清純・汚れなき存在
白い雪
白百合
砂糖
だけど、どんなにきれいなものでも、必ず汚れるんだ
汚すのは俺だけど
第一話 汚されるもの 前編
あの事件から5年が過ぎた。ジャポネス近郊で突如起こったこの事件を、新聞やニュースでは戦争の勃発とか未確認飛行物体墜落とか競って取り上げ真相究明に躍起になっていた。だが、どんなに探し求めても見つからないものがあるように、謎の解明は一向に進まず結局、迷宮入りのまま人々の関心を失った。そして、事件の当事者はのんきに布団の中で今日も熟睡しているのであった。
が、その静寂はとある珍入者によってけたたましく破られた!!
「グッッッモーーーーニン!!おったるくぅぅぅぅぅん!!さあ、二人の禁断の園へ旅立とうじゃないかぁぁぁぁあ!!」
「朝っぱらからうるせぇぞぉぉぉぉぉ!!」
バッキィィィィィィィィィン!!小樽の廬山昇竜波は、ルパンダイブした花形美剣の顔面を見事に捉え、彼は鼻血を吹きながら宇宙のお星様となったのでした。
「僕の出番これだけかいぃぃぃぃぃぃぃい!!小樽くん愛してるよぉぉぉぉぉお!!」
「いらんわ!!宇宙のチリになってしまぇぇぇぇぇい!!」
午前7時30分・間宮小樽は不機嫌な朝を迎えたのであった。小樽はこのかさはり長屋に仮住まいする御年17歳のジャポネスっ子だ。朝は毎日花形の襲撃で目を覚まし、“日雇いアルバイト”で生計をたて、夜は“自室”か長屋で眠るという健康的な生活をしていた。これは気分転換のようなことだが、なにぶん苦労の多い小樽にとって一時の安らぎはすばらしいものだった。花形を見事に撃退した−それでも毎回驚くべき再生能力で復活する−小樽は、朝食の準備に取りかかろうとして突然動きを止めて壁の時計をみた。
ただいまの時刻・午前8時30分
「遅刻だぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
小樽は疾風のごとく服を着替えるとダストシュートに滑り込んだ。これは外見はただのゴミ捨て専用だが、じつはジャポネス城の地下施設と直結する小樽の交通手段だった。傾斜角度60度の急降下滑り台の旅を終えると、会議室まで突っ走っていった。
「ほっほっほ。小樽、今日も威勢がよいのぉ。感心、感心。」
会議室にはすでに将軍・徳川家安が来ていた。恰幅のよい老人は小樽を信頼しており茶化すのが趣味だった。この光景に側近たる大江久保 彦左衛門や、御庭番マリオネット・玉三郎と梅幸も微笑んだ。以前小樽が時間ぴったりに登場したとき、家安は天変地異がおきはしないかと心配してシェルターに避難したことがあったほどだ。しかし、そんな好々爺な将軍もしばらくすると真剣な面もちになっていた。
「さて、小樽。お主を呼んだのは言うまでもない。ここのところ、ガルドランドが怪しい動きをしていることは彦左衛門から聞いておるな」
「はっ!!」
「ふむ。皆も知っての通り、ガルドランド総統・ファウストが昨夜、ジャポネスとの友好同盟を破棄し戦争を仕掛けるとの通告をしてきた。もし、戦争になれば双方に大きな被害がでることはもはや言うまでもなかろう。」
「小樽、お主には近々ガルドランドへの任務に赴いてことになるが、ニューテキサスの任務に続いての隠密作戦引き受けてくれるか?」
小樽は不適な笑みを浮かべて答えた。
「ご安心を。この小樽、必ずや任務達成をしてご覧に入れます。将軍様は茶でも飲みながらゆっくりしてくんな」
家安は小樽の力強い言葉に優しい笑みを浮かべて返した。彦左衛門は小樽の言葉づかいをたしなめようとしたが、楽しそうに微笑む主君を見ると言うのをやめた。
会議が終わると小樽は家安に呼び止められ、天守閣にある家安の自室で午後のお茶を楽しんでいた。家安は小樽を相手に将棋をするのだが、小樽はなかなか強く今のところ16戦8勝8敗と拮抗していた。今は17戦目を楽しんでいるところだった。
「小樽・・すまんな。いつもお主を危ない目に遭わせてしまう」
パチリ
「何を言うんですかい。あのとき助けてもらったご恩を考えりゃあ、こんなことぐらいへでもありませんや。おっ?!飛車取ったりぃ」
パチリ、カチャ
「むむっ!!そうきたか・・・・そういえばお主がこのジャポネスに流れるついて、もう5年になるのだな。よしっ!!桂馬はいただいたぞ」
