ジャポネス中央都市部から遠く離れた場所に、その秘密の研究施設は存在した。扉は厳重に二重ロックが為されていて、外部の人間が容易に入り込めるようなところではない。いや、そこが研究施設だとは外観からは想像もできないほど、どこから見てもただの安宿か倒壊した廃ビルだった。
そんな場所で、その事件は起こった・・・・
5年前・冬
ビィーーーッ ビィーーーッ ビィーーーッ!!!
研究チームがのんびりと夕食を楽しんでいたとき、突如警報と緊急を知らせるアナウンスがが鳴り響いた。
『緊急事態、緊急事態発生!!レベル3、レベル3発生!!全職員に告ぐ。研究室から“実験クローン”が逃亡した。クローンは現在第三区画を破壊し、下水道から地上へ脱出しようとしている模様!!発見次第射殺せよ!!』
非戦闘員は脱出用エレベーターのある第二区画へと向かった。実験クローンが射殺されると聞いて少々惜しかったが、他のクローンの需要やこれからのことを考えれば安いものだった。そう、研究用のクローンはいくらでもいるのだ。足りなくなったらまた横流ししてもらえばいいし、“お客様”への言い訳だってなんとでもなる。万事問題なし。
だが、その考えは一瞬で間違いだったと思い知らされた。
目の前に、突如としてそいつが現れたのだ。黒いバイクスーツに身を包み、血塗れの両手をだらりと下げてゆっくり歩いてくる。これだけでも十分恐ろしいが、それ以上に感じさせたのはそのなにも映さない空虚な瞳と嬉しそうにほほえむ顔だった。普通だったら美しいと思えるその容姿は、今や恐怖の対象となりあわてた一人が懐から銃を取り出し一発、二発と撃った。それだけでそいつを怒らせるには十分だった。目の前から消えたと思った次の瞬間、銃を撃った研究者の腹にそいつの腕が突き刺さっていた。どす黒い血を吐き出して倒れたのを見ると、別の獲物に視線を移しその首を切り落とした・・・手刀で。
そうして5分の経たぬうちにフロアは血の海と死体の山になっていた。そいつは興味をなくしたように側のモニターに視線を移した。そこには、ついさっきアナウンスされた第三区画とそこに突入した戦闘部隊の死体が同じように転がっているのが映し出されていた。
そいつはバイクスーツを脱ぎ捨て、シャワーを浴びに浴室へ入った。水がほとばしる音とともに、床の排水溝へと体に付着した血液が流れていった。浴室から出ると代わりの服と新しいバイクスーツを身につけた。昔からこれしか着ていないためかバイクスーツにこだわった。やがて、フロアに戻るとエレベーターに乗り地上を目指した。その機械の箱の中で、そいつはこれまでのこと思いだした。
自分が生まれるまでに死んでいった仲間たち
毎日行われた実験
商品として登録されたこと
そして、今夜のこと
そんなことを思い出しながらポケットを探ると、何か円形の筒を取り出して手の上で弄びだした。そうしているうちにエレベーターは地上へ着いた。この研究施設は外からは強固だが、中からはとても弱い。日々の中でそれをすっかり熟知していたため、簡単に脱出できたのだ。ゆっくりと外へでると白い雪景色だった。そいつは初めて外を見た。はしゃいだように雪の上を転げ回り、足かたをつけて遊んだ。
だが暫くすると我に返って、あの研究施設を眺めた。自分は今日でここを去る。証拠は何一つ残すわけにはいかない。ここであったことは自分の胸だけにしまっておくのだ。少し歩けばジャポネスが見える。関所を通る方法は熟知しているし、戦闘用マリオネットなんて相手にもならない。
自由を手に入れたのだ
さっきの円筒を取り出す。さっきはわからなかったが、円筒の蓋をはずすと赤いスイッチのようなボタンがでてきた。そいつは何かを思案するように一瞬目を閉じると、ゆっくりとスイッチを押した。
ドゴォォォォォォォォォォォォォッ!!
すさまじい爆音とともに建物から火柱があがり、天を明るく照らし出した。そいつはそれを見届けると、ジャポネスに向かって歩き出した。
実験クローン・夜叉
登録名・間宮小樽
戦闘能力・無限
よって、この地上で敵うものは存在しない
誰も・・・
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