シーン7 「美神令子除霊事務所」
取調室生徒指導室の中に響く嗚咽の音がおさまったことを背中で感じた黒岩はゆっくりと唯に向き直った。
目を真っ赤にし顔に涙と鼻水の跡をつけながらも、まっすぐに正面を向く唯を見て黒岩は厳しい口調で言った。
「お嬢、今日はもう帰って休め…」
「え?でもまだ仕事が…」
「そんなものは誰か別の奴がやる…。お嬢は昨日もろくに寝てないだろ…」
嘘である。唯の代わりが出来る人材はいない。それゆえに休日・非番関係なしに仕事に駆り出されているのだ。
「あ、それなら大丈夫ですぅ。歩きながら寝てますから〜」
そう言ってヘケッっと笑う唯。なかなか危険な娘だ。
とにかく帰って休む気は無いらしい。短い付き合いながらこうなったら簡単には引かない娘だということも知っている。
「だったら命令だ…。天野捜査官、先ほど俺が話を聞いていた娘を覚えているか?」
「へ?あ、はい!机の付喪神ちゃんですね。さっき廊下ですれ違いましたっ!」
「「つくも」だか「つくね」だか知らんが、あの娘は学校に寝泊りしているそうだ…。こんな事件の起きたばかりの学校に寝泊りさせるのは酷だと思わんか?」
「へうっ!確かにそうであります!!」
何ゆえ軍隊口調?
「よろしい。命令だ天野捜査官!先ほどの娘を速やかに保護し、ホテルなりどこなり今晩の宿を確保した後、彼女の身の安全が確保されるまで身辺警護を命ずる!拒否は許さん!!」
「さー!いえっさー!!」
ですから何ゆえ軍隊口調?
「天野軍曹!了解であります!!」
いつの間にか階級まで詐称してピシっと軍隊式の敬礼する唯。そのまま振り返り駆け出そうとするも「あ〜。お嬢…。これは俺の個人的な命令だから請求書を経理に通すなよ…」と言う黒岩の言葉に勢いをそがれて踏鞴を踏む。
ベチッ!
ドアに鼻をぶつけ涙目で「ひゃぃ…」と返答するとそのまま退出した。
本来、黒岩には課長待遇の唯に命令する権限は無い。
だからこれは「警察官」ではなく「大人の男」としての命令。
唯の能力を、自分の出世への点数稼ぎに使いまくるキャリア組である青二才の署長が文句を言うだろうが知ったことじゃない。
(これ以上、お嬢を追い込むようなら…)
唇の端だけで薄く笑う黒岩。
部屋の温度か僅かに下がった。
校門で立番をしていた警官から横島の伝言を聞いた愛子は、横島の配慮を嬉しく思いつつその厚意に甘えるべきかどうか迷っていた。
その時、背後から「そこの机の人〜。待ってくださいぃ〜」と自分を呼び止める子供の声を聞いた。振り向いて見たものは自分と同い年の見かけの少女がこちらに向けて走り寄ってくる姿。
タッタッタッタ…ベチッ(へあっ!)…プ…プルプルプル…ムクッ…タッタッタッ
愛子はやや呆然としながらも、こけた時に打ったのか鼻から一筋の流血を見せながらもなんとか自分のところにたどり着いた少女を見つめていた。
服装から察するに、こんななりでも警察関係者らしい。どうみても自分の同級生たち以下にしか見えなかったが…。
「あ、あの…大丈夫?鼻血出てるわよ…」
ハンカチを渡しつつ尋ねる。
「へ?へうっ!だ…大丈夫ですっ。慣れてますから」
鼻を押さえつつ言う少女。どうみても警察関係者には見えない。それはともかく
「あの…それで私に何か御用かな?」
子供に聞くように聞いてみる。
「あ、はいっ!!私とお泊りしませんかっ?!」
目が点になった…。
横島たちが事務所についてみると、まだ午前中だというに珍しくも令子が起きていて居候の妖狐タマモとブランチを楽しんでいた。令子はトーストとハムエッグ。タマモは「お揚げの新境地を目指すわ!」と自ら腕を振るった創作料理『お揚げのチリソース煮ギニア高地風』。だが辛さの加減を間違えたのだろう、一口食べるたびに涙ぐむ。
しかし令子から「残すんじゃあないわよ」と釘を刺されているため、目下、『八甲田山の天が我を見放すほど冷たい水』と言う名のミネラルウォーター2リットルを片手に自作料理と格闘中である。
敗色濃厚…
『美神オーナー。横島さんたちががおみえになりました。』との人口幽霊壱号の声に(あのアホは、また学校サボって飯をたかりに来たわね…)と思いつつも通すように告げる。
人口幽霊に促されて横島とピートたちが入ってくる。横島ならともかくこんな時間にピートやタイガーまでが来るのは不思議だ。
しかも三人とも学生服のままなのだ。となれば「感」のいい令子のこと、学校で何かあったのだろうと察しはつく。
「で?何があったのよ」
食事を片付け、コーヒー片手に所長イスに腰掛けるなり令子は聞く。
「実はですね…」
「かくかくしかじか」と学校での出来事を令子に説明するピート。
こういうことは彼の役目だ。横でうなずく横島とタイガー。
シロはといえばタマモの創作料理を味見と称して一切れ口に入れたとたんに「キャイン」と鳴いて洗面所へ犬まっしぐら。