パチリ、カチャン
小樽はふと、窓の外の景色を眺めた。そう、あれから5年が過ぎたのだ。
施設を爆破してすぐ、ジャポネスから調査部隊が現場にやってきた。そのすさまじい光景に、梅幸や玉三郎は付近に敵国のマリオネットが潜んでいないかサーチしていて偶然ジャポネスに向かう小樽を発見したのだ。何を質問しても答えない小樽を怪しいと思った二人は番屋へ連行しようとして小樽と戦闘状態になった。ただのクローンとは思えない戦闘能力に戦闘マリオネット部隊も二人も、完膚無きまでに四肢を砕かれてもはやこれまでと覚悟を決めた。
だが、それは駆けつけた家安によって危ないところで阻止された。家安は彼を保護し、温かい食事と寝床と与えた。そんなある日、小樽が捨てられた子猫を拾って帰ってきた。家安は小樽が飼うのかと聞こうとして愕然とした。小樽は子猫の首をちぎっておもちゃのように手の上で転がしていたのだ。家安が問いただすと小樽は『弱い存在は生きている必要がない』と無表情に答えた。小樽の雰囲気に危うさを感じた家安は、その日から花の美しさや愛することの大切さ、命の尊さを教えた。しかし、そんな努力もむなしく小樽は感情を示さず数カ月が過ぎた。
だが、ある時小樽が食事中に『おいしい』と一言漏らした。それをきっかけにして、小樽は少しずつ微笑んだり怒ったりするようになった。やがて、小樽は家安に自分の正体を話し出した。
『実験クローン?!ばかな!!それが事実だとすれば、小樽は!!』
彦左衛門を手で制すると家安は優しく尋ねた。
『小樽よ。実験とはなんじゃ?』
『あいつら、俺たちを“商品”って呼んだんだ。俺たちは特別なクローンなんだって。どんなマリオネットにも負けない無敵の存在だって』
『無敵?確かに我らを倒したお主は強い。だが、なぜそんなに強いのだ?』
玉三郎の言葉に小樽は暫く黙った後、ゆっくりと話した。
『普通のクローンは、個性を出すために少しばかり遺伝子をコントロールするだろ?でも、俺たちは遺伝子を完全に組み替えてるんだ。でも、ただ組み替えるだけじゃ強くならないから、そこにいろんな獣の遺伝子を組み込んである』
『な、何だと!!それは完全な人権無視、いや、虐待ではないか!!』
“ビーストソルジャー”と呼ばれたその計画は、クローンの遺伝子に獣の遺伝子を組み込み、その特性をどう猛さを持ち合わせた史上最強の兵士を創り出すというまさしく神の領域を侵したものだった。しかし、製造されたクローンのほとんどは遺伝子の暴走や拒絶反応によって実験中に死亡したり、殺されたりしていた。小樽はその中で誕生した、たった一人の“成功商品”だったのだ。また、そのどう猛さを制御し命令を聞かせるために製造された“夜叉回路”が小樽の身体に組み込まれていた。おまけにその回路の副作用は、小樽の年齢を設定されたところで止めるばかりか、驚異の自然治癒力まで生み出していた。さらに獣の雄が持つ発情期の興奮や苦しみまで。その痛ましい事実に家安は涙し、小樽を優しく強く抱きしめて誓った。二度とそんなことはさせない。小樽のような子供たちを生み出させはしないと。
それから家安は益々、小樽に愛情を注ぐようになった。たくさんの友人もできた小樽だったが、やがて夜叉回路が設定した年齢、つまり17歳で小樽の成長は止まった。これからは年を取らないことに小樽は寂しさを感じたが、新たな目標も与えられた。小樽は彦左衛門に頼み込んで御庭番に加えてもらったのだ。最初はいい顔をしなかった彦左衛門も小樽の熱意に負け、家安の了承を得て正式に召し抱えることにしたのだった。
「ほいっ!!王将、角とり!!俺の勝ちっすねぇ(笑)」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉお!!年寄りには手加減をせぬか!!」
「はははははは・・・・ん?誰でぇい!!」
小樽は身構えた。
「ん?どうしたのじゃ小樽?誰の気配もせぬが」
「ありゃ?今確かに、『マスター・・・』って声が・・・?気のせいか?」
小樽のつぶやきに、家安は何かを思案するかのように目を閉じた。
続く!!
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