そして、横島さんは語り出した。
あの時何を見たのか、何故記憶を失ったのか、を。
血を吐くような苦しみを湛えた声で。
* * * * * *
「あの魔族の術が、対象の恐怖や嫌悪する何かを見せるものだってのは分かってたかい、おキヌちゃん?」
横島さんが俯きながら言うその言葉に、私は小さく頷いて言葉を返す。
「何となくですけど、怖いものを見せられていたのは覚えてますから。」
「そうか。 ・・・・・・じゃあ、ここで問題。 俺はあの時、何を見たんだと思う?」
私の答えを聞いて、横島さんは自分の言葉を続ける。
その声は、無理やり弾ませたような声で、私には痛々しそうにしか見えない。
「えっと、・・・やっぱり、ルシオラさんを失った時の事とかですか?」
私がそう言った瞬間、横島さんは俯かせていた顔を上げて、笑顔をこちらに向けてきた。
でも、その笑顔はいつもの優しくてほっとする、こちらまで思わず笑顔にしてくれる顔では無い。
空っぽで何も無く、痛々しさのあまりこちらが泣きそうになるような笑顔だった。
「違うよ。 俺があの時見た光景はそんなものじゃなくてさ。 俺が見たのは、
あの時から今まで過ごしてきた、皆との何気ない日常の光景。 そして、ルシオラと過ごした日々の光景だよ。」
私は一瞬横島さんの言っている事を理解する事が出来なかった。
皆との何気ない日常? ルシオラさんと過ごした日々? それが恐怖や嫌悪する光景?
そんな事、そんな事・・・・・
「嘘です! そんな事ある筈無いですよ! あの魔族が嘘を言っていたに決まってます! そんな、そんな事!!」
一瞬の空白の後にそう叫び出した私を、横島さんは片手を上げて制して、話の続きを語り出した。
さっきまでの空っぽな笑顔も消え、泣いているような、怒っているような、そんな表情をこちらにみせながら。
「事実なんだよ、おキヌちゃん。 全部本当の事。」
横島さんはそう言ったが、私には信じられない。
いや、信じたくないのかもしれない。
それを事実と信じてしまったら、今までの日常が全て崩れてしまいそうだから。
「俺はさ、ルシオラの事を乗り越えて、前に進まなきゃって思ってた。 忘れはしないけど、背負いながら、俺らしく生きていこうと思ってた。 ルシオラの命を貰った俺は、それくらいの事はできなくちゃいけないんだから、その為に頑張ってたと思ってた。 少しずつだけど、前に進めてると思ってた。」
横島さんはそこで一旦言葉を切って、両手の平を顔の前に上げて、それをジッと見始めた。
その日々の中で、確かに感じていたのであろう何かの手応えを思い出しているかの様に。
「でも、俺は進んでなんていなかった。 進んでいるように錯覚する事で、自分の心の平穏を保っていただけだった。 進む事の出来ない自分の弱さから、目を背けていただけだった。」
「横島さん・・・」
「目を背けて逃げて、やっぱり苦しくて、それで皆を恨んだりするようになってた。 ルシオラの事を思い出す光景を見る度に吹っ切れていない事が分かって、それを感じるのが嫌になって、苦しくて、心にどす黒い何かが生まれてた。 命をくれたルシオラに対して、そんな風に思ってた。 皆が平穏に過ごしている光景を見て、俺はルシオラを失ったのに、こんなに苦しんでいるのに、なんて逆恨みみたいな事考えてた。 皆だってあの時懸命に戦っていたのを知っているのに、落ち込んでいた時には気遣ってくれてたのに、そんな事を考えてた。 そんな自分を見たくないから、無意識に頭の中からその事実を追い出して! それを認識させられたからって言って、記憶喪失になってまで事実から逃げて! 挙句の果てに、おキヌちゃんにこんな事をして!!」
横島さんは最初は静かに語っていたけど、途中から声が大きくなって、最後には泣きながら叫ぶように言葉を続けていた。
そして全てを語り終えた後は、蹲るような体制になって、震えながら泣いている。
その姿を見て思う、私は横島さんの何を見ていたんだろう、と・・・・・。
この人の苦しみも知らずに、横島さんは凄い人だなどと考えたりして。
私は震える横島さんを優しく抱き起こし、その頭を包み込むようにして抱きしめた。
横島さんは抵抗したけど、私は手を放したりはしない。
「やめてくれよ、おキヌちゃん。 俺は、君にこんな風にしてもらえるような男じゃないんだよ。」
横島さんのその言葉にも、私は首を横に振る。
「これは横島さんの為にしているわけではないですよ。」
私のその言葉に横島さんは頭を上げようとしたが、私は抱きしめる手の力を強くしてそれを止める。
「これは私自身の為。 醜く浅ましい女である、私自身の為なんですから。」
それを言った瞬間、横島さんはさっきよりも強い力で顔を上げようとした。
私の言葉を否定するかのように。
だけど、私はそれを許さなかった。
