとしているんだろう」とでも思っているのか信じようとしない。噛み付きそうな勢いで訴えかけると、ようやく尋常ではないと理解したのか、「外は自分が行くから君は警察と消防と校長に連絡してくれ!」と愛子に鍵束を渡して玄関に走り出した。
愛子は職員室に直行し、消防と警察に連絡したが校長の番号が一生徒である愛子にはわからない。おたおたしているうちにメモリーに学校長自宅とあるのにやっと気づき、連絡することが出来た。
すべての連絡が終わって外に飛び出してみると、倒れた少女の前に呆然と立ち尽くしている長井がいた。
愛子の回想を聞き考え込む除霊委員の面々、だが美神令子だけは何か得心がいった様子だった。その美神に気づく横島。
「美神さん、何かわかったんすか?」
「はぁ?あんたたち誰も気づかないの?こんなもんその長井って奴が犯人に決まっているでしょ。」
「確かに殺人であるとすれば、学校には愛子さんと長井先生しかいないんですから消去法で彼が犯人なんでしょうけど…」
「自殺だとするとね。唯ちゃんと愛子ちゃんの話には矛盾が出てくるの。」
ピートの言葉に令子が答え、「ねぇ」と唯に相槌を求める。
コクリと令子にうなずく唯だがその表情はさえない。
「何?何かあるの?」
問う令子に「むー」と考え込んでいた唯だが、やがて意を決したように口を開く。
「あのですね。現場に行く前にご本人さんに聞いてみたんですが…「オチタ」ってしか言わないんです。「オトサレタ」じゃないんですぅ。」
「ご本人って何?じゃあその木島って娘、霊になっているの?」
令子は不思議そうに聞く。
人は死んだら霊になる。だが必ずしもその場にとどまるとは限らないのだ。
即座に成仏するものもあれば、浮遊霊になってさまよい歩くものもいる。
地縛霊になるのはごく一部なのだ。だが、木島という娘が霊になっているのであれば話は早い。その霊に何があったか直接聞けばそれが証拠とは認められなくても捜査の方針はつかめるだろう。
霊能者である唯が迷う理由がわからない。
その令子の問いの意味を正確に理解したのだろう。唯は少しうつむき加減で言う。
「んー。見回しましたけど木島さんの幽霊さんはいませんでしたぁ。それに私は幽霊さんとあんまり喋れないんですぅ。」
「じゃあ何と…」と言いかけて令子は気がついた。目の前のあどけない感じの残る少女の持つ能力に…。でも…まさか…そんなことをこの娘がやっていたと言うのか?
全身に悪寒が走る。
令子の顔色から彼女が何を考えているか読んだのか、唯は儚げに笑うと「お仕事ですからぁ…」と言った。その手がかすかに震えている。
だから令子は理解した。この娘が好きでその能力を使っていないということに…。
そしてそれを無理やり使わせているであろう彼女の上司たちに暗い怒りを燃やす。
事務所内に重苦しい雰囲気が立ち込めた…
後書きと言い訳
やっと今回、学校で何が起きたか書けました〜。
でもトリックとかそういうのはないですよ。令子の指摘した矛盾ってのは実に単純なことだったりします。(もしかしたら犬雀が気づかない矛盾もいっぱいあるかも…発見した方はご指摘くださいね。)
それと…ごめんなさい。またまた引っ張ってしまいました。
矛盾とは何か?唯の能力とは?(皆様もうお気づきですよね…)
これは次回で必ず明らかにします。
次回は除霊委員の面々が学校に向かいます。そこで何が起きるか…どうぞ最後までお見捨てなきようお願いします。(平身低頭)
では。
>小野様
なんとかバッドは避けたいと思います。うん!大丈夫……かな?
>九尾様
なんとか救いのある話にしたいです。努力します。
>紫竜様
あと少しですのでお付き合いくださいませ。(土下座)
>ラウ様
ああああ・・・やってしまってました。ご指摘ありがとうございます。
今後とも色々指摘してやってください。
お楽しみいただけているようで幸いです。