「…ってことで、もしかしたら愛子がなんか連絡してくるかもと思ってここに来たんすよ」
ピートの説明を受けて横島がまとめる。なるほどと納得した。
事件とやらをざっと聞いた範囲では霊障とは思えない。そう心配することではないだろう。だったら仕事もない今日はこの連中に付き合うのもいい暇つぶしになる。
そう思って「良いわよ」と軽く言う。
「「「えっ!!」」」
ハモる三人。
「何よ。なんで驚くわけ?」
語尾に混じった若干の不機嫌成分に敏感に反応して沈黙するピートとタイガー。
しかしここには場を読めないことにかけては天才的な男がいたりする。
「いや〜美神さんがこんなあっさり…」
言葉の途中で膨れ上がる怒気に気づく横島。
「ふふ〜ん…」
鼻で笑いながら神通棍を用意する美神。どうやら暇つぶしとストレス解消は出来そうだ。
「あうあうあう…」
情けない声を出しながら壁際まで後退する横島に「ニヤリ」とネズミを追い詰めた白イタチのように舌なめずりしながら美神が近づこうとした時、卓上の電話がなった。
チッ!と舌打ちしつつも電話を取る。二言三言会話をしているうちに美神の怒気が微妙に殺気に変わりつつあることに気づいた横島はこの場から戦略的撤退をしようと目論むが、「ギン!!」と美神ににらまれて硬直する。
「よっこしまく〜ん。あなたにお電話よ。女の子から〜」
(ああっ。美神さんがお願いですから顔の上半分と下半分で違う表情で笑うのやめてっ!マジ怖いっす)
横島、声もない。その横島に追い討ちをかけつつ美神が迫る。
「天野唯ちゃんって言う女の子よ〜。よこしまくん。職場をデートの待ち合わせ場所にするなんていい度胸よね〜♪」
「へっ?!」
マヌケな声を上げた横島の顔色になんか肩透かしをくらった美神が殺気を少し減らし、しばくのは話が終わった後でもいいかも知れないと思い直して受話器を渡す。
「もしもし。代わりました。横島です」
(あ!タダオくんですかぁ〜。唯ですぅ。)
「な、なんで唯さんがここの番号知っているの?」
(へむ〜。唯って呼んでください〜)
「あ〜。んじゃ。唯ちゃん。どうしたの?なんか用事?」
(んとですねぇ。今、愛子ちゃんと一緒にいるんですけどぉ。これからお邪魔していいですかぁ?)
「へ?なんで愛子と?」
(へへーっ。愛子ちゃんとお泊りする予定なんです〜。)
父さん…僕にはもう何がなんだかさっぱりなわけで……
(へうっ〜。駄目ですかぁ?)
「い、いや、いいよ。うん!待っているから。場所は愛子が知ってるもんな」
(はいっ!だったら今すぐ行きますね〜)
ガチャ
受話器を置いて令子に向き直りどこか呆然とした様子で告げる横島に令子も怒気をおさめる。見れば横島の頭上ではサッパリ妖精が「はぁ〜サッパリ!サッパリ!」と踊っていたりする。
「これから愛子が来るそうです…」
「そ、そう?」
「はい…」
「んで、さっきの娘は誰なの?」
「……警察官?」
「いや、私に聞かれても…って警官っっっっ!!」
「そう…みたいです…」
その時、ピンポーンとチャイムの音ともに人口幽霊が告げた。
『美神オーナー、玄関にお客様がお見えです』
「ん?誰?」
「愛子様ともうお一方は不明です。」
「ホントにすぐキターーーーー!!」
相変わらず謎の多い唯であった。
後書きと言うか言い訳
ども。話も終盤に近づいてきた今頃になって題名表記に「(GS+オリキャラ)」としなきゃなかったと気づくお間抜けな犬です。ごめんなさい。
それと今回で事件の説明するとか言ってたのに無理でした。ますますごめんなさいです。五体倒地してお詫びいたします。
一応、最終話までのプロットは雀なみの私の脳内に出来上がっております。
あと3〜4話ってところですが、皆様のありがたきお言葉を参考にして書いております中でどんどん変化していってます。(本来、唯はこんなオポンチでない予定だったんですが…)
え〜。ネタばらししちゃうとこのまま行けば「バッドエンド?」みたいな…でもまだまだ変化しちゃうと思うなぁ…作者が作者ですし。
ともかくあと数話。完結に向けて頑張ります。これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
>シロガネ様
私も幼少のみぎり銭湯でモンモンを「シールだぁ」とはがしに行って親父に殴られた過去を持つ男です。(我ながら阿呆ですな)
>九尾様
唯の能力の一つ目は次回で明らかにする予定…です。多分。
横島君には当然激怒していただきます。それが何に対してかはまだ明かせません。
ご容赦を…
>眞戸澤様
ハッカパイプは唯のプレゼントです。禁煙パイプと間違ったわけですが…
そのあたりの挿話とかもプロットは出来てたりしますけど、書く機会あるのかなぁ。
>紫竜様
黒岩さんは某西部のあの人のイメージで書いてます。あの人にキ〇ィちゃん持たせたら
面白いだろうなぁ。というのが動機ですね。笑っていただけて嬉しいです。