言わなくてはいけない事が、まだ有るのだから。
忠夫SIDE
「これは私自身の為。 醜く浅ましい女である、私自身の為なんですから。」
そのおキヌちゃんの言葉が聞こえた瞬間、俺は再び顔を上げようとしていた。
だが、それは今回もおキヌちゃんの手によって封じられる。
払おうとすればその手を払いのけて顔を上げる事も出来ただろうが、おキヌちゃんの手から感じる何かが俺の動きを封じていた。
そんな俺の様子を余所に、おキヌちゃんの独白が続く。
「横島さんが自分の弱さをさらけ出してくれた事が嬉しいんですよ。 私には手の届かない凄い人じゃなくて、こんなにも近くに居る弱い人だってわかったのが。」
そう言いながら、おキヌちゃんは髪をまさぐるように頭を撫でさすってくれている。
その手の暖かさは、色々な感情で荒れ狂っていた俺の心の中を少しだけ落ちつかせてくれた。
「ルシオラさんが現れた時は敵わないとわかってたから、自分が傷つくのを恐れて直ぐに諦めてたくせに、手が届くと分かったらこんなにも嬉しがってる。 しかも、横島さんがさっき私にした事に対して責任を感じて苦しんでるのを見て、それすらも横島さんを私に縛り付ける為の鎖になるって喜んでる。 ふふっ、本当に、 ・・・・・・浅ましい女ですね、私って。」
おキヌちゃんはそこまで言葉を続けると、俺を抱き寄せていた手の力を抜いてくれた。
顔を上げると、いつもと同じおキヌちゃんの笑顔がある。
こっちがキョトンとしてしまうくらい、いつも通りのおキヌちゃんの笑顔が。
「ごめんなさい、横島さん。 そう言う訳で、こうなった以上私は横島さんを離しません。 こんな醜く浅ましい女に縛りつけられるのは嫌でしょうけど、我慢してください。 罵ってくれたりとかは、遠慮無くやってくれて構いませんから。」
おキヌちゃんは頭を下げながらそう言って、独白を締めくくった。
俺の頭の中ははっきり言ってぐちゃぐちゃである。
どうすれば良いのかが、まったくわからない。
でも、おキヌちゃんは俺の言葉を待っているようだから、なんか言わないと。
「え、ちょ、あ、え? お、おキヌちゃんを罵るなんて有るわけ無いよ! それに、本当に浅ましい奴だって言うなら、ここで何も言わずに何食わぬ顔でいるに決まってるんだから! 全部言っちゃって、その上で謝ってるおキヌちゃんが浅ましい女で有る訳無い!!」
「でも、そう思ってくれる事を計算しての事かもしれませんよ?」
俺が一気に捲し立てた事に、おキヌちゃんはそう即答した。
あああああ、だから、浅ましい奴だって言うなら、んな事は言わないだろってのに!
「ああ、もう、良いの! 俺が良いって言ってんだから! おキヌちゃんは謝った、俺が許した、それで万事OK、無事解決なの!!」
「そうですか。 ・・・・・・・・・・・・・・だったら、さっき横島さんが言ってた事も、横島さんが謝って私が許したんですから、万事OK無事解決ですね♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・はい?」
えっと、おキヌさん?
あなたは何をゆうとるんでげすか?
「あ、でも、他の皆さんにも謝らなくちゃいけないですよね。 うん、帰ったら皆さんを呼んで、一辺に謝っちゃいましょうね、横島さん。」
・・・・・・・・・・・・・はっ、いかん、一瞬頭が真っ白になっとったぞ。
「おキヌちゃん。 俺の方はそんな問題じゃないだろ。」
何とか気を取りなおしてそう言った俺に対して、おキヌちゃんはため息を吐いた。
その姿を見ると、何故か自分が駄々をこねている子供のように思えてくる。
「ふう・・・・・、横島さんは背負い込みすぎなんですよ。 その上、深く考えすぎてるんです。」
おキヌちゃんはそこで一度言葉を区切って、こちらの方に視線を向ける。
その真っ直ぐな視線に、俺は思わず目をそらしかけていた。
だが、何故か目をそらす事が出来ない。
おキヌちゃんの澄んだ瞳に吸い込まれるように、俺は彼女と顔を合わせたままで動きを止めていた。
「あの時のことで横島さんはあんなに傷ついてたんですから、そんな風に思っちゃったりしてもしかたありません。 ほとんどの人達はそれを知ってるんですから、その位の事であなたを責める人なんている訳無いですよ。」
おキヌちゃんの言ってる事はわかる、・・・・だけど。
「だけど、許されたとしても、俺が前に進めないのは一緒で、俺はまた同じような事を思い続けちまうんだ。 そんな俺が皆に許されたり、一緒に居たりして良い訳な・・・
ガシッ・・いいっ!!」
俺がそう言った後、おキヌちゃんはいきなり俺の両頬を挟むようにして、顔をつかんできた。
その顔に浮かんでいる感情は、純粋な怒り。
いくら言っても聞かない駄々っ子に対して、痺れを切らしたかのような表情である。
「いい加減にしてください! ・・・・・・・いえ、もう良いです。 さっきも言った通り、私は‘横島さんの為’では無く、あなたが好きだから一緒に居たいという‘私自身の為’にここに居るんですから、横島さんの言う事なんて無視して、勝手に地の果てまで付いて行くだけです。」
だとしたら、学校には退学届けを出さなくちゃいけませんね、等と続けて言うおキヌちゃんを見て、俺は呆然としていた。
そして、その俺の目からは涙が流れ出していた。
自分でも何で流れ出しているのかが全然分からない、大量の涙が。
「何でそこまで・・・・・・・。」
「だから、さっきから言ってるじゃないですか、・・」
その瞬間のおキヌちゃんの笑顔は太陽みたいな輝きに溢れていて、
「横島さんが大好きだからですよ。」
俺は眩しさで目が眩むような思いで一杯だった。
「横島さんだって、そうでしょう?」
「・・・え?」
おキヌちゃんが次に言ったその一言で、呆然と彼女の顔を見ていた俺を正気に返らされた。
「皆さんの事をそんな風に思ってたってわかって、それほどまでに苦しむのは、皆さんの事が好きだからですよね? それに、前に進もうとしたのだって、好きな人の命を無駄にしない為ですよね?」
‘ 好きだから ’
その瞬間、おキヌちゃんのその言葉が妙に頭の中に響いた。
俺の中で忘れていた何かが、それに反応したかのように。
そして、その言葉が頭の隅々、心の内にまで響いた時、俺の中に唐突に解答のようなものが沸いて出てきた。
俺はなんでルシオラを忘れるのではなく、背負う事を選んだのか?
ルシオラが好きだったからだ。
なんで前に進もうとしたのか?
俺が好きな人達と、今を生き抜きたいからだ
。
俺の行動原理はなんだ?
決まってる。 好きな人達は守る、惚れた女の前では格好をつける、だ。
それら全てに思い至った瞬間、唐突に笑いが込み上げてきた・・・・・。
俺は本物の馬鹿野郎だよ。
急ぎすぎて妙にあせって、そんな簡単な事を忘れてたなんてな。
皆と生きたいなんて思ってたのに、真逆の結果に到達してやがるとはな。
あ〜〜〜〜あ、本当にカッコわりいな。
しかも、好きな人達ってのを自分が傷つけちまってるし、行動原理に反しまくってるよ。
そう言う風に考えがまとまって、一度笑いを止めた俺は、いきなり笑い出した俺を呆然と見ていたおキヌちゃんの方に倒れこむようにして身を預けた。
「よ、横島さん。」
おキヌちゃんの慌てた声が聞こえたが、なんかもう力が入らなくなっていた。
でも、これだけは言いたい。
答えはわかってるけど、俺がその答えを聞いて良いのかはわからないけど、そんな身勝手な事が許されて良いのかはわからないけど。
「おキヌちゃん。 俺は許してもらえるのかな? これからも皆と一緒に居て良いのかな?」
おキヌちゃんからの答えは言葉ではなく、さっきと同じ・・いや、さっき以上に優しく俺を包み込んでくれる事だった。
俺は、また自分の目から涙が流れてくるのを感じながら、言おうと思っていたもう一つの言葉を口にする。
「おキヌちゃん、ありがとう。 後、ごめん・・・・俺も大好きだ。」
その後、頬に暖かなしずくの当たる感触を感じながら、俺は久しぶりにやすらかな眠りについた。
後書き
マジ難産でした、今回。
ネタは出来てても、それを文章にするのは難しく、何度もこっちの方が良いんじゃないかって風に書いては治し、書いては治しになりましたよ。
最終的にこんな形になりましたが、自分ではなんか不完全燃焼な感がちょいあります。
でも、今の自分の腕ではこれぐらいが精一杯。
サンタさん、今年のクリスマスには文才をプリーーーーズ!!!
今回の横島の記憶喪失の原因は、たまり溜まったストレスをあの魔族の術で一気に表面上に出されて、それから逃避する為に記憶を閉ざすっていう事になったってことですわ。
まあ、あせりすぎたせいで大元の理由を忘れてしまって、そのせいで出来た歪みがつもり積もってって感じの方が正確かもしれませんが。
次回もう一話過去編で、その後一度、現在の唯ちゃん達の視点に切り替えます。
ああ、唯ちゃんのご登場は久しぶりだな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっちゃけてえ(マテや!)
では次回にて。
オギャンオス!!
追伸:前回の『極楽の守護者』のレスで、名無しさんよりスプリガンは二次関連許可制じゃないかという忠告を受けたのですが、これって本当なんでしょうか?
自分でも調べますが、詳しい事を知っている人が居たら教えてください。
このままあの作品を続けて良いのかわからないので、どうぞお願いします。
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